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【065不思議】中庭の化け猫

中庭の化け猫


 これはとある事務員が実際に体験した物語の記録である。

 その日の早朝、事務員の男はいつもの様に校舎の清掃に身を投じていた。

 中庭に散らばった木の葉を集め、袋に回収する。

 今の学校にいる生徒達が『孫の世代』となった男にしてみれば、かなり骨を折る作業である。

 それでも男は何とか足を動かしていた。

 すると、頼りない猫の鳴き声が聞こえてきた。

 目を向けてみるとそこには一匹の猫がおり、こちらをじっと見つめている。

 口元は何やら赤いもので汚れているのが解った。

 学校に迷い込んでしまったのか、男は猫を外に帰してやろうと近付いたが、草を踏む音が聞こえると、猫はそのまま草陰に隠れてしまった。

 奥を覗いてみても、もう猫の影はどこにもない。

 仕方が無いと男は仕事に戻ろうとすると、もう一つの違和感に気付き立ち止まった。

 中庭で飼育している鶏小屋が開いていたのだ。

 どうしたのかと男は歩いていき、鶏小屋の様子を窺う。

 そこで男は目を見開いた。


 小屋の中にいた鶏達は、壁に残酷な血潮を撒き散らしながら絶滅していた。


 あまりの光景に男は尻もちをついた。

 そのまま腰をズルズルと引きずっていくと、立ち上がって逃げる様に走っていってしまった。

 その後、男はこの景色の全容を職員達に伝える事になる。

 今も瞼の裏に焼き付いた凄惨な鶏小屋の光景を。

 その直前に見つけた、口元に赤い汚れをべったりと付けた一匹の猫の話を。

 あれは化け猫が鶏を食い荒らした形跡だと、男は目を血走らせながら伝えたという。


●○●○●○●


 二十年前、早朝、逢魔ヶ刻高校の中庭。

 朝の日差しがゆっくりと顔を出す清々しい空気に、血生臭い香りが漂っていた。

 遠くでは老人の息切れた声が聞こえ、先程この鶏小屋の中を覗いて叫び散らしていた事務員の声であろうと察しがつく。

 そんな鶏小屋の前に、人影が一つ。

「うわぁ、こいつは酷ぇな。さっきの爺さんが喚いてたのも納得だぜ」

 そう呟いたのは、逢魔ヶ刻高校の七不思議が一つ、体育館の巨人こと多々羅だった。

 多々羅はそう言いながらも、冷静にその景色を観察している。

「……これ、お前がやったのか?」

 観察を終えた多々羅は、そう言って視線を鶏小屋から横の気配に移した。


 そこには口元に血がべったりと塗られている、金髪から猫耳の跳ねた少年がいた。


 血以外にもところどころ汚れが目立ち、服も最早黒い布を巻いているだけのようになっている。

 少年は多々羅の質問に答えようとせず、多々羅から視線を逸らす。

「……ふん、まぁいいや」

 少年に返す気が無い事を悟ると、多々羅は空を仰ぎながら話題をすり替えた。

「しっかし、今回の新人は暴れん坊そうだな」

「……新人?」

 話の読めない多々羅の言葉に、少年は思わずそう訊き返した。

 多々羅は少年がそう訊いてくる事が読めていたのか、スラスラと説明を始める。

「この学校には世にも珍しい七不思議ってのがあってな。俺もその一つな訳だよ。俺の紹介はぁ……、まぁ後でいいか」

 最初にそう言うと、ここからが本題だと多々羅は声色を変えた。

「んで、ここからがこの七不思議の不思議たる所以なんだけどよ。この七不思議、何かの理由で一つの不思議が学校から無くなっちまうと、それ(・・)()補う(・・)よう(・・)()して(・・)また(・・)一つ(・・)()不思議(・・・)()この(・・)逢魔ヶ刻(・・・・)高校(・・)()引きずり込まれる(・・・・・・・・)()()()

 そこまで言うと、多々羅は少年に人差し指を向けた。

「今回の補整要員がお前って訳」

 指を差されてそう宣言されても、少年はイマイチピンと来ていない様子である。

「……別に俺はただここら辺歩いてて、気付いたらここにいただけで」

「それを引きずり込まれたって言うんだよ」

 少年の言葉を遮る様に、多々羅はそう笑って答えを返す。

 こちらの言葉を遮ってきた多々羅に、少年は少し苛立ちを覚えているようだ。

「んー、中庭に現れたんだから、名付けて『中庭の化け猫』かな?」

 当の多々羅は気にしていないように、顎に手を添えて考え事をしている。

 少年は目の前の多々羅の姿に呆れてしまい、そそくさとここから離れようと足を動かした。

 そんな少年に気付いたのか、多々羅から言葉が飛び込んできた。

「お前、名前なんて言うの?」

 瞬間、少年の思考が停止する。

 ――(すず)、一緒に遊ぼ!

