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【075不思議】はじめてのチュウ

 オカルト研究部部室、花子は本を読んでいた。

 本といっても活字ばかりの小説なんかではなく、千尋からオススメされた胸のときめく少女漫画である。

 薄っぺらい紙の中には、今も少年少女が恋に身を焦がしていた。

『おら、これあげるよ』

『えっ!? でもこれって……』

『なに? お前間接キスなんか気にしてるの?』

『! 何よ! 別に気にしてなんかないんだからねっ!』

 そんなありきたりなドラマを、花子は何の反応も出さずに見つめていた。

『――あぁやばい、私今、間接キスしちゃってるぅ!』

 ときめいているのか、客観的にはとても解らない。

 花子が少女漫画に目を凝らす中、乃良はというと博士にとある勧誘をしていた。

「ハカセ! ピンポンダッシュゲームしようぜ!」

「なんだその面白くなさそうなゲームは」

「どっちがよりバレずにピンポンダッシュできるかってゲームだよ!」

「近所迷惑極まりないな」

 博士はストローの刺さった牛乳で喉を潤しながら、乃良に冷ややかな目を向ける。

 しかし博士の冷めた視線だけでは、乃良の興奮が冷めきる事はなかった。

「んじゃ俺先行ってるからな!」

「あっ、ちょっと!」

 そのまま乃良はドアを勢いよく開け、外へと駆け出してしまった。

「あいつ、本当にピンポンダッシュやりかねねぇな……」

 少し迷った様子だったが、博士は面倒臭そうに頭を掻き毟ると、手にしていた紙パックを置いた。

「すみません、ちょっとあいつ捕まえてきます」

「いってらっしゃい」

 畳スペースから斎藤の返答を聞くと、博士はそのまま乃良の後を追っていく。

 廊下からは二人の賑やかな声が聞こえてきた。

 その声に二人の仲の良さを再確認させられると、他の部員達はそれぞれ自分の元していた業務に手を掛けていく。

 しかし花子は少女漫画に視線を戻す事は無かった。

 その代わりに、花子はじっとそれを見つめていた。

 博士の置いていった、ストローの刺さった紙パックの牛乳を。

「花子ちゃんが今何考えてるか、当ててあげよっか?」

 向かいに座っていた千尋が、厭らしい目でこちらに視線を送っていた。

 花子の返事を聞くまでも無く、千尋は自信あり気な表情で答えを口にしていく。

「『ハカセが置いてったこの牛乳を飲んだら、間接キスだ』……でしょ」

 そう言うと千尋は黙って花子の解答を待った。

 花子も特に答え合わせをする素振りを見せず、じっと千尋の目を見つめる。

 二人で目を合わせる時間だけがただただ過ぎていく。

「……えっ、何か言って?」

 一向に口を開く素振りを見せない花子に、とうとう千尋の心が折れた。

 こういう時、博士なら表情から花子の解答を導いているのだろうか。

 静寂を貫き通す花子に恐怖すら感じていると、数十秒のラグの後に花子は小さく頷いた。

「……うん」

 コクリと動いた首に、千尋の表情がパッと明るくなる。

「やっぱり! そんな気がしたんだよねぇ!」

 腕を組んで首を縦に振るその姿に、さっきまでの暗い顔は無かった。

 千尋は目を閉じると、訊いてもいないのに持論を謳い始める。

「間接キス! 何も味は変わっていない筈なのに、確かに感じるそれは甘酸っぱい青春という名のスパイス! 気にしないなんて口では言うけど、気にしちゃうもんだよねぇ!」

 千尋は一人夢の世界に落ちた様に身悶えしていた。

 すると机に置かれた博士の牛乳を手にして、少し揺らしてみる。

「うん、まだ入ってるね」

 容器の中身を確認すると、次に千尋はそれを花子に差し出す。

「はい、花子ちゃん!」

「ちょっ、ちょっと!」

 そう声を上げたのは、畳スペースから静かに見守っていた斎藤だった。

 斎藤は慌てたようにこちらへ声を投げてくる。

「流石に勝手にそういう事するのはいけないんじゃないかな?」

「何でですか!?」

「何で!?」

 一切悪気の無さそうな千尋に、斎藤は少し押されてしまう。

「だって、それはハカセ君のものなんだよ? 人のものを勝手に頂戴するのはいけない事だと思うよ」

 斎藤はそう言うと簡単な例を取り上げる事にした。

「じゃあ仮にハカセ君が石神さんの飲み物を勝手に飲んだとしたらどうする?」

「ロープで体中縛りつけて天井から吊るし上げます」

「怖っ!」

 予想外に過激な千尋の回答に、斎藤は血の気が引いていくのを感じる。

 気を取り直して、斎藤は一つ咳払いをした。

「でしょ? 人にされて嫌な事は人にしちゃいけないって」

「それは違います!」

「なんで!?」

 論破と映し出されそうな突然の反応に、斎藤は口を閉ざした。

 次は自分の番だと言う様に千尋が反論をしていく。

「確かに犯行手口は一緒かもしれません」

「犯行って言ってるじゃん」

「でもその例と今回の件に関しては、決定的な違いがあるのです!」

 異論は認めないというように堂々とした口振りで話す千尋に、斎藤もそれ以上小言を挟むのはやめた。

「だって……」

 千尋は大きく息を吸い込むと、花子に向けて手を広げ、大声で言ってみせた。

「こんな可愛い女の子が、間接キスするんですよ!?」

 部室から一切の雑音が消え、千尋の声がよく響くようになった。

 掌で示された花子ですら、何事かと首を傾げている。

 これ程までに静まり返った部室で、千尋は今がチャンスだと言わんばかりに滑々と言葉を並べ立てた。

「こんな天使みたいな可愛い女の子に、しかも自分に恋してる女の子に間接キスされて、一体誰が嫌がるっていうんですか! 寧ろ『間接キスしてくださってありがとうございます』って感謝するべきですよ!」

