【072不思議】腹の黒い姫
今日のオカルト研究部の部室は、不思議な緊張感に包まれていた。
親の仇でも恨む様に睨みつけている千尋と、それを呆れた様に見つめる博士。
二人の手には数枚のカードが握られていた。
博士が千尋の持つ一枚のカードに手を添えると、急に花が開いたかの様に千尋の表情はパーッと明るくなった。
隣のカードに手を添えてみると、さっきの鬼の形相の目に逆戻りする。
前のカードに戻すと、また千尋の表情はパーッと明るくなった。
呆れ顔のまま、博士は鬼の形相のスイッチであるカードをそっと引いた。
「ギャー! もうなんで!?」
「何でって、お前解りやすすぎだろ」
耐え切れずに声を上げた千尋に、博士は躊躇なくそう断言した。
お察しの通り、オカルト研究部ではチキチキババ抜き大会が開催されていた。
なかなか引いて欲しいところを引いてくれない千尋は堪らず音を上げる。
「何で!? 何で分かるの!?」
「だって解りやすい通り越してお前の顔に書いてあるんだもん」
「顔に!?」
博士の言葉に千尋は思わず顔に手を当てる。
いつもと変わらないもっちりお肌である事を確認して、千尋は次の相手へと目を向けた。
「さぁ! 次は私が花子ちゃんのカードを引く番だよ! 覚悟してね!?」
「お前このゲーム知ってるか?」
遠巻きで聞こえる声を無視して、千尋は花子の持つカードに手を添えていった。
花子の手札は四枚。
一枚目のカードに手を添えると、無表情。
二枚目のカードに手を添えるも、また無表情。
三枚目のカードも無表情。
四枚目のカードも――、当然の様に無表情。
――なっ、なんというポーカーフェイス!
「そもそもお前がジョーカー持ってるんだから考える必要無ぇだろ」
千尋の心の声が聞こえてくるようで、博士はそう吐き捨てた。
「なっ! べべべ別にジョーカーなんて持ってませんよ!?」
「あーもういいからそういうの」
「何そういうのって! 持ってないもんは持ってないの!」
「じゃあそれでいいよもう」
「何その言い方!?」
二人が言い争っている間にもカードは人の手をぐるぐる回っていく。
ふと誰かが零れたように口を開いた。
「あっ、あがりー」
「「えっ!?」」
論争に夢中になっていた二人は、思わず声を揃えてそちらに目を向けた。
そこには手持ちが無くなった西園が静かに微笑んでいた。
「西園先輩終わったの!?」
「うん」
「西園先輩鬼強ですね!」
「ババ抜きに強いとかってあるのかな?」
「こいつは確実に弱いですけどね」
「なに!?」
最初の話題から話が逸れていくのは最早お約束であり、西園はゆっくりと席を立った。
「じゃあ、私はそろそろ帰るね」
「えっ!? もう帰っちゃうんですか!?」
「うん、ごめんね」
西園はそう言いながらも帰りの支度を進めていく。
「それじゃ、また明日」
「お疲れ様ですー!」
部員総出で手を振って、西園の背中を見送った。
西園がいなくなった部室でも、ババ抜きは継続して行われていく。
「西園先輩、最近帰るの早いですよね」
千尋は無意識にそうボソッと呟いた。
それと同時に、前にもこんなように誰かが早帰りしていたのを思い出す。
「……まさか」
「違ぇだろ」
じっと向けられた視線を、乃良は払い除ける様に声を返した。
代わりに答えたのは、ペアが揃ってカードを外に出した斎藤だった。
「あぁ、もうそろそろだからね」
「えっ?」
曖昧な答えに千尋は首を傾げると、斎藤は柔和に微笑む。
「生徒会の引退」
●○●○●○●
生徒会室、文字通り生徒会が活動する為の部屋だ。
中には書類、賞状などが並べられており、どこかの部室の様にお遊びの道具など一つも無い。
そんな生徒会室に、熱意の籠った声が響き渡った。
「とうとう我々生徒会の任期も、残り一週間となった」
生徒会長、山崎の声である。
逢魔ヶ刻高校の生徒会は総勢五名。
生徒会選挙が行われる年の一年、二年で構成され、それぞれが与えられた使命を一年間全うする。
「我々の残された仕事は来週の次期生徒会選挙、そして退任式及び引継式だ」
冷静で、それでいて熱を感じる山崎の声を、他の生徒会役員は直立して聞いている。
その中には勿論、副会長である西園の姿もあった。
「我々は最後まで立派であったと誇れる仕事をし、そして、次の生徒会役員を導けるような存在にならなければならない」
生徒会役員一同が、山崎と同じ様な真っ直ぐな目をしていた。
「最後の一秒まで自分達らしく、逢魔ヶ刻高校の代表として誠意を尽くそう」
「「「「はい!」」」」
山崎の一言に、導火線に火がついた様な気がした。
この導火線が全て燃え、打ち上がる時は、生徒会を引退する時だ。
その一瞬を華やかに終わらせる様に、頑張ろうと思えたのだ。
山崎の演説を聞き終え、役員達は残り僅かとなった仕事に手を伸ばし始めた。
「しっかし、これで先輩の暑苦しい言葉を聞かずに済みますね!」
「何と言った貴様!」
「冗談ですよ!」
「ほらほら! 仕事しましょ!」
後輩の会計の言葉に腹を立てながらも、会長は自分の席に腰を下ろす。
この席から見える景色ももう見えなくなるのかと思うと、少し感傷的になった。
ふと副会長の席に座る西園の方へ目を向けた。
役員達のやり取りに耳を預けながら業務を熟す西園の横顔は、夕日に照らされてより一層映えていた。
西園の横顔を見るのも、あと数回しかないのだろうか。
