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【070不思議】生徒先生、共同戦線

 本日の全日程を終了した、放課後の廊下。

「馬場先生こんにちはー!」

「こんにちは」

 すれ違い様に声をかけられた馬場は、両手に荷物を抱えてそう挨拶した。

 放課後の廊下には生徒がうろついている。

 その表情一つ一つが馬場には何だか輝いて見えた。

 ――うふふ、皆楽しそうね。

 馬場は嬉しそうに一人口元を緩める。

「あっ、馬場先生ー!」

 ふと後ろから声が聞こえて、馬場は緩んでいた筈の口を強張らせた。

 ――この声は……。

 相手に感付かれないように視線だけを後ろに向けると、こちらに向かって手を振る千尋の姿があった。

 隣には突っ立っているだけの花子も見える。

 ――オカルト研究部の石神さん!

 オカルト研究部といえば馬場が密かに想いを寄せる楠岡が顧問を務める部活であり、馬場の天敵の巣窟でもあった。

 馬場は振り返る訳にはいかないと再び足を動かし始める。

「ねぇ馬場先生ー!」

 後ろから尚も聞こえてくるが、聞こえないふりを続ける。

 なかなか振り向いてくれない馬場に、千尋は頬を膨らませた。

「楠岡先生が大好きな馬場先せ」

「何かしら石神さん」

 ――早っ!

