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【062不思議】白兵の体育祭

 変わらぬ白熱の展開を見せる学校祭最終日の体育祭。

 グラウンドでは体操服を纏った女子生徒が、デッドヒートを繰り広げている。

『さぁ、マガ高体育祭もいよいよ後半戦へと差し掛かって参りました! 現在行われている競技はパン食い競争! 女の子達が己の欲望を剥き出しにしてパンへと喰らいつく、体育祭の名物競技です!』

「嫌な言い方するな」

『各選手続々とパンコーナーへと到着してきました』

 実況の実の言う通り、トラックを走り終えた生徒から順に糸でぶら下がっているパンへと飛び跳ねだした。

『なお、この競技で使用するパンは、毎日購買でパンに届けていただいている山田屋のパンです! 今年もあんパンだけでなく、食パン、カレーパン、焼きそばパンなど豊富な種類のパンを用意してくれました! 全生徒を代表して言わせていただきます。山田屋さん! ありがとう!』

「いらねぇだろその豊富なバリエーション! 焼きそばとか具材落ちてんぞ!?」

 定番のあんパン以外も宙にぶら下がっているパンに、前々から博士は文句が言いたかったようだ。

 しかし博士以外のオカ研部員達は、それよりも更に後方に目を向けていた。

「花子ちゃーん! 頑張ってー!」

「あともうちょっとだよー!」

「頑張れー!」

 部員達が応援する先は、未だトラックを一人で走っている花子だった。

 大分疲れているのか、その足は走っているとは思えず、酔っ払いの千鳥足の様になっている。

 何とか辿り着いた時には、もう体はフラフラだった。

『何とか追いついた零野さん! これで全選手がパンコーナーに横並びする形となりました! さぁ、先にパンに食らいつき、頭一つ抜け出すのは誰だ!?』

 実の実況通り、まだ一人もゴールテープを切っていないようだ。

「頑張れー!」

「花子ちゃーん!」

 遠くにそんな声を感じながら、花子は俯いていた顔を上げる。


 そこには花子が毎日購買で買っている、愛しいコッペパンがあった。


 刹那、花子の目の色が変わった。

 花子は何の予備動作もなくパッと飛び上がると、そのままコッペパンに食らいつき、軽く首を捻って吊られていた糸を引き千切った。

 あまりの流れるようなスピードに、観客も、実すら実況を忘れて唖然としている。

 その間にも花子は足を止めずに歩いていき、マイペースにゴールテープを切っていく。

『……ゴ、ゴォォォォォォォォル!』

 自分の役目をやっと思い出した実は、マイクの前でそう叫んだ。

『一体誰が予想したでしょう! 拮抗とした戦いを制したのは、ぶっちぎりの最下位だった零野さん! 無駄の無い動きで、コッペパンと勝利を齧り取りました! ここに彼女に、『パン食い競走の女王』という名を与えましょう!』