そう思うと胸が苦しくなった。
しかしそんな苦痛はただの私的な事情であり、山崎は振り払うように自身の業務へと手を付けた。
●○●○●○●
随分と日が落ちるのが早くなった気がした。
紫とオレンジを掻き混ぜた空の下を、山崎は一人で歩いていた。
この時間になると、少し長袖が恋しくなる。
体を擦って体温を上げようとしていると、目の前に見覚えのある影がある事に気付いた。
「「あっ」」
向こうもこちらに気付いたようで、声は奇跡的に混ざった。
そこには夕日で銀髪が乱反射している斎藤がいた。
「お前、どうしてこんな時間に?」
「さっきまで部室にいて、今鍵を返しに行ったところ」
「全く、相変わらず暢気な部活だな」
言い返す事が出来なくて、斎藤は適当に愛想笑いで返す。
「……山崎君は生徒会?」
「……あぁ」
特に広げるような話題も無いだろうと、山崎はそう言って校門を出た。
声も聞こえなくなったから、斎藤も自分の家へと帰ったのだろう。
山崎は目を伏せると、ただひたすらに足を動かす。
ふと気になって山崎は振り返ってみた。
そこには半歩後ろにピッタリとくっついてくる斎藤の姿があった。
「何だ!? まだいたのか!?」
「えっ! うん、折角だから一緒に帰ろうと思って……」
恥ずかしそうにモジモジと体を捻る斎藤に、うっかり山崎は溜息を吐く。
撥ね飛ばす気も起きず、山崎はそのまま歩き出した。
斎藤は弾かれた様に顔を上げると、子供が親についてくる様に後ろを歩いてくる。
特に話す事なんて無かった。
そう、無かったのだ。
「……体育祭での事、覚えているか?」
「えっ?」
突然声をかけられ、斎藤は思わずそう声を漏らした。
この様子じゃ覚えていないだろうと、山崎は自分から話を続ける。
「棒倒しの時、勝ったら西園は俺が貰うと」
「!」
山崎に言われて、斎藤はようやくその時の情景を思い出した。
思い出したが――。
――あれ本気だったんだぁ――!
そう叫ばずにはいられなかった。
そんな斎藤の心の叫びなどお構いなしに、山崎は言葉を連ねていく。
「結果、あの勝負は僕が勝って、お前は負けた」
この時、山崎を止めるべきなのだろうか。
しかしあの時体育祭の空気の呑まれてしまったとはいえ、斎藤もその提案に乗ってしまった。
西園の事を思えば止めるべきなのだが、乗ってしまった手前何だか止めづらい。
「だから、決めた」
斎藤が心の中でウダウダ悩んでいると、山崎は立ち止まってそう言い放った。
「生徒会長最後の日、俺は西園に告白する」
ウダウダ悩んでいた斎藤の心に、不思議とその言葉がスッと入ってきた。
「……文句あるか」
固まった斎藤を見かねて、山崎がそう声をかけた。
斎藤は何かを振り切る様に首を振ると、小さく、しかしハッキリと声を振り絞る。
「ううん」
これは山崎の決意だ。
相手がどうであれ、それを止める権利は自分には無い。
斎藤は不安を飲み込む様に喉を鳴らすと、次に伝える言葉を考えた。
「えぇっと……、……頑張って?」
「はぁ!?」
思いがけない言葉が聞こえた気がして、山崎は思わず耳を疑った。
「お前、西園の事は諦めたのか!?」
「いや全然!?」
「じゃあ何故そんなふざけた事を言う! それは何だ! どうせお前は選ばれないぞという余裕の表れか!?」
「ちっ、違うよ! ただ何ていうか、告白ってすごい勇気がいる事だから、少しでも後押しできればいいなと思って……」
照れ臭そうに呟かれる言葉に、山崎は理解できなかった。
同じ人を好きになり、今その人が自分の好きな人に告白すると宣言したのに、目の前の男はその手助けになろうとした。
そう出来る神経が、不思議で不思議で仕方なかった。
しかし、その答えも解っていた。
それは単純明快。
目の前にいるのが、斎藤優介という男だからだ。
「……バカかお前は」
「えっ!?」
そう言葉を置いて歩き出した山崎に、斎藤は顔を真っ青にさせた。
山崎の堅く閉じた口元が、少し緩まっている事も知らずに。
先を歩き出してしまった山崎に追いつこうと、斎藤は足をふらつかせながら後を追う。
あれだけ忌み嫌っていた恋の敵なのに、隣を歩くその距離感がどういう訳か嫌いじゃなかった。
生徒会、引退です。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
みんなにスポットライトを当てていこう第四弾は西園編です!
随分と前に「これから先の展開の為にこのキャラを作った」とか、「これから出てくるので」とか言ってたのは全てこの西園編です。
そう、熱血生徒会長山崎は西園編の為に生まれたキャラだったのです!
西園編はどうしようかと考えた時、生徒会副会長という設定は決まっていたので、じゃあ生徒会引退の話にしようと内容と時期が決定しました。
一人じゃ寂しいので、生徒会長も登場させようと。
その当時は細かな内容なんて決まってなかったのですが、西園と斎藤の関係性や山崎の性格が生まれて徐々に組み立てられた感じです。
これからの西園編、是非楽しみにしてください!
さて、遂に動きだす三年生の三角関係!
生徒会引退の日、西園は一体どうなってしまうのか!?
あっ、千尋編や乃良編みたいに重くなる予定はないので気軽にお待ちくださいww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




