【080不思議】妄想アテレコ劇場
「あれ?」
放課後の部室を見回して、千尋がぽろっと言葉を零した。
「他の一年生達はまだ来てないんですか?」
部員達がそれぞれ顔を揃える中、千尋以外の一年生の姿が欠片も見つからなかった。
千尋の声に斎藤も首を動かす。
「あれ、本当だ。どうしたのかな? こんなにもいないなんて珍しい」
誰か一人だけが遅れるなんて事はよくある事だ。
しかしここまで揃って来ていないというのは、未だ例を見た事がない。
「……もしや」
どういう事かと頭を働かせた千尋が、一つの仮説を立てて呟いた。
「私に内緒でどこか遊びに行ってるとか?」
千尋の脳内に今日の昼休み、千尋のいないベンチで秘密の計画をしている三人の姿が描かれる。
すると千尋は堰を切った様に心の奥の感情を暴走させた。
「ずるい! 私もスタバ行きたい!」
「えっ? いっ、いや、まだそうと決まった訳じゃ」
「私もグランデエクストラホイップキャラメルフラペチーノ飲みたい!」
「何それ!? 死の呪文!?」
訳の解らない言葉の羅列に、斎藤はただただ恐れ慄いていた。
そんな先輩の恐怖心など微塵も気付いていないようで、千尋は頭を抱えて嘆いている。
そこにガラガラと扉が開いた。
「遅れましたー」
扉の向こうから出てきたのは博士と乃良だった。
夢の世界に向かったと思われた二人の登場に、千尋は虫ぐらいなら殺せそうな目つきで睨む。
「おいお前ら! 私にもグランデエクストラホイップバニラアーモンドキャラメルフラペチーノ飲ませろ!」
「なんかさっきと違くない!?」
「何だそれ、今度はインチキ黒魔術にでもハマったのかよ」
何とも甘そうな呪文にも、博士は動じる事無く部室の中へと入っていく。
怒りで我を失っている千尋の代わりに、斎藤が二人に肝心な部分を質問する事にした。
「それで、どうして二人は今日来るの遅かったの?」
「あぁ、なんかこいつが本借りたいって言うんで図書室に連れてかれて」
博士の苛立ちの籠った視線にも、乃良は嬉しそうである。
「それで加藤君は何を借りたの?」
「『思わず笑っちゃうダジャレ百選集』です!」
「小学生か!」
何ともポップな表紙に、思わず感情の波に溺れていた千尋がツッコんだ。
皮肉にもそのおかげか、千尋はとある事に気付く。
「あれ? 花子ちゃんは?」
もう一人の一年生である花子の影が、未だどこにも見当たらないのだ。
「あぁ、花子なら」
博士は思い出したように口を開くと、花子の行方について語り出した。
「真鍋さんとシェパード食べに行くって言ってたぞ」
「グロいわ、ジェラートな」
犬の捕食という女子高生の放課後の予定とは思えない事を口走った博士を、乃良が無表情で訂正する。
しかしそんな漫才に気付かない程、千尋の思考は停止していた。
「……真鍋さんて、あの真鍋さん?」
「どの真鍋さんだよ」
「花子がハカセの事好きだって勘違いして嫉妬しちゃってたあの真鍋さん」
「その紹介やめろ恥ずかしいわ!」
赤面する博士を置いて、千尋は自分が想像していた真鍋と同一人物である事を確認する。
「真鍋さんって花子と仲良いの?」
「あんまよく知らねぇけど、教室で喋ってんのは割と見るぞ」
二人のそんな会話も届かない程、千尋は黙り込んでいた。
しばらく時間が流れ、生まれた感情をそっと口にする。
「羨ましい」
「「えっ?」」
何とも素直な欲望に、二人は声を揃えてしまう。
「いや、なんか勝手に花子ちゃんと一番仲良いのは私だって勘違いしてて、私以外の誰かと放課後寄り道してどこか遊びに行くなんて……、なんかずるい」
「真鍋さんて嫉妬され体質なのか」
千尋の嫉妬を前に博士が淡々と口を挟む。
すると千尋はしばらく考え込むと、行き着いた結論を実行しようと動き出した。