 実況の声に、観席は再び歓声に覆われ、花子コールまで飛び出してきた。

 その中のオカ研部員達は飛び跳ねて喜んでいる千尋や、呆れて立ち尽くしている博士など、反応は多種多様だった。

 当の本人である花子はというと、周囲の反応には気にしていないようで、ただ黙々とコッペパンを味わっていた。


●○●○●○●


「花子ちゃんすごい!」

 花子がオカ研部員達のもとへ帰ってくると、いきなり千尋が花子へと抱き着いていった。

 いつも通りどういう訳か理解できていない花子に、バッと千尋は顔を上げる。

「感動したよ! 最後のパンコーナーのところ! 全員を感動させる為にわざと最初最下位になってたんだね!」

「そんな器用な真似こいつにできるか」

「パン食い競走の女王! 花子ちゃんにふさわしい名前だよ!」

 千尋の長いスピーチに、花子はやはり意味が解っていないようだ。

『続いての競技は男女混合選手リレーです! 代表の生徒は速やかにグラウンドに集合してください!』

「あっ、次俺だ」

 放送に反応した乃良に、一同は一斉に振り向く。

「乃良、選手リレー出るの!?」

「えっ? あぁ、頼まれちゃってさ」

「ほんとに!? すごいじゃん! 応援するね!」

「おぅ! 頼むぞ!」

「開始直後にぶっこけろ」

「それお前だろうが!」

 エールと言っていいのか解らない声を貰って、乃良はグラウンドへと向かっていった。

 向かいに行く際、乃良は満面の笑みでこちらに手を振っていたので、他の生徒もつられて乃良に手を振っていた。


●○●○●○●


 グラウンドにはそれぞれのポイントに各団選び抜かれた俊足の選手が集まっており、これからの選手リレーに向けて準備運動をしていた。

 選手リレーという事もあってか、周囲には今まで以上のギャラリーが集結している。

 そこには勿論、オカ研部員達の姿にあった。

「乃良どこにいるかな?」

「えぇっと、加藤君は一年生のところにいる筈だからぁ……」

 部員達が何とか乃良を探していると、「あっ!」と千尋がとある一点を指差した。

「いた!」

「何かあいつ投げキッスしてるぞ」

「うわっ、気持ち悪っ」

 やっと見つけた乃良は既に博士達を見つけていたようで、こちらに猛烈なアピールをしていた。

 こちらの声が届く筈もなく、乃良は延々とこちらに愛を向け続ける。

 そんな事をしていると、どうやら開始の準備が整ったようだ。

『さぁ! 大変長らくお待たせしました! それでは早速、選手リレー開始しましょう!』

 その実況の声に、さっきまで無駄口をしていた声はピタリと止み、グラウンドに静寂が訪れる。

 スタート地点にいる教師が拳銃を高らかに上げ、いよいよ選手リレーの火蓋が切られる。

「位置について、よーい……」

 パァンッ!という銃声と同時に、生徒達は一斉に地面を蹴り上げた。

 生徒達はみるみるうちにスピードを上げていき、その差は僅差という良い勝負だ。

「うわっ、皆速っ!」

「こうやって見ると、さっきのハカセがまるで無様だな」

「やめろ! まだ傷治りきってねぇんだよ!」

 そんな会話をしているうちに、バトンが第二走者、第三走者へと渡り継がれていく。

「ほらっ! もうすぐ加藤君だよ!」

「えっ! もう!?」

 さっきまでの会話を中断し、トラックへ目を向けると、確かにそこにはコースに出てバトンを待っている乃良の姿があった。

 そこには、いつもの乃良のおちゃらけた笑顔などどこにもない。

 まだバラついていない各走者の中、乃良は息も絶え絶えな前の走者からしっかりとバトンと受け取った。

 そのまま乃良は、人が変わった様に走り出す。

「乃良ー! 頑張れー!」

「いいぞー! 突っ走れー!」

「やっぱあいつ早ぇな」

 乃良の快走を目に、部員達はそれぞれ大きな声援を送った。

 まだ前に人影があるものの、後ろの走者との距離は伸び、乃良は少し余裕が出てきたのか、口元を緩ませた。

 しかし、油断は禁物。

 何の前触れも無く乃良の足は歪み、一歩が挫けてしまった。

「!」


 それからというもの、乃良はどうしようもできないままグラウンドに倒れてしまった。


『!』

 部員達だけでなく、観席中が突然のアクシデントに目を見開く。

 何とか体を立てようとする間も後ろの選手に抜かれてしまい、乃良は一気に最下位になってしまった。

「……本当にぶっこけやがった」

「あいつ大丈夫か?」

「大分派手に転んだみたいだけど……」

「もしかして……」

 千尋はそう言うと、隣の博士へと憐みの目を向けた。

「ハカセの呪い……」

「やめろよ! あいつが勝手に転んだだけだろうが!」

 博士も少し思う事があるのか、その声には少しばかり動揺が見られた。

 他の選手がトラックを走っていく中、乃良は未だコースの上で膝を付いている。

