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【078不思議】病名:

 一年B組、朝のSHR。

 毎日のように担任の馬場が生徒達の出席を確認する。

「えーっと今日は……、あっ、箒屋君が風邪でお休みね」

『!』

 ポツリと教室に一つだけ空いた空席を見つけ、馬場は納得したように頷いた。

 他の生徒達は思いもよらないクラスメイトの欠席に話題が広まっているようである。

「えっ、ハカセが風邪!?」

「これは珍しい」

「あいつでも風邪なんて引くんだな」

「昨日の通り雨にやられたか?」

「でもハカセなら多少の熱でも『授業を休む訳にはいかない!』とか言って無茶してでも来そうだけど」

「それは有り得る」

 すっかりクラスに溶け込んだ博士を心配する声も溢れている。

 そんな中、花子が口を開く事は無かった。

 ただじっと博士の席である空席を見つめているばかりである。


●○●○●○●


 ピピピッと脇に挟んだ体温計が音を立てる。

 横たわる息子の脇からそれを取り出すと、今測ったばかりの温度に目を落とす。

「あらっ、三十九度! これは学校休んで正解だったね」

 博士の母――箒屋(ほうきや)麻理香(まりか)の大きな声も今の博士には霞んで聞こえた。

「ダメ……、授業を休む訳には……」

「何言ってるの。今は体を休めるのに集中しなさい」

 麻理香の言葉はもっともであるが、それを聞き入れる素直さは博士には無い。

 しかしどうにも体が動かなかった。

 重い、熱い、怠い。

 それらを全て鍋で煮詰めた様な苦渋が全身に渦巻いている感覚だ。

 額に張った冷えピタも、今や何の効果も持たない。

 こんな重体になったのはいつ振りだろうか。

 思い出す事すら出来ないような昔の事だと解ったところで、博士は考える事をやめた。

「それじゃあ母さん買い物行ってくるから。何か欲しい物ない?」

「……リンゴ」

「うん、解った」

 麻理香はそう言うとベッドの横の椅子から立ち上がり、ドアへと向かっていった。

「じゃあ、すぐ帰ってくるから寝てなさいよ」

 返事が返ってくる事はないまま、麻理香はドアを閉めた。

 一人ぼっちになった部屋の中で、博士は重苦しいような温かい溜息を吐いた。

 自分がこんな苦しい状況に陥った原因は解っている。

 どう考えても昨日の雨だ。

「くそぅ……、あいつらふざけんなよぉ……」

 それが誰に向かって放たれた言葉なのか、それはよく解らなかった。

 博士はそれを遺言の様に残し、まるで息を引き取るかの様にぐったりと眠りに落ちた。


●○●○●○●


 場所は変わって、放課後のオカルト研究部部室。

「だぁかぁらぁ!」

 そこでは未だかつてない論争が巻き起こっていた。

 決して終わる事の無い、正に論の戦争が。

「チョコの部分とクッキーの部分が分かれてるんだから美味しいんじゃん! あんなチョコもクッキーも一緒にしちゃったらそれぞれの良さが死んじゃうでしょ!?」

「解ってないなぁちひろん。一つになったからこそ美味しいんじゃん! 別々に食いたいんだったらチョコとクッキー買って勝手に食ってろよ」

「何ですって!?」

「何? 何か文句あんの?」

 千尋と乃良の間には稲妻が迸っている様にも見えた。

 それぐらい二人の論争は白熱していた。

「ねぇ知ってる? こっちのがチョコの量多いんだよ? 入ってる量も多いし、こっちのが完全にお得じゃん!」

「チョコが多いって事は太りやすいって事でしょ? カロリー数はこっちのが多いけど、量はそっちの方が二個多いから、そんなにたくさん食べてたらちひろん太るよー?」

「うっ! 五月蠅い! お菓子にカロリーは関係ない!」

 若干押され気味になって、千尋は涙目で必死に抵抗した。

 すると千尋は逃げ道を見つけたように、黙っていた少女に目を向ける。

「そうだ! 花子ちゃん! 花子ちゃんはどっちが好き!? 勿論きのこ派だよね!?」

「バーカ! 花子は根っからのたけのこ派だ! そうだよな花子!?」

 二人はそう言って誕生日席に座る花子に、後ずさりしたくなる様な視線を向けた。

 しかし花子がその視線に気付く事は無い。

 それどころか今までの論争も聞こえていないような、まるで別世界を見ている様だった。

 花子の虚ろな目に、ようやく二人も気付く。

 今の花子の脳内は、今日ここにいない部員の事でいっぱいなのだと。

「……やっぱりツッコミがいないと締まらないなぁ」

 議論するのもおかしくなって、乃良がそう呟く。

 釣られて千尋も先程までとは打って変わって表情を曇らせた。

「私、悪い事しちゃったかなぁ……」

 千尋の零した声に、乃良は千尋が博士の風邪に責任を感じていると読み取った。

「そんな、ちひろんのせいじゃないよ」

「うんそうだよね!」

「立ち直り早いな!」

 底抜けに明るくなった千尋に、思わず乃良は表情を歪める。

 しかしその明るさも一気に心配の色に変わった。

「……でも、ハカセ大丈夫かな?」

「……大丈夫、ハカセなら明日になればすぐ元気になるさ」

 乃良の言葉に千尋は「そうだよね」と信じる事しか出来なかった。

 何とか笑顔を作って、千尋は花子に声をかける。

「花子ちゃんは? ハカセの事心配?」

「………」

 いつも通り答えは返ってこなかったが、数秒の後に花子の首はコクリと頷いた。

「……ハカセに会いたい」

 そんな小さな呟きも加えて。

 その花子の声に、千尋の頭の中で何かが閃いた。

「それじゃあお見舞いに行ったら!?」

「お見舞い?」

 初めて聞いたという様な表情で、花子は首を傾げる。

「そう! 病気で苦しい思いしているハカセを元気づける為に会いに行くの! ちょっとしたお菓子なんかも持って行ってね! 大丈夫! ハカセの家まで私が送ってあげるから!」

