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【059不思議】hero

 昨日と変わらない盛り上がりを見せる、文化祭二日目。

「なんですかこのスペース!」

 二年生のフロアに来ていた千尋は、その教室を前に目を見開いていた。

 百舌のクラスである二年F組では教室の至るところに石が置かれており、ちらほらと見える生徒達は石を見る訳でも無く椅子に寛いでいる。

 文化祭とは思えない教室の光景に博士達も目を疑う中、百舌が淡々と紹介をする。

「何って、『学校敷地内で見つけた石の展示スペース』だよ」

「学校敷地内で見つけた石の展示スペース!?」

「最初は喫茶店派とお化け屋敷派で対立してたんだけど、間を取って石の展示になったんだよ」

「どこをどう取ってそうなったんですか!?」

 百舌の説明でも理解できていないのか、千尋は教室全体に手を向けた。

「見てくださいよ! ただの休憩所みたいになってますよ!?」

「でもあそこにめちゃくちゃ写真撮ってる人いるよ?」

「あの人は異常な石マニアなんですよきっと!」

 教室の隅で熱心にただの石にフラッシュを焚く男の背中を見つめ、博士は顔を歪めた。

 すると乃良がふと時計に目をやる。

「あっ、もうそろそろだな」

 唐突に口を開いた乃良に、博士は首を傾げる。

「何が?」

「何がって、決まってるだろ?」

 博士の惚けた質問を掻っ切る様に、乃良は文化祭案内の冊子を手に断言した。


「三年A組の『ロミオとジュリエット』だよ!」


●○●○●○●


 三年生の劇が行われる体育館では、既に多くの人々が押し寄せていた。

 体育館にはパイプ椅子が敷き詰められており、空席もちらほら見えるも、開演十分前にしては十分な集客だろう。

 幕の下がっているステージの裏では、劇の準備が進められていた。

「キャー! 西園さんやっぱり可愛い!」

 西園の衣装の手伝いをしていた女子が、そう声を潜めて言った。

 ジュリエットに扮した西園は可憐なドレス姿をしており、ここが体育館裏ではなかったらどこかのお姫様の様にすら見える。

「ありがと」

 西園は手伝ってくれた女子に、そう優しく微笑む。

「にしぞっ……、うわぁ! 綺麗だなお前!」

「ありがと」

「あぁそうだった。お客さん、もう結構集まってるぞ」

 ステージの袖から集客の様子を窺っていた男子が、そう西園に伝えた。

 その報告に西園はどういう訳か表情を暗くし、他の生徒達が集まっている奥のスペースへと移動する。

 そこにいた生徒達の表情もどこか悩ましげだった。

 それもそうだろう。

「多々羅君、まだ見つからないの?」

 西園と共に主役を演じる、ロミオ役の多々羅が行方不明なのだ。

 西園の問い掛けに裏方の一人が無言で頷く。

「さっきから電話かけてんだけど全然繋がんない」

「学校中探し回ったけど見つかんなかった!」

「斎藤、お前なんか聞いてねぇのかよ!」

「何も。昨日から全然連絡つかなくって。全く、何やってんだよ……」

 斎藤はそう言って唇を噛み締める。

 それはいつになく不安めいている表情で、つられて西園も不安になっていった。

「どうすんだよ! お客さんもう集まってんだぞ!」

「そんな事言ったって、主役がいないんじゃ始められるものも始められねぇだろ!」

 焦りと不安からか、他の生徒達も話す言葉が強くなる。

 そんな中、斎藤は必死に解決策を考えていた。

「……取り敢えず、開始時間が遅れるってアナウンスだけ入れよ」

「了解」

「それで何とか多々羅を見つけて、出来るだけ早く劇が始められるように」

「おぅ! 待たせたな!」

『!』

 斎藤が現場を指示している最中、今一番聞きたかった声が飛び込んできた。

 その能天気な声に斎藤は込み上げてくる怒りを抑えつけながら、首をそちらへと向ける。

「多々羅……、一体今までどこにいたんだ」

 しかしその言葉は、目の前の景色によって遮られてしまった。


 そこに現れた多々羅は、右足を包帯で固定し、松葉杖で立っているのもやっとの状態だった。


●○●○●○●


『ご来場の皆様にお報せします。午後三時開演を予定しておりました三年A組の『ロミオとジュリエット』ですが、諸事情につき少々開演を遅らせていただきます』

「あれ、何かあったのかな?」

 体育館に作られた即席観客席に席を取っていた千尋がそう声を漏らした。

 近くには三年生を除くオカ研メンバーが勢揃いしており、先輩達の晴れ舞台を心待ちにしている。

「おーい! ポップコーン買って来たぞー!」

「あっ! 私キャラメル!」

「俺塩」

「映画館かよ」

 幕の裏でトラブルが起こっているとはつゆ知らず、そんな他愛もない会話を交えながら、博士達はポップコーンに手を伸ばしていた。


●○●○●○●


 いつもと様変わりして現れた多々羅の姿に、生徒達は目を真ん丸にしていた。

「たっ……、多々羅……、それ……?」

 朦朧とした意識の中で尋ねた斎藤だったが、多々羅はあっけらかんとした様子で答える。

「ん? これか? いやぁ、一昨日一人で練習してたら複雑骨折しちまってよぉ」

「複雑骨折!?」

「んで昨日まで入院してたんだよ」

「入院!?」

 次々と襲いこんでくる衝撃に、生徒達の頭はもう混乱状態だった。

