【069不思議】花子の花嫁修業
放課後のオカルト研究部部室に、鼻を優しく突き刺すような香ばしい香りが漂っていた。
「んー! 美味しい!」
西園は口をもごもごと動かしながら、とびっきりの笑顔を見せた。
西園を含めた女子達が囲むテーブルの上に乗せられたのは、綺麗なバターの色をしたクッキー。
食欲をそそるバターの香りに、ついつい手が伸びてしまう。
「これ本当に千尋ちゃんの手作りなの?」
「はい!」
西園の質問に千尋は即答で返事をした。
少し離れた畳スペースの方では、男子達も同じく千尋が用意したクッキーを囲んでいる。
「うわっ! 美味しい!」
「この味人間の手で作れんのかよ!」
「タタラ! どっちが口の中にこのクッキー詰め込めるか勝負しようぜ!」
「よし来た!」
「食い物で遊ぶな」
男子達も味を絶賛しているようで、千尋は満更でもない気持ちで笑顔を浮かべる。
「しかし千尋ちゃん、ほんとに料理上手だね。私じゃこんなに美味しく作れないよ」
「いやいや! こんなの誰でも作れますよ!」
西園からかけられた声に、千尋は振り返ってそう答えた。
すると名案が浮かんだのか、千尋はポンと古典的に手を叩いた。
「そうだ! 今度一緒にお菓子作りましょうよ!」
「あっ、いいねそれ」
千尋の提案に西園も笑顔で賛成した。
それが余計に嬉しくて、千尋はテンションの上がるままもう一人の女子にも声をかける。
「ねぇ! 花子ちゃんも一緒に……」
声をかけた瞬間、千尋の思考は止まった。
声をかけられただけの花子は、クッキーを口に入れながら不思議そうに首を傾げる。
千尋が止まったのは、今までの花子を思い出したからだ。
夏合宿などでの、キッチンに立つ花子の姿を――。
――そうだ。花子ちゃん、めっちゃ料理下手なんだったぁ――!
思い出して、千尋は心の中でそう叫びあげた。
夏合宿の時花子に何かを持たせるだけで大惨事に発展し、結局花子は何もせずにただキッチンに立っているだけになっていた。
そんな花子と一緒に料理をしたら、お菓子作りどころの騒ぎじゃなくなるだろう。
――……でも、このまま料理できないままで、花子ちゃん大丈夫かな?
ふと心配になって、千尋は顎に手を添えて考え込む。
料理が全く出来ないのは人として、いや女としてかなり致命的だ。
これからの事を考えれば、このまま料理下手な状態で花子をほったらかしにするのは危険だろう。
もっとも、幽霊のこれからを心配する必要があるのかはいささか謎だが。
「……千尋ちゃん?」
急に黙り込んでしまった千尋に、西園が心配そうに声をかける。
「……しましょう」
「えっ? 何て?」
口籠って聞き取りづらかった言葉に、西園が何とか耳を傾ける。
すると千尋は声のボリュームを小から大に上げて、そう言い切った。
「修行しましょう!」
「えぇ!?」
突然の大声に、西園は訳が解らず千尋に説明を要求する。
「どっ、どういう事!?」
「花子ちゃんですよ! このままだと花子ちゃん、料理が一切出来ない箱入り娘……、いやトイレ入り娘になっちゃいますよ!?」
「トイレ入り娘って何!?」
「だから今から花子ちゃんの料理の修行をしましょう!」
「今から!?」
理屈など構わずに堂々と話す千尋に、西園は反応するのに必死である。
興奮冷めやらぬ千尋は、視線を西園から花子へと移す。
「ねっ! 花子ちゃん! 料理の修行しよ!」
「料理……?」
いまいち状況が掴めていないようで、花子はまた首を傾ける。
そんな花子の背中を押す様に、千尋は優しい笑顔で花子の顔を覗き込んだ。
「……ハカセに料理、作りたくない?」
「………」
千尋の声に花子はしばらく硬直する。
それは決して意味が解らないからではなく、時間を置いて花子は答えを吐いた。
「……作りたい」
花子の正直な答えに、千尋は堪らず笑みを零した。
「よし! そうと決まれば早速やろ!」
「メニューは何が良いかな?」
乗り気になった西園の言葉に、千尋も同じくして修行に用いるメニューを検索する。
ふと思いついて、視線を騒がしい畳スペースに向けた。