 熱弁する千尋に花子はただ聞いているだけだった。

 傍から耳を傾けていた乃良は、怪訝そうに千尋を見つめている。

「良いの? 花子一人で行かせて」

「大丈夫! 病人なんだし、家族もいるんだからハカセも下手な真似できないでしょ!」

「いやそうじゃなくてさ……」

 乃良の心配も振り切って、千尋は花子にくるりと視線を向けた。

「花子ちゃん、ハカセに会いたいんでしょ?」

 その質問に花子は数秒千尋の瞳に目を奪われた。

「……うん」

 そう頷いた花子の手を早速取って、千尋は立ち上がった。

「よし! それじゃあ行こう! 途中でお菓子も買って行こうね!」

 花子を引っ張るような形で千尋は扉へと目指していく。

 しかし突き進むように見えたその足は、扉の直前で急停止した。

 どうしたものかと目を向けていると、千尋は振り返って乃良に問い掛ける。

「ハカセん家ってどこだっけ?」

「俺も行くよ」

 乃良は呆れながらも、箒屋宅の道案内の為重い腰を上げた。


●○●○●○●


 青空の下、その一軒家の表札には『箒屋』と書かれていた。

 花子も一度訪れた事があり見覚えがある筈なのだが、その胸中は誰も解らない。

 とにかくその家の前に、花子は立っていた。

「頑張れ花子ちゃん!」

「花子、何も変な事しなけりゃいいけど……」

 遠くの物陰から二つの影が心配そうに花子を眺めている。

 扉を前に微動だにしなかった花子だったが、ようやくインターホンに指を伸ばした。

 ピンポンと二人の耳にも微かに聞こえてくる。

「にしても……、お菓子あれで良かったのかな?」

「んー……、もうあれ以外考えられなかったよね」

 二人の囁きは当然聞こえる筈もなく、扉が音を立てて開いた。

「はーい」

 中から出てきた女性は花子の顔を見て動きを止める。

 おっとりとした顔をしたその女性は、博士の母の麻理香であった。

「あら、あなたは確か……」

 麻理香が花子の名前を思い出す前に、花子がペコリと頭を下げる。

「花子です」

「そうそう花子ちゃん! 夏休みに遊びに来てくれた子ね。今日はお見舞いに来てくれたの?」

 優しく包み込まれる様な声に、花子は持っていたコンビニのレジ袋を差し出した。

「……これ、つまらない物ですが」

 さっき千尋から教えて貰った言葉をそのまま復唱する。

「あら、買ってきてくれたの? 嬉しい」

 麻理香は嬉しそうに袋を受け取ると、そっと中身を確認した。

 中に入っていたのは、きのこの山とたけのこの里それぞれ一つずつ。

 予想外のラインナップに麻理香は少し思考を停止させる。

「……ありがとう、後でいただくわ」

 今上手に笑顔が作れていたのか心配だったが、対する花子は尚も無表情だった。

「さぁ入って」

 麻理香はそう言うと花子を家の中へと促した。

 花子はゆっくりと足を動かしていき、玄関で靴を脱ぐ。

「来てくれたとこ申し訳ないけど、博士なら部屋で寝てると思うわよ」

 階段を上りながら、麻理香はそう具合の悪そうに伝えた。

 麻理香がドアを開けると、そこには眼鏡を外してベッドに眠っている博士の姿が見える。

 近付いてみると、その表情がとても苦しがっているのが解った。

「それじゃあ飲み物持ってくるから、ゆっくりしててね」

 そう言ってパタンとドアが閉まる音がした。

 一人取り残された花子は、ただ立ち尽くすだけである。

 視線の先には眠っている博士。

 その頬はほんのり赤みがかっており、時折苦しそうに咳を溢しているのを見ると、あまり良い夢では無さそうだ。

 一度は入った事がある博士の部屋。

 しかしその時とはどこか違う空間の様に感じた。

 今、博士の部屋には博士とたった二人きり。

 花子の心臓に血は通っていない。

 それなのに何故か騒がしいくらいに胸の鼓動が脈打っている様に感じた。

僕は根っからのたけのこ派です。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事で花子ちゃんが看病するっていうだけの話でした。

これもラブコメからしたらありがちな定番で、いつかマガオカでもやりたいなと考えていました。

白状すると前回のオチも、この回に繋げる為の布石です。


この回で一番苦労したのは、ぶっちゃけハカセのお母さんの名前でしょうかww

最初は村人Aみたいなノリで『母』て書いてたんですけど、それは流石にあれだろうということで麻理香と名付けられました。

名前決める予定無かったんですけどねぇ……、よかったね麻理香さんww


さて、花子ちゃんが看病するだけの話、次回へ続きます!

前編後編の二部回になりますので、よろしければお楽しみいただけると嬉しいです!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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