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【066不思議】ノラ猫の恋

 少年が『ノラ』という名前を授かり、この学校に転がり込んでから十数年という時が経った。

 短針は既に零時を回っており、空は星一つ無い漆黒に染められている。

 そんな夜空の下、体育館への渡り廊下を金髪が駆け抜けていった。

 ノラは走った勢いのまま体育館の重い扉を開け、中にいる筈の相手に盛大な声を聞かせる。

「おーい、タタラー! 野球しようぜー……、ってあれ?」

 どこかのガキ大将みたいな台詞を叫んだ後、ノラはようやく異変に気付いた。

 その声を聞かせていた筈の相手が、その場にいなかったからだ。

「あいつ、どこか行ったのか?」

 ノラの素朴な疑問は誰もいない体育館に染み込んでいった。


●○●○●○●


「あぁ、タタラ君なら勉強してると思うよ?」

「はぁ!?」

 ヴェンからの思わぬ返答に、ノラは全身を仰け反った。

 体育館に多々羅の影が見当たらなかったノラは、多々羅の行く先を知らないかと音楽室のヴェンのもとに向かった。

 彼なら知っているかと思って尋ねたのだが、その答えはあまりに異質だった。

「タタラが勉強!? そんなのベッキーが不倫するくらい有り得ねぇよ!」

「んー、イマイチよく解んないなぁ……」

 近い将来、その冗談が現実になると知らないノラは堪らず詰問していく。

「なんでいきなりそんな話になってんだよ!」

「いや、そんないきなりって訳じゃないらしいんだけどね? 僕も詳しく聞いてる訳じゃないんだけど、友達と一緒にこの学校に入学する為だとかなんだとか」

「入学!?」

 絶えず飛び出る衝撃な発言に、ノラは飽きもせずに口を全開に開けた。

 驚きすぎてそこから声が具現化して飛び出してきそうだ。

 あまりに衝撃的な展開に、ノラは心を落ち着かせようと深呼吸すると、その目をヴェンに再び向ける。

「……今あいつどこにいるか分かる?」

「んー、勉強しているとすると……」

 ヴェンは視線を天井に向けて考えると、そのまま浮かんだ場所を一、二紹介した。


●○●○●○●


 日付はとっくに変わったというのに、部室棟のオカルト研究部部室は未だ蛍光灯が光っていた。

 中に生徒は居らず、テーブルにノートを広げた多々羅しかいない。

 横に英語の問題集を開けて打ち込む多々羅の姿は、どこか頭を抱えているようだ。

 そこにガラガラとドアが開く音が飛び込む。

「何やってんだよ」

 目を向けると、いつもの明るい笑顔を吹き飛ばしたノラの姿があった。

 よく見れば、奥に心配そうに二人を眺めるヴェンの姿も確認できる。

 突然のノラの来訪に多々羅は驚いたようだったが、すぐに笑顔を見せて椅子に凭れかかった。

「何って、勉強だよ」

「何で?」

 間髪入れずに突き詰めてくるノラに、多々羅は変わらぬ調子で続ける。

「ヴェンから聞いてねぇのか?」

「簡単には聞いた。でも詳しくは分かんねぇってよ」

 ふとヴェンの方へ視線を向けてみると、口は閉じたままだったがヴェンも多々羅の口から答えを待っているようだ。

 話しながら近づいてきたノラは、多々羅と机を挟んだ位置に立ち止まる。

 二人の視線に多々羅は溜息を吐くと、遠回りに話を始めた。

「……優介って覚えてるか?」

「優介?」

 どこででも聞いた事があるような名前に、ノラは首を傾げる。

「六年前、大輔が部長の時によくここに遊びに来てた白髪の小学生だよ」

「あぁ! あの人見知りの子!?」

 声を出して思い出したヴェンに、多々羅は頷いて肯定する。

 白髪の少年と聞けば、ノラも思い出した。

 確かに六年程前、大輔とかいう変に騒がしい部長の弟がよく遊びに来ていたのを覚えている。

 人前では人間の姿では無く、普通の猫の姿を見せていたノラを向こうは覚えていないかもしれないが、ノラはその目立った白髪を忘れられる筈が無かった。

「俺、そいつと友達になってさ。優介が高校生になったら、一緒に逢魔ヶ刻高校(この学校)に入学しようって約束したんだ」

 懐かしそうに話す多々羅に、ノラはじっと視線を向ける。

「……そんな事出来んのかよ」