「ハカセ、場所どこ?」
「あ?」
突然の質問に、博士はぽっかりと口を開ける。
「んなもん知らねぇよ。てか聞いてどうすんだよ」
「見に行くに決まってんでしょ!? 二人がどんな事してるのか!」
「はぁ!? 何でそんな事しなくちゃいけないんだよ!」
「あっ、俺場所知ってるよ!」
「何で知ってんだよ!」
こうして博士と乃良は千尋に引っ張られる形で部室を後にした。
一年生達が一人もいなくなった部室で斎藤は、自由だなと思いながら苦笑いを浮かべていた。
●○●○●○●
青く茂った草木を陽の光が優しく照らす放課後の公園。
その片隅に長蛇とは言えないくらいの列があり、その先には甘い香りのするワゴン車があった。
そこから少し離れたベンチで、制服を着た女子高生の姿が二つ。
「零野さん、ジェラートは初めて?」
「うん、初めてシェヘラザード」
「ジェラートね」
苦笑いを浮かべる三つ編みメガネの真鍋と、じっとジェラートを見つめる花子である。
危険が無いか確認するように見回した花子は、スプーンでそっとすくってゆっくりと口の中に入れた。
「……美味しい」
「ほんと? 実は私も初めてなんだよね」
そう言って真鍋も真っ白なジェラートを口の中に入れる。
そうして生まれた表情は、何とも美味しそうだった。
そんな二人を茂みに隠れた影三つが、如何にも怪しく見守っていた。
「いた」
「なんかこの感じすごくデジャブなんだが」
前にも二人の姿をこっそり覗き見していた記憶があった気がしたが、それ以上は考えない事にした。
千尋は何とか会話に耳を傾けるが、二人の声がここまで届く事は無い。
近付こうにも、これ以上近付くとバレてしまう危険を伴う。
「んー、こっからじゃ聞こえないか」
「何話してんのかな?」
二人の口が動いている事から、何か会話をしている事は確実である。
「……きっとこんな感じだよ」
千尋は二人の口に声を合わせながら、アテレコの要領で二人の会話を妄想する。
「『零野さんって箒屋君とかオカ研のみんなと一緒に遊びに行ったりするの?』
『ううん、行かない』
『どうして? お金が無いとか?』
『んー、そんな感じ』
『そんな零野さんに紹介したいバイトがあるんだけど……』」
「ちょっと待てお前!」
暴走を始めた千尋の妄想に、何とか博士が急ブレーキをかける。
「何だその危ないプレゼン! 真鍋さんそんな人じゃねぇから!」
「でも! 私花子ちゃんが心配で!」
「俺はお前の思考回路の方が心配だわ!」
千尋の過保護な心配に、博士が何とか宥めすかそうとする。
二人のやり取りをしばらく放置して花子達を観察していた乃良が、視線を変えないまま口を開いた。
「いや、きっとこんな感じだよ」
すると今度は乃良が二人の口に合わせてアテレコを始める。
「『この前テレビ見てたんだけどね』
『うん』
『動物のショーの番組でね。飼育員がパートナーのチワワをね、なんか叱ってたみたいなの。何て叱ってたか分かる?』
『分かんない』
『「チワワ! こんにちははちゃんと言いなさい!」だって』
「くそつまんねぇな!」
乃良のしょうもない親父ギャグに、またしても博士の出番が舞い降りた。
「お前さっきの本のヤツ言いたかっただけだろ! お前らの中で真鍋さんてどんな人なの!?」
「ねぇハカセ! 面白かった!?」
「今年一番つまんなかったよ!」
二人の会話劇は博士にことごとく潰され、二人は表情を悪くする。
「それじゃあハカセが考えてみてよ!」
「はぁ?」
「そうだそうだ! あの二人なんて会話してると思うの!?」
二人からのヤジを薙ぎ払う事も出来たが、博士は面倒臭そうに溜息を吐いた。
ふとベンチに座る花子と真鍋に目を向ける。