 下を向いているせいかその表情は少し暗く見えたが、乃良が勢いよく顔を上げると、そこにはいつもの無邪気な乃良の笑顔が見えた。

「いやぁ、派手にぶっ転んじまったわ! もしかしてハカセの呪いかな?」

「やめろ!」

 何も思っていないようにすら思うその笑顔に、他の生徒は硬直していた。

「でも……」

 乃良はそう言うとゆっくりと立ち上がり始めて、膝についた土を軽く払う。

「リレーはまだ終わっちゃいねぇぜ!」

 そう言って乃良は再び全速力で走り出した。

 そのスピードは、先程の乃良のそれとは比べ物にならない程速くなっており、観客は全員乃良に魅了されてしまった。


●○●○●○●


「んで、結局負けてんじゃねぇか」

 リレー終了後、一躍全校生徒の注目の的となった乃良をオカ研部員達が囲んでいた。

 乃良はいつもと変わらない笑顔で、照れくさそうに頭を掻いている。

「いやぁ、やっぱあの差は埋められねぇわ。先輩達も頑張ってくれたんだけど……、申し訳ねぇ」

「足は大丈夫なの?」

「ん? あぁもう全然! こんなのかすり傷だって!」

「いや大分派手に転んでたけど……」

 千尋の心配も、乃良は簡単に笑い飛ばしてしまった。

 花子も心配しているのかどうか、乃良の顔をじっと見つめている。

 すると、いつの間にか紫色になっていた空に実況が響いた。

『さぁ! 白熱の体育祭もいよいよ最後の競技となりました! 今年の最後を飾る競技は、三年生男子全員による棒倒しです!』

「おっ、やっと最後か」

 長かった一日もようやく終わると、博士は安堵の溜息を吐く。

 乃良は辺りを見渡し、先程の実況について口を開いた。

「三年生男子って事は、さいとぅー先輩出るって事ですよね?」

「そうだ。本当は俺も出る予定だったんだけど……、くそっ!」

 本気で悔しがる多々羅を余所に、博士達はグラウンドへと目を向けた。

 そこには大勢の男子が渦巻いており、その中から一人を見つけるのは、いくら銀髪で目立つと言っても難しそうだ。

「まぁ、斎藤先輩の事だから棒倒しで目立つような事は無いだろうけど」

 すると、この競技について実況の実が解説をする。

『それでは各団の棒の上に立ち、指揮を執る代表選手を紹介しましょう。紅組代表、マガ高生徒会会長こと山崎先輩!』

「行くぞお前達!」

 棒の上に堂々と座る山崎の声に、下にいる紅組生徒達は雄叫びを上げ始めた。

「どっかで見た事あると思ったら生徒会長さんじゃねぇか」

『白組代表、オカルト研究部部長こと斎藤先輩!』

「あっ、あのぅ、あんま揺らさないでね」

「斎藤先輩!?」

 なかなか見当たらないと思った斎藤は、棒の上でビクビクと震えていた。

 そこには生徒達を引っ張っていく代表らしさは見当たらない。

 割と高い棒の上で震える斎藤に、突如声がかけられた。

「斎藤」

「!?」

 目を向けると、それは向こうの団の上からこちらを睨みつけている山崎であった。

 何事かと斎藤は震える体を抑えながら、何とか山崎を見つめ返す。

「この勝負、勝ったら西園は俺が貰う」

『!?』

 山崎のとんでもない発言に、斎藤だけでなく全生徒が体をビクリと反応させた。

「なっ、なな何を言ってるんですか?」

「この勝負に勝ったら西園は俺がもらうって言っているのだ」

「そっ、そんなの、西園さんもいないのに勝手に決めていい訳」

「お前が勝ったら?」

 山崎のそんな問い掛けに、斎藤は喉を詰まらせる。

 山崎の真剣な表情に斎藤も呑み込まれてしまい、気付けば声を漏らしていた。

「……西園さんは、僕が貰う」

「良いだろう」

「良い訳あるかぁ!」

 大声でそう叫び上げた博士だったが、流石に斎藤達のもとまでは届かない。

 実況席も困っているようで、実は若干困惑しながら解説の西園に助けを求める。

『えぇ、西園先輩。あの人達あんな事言ってますが……』

 恐る恐るといった表情で尋ねてきた実に、西園は微笑みながらハッキリと言ってみせた。

『私の為に争わないで!』

『なんと! ここまでこの台詞がしっくりくるシチュエーションが今までにあったでしょうか!? 西園先輩の美貌あっての感動ですね!』

「何の実況してんだあの先輩!」

 博士のツッコミも実況席には届かず、ようやく実は棒倒しの実況を再開させる。

「さぁて、泣いても笑ってもこれが最後! 男と男のぶつかり合い、棒倒し! いよいよ開幕です!」

 パァンッ!と実の実況の後に発砲音が鳴り響いた。

 それを合図に下にいる男子達は、激しい怒号を上げて走り始めた。

 相手の棒を倒す為に互いの団の体は激しくぶつかり合い、防衛隊は棒を守るのに命を賭している。

 そんな中、棒の上にいる二人は――。

「僕の方が西園をずっと愛している! 無意識に髪を触ってしまう仕草とか大好きだ!」

「分かる! 僕は西園さんの持ってるハンカチの刺繍が好き!」

「分かる!」

 ――何の話をしてるんだあの人達は!

