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【081不思議】ノラ猫に小判

 放課後のオカルト研究部部室、一人のとある少年は葛藤していた。

「だからな、俺大分急いでたし……、疲れてたから……、タクシー乗る事にしたんだよ……。んで……、たまたま通りかかったタクシー捕まえて……、『すみません、どこどこまでお願いします』って……」

 部員達にそう熱心に語りかけているのは乃良である。

 乃良はどこか落ち着きの無い様子で、妙に体をソワソワとさせていた。

「そしたらさ……、その運転手……なんて言ったと思う……?」

 悶える体を宥めながら乃良は問い掛ける。

「『すみません……、さまぁ』もうお前やめろよ!」

 最終局に到達するというところで、乃良はそう叫んで話を中断させてしまった。

 怒りに身を任せたまま、乃良は怒号と共に目の前をブラブラと誘惑していた猫じゃらしを机に叩きつける。

 金髪からは猫耳が飛び出しており、その姿はどこかじゃれているようにも見える。

「お前ほんと猫じゃらし好きだよな」

 猫じゃらしを操縦しながら何かメモを取っている博士が、目の前の乃良にそう呟いた。

 乃良は目の前の猫じゃらしに踊らされながらも、怒り心頭のようである。

「なんでわざわざ俺の目の前で猫じゃらし振るんだよ! おかげで集中できねぇじゃねぇか! ほら! さっきの話もオチの寸前で終わっちゃったし!」

「大丈夫だよ、全然興味無かったから」

「それはそれで良くないわ!」

 千尋からの心を痛めるフォローに、乃良は更に声を上げた。

 乃良の非難も空しく、博士の心には届いていないようで、博士は猫じゃらしの手を止めて話を始める。

「んな事言っても今実験中だから」

「実験中?」

「乃良の徹底猫検証だ」

「徹底猫検証?」

 何の前振りも無く聞かされた嫌な予感の漂う言葉に、乃良は顔を顰める。

「一般的に猫に当てはまるような事を色々試して、乃良にもそれが当てはまるのか一つ一つ検証していくって事だな」

「それなんか意味あんのかよ」

「分かんないけど取り敢えずやる」

 説明を終えて黙々と何かを記すべくペンを走らせる博士に、乃良は「けっ」と息を吐いた。

「そんな実験意味無いと思うぜ? 第一俺は猫っつっても普通の猫じゃねぇ。何百年と生き(返っ)てきた化け猫だ。そんじょそこらの猫の様な尻の軽い猫じゃ」

 台詞の最中だったが、乃良は口を開くのも忘れて席を立った。

 視界の端で、博士が手元から投げ放ったボールが転がっていくのが見えたからだ。

 乃良はそのままボールの方へと一直線に跳んでいき、猫耳をブンブン揺らしながらボールを転がして遊び出した。

 しかし急に正気に戻り、そのボールをこちらへ投げ返した。

「ほんともうやめろよ!」

 その顔は妙に真っ赤であり、乃良の頭は赤と金の歪なコントラストになっていた。

 返ってきたボールを片手で受け取りながら、博士は実験結果をメモに残す。

「ボール、こうかはばつぐんだ!」

「なんだそのポケモンみたいな書き方!」

 どこかで聞いた事のあるような実験結果に乃良が声を荒げるも、博士は至って無反応である。

 乃良は苛立ちが募るまま、席に戻って舌を打った。

 次に聞こえてきたのは、博士とは違う声色の耳を塞ぎたくなるような大声だった。

「はいはい! じゃあ私も!」

 乃良の反対側に座っていた千尋である。

「ちひろんも?」

「えへへぇ、実は私、前からやってみたい事があったんだよねぇ!」

 眉を顰める乃良に気付かず、千尋は鞄を漁り始めた。

 中から取り出したのは、何回か見た事のある魑魅魍魎の怪しい模様が巻き付いた財布。

 そこから千尋は五円玉を手にして、乃良の前に置いた。

「……?」

 行動の意図が解らず、乃良は千尋の顔色を窺う。

 すると千尋は顔にドヤという文字が書いてある様な表情で、何の迷いも無く、堂々と言い放った。