 頭の中に霧のかかった少女の姿が浮かび、少年はそれを静かに振り払った。

「……無ぇよ」

「はぁ!?」

 少年の返答に多々羅は大きく口を開いた。

「名前が無い!? 夏目漱石かお前は! 生きてんだから名前の一つや二つあんだろ!」

「どんな理論だよ! とにかく無いっつったら無いんだよ!」

 初めて声を荒げて対抗してきた少年に、多々羅はそれ以上反抗するのをやめる。

 多々羅はしばらく考え込んでいると、途端に声を出した。

「じゃあお前、今日から『ノラ』な!」

「はぁ!?」

 突然の命名に少年は思わず声を上げた。

「何だよその名前!」

「良いだろ? 野良猫のノラ! やっぱ俺ネーミングセンス最高だなぁ」

「最悪だよ! そんな名前、俺認めねぇからな!」

「まぁまぁ。ほら、今からこの学校案内してやるよ。他の七不思議にも会いたいだろ?」

「ちょっ、何を勝手に」

「早く来ねぇと置いてくぞー、ノラー」

 そう言うと多々羅はスタスタと中庭から出て行ってしまった。

 半ば強引にノラと名付けられた少年は、眉間に皺を寄せながらも、仕方なく多々羅の背中を追って歩き始めた。


●○●○●○●


 それから多々羅に連れられ、少年は学校をあちらこちら歩き回った。

 音楽室では気持ち悪い程のナルシストと出会った。

「やぁ、はじめまして野良猫君。君と出逢う事は、きっと何百年も前から決まってたんだろうね。僕と君の世紀を超えた出逢いに、乾杯」

「お前今何も飲み物持ってないだろ」


 プールではやけに男気溢れるナイスバディな人魚と出会った。

「おぅ、新人か。よろしくな。というかちょっと汚れてねぇか? なんならここで一浴びしていくか?」

「猫って水浴び苦手なんじゃなかったっけ?」


 様々な七不思議と顔を合わせる中、少年は随分と疲れ切ってしまった。

「何ていうか……、変な奴ばっかだな」

「お前だって変な猫だろ?」

 ハッキリと刺してきた多々羅の返答に、少年は睨み殺す勢いで多々羅に目を向ける。

 多々羅はそんな視線に気にする様子も無く、面白そうに笑っている。

「まぁ、どんだけ変な奴でも悪い奴じゃねぇのは確かだ。お前もすぐ馴染めるよ」

 少年を気遣ってか、多々羅はそんな言葉を吐いた。

 多々羅は止まっていた足を動かし、次なる目的地へと歩いていく。

「……冗談じゃねぇ」

 後ろからそんな声が聞こえてきて、多々羅は振り返った。

 そこには未だ立ち止まっていた少年が一人。

「俺はお前達と馴れ合うつもりはねぇ。俺はもう……」

 少年の表情に、苦い色が浸食していく。

「一人で生きていくんだ」

 そう言うと、少年はどこかへと歩き出してしまった。

 視界から消えてしまった少年に多々羅は追いかける事はせず、ただ少年の先程の表情を思い返していた。


●○●○●○●


 数日後の中庭。

 教室では授業が行われており、昼休みを終えた中庭は空しいくらいに静かだった。

「……暇だなぁ」

 中庭の雨宿りスペース、その屋根の上で少年は寝転がっていた。

 日差しが良い感じで心地良かったが、ただ寝ているだけなんてのは実につまらない。

 少年は体が動かしたくなって、横に寝返りをした。

 そして徐に目を閉じる――。

 ――今日はどこに行こうか!