「当時は何も考えずに約束しちまったんだけど、今の校長俺の友達だかんな。頼めばなんとかなりそうだ」

 『頼む』というよりはどちらかといえば『脅迫』だと思うのだが、この際どちらでもいい。

 何を言おうかと口籠るノラに、多々羅はさらっと言い放った。

「……俺は約束は守る男だからな」

 そう言うと、多々羅は歯を見せて笑った。

 その笑顔に対して、ノラは自分がどんな表情をしたのか解らなかった。

「しっかし、いくらズルして入学したって、クラスで恥かく訳にはいかないしな。一年前の今からこうして勉強してるって訳よ」

 多々羅はそう言って視線をノートへと戻した。

 目にした外国の文字列を前に、多々羅は再び頭を掻き毟る。

 多々羅の苦しそうな表情を目に、ノラは体を前に出して開かれた問題集を覗いた。

「……それ、experienceだよ」

「は? えくせぷ……何て? ハリー・ポッターの呪文?」

「experience、E、X、P、E」

「お前英語分かんの!?」

 ノラの的確な回答に、多々羅は思わず声を上げた。

 対するノラは少々困惑している様子である。

「分かるっていうか……、昔飼い猫だった時に女の子が勉強してたところよく見てたし。ていうかこれ中学生レベルだろ。こんなんで躓いてたら高校やってけねぇぞ」

「じゃあノラ君勉強出来るの!?」

「いや出来るってレベルじゃねぇけど……、でもまぁ、あの子文系科目得意だったから、それぐらいはちょっと自信あるかも」

「ノラぁ!」

「何だよ!」

 突然野太い声が発せられた目の前の多々羅に、ノラはぎょっと体を震わせる。

 いざ目を向けてみると、多々羅はこちらに頭を下げていた。

「俺に勉強教えてくれ!」

 最初、何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

 それでも多々羅の言葉をゆっくりと咀嚼していき、ようやく意味を理解すると、ノラは大きく口を開いた。

「はぁ!?」

 これでもかと目を見開くノラに、多々羅は未だ頭を下げ続ける。

「頼む! 理系科目は何とかなってんだけど、文系科目は何が何やら! お前の知っている知識だけでもいいから俺に教えてくれ!」

「いや、んな事言われたって」

「お前しかいねぇんだよ!」

 今まで見た事あっただろうかという程の多々羅の本気に、ノラは身を委縮する。

 傍から見ているヴェンも、どうしたものかとノラに目を向けている。

 数秒間、多々羅の下げた頭に視線を落とすと、堪忍したようにノラは溜息を吐いた。

「……解った」

「本当か!?」

「ただし」

 何か含んだような言い方で口を開いたノラに、多々羅は次の言葉を警戒する。

 久し振りに向けられた多々羅の視線に、ノラはニヤッと口角を吊り上げた。


「俺も入学させろ」


「はぁ!?」

 そう声を上げたのは、今まで黙って現場を見守っていたヴェンだった。

 その第一声を皮切りに、ヴェンは溢れ出した言葉を流れるままに吐き捨てていく。

「入学って解ってる!? 人間と一緒に高校生活を送るって事だよ!? 女の人だっていっぱいいるんだよ!?」

「いや女の人嫌いなのはヴェンだけだろ」

 ノラは冷静にそう言うと、ヴェンは堪らず口を閉ざす。

「俺はそもそもこの代わり映えのしない生活に飽き飽きしてたんだよ。毎日楽しそうに過ごしてる高校生達が羨ましいって、俺もあいつらと一緒に青春を送ってみたいって、ずっと思ってた」

 それはノラの口から出た本心だった。

 この場所に来た時には人間を忌み嫌っていたノラだったが、ここで高校生達の日々のサイクルを眺めていくにつれて、人間達と一緒に生活できるならやってみたいものだと常々思っていた。

 叶わない夢だと諦めていたが、叶う可能性があるなら掴むしかない。

「……でも、それじゃあ何かつまんねぇなぁ」

 ノラは独り言の様に呟いて、目を閉じ最良案を考える。

 その時間はあまりに短く、ノラの頭の中でそれは簡単に見つかった。

「……そうだ」

 ノラは一人楽しそうに笑うと、身を多々羅の方へ乗り出した。


「俺、来年の春に中学二年生として中学校に入学するわ。んで、この学校を受験する。中学校で作った、すっげぇ面白ぇ友達と一緒にな。そんで受かれば、俺は多々羅と一年間同じ学校に通学する事になる訳だ」


