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【077不思議】天からの堕とし物

 オカルト研究部部室に、夏を思い出させるような熱意の籠った声がこだました。

「今こそオカ研の力を合わせる時です!」

 ぐっと右手で拳を作りながら、千尋はそう熱弁した。

 他の部員達は力失くしたように、ぽっかりと口を開けて千尋を眺めている。

「一緒に力を合わせましょう!」

 声とは相対した冷ややかな視線には気付かず、千尋は尚も熱を振るっていた。

「あっ、あのぅ……、千尋ちゃんどうしたの?」

 部員を代表して西園が恐る恐る問い掛ける。

 千尋は質問されると、さっきまでの勢いに急ブレーキをかけて気を静めた。

「……落としちゃったんです」

「? 落とし物?」

 西園の確認に千尋は頷くと、そのまま声を振り絞っていった。

「私の大切な大切な宝物をどうやら学校に落としちゃったみたいで、皆さんにも一緒に探してほしいんです……」

 余程大切なものなのか、そういう千尋の体は震えていた。

 すっかり心の折れた千尋の姿に博士は溜息を吐く。

「ったく、そんな大事なもん学校に持ってくんなよ」

「それで? 落としたのって一体なんなの?」

 当然の質問に、千尋は少し体を硬直させる。

 そのまま涙混じりに震えた声で、千尋はその大切な大切なものを口にした。


「……天使の羽根」


「「「「「「「………」」」」」」」

 部室から音が無くなったのが解った。

 それでもそんなあからさまな状態にすら、涙が溢れそうな千尋は気付いていないようだ。

 その表情がどこまでも真剣で、博士は呆れ顔を見せる。

「……さて、勉強するか」

「ちょっと!」

 話を逸らした博士に、流石の千尋も食い下がる。

「なに話終わらせようとしてんの!? 一緒に探してよ!」

「嫌だよ! なんだ天使の羽根落としたって! 何、ランドセル!? どこの厨二病患者だよ! 今頃フィクションでもそんな使い回ししねぇわ!」

「あっ、ハカセまた信じてないでしょ!」

 落とし物を信じていない博士に、千尋はムッと頬を膨らました。

「残念だけど本物だから! この前ネットオークションで一万円で買っちゃったんだから!」

「怪しっ! つーかお前そんなんに一万円も使ったのかよ!」

 思いもよらない天使の羽根の入手方法に博士は愕然とする。

 博士のいつまで経っても信じようとしない姿勢に、千尋は指を差して抗議した。

「もう! そんな事言ってると天使が怒って雨降っちゃうよ!」

「何でだよ! 天使と天気ってあんま関係ねぇだろ!」

 このまま黙っていると戦争でも起こりそうなので、何とか西園が止めに入る。

「それで、その羽根はどこで落としたの?」

「んー、今日浮かれて羽根眺めながら登校したから、その後に落としたと考えて……校庭ですかね」

「お前登校中何してんだよ」

 博士の小言も耳に入らず、西園はゆっくりと立ち上がった。

「解った、それじゃあ行こっか」

「え?」

 突然の事に千尋はしばし思考を停止する。

「どこにですか?」

「どこにって、校庭でしょ?」

 千尋の不思議そうな表情に、逆に西園が不思議そうな表情を浮かべた。

 すると次々と席を立ち上がる音が聞こえてくる。

「よっしゃー! 探すとするか!」

「すぐに見つかるといいね」

「俺ここで本読んでるんで鍵任せてもらって大丈夫ですよ」

「何言ってんすか! もずっち先輩も行くんすよ!」

 吸い込まれるかの様にドアの外へ歩いていく部員達。

「ほら、千尋ちゃんも早く行くよ」

 西園が振り返って放った言葉に、千尋はやっと我に返った。

 そして思わず笑みを零す。

「ちょっと待ってください!」

 そう言って千尋も皆の背中を追って部室を後にした。

「……いやっ、おいっ、……解ったよ行けばいいんだろ」

 少し時間を置いて博士も引っ張られるようにして出て行き、部室には誰もいなくなった。


●○●○●○●


 校庭から見上げる空は清々しい程に気持ちが良かった。

 遠くからは運動部達の活気のある声が聞こえる。

 そんな運動部に負けないというように、オカ研達も膝を曲げて茂みの奥に天使の羽根を探した。

 下校する生徒達に変な目で見られているとも知らずに。

「ったく、何で俺まで探さなくちゃいけねぇんだよ。羽根一枚だろ? そんなもん一人で探せよ」

「五月蠅いなぁ! いいから黙って手ぇ動かして!」

 愚痴の様に零れた博士の言葉に、千尋は手を動かしながら答えた。

「そもそも、その天使の羽根ってのはどんなやつなんだよ。見た目が分かんねぇと探しようもねぇだろ」

「大丈夫! どこにでもあるような白い羽根だから!」

「どこにでもあるって言ったな今」

 千尋の台詞に引っかかりながら、博士も羽根探しに協力する。

 しかし一向に白い羽根が見つかる気配が無い。

 正直見つかろうがどうだろうがどちらでもいいので、博士はほぼ投げやりの状態だったが。

「あっ、あったぞ!」

 ぼーっとした頭の奥でそんな声が聞こえた。

 ふと目を向けると、そこには部員達が声を出した多々羅の周りに群がっていた。

「本当ですか!?」

 期待した目で千尋が視線を向ける。

「あぁ、これだろ!」

 多々羅は自信満々といったように見つけたそれを一同に見せつけた。

 そこにあったのはバドミントンの羽根だった。

「「「「「「「………」」」」」」」

 期待に満ちていた視線は、急激に冷めたものへと変わる。

 その激しい温度差に多々羅も気が付いた。

「あれ、違った?」

「違うわ!」

 千尋は声を張り上げて多々羅へと指を突き刺していく。