変わらずジェラートを楽しみながらも、花子がスマホを取り出して真鍋に何か見せているようだ。
そんな状況を踏まえて、博士は二人の口にアテレコする。
「『見て! これ今日の授業で描いた二次関数のグラフの放物線!』
『やだ! すごく綺麗!』
『今日は一段と美しい放物線が描けた気がするわ!』
『私の放物線も見て!』
『あら真鍋さんも綺麗じゃん! なんて滑らかな放物線なの!?』」
「「やかましいわ!」」
博士のアテレコに今までの感情を清算する様に、二人が怒涛の罵声を浴びせた。
「何なのそのくそつまんない話!? 何回放物線言えば気が済むの!? どこの女子高生が放課後にジェラート食いながら放物線の話すると思ってんの!」
「お前こそ真鍋さんと花子どんな人だと思ってんだよ! 放課後に放物線褒め合うような人じゃない事くらい知ってんだろ!」
「五月蠅ぇな! 会話なんてどうだっていいだろ!」
最早公園の茂みだという場所も忘れて、三人は耳を塞ぎたくなるような言い合いをしていた。
そのせいで気付かなかった。
「……!?」
言い争いの途中で血相を変えた千尋に、博士は顔を顰める。
「どうしたんだよ」
「こっちに来てる」
「はぁ!?」
千尋の言葉に博士も花子と真鍋のいる方向へと振り返った。
そこでは真鍋と、その後ろから花子が、少しずつながらこちらに向かっていた。
「確かにここら辺から声がしたんだけど」
気付けば真鍋の声も聞こえるぐらいまでの位置に来ている。
三人は言い合いを中断し、緊急脱出会議を小さな声で開始させた。
「どうする!? このままじゃ見つかっちゃうよ!?」
「何から何までデジャブすぎないか!?」
完全に焦った様子の博士と千尋は、何とか方法は無いかと頭を捻らせる。
そんな中、乃良だけは落ち着いていた。
「……俺に考えがある」
「!?」
震え混じりの声で吐かれた言葉に、二人は弾かれたように顔を上げる。
「二人は先に逃げて」
「でも」
「いいから早く!」
乃良に両手で押され、二人はそのまま倒れるようにその場から逃げ出した。
間一髪のところで真鍋が到着し、三人のいた茂みを覗く。
「……あれ?」
離れた位置に再び身を隠した博士と千尋は、固唾を飲んで真鍋を見守る。
真鍋は茂みに隠れた影を見つけると、そっと手を伸ばした。
そして華奢な真鍋の腕に抱かれた一匹の猫が、茂みの中から鳴き声と一緒に姿を現した。
――………。
「ねぇ見て零野さん! 猫だよ!」
「……ノラ」
「えっ? あぁ、多分野良猫だね」
何も知らない二人はそんな会話を続けている。
しかし博士と千尋は何とも言えない表情で、何とも言えない感情を抱いていた。
時折聞こえる猫撫で声が、更に二人の心を締めつけるのが解った。
後から聞いた話だと、放課後花子と真鍋はほとんど博士とオカ研の話しかしていなかったらしい。
アテレコって面白い。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
この話を書き始めたきっかけは、「花子ちゃんの交友関係を書きたい!」でした。
オカ研のメンツとしか絡んでこなかった花子ちゃんですが、今までの経緯できっとクラスのみんなとも仲良くなってる筈!
だからその姿を書きたいなと思ったのが、この話のスタート地点です。
花子ちゃんの友達には前になんやかんやあった真鍋さんを採用しました。
まぁそれが色々あって、二人の会話にアテレコするという展開になった訳です。
僕自身、通り過がりの人々の会話を勝手に妄想したりしてしまうので、今回は僕の趣味の延長戦みたいな話ですね。
気持ち悪っ!ww
よって僕自身は割と気に入ってますww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




