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【071不思議】真夜中のマーメイドショー

 短針が零時へと差そうとしている真っ暗な夜。

 逢魔ヶ刻高校の深夜のプールサイドには、片手で数えられる程度の人影があった。

「おーい、ローラぁ! 連れてきたぞー!」

 その中の一人である多々羅が、誰もいないプールに声を投げる。

 すると生き物の気配すら感じなかったプールから、ブクブクと泡が浮かんできた。

 泡はみるみるうちに勢いを増していき、一瞬の瞬きの間に泡と一緒に人の影をしたそれが飛び出した。

「ぶはっごふっびばほっがわっちょっだれっか」

 プールの人魚、ローラのお出ましである。

「ノラ! 浮輪!」

「了解!」

 多々羅の合図と共に、乃良が息を合わせてローラに浮輪を投げる。

 何とかしがみついたローラは、そのまま成されるがままに浮輪に釣られて引っ張られた。

「このくだり毎回やんの?」

 傍で見ていた博士が、呆れてそう零す。

 言っている間にローラはプールサイドにまで運ばれ、何とか息を整えていた。

「……おぅ、よく来たな」

「アンタが引っ張られてきたんでしょ」

 博士の細かい指摘に、ローラが応える様子は無い。

「ったく、いつも同じような登場の仕方して。ちょっとは上達とかしないんですか?」

「バカ、もう何十年もカナヅチやってんだ。ちょっと簡単に練習したくらいで泳ぎマスターできると思うなよ?」

「貴女本当に人魚ですよね?」

 人魚らしからぬ物言いに、博士が堪らず物申す。

「あのぅ、前から疑問に思ってたんですけど」

「ん? 何だ?」

 しばらく静かに眺めていた千尋からの質問に、ローラは耳を傾ける。

 千尋はそのまま予てからの疑問点を口にした。

「ローラさんって、普段どうやって生活してるんですか? プールの中にいたら水泳の授業とかで気付くだろうし、そもそも水中にいたら溺れてますよね?」

 ローラの顔を覗いて千尋はそう尋ねた。

 その質問に関しては、博士も前から疑問に思っていた部分だった。

 千尋からの質問を聞き終えると、ローラは「そんな事か」と言いたそうに鼻を鳴らす。

「どうって、普通にプールの中にいるよ」

「でもそれだと生徒に気付かれちゃいますよね? 私もプールの授業中釘付けになってローラさん探しましたけど、全然見つかりませんでしたよ」

「授業に集中しろ」

 思わぬカミングアウトに博士が冷静に注意する。

 ローラは少し微笑むと、答え合わせと言わんばかりに口を開いた。

「それは水の中にいると、他の人間には私の気配を感じられないからな。お前達が気付いていないだけで、私は水中でプールを楽しむお前らを見守っているぞ」

「怖いなそれ」

「何とか息を堪えてな」

「そのうち死ぬんじゃないですか!?」

 息継ぎに悶えて人知れずプールに潜むローラを想像すると、博士は背筋が凍っていくのを感じた。

「そうですか! 解決しました! ありがとうございます!」

「お前はそれでいいのか」

 満足のいった様な笑顔を浮かべる千尋に、博士は顔を歪めた。

 呆れて溜息を吐くと、痺れを切らして今回の本題へと話を進めていく。

「んで、どうして俺らを呼んだんすか?」

 今回博士達が真夜中にプールに訪れたのは、ローラに呼び出されたという事だった。

 それを多々羅づてに聞いた一年生達は、何とか親に交渉して、人の気配の無い学校へと侵入した訳である。

「あぁ、そうだったな」

 本題を思い出したローラは、そう言って一つ咳払いをした。

「いや、お前ら一年生と親睦を深める為に、ちょっとしたショーをしようと思ってな」

「ショー?」

 予想していなかった言葉に、博士が首を傾げる。

 それとは正反対に、乃良は興奮気味に尻尾でも振ってるようだった。

「あっ、やっぱりあれやるんだ!?」

「おっ、ノラ。お前いよいよ正体明かしたんだってな。記念に水浴びでもやってくか?」

「いや遠慮しとくわ」

「話逸れてんぞ!」

 身内ネタに盛り上がり始めた二人を、何とか博士が制止する。

「おぅ、悪ぃ悪ぃ」

 悪気などこれっぽっちも無さそうな謝罪に、博士は不機嫌そうに眉を顰めた。

「んで、そのショーって何なんすか?」

「さっきも言った通り、親睦を深める為に開催される人魚ならではのショーだ。何だかんだで毎年恒例になっててな。これを機に、オカ研新入生らとの関係が生まれたりすんだよ」

