【073不思議】肌の白い姫
そして、生徒会選挙当日がやって来た。
カレンダーも今日で十月に入り、体育館に集まった生徒達は一様に長袖のブレザーを羽織っている。
逢魔ヶ刻高校の生徒会選挙は一年に一度。
我こそはと名乗りを上げた生徒達が、全校生徒の前に立ち、体育館という大舞台で公約を口にする。
しかし立候補者は例年定数通りで、選挙とは名ばかりの承認制だった。
それによって票を投げる生徒達の目はどこか虚ろだ。
体育館で謳われるスピーチも、一体何人の人が聞いているか解らなかった。
それでも確かに聞いている人はいた。
彼らの目を見て、この学校を任せてもいい素質の人なのかどうか、見極めようとしている人がいた。
立候補者はその視線に見せつけるように公約を謳っていた。
自分はこの学校にとって、更なる栄光へ導けるような存在であると。
●○●○●○●
数日後、選挙の投票結果が発表された。
結果全立候補者が承認され、ここに新生逢魔ヶ刻高校生徒会が誕生した。
それは同時に、前生徒会の解散を意味していた。
「この一年間で、一年間という時間はあっという間だという事を知った」
生徒会室の中から山崎の声が聞こえてきた。
この狭い部屋の中で前生徒会の退任式、引継式、そして新生徒会の認証式が行われた。
たった十人と教師ぐらいしかいないそれは、式と呼んでいいのかも解らなかった。
その最後の幕締めの言葉を、山崎が一任されたのだ。
「生徒会長という肩書きをいただいた日から一年、この学校をよりよくする一心でここまで走ってきた」
生徒会長の最後の言葉を聞こうと、皆熱心に耳を傾けている。
その中には勿論、西園の姿もあった。
「正直、僕の働きでこの学校がよくなったかどうかなんて解らない」
山崎はふと視線を上げて、新生徒会メンバーの顔を見つめる。
「だから君達には僕達の出来なかった事をし続けて欲しい。随分と我が儘なお願いかもしれないが、その資質が君達にはあると僕は思っている」
熱い視線に込められた思いに、新生徒会は深く頷いた。
次に山崎が目を向けたのは、同じく一年を過ごした生徒会メンバーだった。
「お前達には……、本当に世話になった。僕に至らない部分があって、困らせた事もあると思う」
思わず目を拭っている役員もいた。
それでも山崎の演説を目に焼き付けようと、何とかして前を向く。
「それでも、僕はこの一年楽しかった。生徒会長として楽しんでいいのかは解らなかったが、お前達と一緒に過ごしたこの一年を、決して忘れる事は無いだろう」
そう口にして、思わず視界が滲んでいくのを感じた。
山崎はそれを振り払うように声を荒げる。
「僕は! この逢魔ヶ刻学校の全生徒の中で、一番充実した学校生活を送れていたと誇りを持って言える!」
それは山崎の紛う事なき本心だった。
「一年間! 僕に付いてきてくれて! 僕を生徒会長にしてくれて! ありがとう!」
そう言うと山崎は深く頭を下げた。
他の生徒達から、床を見つめる山崎の顔など見えない程に。
パチパチと少しずつ手の鳴る音が聞こえてきた。
小さな部屋に少人数しかいなかったが、その拍手はまるでオーケストラの演奏会の様に大きく、鳴りやまなかった。
ゆっくりと山崎が顔を上げると、こちらに笑顔を向けている新旧生徒会が見える。
「会長ー!」
「お礼を言いたいのはこっちですよ!」
「あびばどうごでゃいまびた!」
「なんて?」
「これからは私達に任せてください!」
その言葉を聞いて、心底思った。
この場所は、この仲間達は、自分にとって贅沢すぎると。
「よーし! それじゃ打ち上げ行きましょ!」
「あーあ、私泣いちゃった!」
「お腹空いたー!」
「先生の驕りでガンガン食べるぞー!」
役員達はそれぞれ声を重ねて、生徒会室を後にしていく。
西園も皆に合わせて足を動かした。
「西園」
ふと後ろから呼び止められて、西園はくるりと振り返った。
「ほら西園先輩! 一緒に行きましょ!」
「ちょっバカ! 空気読みなさいよ!」
こちらに手招いていた役員は引っ張られていき、いよいよ生徒会室は二人きりになってしまった。
夕暮れが染まる中、西園は声をかけた山崎を見つめる。
逆光のせいかその山崎は輝いて見えて、西園は自然と目を奪われてしまっていた。
山崎はむず痒そうに、しかしハッキリと口を開いた。
「……話がある」
●○●○●○●
「……遅い」