 楽しそうに語ったノラは、どうだと言わんばかりに多々羅の顔を覗く。

「な? 面白いだろ?」

 そんなノラの提案に、多々羅は黙って耳を貸していた。

 しかしプレゼンテーションが終わると、多々羅もノラ同様に表情を陽気に染める。

「あぁ、最高だな」

「ちょっ、ちょっと!」

 盛り上がろうとしていた話の展開を、耐え切れずにヴェンは遮った。

 ヴェンはそのまま深重な面持ちで、不安を口にする。

「二人だけで勝手に決めちゃうのはマズいよ! タタラ君の入学でさえ今までにない事で混乱してるのに、その上ノラ君まで入学するなんて……、しかも中学校に!」

「もうヴェン五月蠅い。盛り上がってんだから水差すなよ」

「なっ!」

「まぁでも、ヴェンの言う事も確かだ。問題はどうやって中学校に編入するかだな。……校長(あいつ)に中学校に知り合いがいないか聞いてみるか」

「そうじゃなくて!」

 ヴェンの話を聞こうとしない二人に、ヴェンは慌てふためいていた。

「十年以上前に人間に捨てられた野良猫が、人間と一緒に高校生活送りたいって言ってんだぞ?」

 ふとそんな声が聞こえて、ヴェンだけでなくノラも多々羅に目を向ける。

 多々羅は二人の視線を感じながら、柔らかく笑ってみせた。

「この想いに手を貸さないで、どうしろって言うんだ」

 多々羅の言葉にヴェンは胸を打たれ、同時にさっきまでの自分が恥ずかしくなった。

「……そっ、そうだね! タタラ君の言う通りだ! ノラ君ごめんね? あの日人間に捨てられてここで儚げに泣いていた小さなキティが、数多の試練を経てこんなに成長したなんて……、思い出しただけで涙が出てくるね」

「おっ、いつもの気持ち悪いヴェンに戻ったな」

 多々羅の言葉を合図に、二人はいつもの言い争いを始めた。

 そんな口論はどこかノラの心を休めて、波打つ鼓動を抑えてくれているような気がした。

「……さて、そうと決まれば勉強するぞ!」

 ノラはそう言って、多々羅に勉強を促した。

 多々羅は少し嫌そうな顔をしたが、ノラはその顔を振り切って勉強させた。

 そう遠くない未来に、同じ制服姿で楽しい高校生活を送れるように。


●○●○●○●


 それからの一年間、ノラと多々羅は死に物狂いで勉強した。

 ノラは最低限の知識は身についていたものの、所詮それは飼い主だった女の子の勉強を覗いていただけなので、今一度全ての教科を総復習した。

 勿論多々羅の勉強に目を向けながら。

 本格的な学習が初めてなノラにとってかなりの疲労だったが、それでもノラは一度も「やめる」とは言わなかった。

 どうしても勉強をしなければならなかったのだ。

 多々羅と同じ高校生活を送る為に。

 人間達と一緒に楽しい日常を送る為に。

 そして、春――。


 牛三津中学校の校庭には色鮮やかな桜が舞い散っており、窓を覗けば絵画から切り取ったような絶景が見える。

「なんかカッコいいね! 転校生!」

「でも金髪でしょ? なんかチャラそうじゃない?」

「にしてもお前変な名前だな!」

「そう? 今の時代こんな名前割と普通じゃね?」

 二年生のとある教室から、そんな声が聞こえてくる。

 その教室の片隅で、席に座る黒縁眼鏡の少年は窓に映るピンク色の校庭をぼんやり眺めていた。

 声の中心にいた転校生はそんな少年を目に捕え、そちらへと歩いていく。

 そして少年の目の前に立ち、バンッと机を鳴らして、少年の視線を自分の方向へと向けさせた。


「俺、加藤乃良! お前の名前は!?」


 博士と乃良の出逢った、最初の瞬間であった。

猫の恋は春の季語です。

ここまで読んで下さって有難うございます! 越谷さんです!


乃良の過去後編は乃良が学校に入学する経緯の話でした。

設定だけが最初に出来あがってしまったキャラだったので、そこから多少強引に入学させたような感じですね。


そしてハカセとの出逢い。

このシーンはベッドの上で何度も思い描いたシーンでした。

今まで何度か書きたかったシーンを書いてきましたが、その中でもこの乃良編は群を抜く勢いで印象に残っているシーンが多いですね。

それくらいマガオカのターニングポイントになる編だと思います。


さて、時は再び現在!

正体を明かした乃良とオカ研部員達がどんな展開を見せていくのか!

衝撃の乃良編、いよいよ最終回です。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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