 どういう訳か得意げに話すローラに、博士は未だピンと来ていない様子だった。

「まぁ、水族館のショーだと思ってくれればいいよ」

「あー」

 様子を察した乃良の助言に、なんとなく博士はショーの全貌を推測した。

 大よそイルカのショーの様に水中から勢いよくジャンプして、可憐に舞い踊るのだろうと。

「……それ、見てられます?」

 ジャンプどころか浮かぶ事すら出来ずに、苦しそうにもがくローラを想像し、博士はハッキリとそう口にした。

 博士の声に、ローラが圧の籠った目で睨みつける。

「何だ。私のショーが見てられないって言うのか?」

「いやそんな事は言ってないですけど……、ちょっとこっち見るのやめてください」

 以前の記憶を思い出して、博士は顔色を青ざめさせて後ずさる。

 打って変わって、千尋は楽しそうに目を燦々と輝かせた。

「楽しみです! 早くショー見せてください!」

「おーそうか! 見たいか! いやぁこういう素直な子は可愛くていいなぁ」

 どこか含みの入った言い方に、博士はしらを切り通す。

「そんじゃ、早速やるか。タタラ頼んだ」

「了解」

 一つ返事をすると、多々羅は打ち合わせ通りというように準備に取り掛かった。

 ローラもショーの舞台へと、浮輪を付けたままでプールを横断していく。

「人魚が浮輪付けて泳いでる……」

 何とも滑稽な姿だが、そんな呟きが耳に届いたら本当に捌かれかねない。

 一先ずローラには聞こえていないようで安心すると、どうやらローラはショーの持ち場に辿り着いたようだ。

 反対側のアスファルトに身を預けると、声高らかにトークを始める。

「大変長らくお待たせしました! 本日はローラのマーメイドショーにお越しいただき、誠にありがとうございます!」

「アンタが呼んだんでしょ」

「それでは早速始めましょう!」

 観客のヤジを無視して、ローラは台本通りの進行を行った。

「まず始めは、タタラによる獅子舞踊りです!」

「「はぁ!?」」

 思わぬ演目に二人は耳を、そして目を疑った。

 舞台となった向こう岸には、いつの間にか唐松模様の布に獅子舞を装った多々羅が音楽に合わせて踊っている。

「えっ、ちょっ、何これ!?」

「マーメイドショーなんだよね!? あの人関係無いじゃん!」

 赤い獅子の舞になど目も向けようとしないまま、初見の二人は声を荒げる。

「何って、寄席だよ」

「「寄席!?」」

 慌てる二人に、隣で眺めていた乃良が静かに口を開いた。

「そう。今から始まるショーの前に、タタラが寄席でパフォーマンスして会場をあっためるんだよ」

「何だそのバラエティ要素! あの人若手芸人か何かなのか!?」

 動揺する観客席の中、多々羅が入っているだろうそれは口をパカパカ開けている。

「ていうか何あのレベル! 何もかも中途半端なんだよ!」

「忘年会の催し物か! やるんだったらちゃんとやりやがれ!」

「五月蠅ぇな黙って見てろよ!」

 流石に声は届いていたようで、多々羅は獅子舞を脱いで怒鳴り上げた。

 後ろに流れていた古典なBGMも、ローラがそっとカセットに手を添えて止める。

「さて、茶番はこれくらいにして」

「ローラ!?」

「いよいよ本番です!」

 ローラの仕切りに不満そうな多々羅だったが、トボトボとステージを去った。

 多々羅の丸くなった背中などお構いなしに、ローラは溌剌とした声で進行をする。

「それでは張り切って参りましょう! タタラ!」

 そう呼ばれるも、多々羅には届いていないのか茫然と立ち尽くしている。

「おいタタラ」

「!」

 一気に冷や汗が溢れ出した多々羅は、慌てて手元の大きな袋を漁り出す。