「ねぇハカセー。好きなメニューって何?」
「あ?」
突然かけられた声に、博士は不機嫌そうに声を上げる。
視界には口の中に今にも溢れそうなクッキーを詰め込む男子二人も見えたが、今はそんな事どうでも良かった。
「あっ! 鰈の煮付けとかブリ大根とかはやめてね! 料理初心者の花子ちゃんに煮つけはまだ早い!」
「いや何で俺の好きなメニュー魚介の煮付けに限定されてんだよ」
千尋の茶々を軽くあしらいながら、博士は好きなメニューを考えていく。
いやメニュー自体は決まっているが、それを口にするのを拒んでいるかのようだった。
博士はしばらく葛藤すると、諦めたように顔を真っ赤にして口を開いた。
「……オムライス」
直後、椅子に座る女子達の体に稲妻が迸った。
博士の答えを受け止めるのにしばらく時間がかかったが、女子達はその感想について口々に語っていく。
「へぇ、そうなんだー。なんか意外ー」
「くっ! 私とした事が! ハカセなんかにギャップ萌えしてしまった!」
「ハカセ可愛い」
「だぁもう! だから言いたくなかったんだよ!」
博士が頭を机にぶつけてそう声を荒げるも、女子達の話題はそう簡単に破れなかった。
●○●○●○●
場所は打って変わって、調理実習の環境の整った家庭科室。
「それでは始めましょう! 花子ちゃんのお料理クッキングー!」
「それ料理二回言ってるよ」
西園の小さな訂正は、千尋による盛大な拍手で掻き消された。
全員学校に用意されたエプロンを着ており、汚れ対策もバッチリである。
「場所は先生の御厚意により貸してくださった家庭科室! 今日作るオムライスの材料は近所の安さと鮮度が売りのスーパーで手早く買い集めてきました!」
どこかの料理番組の様な雰囲気で、千尋は誰かにそう説明する。
そんな似非料理番組を遠巻きのテーブルで眺めている二つの影があった。
「頼むから食えるもの作ってくれよ……」
「ハハッ!」
心配で観に来た博士と、面白そうだから付いてきた乃良である。
二人の視線を感じながらも、千尋は手を丁寧に洗って早速調理に取りかかっていく。
「それじゃあ花子ちゃん! 早速だけど卵割ろっか!」
千尋は卵を一つ取って花子に見せる。
花子は千尋の顔を覗くと、同じくパックから卵を取り出してそれを眺める。
方法は解っているのか、花子はそれを勢いよく調理台に叩きつけた。
案の定卵は派手に散るだけである。
「………」
花子は助けを求めるかの様に千尋に視線を向ける。
「たっ、卵を割るのにはコツがあるの。無理に力を入れずに平らな面でコンコンと割って、そのままパカッと」
千尋は説明を口でしながら、流れる様に片手で卵を割ってみせた。
綺麗な黄身がボウルに滑り込み、花子は目を奪われてしまったようである。
「ほら、花子ちゃんもやってみて」
千尋の説明を受け、花子は再びパックから卵を取った。
千尋に言われた通り平らな床でコンコンと叩き、ボウルの上でパカッと――しようとしてそのままグシャリと割れ、粉々になった殻ごとボウルに放り込まれた。
「あっ」
「あっ!」
「いや今のは千尋ちゃんも悪いと思うよ!?」
目の前の事件を眺めていた西園は、そう言って千尋に声を上げた。
「何で片手の卵の割り方教えちゃうの!? 花子ちゃん初心者なんだよ!?」
「いやー、ついいつもの癖で」
「ほら! もうボウルの中グッチャグチャだよ!?」
面目無さそうに頭を下げる千尋を、花子はどうしたのかと見つめていた。
そんなずさんなキッチン周りを傍から眺める二人の目はどこか訝しげである。
「……これ、完成すんのかよ」
博士の疑惑めいた問いに、乃良も答える気力が無くなっていた。
●○●○●○●
卵事件は置いておき、調理は次のステージへと進んでいた。
「卵は西園先輩にお任せして、私達は今からチキンライスを作っていきます!」
「お任せしていいのかよ」
料理の修行という目的が逸れてきている気がするが、遠くからのヤジを千尋は聞こえない事にした。
「といっても今回は変にこだわらず、シンプルなチキンライスにしたいと思います」