 その姿ではとてもじゃないが舞台には立てない。

 多々羅を見つける事は出来たが、それでもこの危機的状況からの脱出とはならなかった。

「よし、んじゃ着替えるか!」

『!?』

 ロミオの衣装を持っていた女子からその衣装を剥ぎ取った多々羅に、生徒達は再び驚きの色を見せる。

「着替えるって、多々羅まだやる気!?」

「当たり前だろ」

「無理だって! 骨折してるんでしょ!?」

「じゃあどうするってんだよ! 俺がロミオやんなきゃ劇できねぇだろ!?」

 多々羅の鬼気迫る声に、斎藤は喉を詰まらせる。

 今日という日までクラス一丸となって頑張ってきた劇だ。

 当然こんなところで終わらせたくない。

 しかし大事なのは劇よりも多々羅の体だ。

 極めて危険な状態の多々羅をステージの上に立たせてまで成功させたくはない。

「……しょうがないけど、劇は中止に」

「斎藤君、確かセリフ全部覚えてたよね?」

 斎藤の言葉を食い止めるようにして聞こえたのは、西園のそんな質問だった。

 急に飛んできた声に、斎藤は脳の働きを停止させる。

「……え?」


「セリフ、全部覚えてたでしょ? だったら、ロミオのセリフも全部覚えてるよね?」


『!?』

 西園の突飛な発言に、その場にいた全員が思わず目を見開いた。

「斎藤本当か!?」

「斎藤が多々羅の代わりにロミオ役をすれば劇は出来る……!」

「おい! 俺はまだやらねぇなんて一言も」

「斎藤君と多々羅君、そんなに身長変わらないからきっと衣装も」

「無理だよ!」

 少し活気を取り戻してきた生徒達に水を差す様に、斎藤が声を上げる。

 その斎藤の声は、体と一緒で震えていた。

「ぼっ、僕がステージに……、しかも、主役だなんて! 出来っこないよ……、あんなたくさんの人達の前に立ったら……、僕……」

 斎藤のその臆病な性格は、その場にいたクラスメイト全員が知っていた。

 だから無理にやれと強要する事は、誰一人出来なかった。

「……大丈夫」

「!」

 誰も声をかけなかったその中で、西園だけがそう口を開いた。

「斎藤君は、自分が思っているよりダメな人じゃないよ? 人の前に立つのが得意な人なんて、そう多くいる訳じゃない。私だって、別に得意な訳じゃない」

 西園はゆっくりと斎藤の元へと一歩ずつ近づいていく。

「……だから」

 西園はそう言うと、斎藤に向けて柔らかい笑顔を見せた。


「本番中、私の事だけ見てて? 私も、斎藤君だけしか見ないから」


 いつもの斎藤なら一気に顔を赤くするところだろうが、今日はその言葉から力を貰えたような気がした。

「別に俺は主役を譲った気はねぇんだけどなぁ」

 そう溜息を漏らした多々羅に、斎藤はそちらへと首を回す。

 すると多々羅は斎藤に向けて、自分の持っていたロミオの衣装を差し出した。

 目の前に出されている衣装を見つめて、斎藤は固まっている。

「行ってこいよ」

 そう声が聞こえて、斎藤は多々羅へと顔を上げた。

 その笑っている多々羅の表情は、いつにも増してカッコ良かった。

「お前なら出来る。……いや、お前にしか出来ねぇんだよ」

 多々羅の目の奥は、どこか煮え滾っているように見えた。

 斎藤はその言葉に返事をする事はなかったが、代わりに差し出された衣装を強く掴んだ。


●○●○●○●


『大変長らくお待たせしました。これより三年A組『ロミオとジュリエット』を開演致します』

 体育館中にナレーションのアナウンスが響き渡る。

 まだ幕は上がっていないが、それでも自分の両足が震えているのを感じた。

 ロミオの衣装を身に纏った斎藤は、持ち前のルックスと相まってか、さながら白馬の王子の様に見えた。

 しかしその王子は生まれたての小鹿並に震えており、西園は苦笑いを浮かべる。

「何してるの?」

「えっ? うん、緊張を解く為のおまじないだよ。掌に『人』っていう漢字を三回書いて飲み込むんだ。西園さんもやったら? あれ? 手が震えすぎて『人』が書けない……」

 そう震える斎藤の手を、西園の手が覆う。

 突然の出来事に斎藤は西園に目を向けると、西園は微笑んでいた。

「大丈夫」

 西園のたった一言で斎藤の震えはやみ、つられて笑顔を浮かばせた。

 二人が手を繋いだまま、ゆっくりと幕は上がっていく。

 急遽主役変更などのトラブルもあったが、三年A組『ロミオとジュリエット』、開演である。

君と僕とロミオとジュリエット、開演!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回からスポットは三年生組に当たりました。

本番直前に複雑骨折とか、多々羅なかなかのトラブルメーカーですね。


前の後書きにも書きましたが、僕も三年生の時に文化祭で劇を経験しました。

しかも役者兼脚本兼監督!

どこのお笑い芸人監督だとツッコミを入れたいですが、クラスを引っ張って何とか頑張りました。

結果は大成功!

友達とかけがえのない時間を過ごせて、僕は満足でしたとさ!


さて、本編もいよいよロミジュリ開演です!

果たして結果は如何に……、次週文化祭編最終回です!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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