「猫に小判」

「何言ってんだよ!」

 耳を疑いたくなるような発言に、乃良は疲れも忘れて立ち上がった。

「ちひろんそれ言いたかっただけでしょ! 金の価値くらい分かるっつーの! てか寧ろ五円玉で尻尾振るような安い身分じゃねぇわ! 舐めんな!」

「まぁまぁ、そんな怒んなくても」

「ていうかもしかして今回これでタイトル回収のつもりか!? ふざけんな! 作者もこのタイトル付けたかっただけだろ!」

「まぁまぁ」

 色々と暴走して大声を上げる乃良を、千尋が何とか宥めて椅子に落ち着かせる。

「小判、こうかはいまひとつのようだ……」

「メモ消せ!」

「まぁまぁ」

 拍車をかけるような博士の一言で、乃良は再び腰が上がりそうになった。

 たった今の実験結果をメモに書き上げた後、博士の実験は次の段階へと進んでいく。

「さて、次はこれだ」

 もう声を上げるのも疲れた乃良は、鞄の中を漁り出す博士に黙って目を向ける。

 博士が机の上に持ち出したのは小さな木の枝の様なものだった。

「!」

 それを見た瞬間、乃良の目は地球の様に真ん丸に見開かれた。

 しかし他の部員達は、その枝の正体が解らないまま首を傾げている。

「ハカセ、それなに?」

 耐え兼ねた千尋がそう質問すると、博士は勿体ぶる事無くその答えを口にした。

「マタタビだ」

「あぁ!」

 聞き覚えのある単語に、千尋は納得したように唸った。

「『猫に小判』とは対極にある、『猫に木天蓼』なんて諺があるくらいだ。どうせお前も大好物なんだろ?」

 机のマタタビを乃良の方へ近付けながら、博士はそう口元を緩ませる。

 対する乃良はそれを見まいと、視線を明後日の方向に逃がしていた。

「べっ……、別に? 俺はそんじょそこらの猫じゃないし、別にマタタビ如きで躍らせるような事は万が一にも……」

 言葉とは裏腹に、頭上の猫耳は大好物を見つけてハシャいでいるそれと一緒だった。

「その耳はピノキオのなんかと一緒なのか」

 乃良の猫耳の構造にも少し興味を持ったが、取り敢えずは現在の検証が最重要だ。

 見ないように首まで捻っていた乃良だったが、耐え切れずにチラチラとマタタビの方へと目が動いてしまっている。

 そんな乃良を見かねて、博士がポツリと呟いた。

「……待て」

「「「「「「「!」」」」」」」

 博士の言葉に乃良だけでなく、その場の全員が耳を疑った。

「いやハカセ、犬じゃないんだから……」

「解ってるよ」

 千尋の苦笑交じりの指摘に対して、博士は何も気にしていないような無表情で対応した。

 そのまま自分の発言の意図を懇切丁寧に説明する。

「一般的に芸や躾なんかは犬がする事だ。果たして猫にそれが出来るのか……」

 至って真剣に語る博士に、乃良は呆気に取られて聞いていた。

 頭にドンドンと血が上っていくのを本気で感じる。

「舐めやがって……」

 乃良の口角は上がっていながらも、その目は正に敵を睨む目付きだった。

「取り敢えず十秒カウントするぞ」

 博士は鞄からストップウォッチを取り出しながら、そう実験の詳細を伝える。

 それに対峙する形で、乃良は顔の向きを真正面に向け直した。

「よーい……」

 ピッと計測開始の音が聞こえる。

「1……、2……、3……、4……」

 乃良の視線はじっとマタタビへと集中されていた。

 決して逃げて勝ち取った栄光ではないと証明する為、そうこれは誇りをかけた戦いなのだ。

「5……、6……」

 ハッと我を忘れると、つい無意識に右手が伸びていた。

 乃良は慌てて左手でそれを抑え込んで、何とか食い止める。

「7……、8……、9……」

 麻薬患者の様にもう意識が朦朧としていた。

 体中の細胞が「マタタビ食べたい!」と叫んでいる様な錯覚すら覚え始める。

 博士の「z」の発音が聞こえた時、もう限界だった。

「あぁ無理!」

 そう言って乃良はマタタビに手を伸ばし、無我夢中にマタタビをしゃぶり出した。

