【061不思議】紅潮の体育祭
天候は晴れ、目を瞑りたくなる日差しが生徒で溢れ返るグラウンドを突き刺す。
生徒達はそれぞれ赤色、白色のハチ巻きを頭に巻いており、大きな縄を引き合っては大歓声を上げている。
そう、今日は――。
「何が体育祭ですか」
綱引きで盛り上がっているグラウンドを目にして、博士はそう吐き捨てた。
体操服を着て頭にハチ巻きと、見た目はそこらにいる生徒と変わりないが、そのテンションには明らかに落差があった。
「皆で束になって意味の無い競技やって、勝手に点数つけて、勝敗決めて、何がしたいのか見当もつきません。大体ケガでもしたらどうするんですか。日常生活に響きますよ。こんな事するくらいだったら家でスポーツ観戦する方がよっぽど有意義な体育祭になると思うんですが」
「んー、いつにも増してイラついてるね」
「運動音痴だから悪目立ちするんすよ」
博士から滲み出る負のオーラに、斎藤と乃良は聞こえないような声で話をする。
そんな中で博士のオーラなど気にする様子もなく、とある一人が大きく口を開いた。
「なぁにをグチグチ言ってんだ!」
その声の主を把握しつつ、博士は不機嫌を隠さないままそちらに目を向ける。
そこには松葉杖を突いたままこちらに指を差す多々羅の姿があった。
「出場できる奴が偉そうな事言ってんじゃねぇ! やりたくてもやれねぇ奴がいるんだよ! こんなケガなんか無かったら存分に暴れ回ってやったのに!」
必死の多々羅の叫びも博士には届かず、冷酷な視線を向けている。
「こんな事なら俺も足折っときゃ良かった」
「何だと!?」
「まぁまぁ」
危うく一触即発となりかけた展開に、斎藤が慌てて多々羅を宥める。
何とか多々羅を落ち着かせると、斎藤は博士の方へと振り返って話を始めた。
「まぁ、あまり気に病む事はないよ?」
斎藤の言葉に博士はピクリと反応する。
「うちの体育祭は紅組、白組に分かれてこそいるけど、そんな勝負にこだわってないんだ。それより仲良く競技を楽しむって感じ。だからハカセ君がそんな考え込む事は無いと思うよ」
「おめぇ何紅組の分際で穢れなき白組に口きいてんだ? あぁ!?」
「テメェこそそのハチ巻き血で真っ赤に染めてやろうかゴルァ!」
「いやめちゃくちゃ仲悪いじゃないですか!」
斎藤の後方に見えた路地裏の不良の様なワンシーンに、博士は思わずそうツッコミを入れる。
斎藤もそのシーンを確認すると、困った様に口を開いた。
「……まぁ、たまに勝負にこだわる過激派もいるんだけど」
「過激にも程がありませんかあれ!?」
場外乱闘でも起きそうな現場は教師によって抑えられたが、それでも博士のやる気を更に削ぎ落とすには十分だった。
『綱引き、紅組の勝利!』
そんな甲高いマイクの声がグラウンド中に響き、生徒達は一段と盛り上がった。
綱引きの片付けが始まる中、続くアナウンスに博士も自然と耳を傾ける。
『いやぁ、実に良い試合でした! おっと! 申し遅れました。私、逢魔ヶ刻高校略してマガ高の今体育祭実況を務めさせて頂きます』
「初めて聞いたぞマガ高なんて」
『放送委員二年の実です! みのりんって呼んでください!』
一生徒の呟きに実況が気付く筈もなく、テンションのギア絶好調で自己紹介をした。
「実況なんてあんのか」
『そして解説は! 学校一の美少女としても呼び声の高いマガ高生徒会副会長、西園美姫先輩です!』
「西園先輩!?」
予想外のところで知った名前を聞いた博士は、慌てて放送席を見やる。
そこには確かに凛とした姿勢でマイクに向かう見慣れた西園の姿があった。
『西園先輩、今日はよろしくお願いします!』
『えぇ、よろしくお願いします』
「くっそぅ、ずっりぃ……」
淡々と競技をしなくても済む席に座り込んだ西園に、博士は嫉妬全開で睨みつけていた。
そんな博士の視線が伝わる事はなく、実は実況を進めていく。
『さて、続いての競技へ参りましょう! 続いての競技はぁ……、かけっこです!』
「これ高校の体育祭だよな!?」
久しぶりに聞いた単語に、博士は思わずそう声を上げた。
『これから代表の生徒には四人で一斉に百メートルを走ってもらい、順位を競ってもらいます! 尚、一位の生徒には景品としてボールを差し上げます!』
「これ高校の体育祭だよな!?」
思わず全く同じツッコミをしてしまった博士に、斎藤達は苦笑いを浮かべていた。
そこに一人の男子生徒が顔を出す。
「おいハカセ! 次お前の番だぞ!」
「えっ? 俺かけっこ出んの?」
「自分の出る競技くらい把握しとけよ」
乃良の言葉も引っ張られていった博士には届かず、その場から博士の姿はいなくなった。
「……最下位に一票」
「同じく」
「アハハ……」
残った部員達は満場一致で博士の勇姿を見届ける事にした。
●○●○●○●
大歓声の丁度真ん中、グラウンドで博士は不機嫌を露わにしていた。
――ったく、何で高校生にもなってかけっこなんざしなくちゃいけねぇんだよ。……まぁ、適当に出場競技決めてた俺が悪いのか。しゃあねぇ、取り敢えずなるべく目立たないように全力で走。
『今回のかけっこ、注目選手はいますか!?』
『そうですねぇ……、ハカセ君でしょうか。彼はオカ研の後輩なんです』
博士の思考を遮る様にして聞こえた解説に、博士は頭に血を上らせる。
――あぁんの人……!
