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【007不思議】はじめての林間学校

 道路を走るバスの中、小刻みに揺れる音を掻き消すかのように生徒達のバカ笑いが立ち込めていた。

 ふと車窓に目をやると、数十分前まで自分達がいた町が小さくなって見える。

 そんな街を眺めながら、博士は思わず溜息を吐いた。

 ――何でこんな面倒な事……。

 現在バスが向かっている目的地は、学校が所有している山奥のコテージのような施設。

 逢魔ヶ刻高校の一年生は今日から二泊三日の林間学校である。

 大自然に囲まれた環境でのレクリエーションや野外炊事などが行われ、出逢ったばかりのクラスメイトともっと距離を縮めようと毎年開催される、逢魔ヶ刻高校の恒例行事の一つだ。

 多くの一年生がこの日をまだかまだかと待ち望んでおり、バスの中で盛り上がるのも仕方が無かった。

 しかし、博士にとって林間学校などむしろあってほしくない行事だった。

 ――全く、高校生にとっての責務は勉学だろ? それを学校自ら怠らせるなんて……。山奥で共同生活なんかして何が楽しいんだよ。

 多少捻くれた持論を交えながら、変わらずに窓の外を眺め続ける。

 すると、そんな博士の心情など気にもしないまま、隣から博士が林間学校を嫌がるもう一つの理由が身を乗り出してきた。

「ハカセ、あそこが私達のいたところ? うわ、小っさ。あんなところにいたの?」

 窓に映る街を見つめて話す花子に博士は再度溜息を吐く。

 そんな事などお構いなしに、花子は言葉を並べ続けた。

「ハカセ、人だ。小っちゃい人が歩いてるよ。すごい、お人形さんみたい。あっ、ハカセ、ハッピーターンあるよ。食べる?」

「……いらない」

 花子の表情はいつも通りの無表情であったが、その内側からわくわくと興奮しているのが解った。

 それに対して変わらずのテンションの博士は頭を抱え込む。

 ――全く……、何で俺が……。


●○●○●○●


 時は一週間ほど前までに遡る。

 クラスのLHRにて林間学校の話題が出され、行事についての説明、林間学校での班分けが執り行われた。

 林間学校は基本班での団体行動となり、その班でレクリエーションをしたり、晩御飯を作ったりする。

 故に班分けは林間学校の成功を左右する大事な項目であり、生徒達は騒ぎ合っていたが、班分けに挑むその姿勢は真剣だった。

 しかし、博士にとって林間学校自体どうでもいいのに、班分けなど論外なので、机に広げた問題集へと立ち向かっていた。

 そんな博士に、担任から唐突な言葉が投げかけられる。

「箒屋君―。零野さんと同じ班ね」

「…………は?」

 問題に集中している際に聞こえた声という事もあって、理解するのに数秒の時間がかかった。

「だって箒屋君、零野さんと仲良いんでしょ? 零野さんドジだし一人だと危なっかしいから、箒屋君と一緒なら安心かなと思って」

 先生が理由をそう淡々と説明すると、向こうの方から花子の声が飛んでくる。

「よろしくね」

 ――えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ!