「………」

 そんな声が頭の中に響いて、少年はゆっくりと目を開けた。

 その声を振り切る様にして体を上げると、ぼーっとした頭を掻き毟る。

 ――散歩でもするか。

 思い立った少年は、日の光刺す屋根の上を立ち上がった。


●○●○●○●


 移動教室でもしているのか、教室に生徒達の姿はあらず、廊下は平日の昼とは思えないくらい閑散としていた。

 多々羅から一般の生徒に姿を見せるなと念を押されていたが、これならその心配は無さそうだ。

 少年は特に目的地も無いまま、一年生の階の廊下を歩いていく。

 途中女子トイレに人影があったが、少年はそれでも歩いていく。

「……ってうわぁ!?」

 ようやくその人影に気付き、少年は思わず声を上げた。

 そこにいた少女の影は、突然の呻き声を聞いてもビクリともせずに立ち尽くしている。

 少年はその少女と一度会っていると気付き、恐る恐る声をかける。

「……花子、だっけ?」

 それは多々羅に紹介されたこの学校の七不思議、トイレの花子さんだった。

 名前を呼ばれた花子は、やっと少年に目を向ける。

「……太郎?」

「違ぇよ。いやそもそも名前なんか無ぇんだけどよ」

 マイペースな花子に少年は口を歪めるも、そう冷静に対処する。

 すると少年は思いついたように口を開いた。

「そうだ。お前今暇か?」

「?」

 少年の突然の問い掛けに、花子はどういう訳かと首を傾げている。

 花子の内心を読み取れているのかどうか、少年は自分の思うままに提案をした。

「ちょっと付き合えよ」


●○●○●○●


「おっ、あったあった」

 渡り廊下の自動販売機と床の隙間、そこに輝く小銭を見つけた少年は、人目も気にせず掴み取った。

 手元に飲み物二つ分の金額を確認すると、近くのベンチで座っている花子に声を投げる。

「お前、何飲む?」

「……牛乳」

「おっ、気が合うな」

 少年はそう言うと、自動販売機に先程手に入れた小銭を吸い込ませた。

 流れる様にボタンを押し、ガコンと紙パックの牛乳が落ちてくる音がする。

 少年は二つ手に取り、一つを花子の方へと投げ渡した。

 花子が牛乳を受け取ったのを確認すると、少年は花子と反対側の壁に凭れ、紙パックにストローを突き刺す。

「……お前、何でこんなところにいるの?」

 牛乳を飲み始めると、少年は暇潰しに花子に質問した。

 花子もストローを口に咥えながら少年の方を見つめている。

「……………………」

 ――えっ、こいつ聞いてる?