「天使の羽根って言ってんでしょ!? 何でバドミントンの羽根見つけてんの! 天使バドミントンやんないでしょ!」

「でもお前中学ん時バド部だったんだろ?」

「今関係ないわそれ!」

 多々羅の惚けた声を、千尋は本気の籠った文句で薙ぎ払った。

「もうちゃんと探してください!」

「解ってるよ」

 多々羅は若干いじけた声でそう言うと、再び茂みに羽根の影を探す。

 すると今度は違う方から聞こえてきた。

「あった!」

 その声に千尋の目は再び輝きを取り戻す。

「ほんと!?」

 千尋は声を上げた乃良のもとまでスタスタと歩いていき、それを確認する。

「ほらこれ!」

 乃良の掌にあったのは小さなネジだった。

「天使機械じゃねぇよ!」

 ストレスが着実に溜まっていっているようで、さっきまでの声量とは格段に違った。

「何!? 言ってる事分かんない!? 羽根! 羽根を探せって言ってんの! 誰がどこに使うかも分かんないネジ探せって言ったんだよ!」

「解った……。悪かったからちひろん落ち着いて」

 興奮のもう一段階上ぐらいまで来てしまった千尋を、乃良は何とか宥める。

 落ち着いてきたのか、千尋は深い溜息を吐いた。

「やばい……、何だかドンドン物ボケみたいになってきてる……」

 このままでは日が暮れても羽根が見つかる事は無いだろう。

 そろそろ真面目に探さなくてはならない。

 そう決意した瞬間である。

「千尋ー」

「「「「「「「!」」」」」」」

 一同の心をざわつかせるような声が聞こえた。

 振り返ったその先に、自分にとって良い事があるとは到底思えない。

 しかし意を決して千尋は笑顔で振り向いた。

「どうしたの?」


 そこには等身大のマネキンを担いだ花子の姿があった。


「見つけた」

 ――落ちてたの!?

 盛った予想を更に上回った事態に、部員総出で心の中でツッコミが炸裂した。

 その学校の落とし物としてまずおかしいそれに、千尋の上がっていた声量を底辺に落とす。

「えーっと……、どうしたのそれ?」

「そこに落ちてた」

「へぇ……、そうなんだぁ……」

 そこに落ちていたなら誰か気付きそうだが、そんなところに触れる余裕はない。

「んー、残念だけど、それは私のじゃないかな?」

 千尋がそう言うと、花子はマネキンを担いだまま地面に視線を落とした。

「……そっか」

 ――うわっ! なんかすごく寂しそう!

 全く感情が表情に出ない花子だったが、今の花子からは何だかそんな感情が読めた。

 そんな花子に抱き着くように千尋が駆け寄る。

「ごめん花子ちゃん! ありがと! これが天使の羽根だよ!」

「ちひろんそれでいいの!?」

 花子の儚げな表情に揺らいだ千尋の心を、何とか乃良が立て直そうとする。

 乃良の声に我に返った千尋は余計な思考をブンブン振り落として、天使の羽根探しを再開しようとした。

「さて、気を取り直して探そうと思うんですけど……、その前にこれら片付けた方が良いですかね?」

 そう言った千尋の目に留まったのは、先程見つけた落とし物達だった。

 バドミントンの羽根やネジ、マネキン以外にもいくつかの落とし物が散らばっている。

「そうだね。ゴミ捨て場に片付けに行こうか」

 斎藤の声もあって、一同は作業を中断し、落とし物達を手に取った。

 そのどれもがゴミと呼べるようなものばかりで、職員室に預けるようなものは何も無いだろう。

「しっかしなかなか見つかりませんね」

「なんかただの清掃活動のボランティアみたいになってるしね」

「もう見つかんなくていいんじゃないの?」

「何ふざけた事言ってんの!」

「このマネキン部室に持って帰ろうぜ!」

「こうやって色んなものが部室に増えていくのか」

 部員達が落とし物を持ってゴミ捨て場へ歩いていく。

 その後ろで未だ膝を付いていた博士がそんな会話を聞いていた。

 ――俺も行かねぇと……、ん?

 ふと茂みの奥に白い何かが目に映る。

 手を伸ばしてみると、それは純白に染められた一枚の羽根だった。

「……おい千尋、これって」


 瞬間、博士の体を大量の雨がずぶ濡れにした。


「………」

 突然の出来事に博士は思考を止める。

 さっきまであんなに天気が良かったのに、どうして今になって豪雨が降ったのだろう。

 先程の千尋の台詞が浮かんだ気がしたが、それはすぐに消し去った。

 一方他の部員達はすでに屋根のあるところにおり、天使の羽根を手にしたまま固まって濡れている博士を見守っている。

「……ハカセ、ありがとう」

 「ごめん」とも囁かれたが、千尋のその小さな感謝と謝罪は無惨にも雨の騒音で掻き消された。

 翌日博士は風邪をひき、学校を休んだという。

これオチが書きたかっただけです。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回の話、大分珍しいんですが、オチから構想を練っていた話です。

雨が降った話が梅雨回の一回しかないと気付いて、それはマズイと雨の降る話を考えていったんですね。


雨をオチに持っていくのは前から決まっていました。

雨に降られるという事は外にいなくちゃいけなくて、じゃあなんで外にいたんだろうと、逆算しながら考えていきました。

結論、落とした天使の羽根を探すという奇妙な探し物になりました。

物ボケみたいな話になって、個人的には大満足の回です。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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