 最早問題集に手を付けられる筈もなく、博士は机に酷く項垂れた。


●○●○●○●


 その日の放課後、いつものように強制的に部室に連行された博士は抱え込んでいた不満をぶちまける。

「何で俺がこいつと同じ班にならなくちゃいけないんだよ!」

「まぁまぁ、落ち着けって」

 博士の爆発を乃良が宥めようと、いつもの調子の笑顔を博士に向ける。

 不満の的である花子は自分の事を話しているのに気付いていないのか、博士から向けられている人差し指に、ただぼーっとしているだけであった。

「同じ班になったのなら丁度いいや」

 博士が騒いでいる中、それを見ていた多々羅が口を開いた。

「今まで一緒にいて、花子がよっぽどの世間知らずってのは解っただろ? 花子の事、よろしく頼むな」

「だから何で俺がそんな事」

「お前しかいねぇからだろ」

 いつになく真剣な多々羅の表情に、さっきまで喚いていた博士の口が閉まる。

 博士はそのまま椅子に座り、流れるように机に突っ伏した。

 一週間後に訪れるであろう、自分にとって悪い事しかない林間学校を想像して。


●○●○●○●


 そして、現在に至る。

 車窓からはもう町の姿は消えており、今は完全なる山道を走っている状態である。

 にもかかわらず花子の興奮は冷めていない様子で、博士に向かってあれよこれよと言葉を投げかけていた。

「ねぇハカセ、木だ。木がいっぱい並んでるよ。あっ、草もいっぱいあるよ。そうだハカセ、ハッピーターン食べる?」

「いらないって言ってんだろ! つーか、お前さっきから何にテンションあがってんだよ! 木とか草とかどこにもあんだろうが!」

 今まで堪えていた苛立ちを流石に耐え切れず、博士は吐き出してしまった。

 花子はハッピーターンを口に咥えたままであったが、その状態でもさっきまで上がっていた興奮が冷めていくのが解った。

「……ごめん、初めてだったから」

「……初めて?」

 花子の言った一言に博士は首を傾げた。

 そして、自分の中で一つの答えを導き出すと、半信半疑で花子にそれを尋ねた。

「もしかしてお前、学校の外に出るの初めて?」

「うん」

 躊躇う素振りもなく言った花子に、博士は少し硬直した。

 確かに今までトイレの花子としてずっと学校の中にいた花子からしてみれば、この環境は何から何まで新しいものであろう。

 生きていた頃には勿論森なんかも目にした事はあっただろうが、生前の記憶が無い花子からしてみればそんなものは無いに等しいものであった。

「だから、今日は楽しみだった」

 花子は機械のような表情でそう口にした。

 すると、一番前の席に座っていた先生が立ち上がって生徒達に呼びかけた。

「そろそろ着くんで降りる準備してくださーい!」

 先生の言葉を合図に、クラスメイト達は賑やかな喋り声を途絶えさせる事の無いまま、降車の準備に取り掛かる。

 博士も例外ではなく花子に「降りるぞ」と呼びかけると、いつでも降りられるように荷物をまとめた。


●○●○●○●


 空は早くも夕染まっていて、通常の日程であったら部活動で帰り支度を始めるであろう時間帯になっていた。

 バスを降りた矢先に広がる景色を目の前にして、博士は思わず固まった。

「……マジかよ」

 そこに広がっていたのは豪邸と言っていい程の巨大な宿泊施設。

 逢魔ヶ刻高校の本校舎も数年前に建て替えられており、創立明治とは思えない程に綺麗で立派な建造物となっているが、宿泊施設もそれに劣らない代物である。

 コテージ風に構えた木造建築物が、取り囲まれる大自然とマッチしており、良い雰囲気を醸し出していた。

 博士の後から降りてきた花子も建物に感動している様子で、隣にいる博士に声をかける。

「……ハカセの家もこんな感じ?」

「んな訳ねぇだろ」

 博士が冷たくそう言うと、先生は目の前の施設に行くよう指示を出して、博士達はこちらを待ち構える施設に向かって歩き出した。


●○●○●○●


 施設の中に三日分の荷物を置いた一向は、先生達につられるがままに野外の施設へと足を運んだ。

 これから、いよいよ待ちに待った野外炊事である。

 生徒達のボルテージが一気に上がっていく中、博士だけが苦い顔をしていた。

 ――ったく、自分で料理なんか作って何が楽しいんだよ。

 そう思いながらも口には出さず、博士は同じ班の生徒達と一緒に調理を始めた。

 今晩のメニューはキャンプの鉄板料理、カレーである。

 クラスメイトが楽しそうに調理をする中、博士は口を閉じたまま、まな板に転がる人参とにらめっこしていた。

 博士の手には包丁が握られており、何とか人参を一口サイズに切ろうとする。

「おいおい箒屋! お前切るの下手くそ過ぎだろ!」

 ふと博士の方へと目を向けた同じ班の男子が、そう博士を嘲笑った。