 花子の基本の会話ペースを知らない少年は、自分の声が届いているのか心配になった。

 しかしそんな心配は勿論杞憂に終わり、花子はゆっくり返事をする。

「他の場所に行った事無いから」

「……は?」

 予想外だった花子の返答に、少年は口をポカンと開けた。

「いや一回くらい行った事あるだろ? 外に出たら、こんなつまんねぇとこなんかよりも楽しい場所なんてざらにあるぞ?」

「行った事無い」

「んなまさか」

「それに」

 少年の声を聞こうともせず、花子はそのまま口を開く。

「ここは、つまんないとこなんかじゃないよ」

 やけに芯の通った言葉に、少年はどこか圧倒されていた。

 花子は思っている事は全て伝えようと、何とか言葉を並べ立てていく。

「タタラや皆と一緒にいて楽しいし、話も面白い。……楽しくないの?」

 そう訊かれた少年は、ふと目を開かせる。

「……楽しくねぇよ。ここにいたって何も面白い事なんて起きやしないし、それに……」

 少年の頭に、とある少女の姿が過る。

「……ここにいると、何か余計な事思い出しちまう」

 その少年の表情は悲しいような、苦しいような、曖昧な表情だった。

 花子もその表情の違和感に気付き、じっと少年を見つめている。

「……何かあったの?」

「……お前には関係無ぇだろ」

「私で良かったら力になるよ」

 突然の花子の言葉に、少年は思わず目を見開いた。

 相対する花子は、特にこれといった変化は無く、自然とその言葉を吐き出したようだ。

「いや、力になるって……、お前に何が出来んだよ」

「分かんない」

「大体お前が俺に何かする義理なんて無いだろ?」

 花子は少年の声を聞くと、いきなり飲み終えた紙パックを少年に見せつける。


「牛乳貰った」


 花子のそんな言動に、少年は硬直してしまった。

 何かと葛藤している様子は見て取れたが、瞬間耐え切れずに少年は笑いを噴き出した。

「アハハハハハ!」

 腹を抱えている少年を、花子は無表情で眺めている。

「笑った」

「!」

 花子にそう言われ、少年は何だかむず痒い気持ちに包まれた。

「……悪いかよ」

「ううん。笑ってた方が良いと思うよ、三郎」

「次郎どこ行ったんだよ」

 再び名前を間違えた花子は、「あっ」とどこか申し訳無さそうな姿勢を取る。

 しかし少年は特に気にしていないようで、柔らかい笑顔を浮かべて、そう言葉を紡いだ。


「……ノラって呼べよ」


●○●○●○●


 それからの少年は段々と尖っていた棘が解けていき、他の七不思議とも親身に話す様になっていった。

 棘さえ無くなればただの人懐っこい猫なので、それからの打ち解けは割と早かった。

 二十年前もたくさんの人が集まる中庭の昼休み。

 それを誰も目も向けない屋根の上から、少年と多々羅は眺めていた。

「おーおー、今日も今日とて大盛況だな」

 多々羅は目の上に掌を添えて、遠くまで見渡す素振りを見せる。

 隣の少年はというと、ただ静かに人々を観察しているという様だった。

「……俺さ、ここに来る前飼い猫だったんだ」

 突然の告白に、多々羅は視線を中庭から逸らす。

「……それは初耳だな」

 多々羅の返事にこれからの話を聞く姿勢を感じ取った少年は、そのまま話を続けていく。

「路地でウロウロしてたら三歳の女の子に拾われてな。そのまま飼われる事になったんだよ。別に裕福な家って訳じゃ無かったが、俺はその家族が大好きだった」

 目を閉じると、今でもあの時の景色が思い浮かぶ。

 些細な悪戯も笑って許してくれる父、いつも美味しいご飯をくれる母。

 そして――。

「その女の子の事が、大好きだった」

 ――鈴!

 どんな時も一緒に遊んでくれた女の子。

 少年の口元は緩んでいたが、次の言葉を口にすると、その表情から幸せの色は消えた。

「……でも、何年経っても体が成長しない事に気付いたお父さんとお母さんは、段々俺に違和感を覚えていった。もしかしてこの猫は、普通の猫じゃないんじゃないかって」

 そう話す少年の表情は、今にも死んでしまいそうだった。

「そして、女の子が中学三年になった時、俺は捨てられた」

 冷静に話そうとしているのは伝わるが、少年の口元は若干震えている。

「女の子は最後まで俺を捨てる事に対して反対してくれてたんだけど、それでも親に逆らえなくて、結局俺を捨てた。その日から俺は、人間が大嫌いになった」

 女の子の気持ちは、痛い程解っていたつもりだ。

 それでも、捨てられたくなかった。

 そんな感情が渦巻き、少年は俯いて体を丸くする。

「……人間と、誰かと一緒にいるのが怖くなった」

 それまでの少年の声を、多々羅は静かに聞いていた。

 同じ体験をした事もない自分が、何か助言するなんて間違えても出来なかった。

「……でも」

 隣からそんな声がして、多々羅は少年の表情を覗く様に目を向ける。

 少年は顔を上げて昼下がりの中庭を見下ろしていた。

「ここにいる奴らを見てたら、やっぱ人間も悪い奴らじゃないんだなって思えた」

 そこには過去の思い出に囚われている少年なんて、どこにもいなかった。

 いたのは中庭にいる人々を楽しそうに眺めている少年だけ。

 そんな清々しい表情に、多々羅は安堵したように薄ら笑顔を浮かべた。

「……そうか」

 それ以上多々羅は何も言わなかった。

 それでも少年はその一言に多々羅の言いたい事が詰まっている気がして、少年の心に多々羅の一言がしっとりと溶けていった。

乃良改めノラの過去編です。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


話の中盤に相関図がガラリと変わるような伏線というか、そういうのが大好きで、

僕もそういうのがやりたい!と思って生まれたのが乃良というキャラクターでした。

乃良の姓である加藤も『‟CAT‟O』から来てたりします。

そういう訳で色々な伏線を交えながら、この回まで隠していました。

まぁ伏線のかけ方が下手くそだったんで、乃良の正体について勘付いていた人もいると思いますがww


乃良が七不思議になる前に呼ばれていた『鈴』という名前、あれは乃良の別の名前候補だったりもします。

名前候補の時は『りん』ていう読み方だったんですが。

最初は鈴で行こうと思ったんですが、多々羅が名付け親てとことか百舌林太郎と被るなとかで乃良が採用されました。

それで今回飼い猫時代の名前を考えるに当たって、鈴という名前を思い出して採用した訳です。


などなど募る話はたくさんあるのですが、まだ乃良編は終わりません!

まだ何個かの謎も残ってますしね。

そこらへんも来週から楽しみに見てくださると嬉しいです。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!


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