「それは石神さんの匙加減でしょ!?」

 止まらぬ勢いで暴走する千尋を、何とか斎藤が止めようとする。

「そんなの石神さんが花子さんの事好きだから成り立ってるんでしょ!? じゃあハカセ君が石神さんの事好きだったら間接キスされても許すの!?」

「ロープで体中縛りつけて天井から吊るし上げます」

「変わってないじゃん!」

 どこまでも横暴な千尋の反論に、斎藤は頭を悩ませた。

「ったく五月蠅ぇなぁ」

 二人の論争を抑え込むようにそんな声が部屋に響く。

 斎藤と同じく畳スペースにいた多々羅は、どうでもいいように口を開いた。

「間接キスなんてそんなのどうでもいいじゃねぇか。あいつがそんな事気にするような奴かよ」

「例えハカセだとしても、間接キスを気にしない高校生なんていませんよ!」

「多々羅、問題はそこじゃなくて」

「てかよ優介」

「?」

 突然名前を呼ばれて、斎藤は首を傾げた。

 多々羅は斎藤へと目を向けると、悪魔を彷彿とさせるような笑みを浮かべる。

「バレなきゃ犯罪じゃねぇんだよ」

「多々羅!?」

 その悪に染まりきった笑顔に、思わず斎藤は表情を真っ青に染め上げた。

 これ見よがしに千尋も立ち上がって、多々羅の言葉に乗っかる。

「そうだ! バレなきゃいいんだ! ハカセが来る前にチャチャッと間接キスして戻しちゃえばバレやしないよ!」

「嫌だよそんな欲に塗れた間接キス!」

 斎藤の声も血走った目付きの千尋には、最早届いていない。

「でもその前に」

 そう口を開いたのは今まで愉しそうに静観していた西園だった。

 西園は花子を覗くように視線を向けた。

 惚けたその無表情を見つめていると、さっきまでの話を聞いていたのかどうかも心配になる。

「花子ちゃんはあの牛乳、飲みたい?」

 西園からの質問に、花子はただ口を噤んだ。

 今頃花子の頭の中では、必死に答えを探し出しているのだろうか。

 そんな様子は表情に一切現れなかったが、数秒の間を置いて、花子はゆっくり首を縦に動かした。

「……うん」

 そう零した花子は、さながら少女漫画のヒロインの様だった。

 頷く花子に二人の女子も口元を緩ませる。

「……それ単に喉が渇いただけじゃないの?」

「じゃあハカセが来る前にやっちゃおう!」

 斎藤の疑問を掻き切るようにして、千尋が高らかにそう声を上げた。

 問題の紙パックを手にすると、それを花子の前に差し出す。

「さぁ、飲んじゃって!」

 花子はしばらくそれを見つめると、小さな手で受け取った。

 中に入っている牛乳の冷ややかな温度が、幽霊の掌に伝わっているのかどうかは解らない。

 ただ花子はそのストローをじっと見つめているだけだった。

 千尋もそれ以上後押しする事はなく、黙って花子を見守っている。

 すると花子は小さく口を開いた。

 徐々に口元にストローを運んでいき、あとちょっとというところで花子はストローの先端を優しく覆う様に咥えた。

 透明なストローの中にゆっくりと吸い上げられる牛乳が確認できる。

 白い液体は花子の口の中に入っていき、それは喉を通っていく。

 本当に喉が渇いていたのか、花子はグビグビと牛乳を飲み干していった。

「……長くない?」

「どんだけ余ってたんだその牛乳」

 息継ぎ無しで(幽霊だから息継ぎの心配はないかと思うが)飲んでいく花子に、周囲は心配すらしていた。