 実際、博士の切った人参はあまりにも不恰好であり、お世辞にも同じサイズと言えない人参がゴロゴロと転がっていた。

「食えりゃ別に良いだろうが」

「食い難いって話だろうが!」

 笑いながらにそう話してくる男子を軽く無視しながら、博士は未だ人参に切りかかっていった。

 博士は手先がかなり不器用であり、その為料理は運動を越えて苦手である。

 理屈は解っていても手が言う事を聞かず、親が不在の時はいつもインスタントラーメンか冷凍食品で済ませてきた。

 しかし、それでも奴よりはマシであろうと、博士は奴の方へ目を向ける。

「キャー! 零野さん! 逆! 包丁握る方逆!」

「?」

 目を向けた先には包丁の刃の方をしっかりと掴む花子と、それを見て慌てふためく同班の女子の姿があった。

「ていうか零野さん、何で血出てないの!?」

「血? ……あぁ、それは多分、私が幽れ」

「多分そこまで力入れてなかったからじゃないかなー!? こいつ、ひ弱だから! ほら、握るのはこっち。解った!?」

 自分の作業を切り上げて駆け付けた博士は、女子に慌てて作った笑顔でそう言うと、花子にしか聞こえない小さな声で注意した。

「多々羅先輩が言ってたろうが。お前が幽霊だっていう事は他の奴らには内緒なんだよ」

「どうして?」

「どうしてって……、俺に訊かれても……」

 花子の質問に博士は少し困ると、それを振り払うように話題を元へと戻す。

「とにかく! 内緒なもんは内緒だ。解ったな?」

「……解った」

 そう呟いた花子の顔を見て、博士は安心すると自分の持ち場へと戻っていった。

「キャー! 零野さん! 何でカレールー直で焼いてんの!? 水! 水入れて!」

「水?」

「そう水! 零野さん、カレー食べた事無いの!?」

「うん」

「無いの!? もー箒屋君―! 零野さん何とかしてー!」

「ハカセー」

 ――何で俺に話しかけてくんだよ!

 ジュージューとカレールーの焼かれる音の合間に聞こえてきた声に、博士は聞こえないふりをして調理を進めていった。


●○●○●○●


 そんなトラブル(主に花子が原因)が何回か起こりつつも、何とかカレーを無事完成させる事に成功した。

 夕飯の平均時刻はとっくに越えており、調理に悪戦苦闘した事もあってか、班全員の腹はもう限界に近付いてきていた。

「んじゃ、早速!」

『いっただっきまーす!』

 班長である男子生徒を合図に皆が一斉にそう言うと、貪る様にカレーへと齧り付いていった。

「美味ぇ! 美味ぇぞこれ!」

「本当だ! 美味しい!」

「やっぱり、皆で作った料理は美味しいね!」

 班員が口を揃えてカレーを賞賛していると、冷静な表情の博士が水を差す。

「何か焦げ臭くねぇか?」

「そっ、それは……」

 やはりカレールーを直で焼いたのが効いたのか、カレーからは確かに香ばしい香りと独特な苦みが生まれていた。

「でっ、でも! 焦がした事によってちょっと癖のある味になったっていうか……!」

「そうだよ! ちょっと大人なカレーになったんだよ!」

 皆が何とか花子をフォローしようとするが、花子は全く気付いていないようで小さな口でカレーをパクパクと食べ続ける。

 そんな花子を横目で見て博士が溜息を吐くと、花子が口を開く。

「……ハカセ」

「あ?」

「美味しいね」

 突然の言葉に博士はしばし硬直してしまった。

「私、カレーがこんなに美味しいって初めて知った」

「……そうかよ」

 博士がぶっきらぼうにそう返すと、満足したかのように花子は再びカレーを食べ始めた。

 そんな花子を不思議に思いつつも、この不思議は今に始まった事じゃないと考え、自分もカレーを口の中へと運ぶ。

 ――……うん、やっぱ苦いな。つーか人参硬っ!

 人参に火が通らなかったのは自分の切り方のせいであると思いながら、林間学校一日目が終了しようとしていた。

だーれにーもないしょでーりんかんがーっこおー♪

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事で今回より林間学校編スタートです!

僕の学校には林間学校が無く、詳しい事は解らないのですが、色々な作品を参考にしつつ自分の妄想を含めた日程となっております。

一年生の林間学校という事でしばらく先輩達は登場しませんが、代わりに一年生が頑張る予定です!

ハカセと花子ちゃんの今後の展開にご期待ください!


ところで、今回思いっきり商品名言ってるんですが……

大丈夫……、ですよね?ww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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