千尋の不満げな声が部室の中で解き放たれた。
オカルト研究部部室の中は、いつもと違ってどこか華やかだった。
壁には装飾品、机にはお菓子がデコレーションされており、このままパーティーでも始まりそうである。
しかし肝心の主役が、まだ到着していなかった。
「いくらなんでも遅すぎない? 流石にもう引継式なんて終わってると思うんだけど……」
そう呟くと、千尋の脳内に最悪の可能性が過る。
「まさか、不審者に捕まって」
「ここ学校だよ?」
千尋の被害妄想を何とか乃良が食い止める。
それでも収まらない千尋の暴走に、博士は呆れて溜息を吐いた。
「もう帰ったんじゃねぇか?」
「はぁ!?」
博士の言葉を聞き逃す事が出来ず、千尋は堪らず声を荒げた。
「西園先輩が部室に寄らずに帰るなんてある訳ないじゃん!」
「いつもなら、だろ? 今日は生徒会の引退なんだ。生徒会の人達と一緒に打ち上げとか行ったりするんじゃねぇの?」
最初は反抗していた千尋だったが、博士の言葉がじんわりと頭の中に溶けていく。
段々と意味を理解すると、千尋の顔色がどんどん悪くなっていった。
「……どうしよ」
「俺は最初から反対だったけどな」
無責任に放り出した博士に、千尋はキッと睨みつける。
「なんでそういう事もっと早くに言わないの!?」
「言ってたっつーの! お前が話聞かないで勝手にサプライズパーティーとか浮かれてただけだろ!?」
「どうすんの!? お菓子大量に買っちゃったよ!?」
「知るか! 一人で食っとけ!」
「そんな事したらおデブになっちゃうじゃんか!」
いつも通り博士と千尋の言い争いの火蓋が切って落とされた。
これでは西園が来たとしても、サプライズパーティーという訳にはいかなそうだ。
それはいけないと斎藤が何とかして二人の喧騒を止めようとする。
「まぁ、また今度でいいんじゃない?」
「斎藤先輩はいいんですか!? 高校卒業したら西園先輩と会ってパーッと遊ぶ事なんて滅多に出来なくなっちゃうんですよ!?」
「んー……、そもそもまだどこの大学行くかも教えてもらってないしなぁ……」
「いや別に生徒会引退の祝いなんてすぐに出来んだろ」
「今したいの!」
「我が儘か!」
斎藤の宥めは失敗に終わり、寧ろ二人の口はヒートアップしていた。
これ以上は手が付けられないと、斎藤は諦めて苦笑いを浮かべる。
そんな斎藤を多々羅が横目で眺めていた。
「……優介」
「ん?」
横から自分を呼ぶ声がして、斎藤はそちらに目を向ける。
「お前ちょっと様子見に行けよ」
「え?」
どういう意図か解らず、斎藤はそう訊き返す。
それでも多々羅の放つ言葉が変わる事は無かった。
「だから、ちょっと生徒会室覗いてこいって言ってんの」
「えっ、何で?」
「いちいち五月蠅ぇな。いいからとっとと生徒会室行って美姫攫ってこいよ」
「急に物騒!」
妙に苛立っている多々羅に、斎藤は表情を青くした。
「そんな事したら生徒会の皆さんに悪いでしょ!」
「いいから行けって言ってんだよ! 三秒以内に行かなきゃお前の体中の関節全部逆方向に曲げるぞ!」
「脅しが具体的で怖いよ! 解った! 行けばいいんでしょ!?」
多々羅の言葉に、斎藤は追い出されるように部室を出ていった。
やっと部室の外に出た斎藤に、多々羅は小さく溜息を吐く。
ふと思い立って部室を見渡すと、その場にいた他の部員全員の視線が多々羅に集まっていた。
「……何?」
「いや、らしくないなと思って」
正直に答えた博士に、多々羅は不服そうに顔を歪める。
「別に。あぁでもしねぇとあいつ動きもしねぇからな」
そう言って机に並んだ数々のお菓子の中から、多々羅はポテトチップスに手を伸ばした。
手掴みで取った大量のポテトチップスが口の中で噛み砕かれる。
「……何もせずに後悔するあいつの顔、見たくねぇんだよ」
多々羅の視線の先に、今頃生徒会室へ歩いているだろう斎藤がいる様な気がした。
●○●○●○●
生徒会室への道中、斎藤は一人で考え事をしていた。
――勢いで出てきちゃったけど、まだ式やってたらどうしよう。流石に連れ出す訳にはいかないよね? 式が終わるまで待ってる? でも見つかった時なんて言い返したら……。
お得意のネガティブ思考が斎藤の脳内を埋め尽くしていく。
生徒会室に近付く度に、頭を抱えたくなった。
そんな時、ふと数日前山崎に聞かされた言葉を思い出す。
――山崎君、告白したのかな?