千尋はそう言って、フライパンにバターを敷いていく。
そこに小さく切った鶏肉と玉ねぎを投入すると、食欲を刺激するバターの香りが充満してきた。
「さて、ここで下味を付けるんだけど……」
千尋は塩コショウを手にすると、何故かキメ顔でそう断言した。
「企業秘密♡」
「お前教える気あんのか!」
今まで静かに見届けてきた博士も、今回ばかりは流石に異議を申し立てた。
「花子に料理教える為にやってんだろ!? 今んとこあいつの活躍0だかんな!?」
「解ってるって。もうジョークじゃんか。解ってないなぁハカセは」
千尋の言葉に苛立ちを覚えながらも、何とか堪えて博士は席に着く。
「塩コショウ適量!」
「やっぱ教える気無ぇだろ!」
「鶏肉と玉ねぎの色が変わってきたので、ここでご飯を投入します」
再び立ち上がってそう言うも、千尋は構わず調理を続行していった。
フライパンに入れられた白米はバターと絡み合い、それだけでも十分美味しそうである。
「さて、後はケチャップを入れれば完成なんだけど……」
千尋はそう言うと、突っ立っているだけの花子にケチャップを差し出した。
「花子ちゃん、ケチャップ入れて!」
千尋の声にどういう事かと首を傾げる。
意味を把握したのか、花子は取り敢えずケチャップを受け取ってフライパンの方へ近付く。
ポカッとケチャップの蓋を開ける独特な音が家庭科室に響いた。
「……花子、ケチャップ入れられるかな?」
「まぁ、入れるだけだしな……」
傍で眺めている博士と乃良は、そう言いながらも少し不安そうだった。
花子はケチャップを白米の広がるフライパンの方へ突き出し、意を決して絞り出す。
すると赤い塊は容器から離れた瞬間、「自由だ!」と叫ぶように暴れ出し、キッチンのあらゆる場所に飛び散った。
「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
一年生三人組は恐れていた惨事を前に、そう声を合わせる事しか出来なかった。
容器には残り少ししか入っておらず、ケチャップの大半は花子のエプロンに爛れており、フライパンには少量しか収まっていなかった。
「どうしよう……、ケチャップ無くなっちゃった……」
ケチャップの枯渇問題に陥った千尋は、どうしようもなく頭を抱えた。
こうなってしまってはチキンライスをもう作れない。
バターライスに転向しようかと考えていると、ふと視界に花子のエプロンに集まった赤いシミが目に入った。
「……花子ちゃん」
「?」
呆然としていた花子はどうしたのかと首を傾げると、千尋はそっと口を開いた。
「ちょっとそのエプロン貸して?」
未だよく解らなかったが、花子は言われた通りにエプロンを脱ぐ。
千尋はケチャップのべったり付いたエプロンを受け取ると、それをフライパンに近付け、べらを添えた。
「ここでケチャップを投入します」
「ちょっと待て!」
千尋の暴走じみた調理を止めるべく、博士は席を立ち上がった。
「お前何しようとしてんだ! それエプロンに付いちまってんだぞ!?」
「大丈夫だって! 別にエプロンばっちくないから! 全部チキンライスを作る為! 文句言うな!」
「ちょっ、ダメだって! うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
博士の叫びも届かず、エプロンに付いていたケチャップは根こそぎフライパンの中に合流していった。
白米は綺麗なオレンジ色に変わり、そこにエプロンに付いていた面影は無い。
叫んだ甲斐無く倒れ込んだ博士は力無く顔を塞いでいた。
「……俺あれ食いたくない」
乃良は何も言う事が出来ず、無言で博士の肩に手を置いた。
●○●○●○●
それから調理は順調(?)に進み、いよいよオムライス作りの花形であるオムレツ作りと取り掛かった。
「さて! それではいよいよオムレツ作りです!」
千尋はそう高らかに声を上げると、エプロンを変えた花子に視線を向けた。
「オムレツ作りは花子ちゃんに任せるよ!」