 さっきまで先にいた筈の馬場は、いつの間にか千尋達の目の前にいた。

 ――ていうか今の声全部聞こえてたと思うんだけど……。

 周りの生徒達がこちらに視線を向けるのに気付かない程、馬場は千尋に恨みの籠った目を向け続けた。

 特に用も無く呼んだ千尋は、捻りだして馬場に用を伝える。

「いやその、あれから何か進展したかなって……」

 即席で作られた用件に馬場は堪らず溜息を吐いた。

「進展なんてあったもんじゃないわよ。今まで通り何も解らず、何の進展も無いまま」

「何もって、逆に馬場先生何を知ってるんですか?」

 千尋の質問に馬場は視線を逸らす。

「……もしかして、楠岡先生の事何も知らない感じですか?」

 馬場の反応で察した千尋は、怪訝そうに疑いをかける。

 答えられず汗を垂らした馬場の無言は肯定を意味しており、千尋は息を漏らした。

「全く、馬場先生何歳だと思ってるんですか」

「!」

「今時小学生でももっとアプローチできますよ」

 生徒からのダメ出しに何も言い返せず、馬場の心は傷つくばかりだった。

「そんなんじゃ、いつか楠岡先生誰かに取られちゃいますよ? あの人顔は良いし」

「………」

 そんな事は解っている。

 だけど臆病者で殻に籠ってしまう馬場には、アプローチなんて出来る筈無かった。

 声も出せないまま固まる馬場を、千尋は心配そうに覗く。

「……もしよかったら私がお手伝いしましょうか?」

「え?」

 千尋の声に弾かれたように馬場は顔を上げる。

「私に良い考えがあります!」

 そこに映った千尋の表情は、悪戯に微笑む悪魔の様にも見えた。


●○●○●○●


 場所は変わってオカルト研究部部室。

「第一回! 楠岡先生の事をもっとよく知りまSHOW!のコーナー!」

 千尋のタイトルコールとは打って変わって、部室の空気はあまり盛り上がっていなかった。

 進行を始める千尋の前には、急遽呼ばれた楠岡が座っている。

「えっ、いや、何これ?」

 状況が全くと言っていい程読めていない楠岡はそう口を開いた。

 それは他の部員達も一緒で、一同のポカンとした表情に応えて、千尋が今更概要の説明をする。

「このコーナーは今まで何だかんだいって私達との間に溝があった楠岡先生に」

「ハッキリ言ってくれるなおい」

「色んな質問をして、溝を埋めて仲良くなろうっていうコーナーです!」

 コーナーの説明に気になる部分はあったものの、取り敢えず内容は理解したようで楠岡は息を吐いた。

「まぁいいや。俺も一応仕事中なんだからチャッチャと終わらせろよ」

「了解です!」

 楠岡の気怠そうな声に、千尋は元気よく返事をした。

 面倒臭く楠岡は頭を掻いていると、先程から気になっていたデスクの上のそれに視線を落とす。

「……んで、それはなんだ?」

 千尋の元に置かれたそれは、一台のスマートフォンだった。

「何って……、スマホです」

「それは解ってる」

 「そんな事も解らないの?」と言わんばかりに歪んだ表情に、楠岡は冷静に言い放った。

「そのスマホで何してんだって話だ」

「録音です! このインタビューを録っとこうと思いまして」

「録ってどうするんだ」

「ツイッターにでも上げようかと」

「誰がRTするんだそれ」

「まぁまぁいいじゃないですか!」

 楠岡の畳み掛けるような質問に、千尋はそう言って薙ぎ払った。

 そのスマホが実は録音していないという事を感付かれないように――。


 耳にはめたイヤホンから、底抜けに明るい千尋の声が聞こえてくる。

 他の職員がそれぞれ仕事を熟す職員室で、馬場の鼓動は変に高鳴っていた。

 ――こっ、これ、私いけない事してるんじゃないかしら!?

 馬場は胸のざわつきを心の大声で掻き消そうとしたが、それは失敗に終わった。

 千尋の作戦により、楠岡のインタビューを生で聞く事になった馬場。

 千尋の圧に押されて連絡先を交換し、こうして実行に移ったものの、いざ行うと心臓は破裂しそうで、仕事なんて手につかなかった。

 かといって今更イヤホンを外す誠実さも無い。

 心臓が五月蠅い中、何とか耳から聞こえてくる声に体ごと傾けていった。


「それでは最初の質問です」

 作戦に移った千尋は、まず挨拶がてらの質問を送る。

「好きな食べ物は何ですか?」

 真っ直ぐに見つめる千尋の目に、楠岡はじっと見返していた。

「……それ聞いて楽しいか?」

「いいから答えてください」

 素直に答えようとしない楠岡に、千尋は冷ややかに答えた。

 こうなったら相手をするしかないと、楠岡は好きな食べ物を頭の中に思い浮かべる。

「んー……、牛?」

 ――牛!

 思いがけず出てきた生き物の名前に、千尋は胸の内で復唱した。


『いやっ、そのぅ……、具体的な食べ物ないですか? 牛って』

『いや結構難しいぞ、好きな食べ物って』

 イヤホン越しに聞こえるそんな会話に、馬場は胸中で独り言を始める。

 ――楠岡先生牛肉が好きなんだ……。一緒に焼肉とか行きたいなぁ……、誘える訳無いけど。

 馬場は何とか冷静を装って、パソコンに文字を打ち込んでいった。


「それでは第二の質問です」

 気を取り直して、千尋は続いての質問に移る。

「好きな動物は何ですか?」

 さっきと同じような質問に、楠岡はじっと千尋の目を見つめていた。

「……牛」

「さっき聞いたわその答え!」

 淡々と吐かれた楠岡の答えに、千尋は席を立って声を荒げた。

「いやだって待ってんのかと思って」

「待ってないですよ! こっちは真剣に訊いてるんです!」

「いや真剣に訊くような質問じゃねぇだろ」

「そんなのこっちの匙加減でしょ!?」

 相手が先生であるという事も忘れて、千尋は勢いよく怒鳴り散らしていく。

「こいつ大丈夫か?」

「元々大丈夫じゃないんで大丈夫です」

 楠岡の素朴な疑問を隣で見ていた博士がそっと答えた。


『いいから質問されたら黙って答えてください!』

『乱暴なインタビュアだな』

『解ったから取り敢えず席座れよ』

 目には見えないが荒ぶる千尋を何となく想像して、馬場は静かに苦笑した。


 コホンと咳払いをして、千尋は静かに席につく。

「じゃあ続いての質問ですが」

 そう言うと千尋は目をキラキラと輝かせ、身を乗り出すように楠岡に顔を寄せた。


『好きな人はいますか!?』

 聞こえてきた千尋の質問に、馬場は目を見開いた。


 突如として展開が変わった質問内容に、楠岡も驚いたように固まってしまう。

 数秒のタイムラグの後、楠岡はそっと口を開く。

「……石神、俺に気があんの?」

「断じて違います!」

 質問の答えとは全く関係の無い言葉に、千尋は再び感情が荒だって指を立てた。

「黙って答えろって言ったでしょ!? 大体なんでそんな事になるんですか!」

「だってそんな事訊くなんて、俺に気があるとしか思えねぇだろ」

「とんだ自意識過剰ですね!」


『先生に気があるなんて、とんでもない物好きしかいませんよ! そんな人いたら見る目ないなって笑ってやります!』

 ――石神さん!?