博士の怒りが届いているのか、西園はいつもの様な笑顔を浮かべている。
頭の中で滑々と文句を喋っていると、いつの間にか出番が間近になっていた。
隣に目を向けてみると、そこには同じレースを走る相手がおり、全員なかなか手強そうである。
――こうなったらしゃあねぇ、何とかして恥かかねぇようにしなきゃ……!
博士はそう思ってクラウチングスタートの体勢に入る。
他の選手も同じく準備を整えると、傍にいた教師が合図の銃を高らかと上げた。
「位置について、よーい……」
そして、発砲音がグラウンド中に轟く。
パァンッ!
瞬間、博士は踏み込んでいた右足を勢いよく蹴り上げた。
蹴り上げようとしたのだが、不運にも靴紐を踏んでしまっており、地面を蹴る事は出来なかった。
「あ」
そう声を上げたが最後、博士はバランスを崩してしまい、スタート地点で転倒した。
「ハカセェ――――!」
一歩も足を踏み出さずに終わった博士は、その場にいる全員の視線を掻き集めていた。
●○●○●○●
グラウンドの脇にある休憩用のベンチ、そこで博士は座り込んでいた。
いつもの減らず口は聞こえてこず、ただ黙り込んでベンチに大人しく座っている。
「こりゃあ大分へこんでんなぁ」
「そりゃあ、あんだけ大勢の前であんな醜態晒したんだからねぇ」
オカ研部員達も心配になって、蹲る博士を皆で囲んでいる。
「ハカセ、大丈夫?」
「あぁダメ花子ちゃん! 今はそっとしといてあげて!?」
博士に近付いてそう話しかけた花子を、千尋は何とかして止めに入る。
すると乃良は、いつの間にか人影が一つ消えた事に気付いた。
「あれ? もずっち先輩は?」
そういえばいつの間にか目立つ筈の百舌の姿がどこにも見えない。
辺りを見回して探していると、斎藤が思い出したように口を開いた。
「あぁ、百舌君なら次の競技に出るって言ってたよ?」
「えっ? 本当っすか?」
そう言って乃良は競技の行われているグラウンドへと足を運ぶ。
そこには数人の生徒に混ざって動く百舌の姿が確かにあった。
『さぁて! 白熱の展開が続く借り物競争! 一体誰が勝利の座を勝ち取るのか!』
百舌は何とかお題の詰まった箱のところまで辿り着き、無造作に箱からお題の書かれた紙を取り出す。
そのお題を見ると百舌は立ち止まり、固まってしまった。
後から辿り着いた生徒は目の前に立ち塞がる障害物に困惑しているようだが、それに気付かない程考え込んでいるようだ。
すると百舌は急に動き出した。
決して速くはないその巨体は観戦していた乃良達を通過し、未だ蹲る博士の前に立ち尽くす。
「ハカセ」
「はい?」
大分息の上がっている百舌に、博士は下げていた頭を何とか上げる。
百舌はそのまま強引に博士の腕を取った。
「ちょっと来て」
「えっ、ちょっ、待って!」
博士の声を聞く素振りも無く走り出した百舌に、博士も引っ張られる形でついていく。
既に何人かが辿り着いているゴールに百舌達も着くと、生徒達の視線は一斉に二人に向けられた。
「お題の書かれたカードを見せてください」
傍にいた係の生徒にそう言われ、百舌は大人しく紙を渡す。
『さて、百舌君が手にしたお題とは何だったのか! 果たして、百舌君はそのお題を達成できているのか!?』
実況が生徒達を盛り上げる中、係はゆっくりとそのお題を確認する。
そこに書かれていたのは、『有名人』。
「有名人……?」
係や博士を含めた全生徒がそのお題に首を傾げた。
果たしてこの眼鏡の少年は有名人なのだろうか。
グラウンド中が疑問で満ち溢れる中、実況者である実だけが、そのお題を手にした百舌の行動の意味を理解していた。
『そうか! 百舌君は有名人というお題を、先程ド派手な大転倒を決めたハカセ君を選んで乗り切ろうとしたんだ! 確かに、彼の先程の大転倒は実に滑稽で、全生徒の脳内に刻み込まれた! 彼はマガ高の有名人と言えるでしょう!』