「あまり飲みすぎると、ハカセ君が帰ってきた時にバレるんじゃ」

「ったく、ピンポンダッシュなんて小学生みたいな事するんじゃねぇよ」

「「「!」」」

 ガラガラと開いた扉と同時に聞こえた声に、一同は思わず息を飲む。

 目を向けてみると、勿論そこには乃良を確保して戻ってきた博士の姿があった。

「何言ってんだよー、ピンポンダッシュは不朽の名作だろ?」

「名作って言うな」

「例え大人になったとしても、あの見つかったらいけないというデンジャラスな刺激が欲しくなるもんだよ」

「大人になってやってたらそれはただの不審者だ」

 部室を見渡して気付いた景色に、博士の言葉は打ち止められた。

 部員達は何故か全員こちらに目を向けているが、問題はそこじゃない。

 自分が置いていった牛乳が何故か花子の口元にある。

 しかも持ち主ご登場であるにも関わらず、花子の喉が動きを止める事は無かった。

「あっ、あのねっ! これは花子ちゃんは悪くないというか何というか……」

 千尋が必死で弁論しようとするも、博士はそれを聞く素振りも見せずに花子のもとへ歩いていく。

 すぐそこまで着くと、博士は花子の持っていた牛乳を奪い返した。

「お前人のヤツ勝手に飲んでんじゃねぇよ」

 左右に揺らして中の量を確認する。

「あーあ、お前大分飲んでんじゃねぇか」

 不満げに零した博士の表情に、部員達はビクビクしながら反応を待ち構える。


 すると博士は何の躊躇いもなく、ストローに口を付けて喉を潤わせた。


 部室全体が博士に音と視線を奪われたようだった。

 それぐらい部屋は沈黙に陥り、それぐらい部員達は博士に目を奪われた。

 もっとも本人は一切それに気付いていないが。

「あっ! あいつまた行きやがったな! おい花子! お前も飲んだんだからこれ捨てとけよ!」

 そう言葉と空になった紙パックを置くと、博士は逃げ出した乃良を追って再び部室を飛び出していった。

 語彙力を失ったこの部室を置いて。

「……間接キス、気にしない人もいるんだね」

「ですね……」

 そう口にするので精一杯だった。

 間接キスが叶った花子はただ博士のいなくなった扉を眺めており、役目を果たしたストローが力尽きた様に項垂れた。

ゆーて正直あんま意識しないけどね。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


この話を考えたのは、本当に突発的でした。

これからの展開やら色々考えていた時にどういう訳か「ラブコメなら間接キスの話書かなあかんやろ!」と謎の衝動にかられて出来た話です。

でもハカセはこういうの気にしないだろうし、花子は鉄仮面だしで周りが勝手に盛り上がる感じになりましたww


作中の高校生は大変盛り上がっておりましたが、高校生になったら間接キスなんてもう気にしませんよね。

僕も普通にやってた記憶があります。

でも気になる相手になると色々気にしちゃうんだろうから、間接キスは堪りませんねww

意識した?


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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