「えっ」
千尋の言葉に花子も意外そうな声を上げる。
「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫、私達もちゃんとフォローするから」
博士の心配の声を西園がそう返して、博士はそれ以上何も言えなくなる。
「ねっ! 花子ちゃん! 頑張ろ!」
千尋の和気藹々とした声に、花子は無言のまま視線を逸らした。
そして西園が溶いてくれた卵に手を付け、熱せられたフライパンにそれを流し込む。
心地の良い焼ける音が聞こえてきて、すぐに黄色がフライパンに広がった。
「さぁ花子ちゃん! 戦いはもう始まってるよ!」
「あまり焦らないで、慎重にね」
二人の声に耳を傾けながら、花子はべらで卵をひっくり返していく。
「あぁ! 危ない! 破けちゃってる!」
「慎重にね! 優しくしないとすぐ破けちゃうよ!」
「熱っ! なんか飛んできたよ!?」
「あぁ黒くなっちゃう! もうちょっと急いで花子ちゃん!」
フライパンの中までは見えない観客席だったが、サポートの声だけで何となく想像はついていた。
●○●○●○●
「じゃじゃーん!」
千尋の軽快なBGMと同時に博士達の前に現れたのは、ところどころ黒ずんだなにかだった。
「……これ何?」
「オムライス」
博士の質問をあっさり答えた千尋に、博士は言葉を詰まらせる。
目の前に現れた皿の上のそれは、お世辞にもオムライスの名を冠せるものでは無かった。
「まぁまぁ、食べてみたら意外と美味しいパターンかもしれないじゃん!」
「何だその使い古したパターン」
千尋の言葉を乃良が代わりに返すと、博士はじっとオムライスとにらめっこした。
躊躇いながらもスプーンを取り、サクッとそれを載せる。
中からは湯気が湧きだしており、確かに卵とケチャップの香りもした。
口元まで持ってきて、博士は未だ苦しそうな表情だったが、意を決した様にパクリと口の中に頬り込んだ。
「うっ」
入れた途端、呻き声の様なものが博士の口から出てくる。
やはり失敗だったかと、周囲の部員達は博士の感想をじっと待つ。
「……美味い」
「「「「!?」」」」
博士の感想は全員にとって予想外のものだった。
「本当!?」
千尋が嬉しそうに声を上げる中、乃良が確かめる為にオムライスを掬った。
フゥフゥと息をかけて冷ますと、それを口にする。
「! ほんとだ! 普通に美味い!」
「味付けは全部千尋がやってたからな。まぁ食べられないもんが来ると思ってたから、全然美味しいよ」
「本当一言余計だなぁ」
千尋の言葉を無視して、博士は止めどなくオムライスを口にした。
そこに無理をしている表情は無く、純粋に食事を楽しんでいる様に見える。
そんな博士を花子はじっと眺めていた。
一分一秒、飽きる事無く、瞼の裏に焼付く程に。
「あっ、卵の殻入ってた」
「あっ、エプロンの繊維入ってた」
「本当すみません」
花子の料理修行は大成功とまではいかないものの、何とか食べられるものが作れるまでの成長を遂げて終了となった。
別に料理できなくて良いと思うけど……。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
サブタイトルを決める時、僕は大体内容を決めてから考えるのですが、今回はサブタイトルから決まりました。
『花子の花嫁修業』、語呂良くね!?みたいなww
花子ちゃんが料理下手なので料理を作る話は書きたいなと思っていたので、それと上手く合体した感じですね。
別に下手なのは家事全般なんですが、花子ちゃん洗濯修業編があるかどうかは解りませんww
僕はまぁ料理する時はする感じですかね。
凝ったもんは作れません。
しかも僕オムライスが苦手なので、今回を書くにあたって作り方を調べましたww
ところどころ段取りがおかしいところもあると思いますが、今回は目を瞑っていただけると幸いですww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