「やっぱ猫に躾は無理か……」

 博士の冷静な実験結果も届かない程、乃良はマタタビの虜になっていた。

 それを傍から見ていた千尋が、次は自分の番だと手を挙げる。

「はい! じゃあ次私ね!」

 マタタビの片手間に乃良が目を向けると、千尋は乃良にそっと右の掌を見せた。

「?」

 意図が全く読めず首を傾げると、千尋は楽しそうに声を出した。

「乃良! ここに殴ってみて! グーでね!」

 何となく千尋のやりたい事が解ったのか、乃良は壮大に顔を引きつらせる。

 そのまま言われた通りに軽く千尋の平手を殴ると、千尋は何とも満足そうに満面の笑みを浮かべた。

 そして既視感のあるドヤ顔で堂々と口にする。

「これが本当の猫パンチ」

「本気で殴ってやろうか!」

 耐え切れなかった乃良が唾を飛ばす勢いでそう喉を鳴らした。

「何なの!? お前は何がしたいの!? 茶々入れたいだけならもう黙ってて!」

「まぁまぁ」

「それ腹立つからもうやめろ!」

 千尋の宥めも効かない程に、乃良の怒りのボルテージは最高潮に達していた。

 そんな空気も読まず、博士は次の実験の進行を始める。

「んじゃ次は猫缶だ」

「もうお前も引っ込んでろ!」

 博士と千尋に板挟みにされる乃良は、抱え込めないように頭を机に突っ伏した。

 乃良には目を向けないままで博士は話を続けていく。

「まぁまた乃良に待ての実験をしようと思ったんだが……」

 そこで博士は視線の先を別の人物へと移した。

「……千尋、お前やってみろ」

「!?」

 突然自分の名前を呼ばれた事に驚きを隠せない千尋は、一応念の為再確認する。

「えっ、私?」

「お前だ」

「私猫じゃないんだけど」

「いいからやれ」

 強引な展開に引っ張られていく形で、博士は千尋の目の前に猫缶を音を立てて置いた。

 そのまま手元にあったストップウォッチのスイッチをピッと押す。

「1……、2……、3……、4……」

「えっ、何これ、えっ、何で?」

 状況が呑み込めないまま時間だけが過ぎていく。

 ふと問題の猫缶に目が止まってしまった。

 何の変哲もないただの缶詰だが、その缶詰に妙に吸い込まれていくのを感じる。

「5……、6……」

「あぁダメ!」

 気付いたら千尋は猫缶をその手に掴んでいた。

 机に倒れ込む形になった千尋は、何故か変に呼吸を乱している。

 一部始終を眺めていた乃良は、この状況を仕掛けた博士でさえも、千尋に送るその目は何とも言えない憐みが籠っていた。

「ちひろん……」

「乃良よりも早いぞ」

「そんな目で見ないで! 私だって分かんないよ! 猫缶なんて全然食べたくないのに!」

 全員の視線を振り切るかの様に千尋はそう訴えると、堪えられずに声を出して泣き出した。

 その涙が余計悲しくなって、部員達は泣き崩れる千尋を見守っていた。

猫要素マシマシで。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


いつものように日常回どうしようかと悩んでいると、最近乃良の話書いてないなと思ったんです。

乃良が実は猫だとカミングアウトしただけで、全然その設定を活かせてないじゃないかと。

そこから乃良の猫要素をふんだんに込めたこの話が出来た訳です。

まぁ前回のオチで猫要素が出ちゃったんで、内心「しまった」とは思ったんですがww


乃良をメインで書く時、サブタイトルは基本猫にまつわる慣用句を使います。

今回は猫に小判にしたのですが、理由としては作中で乃良が言っていた事で九割九分正解ですww

元々猫に小判にまつわるタイトルを作りたくて、今回強引にその要素を盛り込んだ感じです。

大分強引ですみませんww ごめん乃良ww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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