「もうやめてあげて!」
博士に追い打ちを与えるような実況に、乃良は堪らずそう叫び上げた。
博士は急所にダメージを食らったようで視線を落としているが、百舌は気にしていないように顔を上げている。
そんな無口な二人とは裏腹に、生徒達は大歓声を上げ続けた。
●○●○●○●
「何て事してくれてんですか!」
借り物競争を終えた百舌は、グラウンドの脇で博士による怒涛の説教を受けていた。
「人が絶賛傷心中の時に傷口に塩どころか毒塗りやがって! おかげさまでこちとら学校の有名人になっちゃったじゃないですか!」
「おめでとう」
「嬉しくねぇよ! 大体有名人っていうお題だったら西園先輩がいたでしょ! わざわざ俺んところに来ないで下さいよ!」
「ハカセ、元気になったね」
「そうだな……」
さっきまで無口だった博士はどこかに消えて、止まる勢いを知らないように言葉を吐き出していった。
一方の百舌はその言葉が全然響いていないようで、淡々と言葉を返している。
『続いての競技は騎馬戦です! 代表の生徒は速やかにグラウンドに集合してください!』
「あっ、次私だ」
博士の説教地獄を見ていた千尋は、実況の声にハッと呟いた。
「おっ! 次ちひろんか!」
「うん! 私頑張るから、皆応援よろしくね!」
千尋はそう言って騎馬戦が待ち遠しそうにグラウンドへと走っていった。
乃良や花子はそれを見送っており、これからの競技の賑やかな展開を予想した。
●○●○●○●
ところが、今回の競技にはさっきまでのような明るい声は聞こえてこなかった。
全員女子で編成された騎馬隊の間には西部劇の様な緊張感が走っており、そこには殺気さえ感じられた。
その騎馬隊の一角に、千尋の姿も見つけられる。
「よーい……」
パァンッ!という発砲音と同時に、女子だらけの騎馬隊が一斉に動き出した。
「おらぁ!」
「邪魔じゃボケェ!」
「とっととくたばれやぁ!」
「死ねぇい!」
そこは女子とは思えないような怒号に埋め尽くされ、そこから彼女達の本気さが伝わってくる。
女子達は死に物狂いで相手のハチ巻きを狙っており、千尋も敵の攻撃を掻い潜りながら、何とかしてハチ巻きへと手を伸ばす。
そんな女子達の姿に、脇から見ていた男子達は若干引いていた。
――女子って怖ぇ……!
満場一致で囁かれたそんな言葉に気付く筈もないまま、女子達の殺気に塗れた騎馬戦争は続いた。
●○●○●○●
『さぁて、盛り上がって参りました体育祭! これまで激しい死闘が繰り広げられており、これからもますます目が離せません! 果たして、今年の優勝を飾るのは情熱の紅組なのか! それとも、清廉の白組なのか! 白熱の体育祭編、後編に続くぅ!』
「何言ってんださっきから!」
女子ってほんと恐ろしい……。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
という事で学校祭最終日、体育祭編でございます!
こちらも学園モノには欠かせないイベントですが、文化祭が真面目メインで書いたのでこちらはお遊びメインでいつも通りに書こうと決めました。
僕も運動音痴なので好きではありませんでしたが、見てる分には楽しい行事だと思ってました。
今回で『マガ高』という新しい単語が生まれましたが、実は前から考えていた案だったりします。
ほら、逢魔ヶ刻高校って長いじゃん?ww
近所の学校も大体略して呼んでいるので、そういう名前があった方がいいなと『マガ高』と考えました。
文化祭の時点で発表しても良かったんですが、折角実況がいるので。
最後「」で終わるのも多分この回が最初で、そう思うと結構印象に残る回です。
さて、みのりんの実況然り白熱の体育祭編、後編に続きます!
次回もどうかよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