生徒会最後の日、その日に彼は確かに「告白する」と言った。
そしてその日というのは、紛れもなく今日だった。
自分が気にする必要などないという事は百も承知だったが、それでも忘れるなんて事までは出来なかった。
すると視界に、とある人影が見えたのが解った。
正しく噂をすれば影、である。
「山崎君……」
斎藤の声に、向こうもこちらの存在に気付いたようだ。
その態度はいつもの山崎と何ら変わりない。
「あのっ、僕西園さん探してて、どこにいるか知らないかな」
そう訊いた瞬間、斎藤は自分の発言を恥じた。
山崎はほんの数秒前に西園に告白していた可能性があるのだ。
結果はどうであれ、告白をした相手の居場所を訊くなんて野暮な真似があるだろうか。
「ごめん、そのぅ……」
斎藤はそう言って、何とかして言葉を取り繕うとする。
そんな斎藤に、山崎は少し苦笑して口を開いた。
「フラれたよ」
たった一言だった。
その一言で、斎藤の心の中に一種の感情が芽生えた。
それが嬉しいものなのか、悲しいものなのか。
きっとこの感情は、そんな単純な名前では言い表せない、もっと複雑な感情だ。
そんな何もかもが解らない中で、一つだけ明白に解った事があった。
『次はお前だ』
山崎の一言の裏に、そう言葉を孕んでいるという事を。
「……西園ならまだ生徒会室にいるぞ」
固まっている斎藤に、そう山崎が声をかけた。
「……じゃあな」
そう言い残して、山崎は斎藤の横を通り過ぎていく。
山崎を呼び止める言葉など、繋ぎ止める手など、今の斎藤は持ち合わせていなかった。
ただ斎藤は歩き出す。
生徒会室にいるという、西園のもとへ。
●○●○●○●
ドアを開けると、一瞬目を瞑りたくなるような夕焼けが飛び込んできた。
目に手を翳しながら、斎藤はそっとドアを閉める。
そこには夕焼け空に目を向ける、西園の姿があった。
窓が全開になっており、肌寒い風がカーテンと西園の髪を靡かせている。
優しい橙色の光が、彼女の雪の様に白い肌を照らす。
その横顔に、斎藤は思わず見惚れてしまった。
不意に斎藤の影に気付いて、西園がこちらへと目を向ける。
それでも斎藤は西園から目を離す事が出来なかった。
生徒会室、斎藤と西園が静かに見つめ合う中、夕日だけがゆっくりと身を落としていった。
夕焼けの生徒会室、君と二人きり。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
生徒会引退となりました。
生徒会長最後の言葉として山崎に言ってもらったのですが、熱い言葉が何とも難しかったです。
生徒会長になった事がないという事もありますが、人に刺さる言葉が解らない。
それでも彼の様な愚直な人間が最後にどんな事を言うのか、それを自分なりに考えて出た言葉があれなので、きっとあれが正解なんだと思います。
そんな山崎の熱い台詞は置いといて!ww いよいよ二人の恋が動きだします!
気になる二人の恋の行方は……!?
次回、西園編完結になります。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