 下で代表の為に戦う兵士達を余所に、斎藤達は大声で恋愛トークに花を咲かしていた。

 その光景を博士は呆れながら見守り、隣の千尋は「恥ずかしい」と顔を手で覆い隠している始末だ。

『さぁ、現状では少し紅組が有利か!? 白組も最後まで頑張ってください!』

『斎藤くーん! 頑張ってー!』

『ちょっと西園先輩! 解説なんだから個人的な応援はしないでくださいよ!』

 西園のエールも掻き消える程、棒倒しは大熱戦だった。

 確かに上にいる二人を除けばそれは迫力のあるもので、博士達も少し圧倒されていた。

 その後ろでワナワナと震える影が一人。

「……多々羅先輩?」

 後ろで震える多々羅に気付いた博士がそう声をかけると、多々羅は体が抑えられないというように大声を上げた。

「だーっ! 我慢できねぇ! 俺も参戦してくる!」

「ちょっ! 何言ってんすか!」

 博士の声に耳も貸さず、多々羅は松葉杖を振り回しながら突き進んでいく。

「おりゃぁぁぁぁ!」

 多々羅はそのまま敵陣地である紅組のもとに向かった。

 しかし体を支えていた松葉杖に相手の体が当たり、多々羅は大きくバランスを崩した。

「あ」

 そう言っている間にも多々羅の体は倒れ、結果グラウンドに這い蹲った。

「何がしてぇんだよあの人は!」

 一部始終を見守っていた博士は、堪らずそう声を張り上げた。

「あっ、ハカセ見て!」

 突如隣の乃良からそう声が聞こえ、博士は視線を多々羅のいた紅組の陣地から白組の陣地へと移す。

 そこには多くの紅いハチ巻きが見え、白組の棒が追い詰められているのが解った。

「えっ、ちょっ、待って! 頑張って!」

 棒の上からは、そんな斎藤の頼りない声が聞こえてくる。

「ちょっ、無理無理無理無理! 怖いって! ちょっ、誰か助けて! 落ちる落ちる! うわぁ!」

 すると斎藤は棒から落下してしまい、生徒達の密集する地点に倒れてしまった。

 棒も見事に倒されてしまい、勝負は着いたようだ。

『白組代表の斎藤先輩が落ちてしまいましたので、この勝負紅組の勝利!』

 実況の声を合図に、紅組の兵士達は一斉に雄叫びを上げだした。

 山崎も体から熱気が溢れ出しており、喜びを体全体で表現しているようだ。

 今体育祭の目玉競技にグラウンドのボルテージは最高潮、西園も面白かったというように手を叩いている。

 ただ一人だけ、学校のテンションに溶け込めなかった博士はポツリと呟いた。

「……何だこれ」

 そんな呟きも大歓声の中に消え、体育祭、そして三日間に渡ったマガ高学校祭が幕を閉じた。

 ちなみに最後の棒倒しが大きく貢献し、紅組が総合優勝したという。

なんとも呆気ない体育祭でした。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事で体育祭編、並びに文化祭編から続いた学校祭編が終了しました!

学園モノの定番中の定番が終わったのかと思うと、嬉しいような悲しいような色々な感情が入り混じっています。

マガオカらしい学校祭はできたのかな?


体育祭編ですが文化祭を中心に書くつもりだったので、体育祭は一話で終わらせるつもりでした。

しかしやるからには全員に出番作りたいなと思って、色々考えたら二話構成に。

しかも割と文字数の多い回になってしまいました。

でも全員がちゃんと活躍(?)できて、賑やかな体育祭になったので個人的に満足です!


サブタイトルもこだわって前回との頭文字を合わせると『紅白』になるようにしました!

なんかカッコつけすぎてよく意味が解ってないのは内緒ww


さて、これで学校祭編は幕引きです!

しかしいつもの日常に戻るという訳ではなさそうで……、続きは次回に。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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