 中から道具を一つ取り出すと、それをローラへと手渡しした。

 その道具がローラの望み通りの物だったようで、ローラは微笑んでそれを受け取る。

「最初の演目はこちら!」

 ローラはそう言うと、渡された傘を開き、中に仕舞ってあったボールを取り出す。

 それを開いた傘の上に置くと、ボールが落ちないように傘を回し始めた。

「傘回し!」

 静寂。

 対岸で行われるマーメイドショーに、博士と千尋はただ黙って眺める事しか出来なかった。

「どんどん参りましょう!」

 二人の反応に気付かず、ローラはそのまま藹々とショーを続ける。

 今度はボールを五つ六つ受け取って、それらを空中に投げては掴み、投げては掴みと夜空に綺麗なアーチを浮かべた。

「ジャグリング!」

 二人は静寂なままだったが、脇の花子と乃良は何故か手を鳴らしている。

「いよいよラストになりました。最後は大技で締めくくりたいと思います!」

 するとローラはアスファルトに右手を置き、突如その右手に全体重を預け、見事な逆立ちを決めた。

「一転倒立!」

 ローラの尾びれが輝く月を指差している。

 それはさながら、名古屋城のしゃちほこの出で立ちだ。

「からのぅ……」

 ローラはそう言って空いた左手でフラフープを受け取り、尾びれから通して、くびれた腹でそれを回してみせた。

「フラフープ!」

「人魚関係無ぇじゃねぇか!」

 あまりの大技に耐え切れず、博士はそう叫び散らした。

「全部そこらの大道芸人がやってるような事ばっかだよ! 人魚要素0じゃねぇか! 人魚ならではって言うからもっと人魚っぽいショーだと思ったわ!」

 向こう岸にまで聞こえるように、博士は大声を上げる。

 何とか声が届いたようで、数メートル離れた先から体を直したローラの鋭利な視線が飛んできた。

「んだよ、何か文句あんのか?」

 ――えぇ――――。

 何故か喧嘩腰なローラに、危うく博士は腰を抜かしかける。

「文句あるんだったらお前がやってみろよ! お前出来んのか!? あぁ!?」

「いや出来ませんけど……。ていうかこれ親睦深める為のショーですよね!? 全然仲良くなる気ないじゃないですか!」

 距離の離れた場所にいる筈なのに、博士の声は若干震えていた。

 同じくショーに違和感を覚えた千尋だったが、博士の顛末を見て、何も口出ししなくて良かったと悟っていた。

 プールサイドの夜はまだ明けそうにない。

夏休み以来のローラ回でした。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今度は誰の話を書こうかと考えた時、ふと思い立ちました。

全然ローラ出てきてねぇ、と。

ヴェンに関してもそうですが、乃良の過去編にちょっと顔出しただけで、メイン回は夏合宿以来書いていませんでした。

これは行けないと書きだしたのがこの回です。


しかし内容が全然思いつかなかったんですよね。

あれこれ悩んだ挙句、ローラのマーメイドショーというものになりました。

発想の発端は作中でも言ってるようにイルカショーみたいなものだったと思うんですが、この人魚カナヅチですからね。

この話を書いてる時に、水族館の前でやってた大道芸人を思い出しました。


ハカセはあんな事言ってますけど、すごいですよねこのショーww

普通にお金出せるレベルww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!


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