 突然の暴論に、馬場は声も失って血の気を引いていく。


「それで!? 好きな人いるんですか! いないんですか!?」

 怒涛に傾れ込んでくる質問に、楠岡は静かに返す。


『いねぇよ』

 耳元で楠岡の声がそう囁かれた。

 一瞬その言葉の意味が解らなくて固まっていたが、段々と咀嚼するうちにその言葉の意味が脳に溶けていく。

「んっしゃぁぁぁ!」

 気付けば体が勝手にガッツポーズをしていた。

 職員室の片隅で起きた突然の出来事に、他の教師は口をあんぐりと開けている。

「馬場先生?」

「えっ、あっ! すいません!」

 馬場はこちらに心配の目を向ける教師に頭を下げ、上がってしまった腰を静かに下ろした。

『じゃあ、好きなタイプは何ですか!?』

 いつの間にか千尋のインタビューショーは次の段階に進んでいたようだ。


「タイプだぁ?」

 愛すべき生徒からの質問に、楠岡は表情を歪める。

「そうです! 例えばぁ……」

 千尋は何やら考え込むフリをすると、楠岡にとびっきりの明るい声を向けた。


『年上の女性とかどうですか?』

 ――!?

 耳に聞こえてくる千尋の質問に、馬場は頭がぐるぐる回って大変な事になっていた。

 ――えっ、石神さん、そんなとこまで踏み込むの!?

 聞いているだけなのに、こうも心が落ち着かないものなのか。

 それでも楠岡の答えが気になって、馬場は楠岡の答えを待ち望む。

 すると――。

『いいんじゃねぇか?』

 そんな声が耳元で囁かれる。

 ――えっ、本当に!?

 心が躍る気分になるのも束の間、馬場の鼓動を止めるかのような勢いで千尋の声が飛び込んできた。

『じゃあ、馬場先生の事とかどう思います?』

 ――!?

 驚きの展開に、もう馬場の手は仕事に向かっていなかった。

『あ? 馬場先生?』

『そう! どう思いますか!?』

 まさか千尋の突拍子もない発案で、こんな展開になるとは思わなかった。

 聞きたくないような、聞きたいような答えに、馬場は耳を澄ませる。

『どうって……』

 次の瞬間、イヤホンから聞こえる一切の音が遮断された。

 ――……えっ?

 頭がついていけない中、馬場はスマホに目を向ける。

 今までテンションが上がって気付かなかったが、スマホの充電を示す部分が『0』と表示されていた。

 ――あぁ――――!

 馬場の悲鳴が外部に漏れる事は無く、ただ頭の中で何度も再生された。


「…………あれ?」

 馬場との通話が切れた事に、部室の千尋も気が付いた。

「おっ、もうこんな時間か。俺そろそろ仕事戻るわ」

「!?」

 時計を見て席を立った楠岡を、千尋は何とか止めようとする。

「ちょっ! 待って! せめてさっきの答えだけでも!」

「んな事言っても俺だってする事あるし。それに、関係無い人巻き込んだ質問するんじゃねぇ。勝手に余所で名前出される人の気持ち考えろ」

 その人の為に開催されたインタビューなのだが、そんな事は口が裂けても言えない。

 千尋が口を閉じる中、楠岡はスタスタと扉に向かって歩いていく。

「あっ、石神。今度また漫画の続き貸してくれ」

「? それは構いませんけど……」

「んじゃ」

「あぁちょっと!」

 千尋の声は届かぬまま、楠岡を外に出した扉は閉められた。

 届け先の失った言葉は、誰にも届かないまま部室に溶け込んでいく。


 丁度いいところで連絡手段を失った馬場もまた、生気を失った様に項垂れていた。

 職員室に戻ってきた楠岡が不思議そうにそれを眺めるのだが、その視線に馬場が気付く事は無い。

盗聴は犯罪です。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は久し振りの先生回でした。

いやほんと久し振り、いつも間空きすぎで申し訳ないですww

前回が夏休みだったのでかれこれ二十話くらい間空いてるんですよねー、次はもうちょっと短くしたいですが確証はないんで期待しずにお待ちくださいww


間が空く理由としまして、先生の回に関しては何を書くか何も考えてないんです。

他のカップルは大体書きたい話が決まってて、タイミングを見計らって書くんですが、先生達に関しては「最近書いてないしそろそろ書かなきゃなー」から始まるんです。

今回もどんな話を書くか結構悩みました。

結局は楠岡先生へとインタビューショーになったのですが、個人的には割と気に入っていますww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うござました!

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