【058不思議】文化祭囃子が聞こえる
九月、校庭にはたくさんの生徒、保護者で埋め尽くされていた。
逢魔ヶ刻高校では毎年九月の頭に文化祭、体育祭のラインナップで学校祭が行われ、本日は記念すべき初日、文化祭である。
申し分のない快晴の下、生徒達の出店や保護者への案内、自分達のクラスの宣伝など、そこら中で音が溢れ返る程の大盛況だった。
それは校舎内も同じで、廊下にはたくさんの生徒達が足を動かしている。
一年B組の教室も、それなりに人が押し寄せているようだ。
「ハカセ!」
教室を仕切って作られた厨房スペースで、そんな声が聞こえてきた。
「なんでB組特製エビピラフの盛り付けこんなグチャグチャになってんだよ! ちっちゃい女の子泣いてたぞ!? ちゃんと手本通りに盛り付けろよ!」
そう博士に向かって怒鳴っている料理長を務めるクラスメイトの持つ皿には、とても人様に差し出すようなものではない形相と化したエビピラフが盛り付けられていた。
手本では可愛いクマの形に盛り付けられる筈なのだが、その影すら見当たらない。
にも関わらず、博士は至って冷静だった。
「んな事言われたって、あんな器用な事できねぇよ」
「しゃもじで形整えるだけだろ!」
「なんか文句あんのなら、客に炊飯器ごと差し出して自分で盛り付けさせろ」
「どんなサービス!?」
どこか苛立っているのか、博士の言葉には若干棘があった。
そんな博士に呆れ、料理長は溜息を吐く。
「だからウェイターやれって言ったのに……」
「あんな格好死んでもやってたまるか」
外の食事スペースでは、あらゆる被り物を来たウェイターが給仕をしており、ある程度の人気を誇っていた。
客層は女子が多く、きぐるみの店員と記念撮影をしている客もいる。
博士はそのきぐるみを被るのを、どうしても嫌がっていたのだ。
その気持ちを汲み取っていた料理長は、呆れながらもそれ以上責める事は無かった。
「んじゃそこら辺の洗い物でも済ましとけ。くれぐれもこれ以上問題起こすなよ」
そう言って背を向けた料理長を見送ると、博士は視線を指示された洗い物の方へと向けた。
しばらくそれをじっと見つめ、静かに蛇口を捻る。
バリバリバリンッ!
「あっ」
「もうお前どっか行ってろ!」
こうして博士は割れた皿と共に厨房から追い出された。
●○●○●○●
廃棄処分となった皿を処理した後、博士は一人で賑やかな廊下を歩いていた。
――どっか行ってろって言われてもなぁ……。
すぐ隣をはしゃいでいる女子二人が駆け抜けていく。
余程この文化祭の日を楽しみにしていたのだろうか。
しかし、文化祭などサラサラ興味の無い博士にしてみれば、今日という日など憂鬱以外の何物でも無かった。
――………。
博士はそのまま無言で足を進めていく。
とある一つの目的地を頭に浮かべて。
●○●○●○●
「おー! ハカセじゃん! いらっしゃい! 来てくれたんだ!」
太陽の光が突き刺す中庭、その真ん中で開かれているC組の屋台には長蛇の列ができており、片付くのには時間がかかりそうだ。
その頭の部分に不機嫌な博士の顔を見つけ、汗防止の為かバンダナを巻いている乃良の表情がパッと明るくなる。
「他に行くとこも無かったからな」
「またまたー、そんな事言ってー。本当は俺に会いに来てくれたんだろ!?」
いつもと変わらないテンションの乃良に、博士は顔を歪ませる。
「いや解ってるって。ご注文は何になさいますか?」
「……お好み焼き」
「まいどー!」
乃良はそう言って博士から金を貰うと、「お好み焼きいっちょー!」と大きく声を上げた。
数分と経たぬ間に奥からパック一杯に詰め込まれたお好み焼きが出てきて、乃良はそれを博士に手渡す。
「あいよ! お好み焼き!」
満面な笑みの乃良と変わって、無表情の博士はそっとお好み焼きを受け取る。
湧き出る湯気からはそれが出来立てである事を報せ、そっと鼻を吸ってみれば芳醇なソースの香りが鼻腔を突き刺す。
博士は既に割っていた割り箸で掬い、そのまま口へと運んだ。
「どうだ?」
しっかりと噛んで味わっている様子の博士に、乃良は楽しそうに博士の感想を待つ。
十分に味わった後それを呑み込んだ博士は、ゆっくりと口を開いた。
「……このソースかければなんでも美味しくなるよな」
「少しは素直に褒められねぇのかよ」
そうぶっきらぼうに言った博士は、身を翻して長蛇の列から抜けようとした。
「あっ、待って!」
急に聞こえた乃良の声に、博士は不意に振り返る。
「俺もうすぐ休憩もらえるからさ! そしたら一緒に行こうぜ!」
「? どこに?」
乃良の曖昧な誘いに、博士は首を傾げる。
「どこにって、決まってんだろ?」
そう言う乃良は当然だろというように、堂々とその場で声を上げた。
「ちひろんのクラスだよ!」
●○●○●○●
一年E組の扉を開いた瞬間、二人の体は硬直していた。
それはその景色の全てに驚いたせいなのだが、最大の要因は何といってもその破壊力だった。
少女は二人の来訪に気付くと、小走りになって二人のもとに向かい、思わせぶりに姿勢を低くして上目使いを極めた。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
何を隠そう、そこにいたのはメイドの服装をした千尋だった。
「……何やってんだよ」
目の前の千尋に訝しげな目で見つめて、博士はそう尋ねかけた。
隣の乃良はどこかおかしくなってしまったのか、千尋を指差して腹を抱えている。
「何って……、見りゃわかるでしょ? メイド喫茶だよ!」
勿論それは一目見ただけで分かる。
他のウェイター達もメイド服を身に纏っており、教室もどこかメルヘンチックな世界観だった。
「私に合うサイズの服がなかなか無くてさぁ、探すのに手間取ったんだよねぇ」
そう言って千尋はくるりと回ってみせた。
フリルのスカートが柔らかく揺れる中、サイズ選びに困ったという胸も揺れる。
「お前……、恥ずかしくないの?」
「全然」
「お前ちゃんと鏡見たのかよ。それ張り切りすぎちゃって目も当てられないただのコスプレだぞ?」
「何て事言うんだ!」
「アハハハ! ハハハ! ちひろんっ、それっ、アハハハハハハハ!」
「アンタもいつまで笑ってんの! そんで勝手に写真撮るな! 撮るならちゃんと可愛く撮ってよね!?」
蔑みの目を送る博士と笑いながらシャッター音を鳴らす乃良に、千尋は声を張り上げる。
先程から扉の前で立たせたままだと気付いた千尋は、一つ咳払いをすると、表情を営業スマイルに張り替えた。
「それではご主人様! こちらの席にお座りください!」
「どういうテンションでやってんだあいつ」
博士の小言を聞き入れずに歩き出した千尋に、二人もトボトボとついていく。
椅子に腰を下ろすと、千尋がメニューを二人の前に出した。
「ご注文はどれになさいますか?」
「じゃあ俺パンケーキ!」
「……アイスコーヒー」
「承知しました!」
「キャラ統一しろよ」
千尋はメニューを片付けると、スタスタと厨房の奥へと消えていった。
騒々しかったメイドが消えた事で落ち着いたのか、博士はふと辺りを見渡す。
しかし対面に座る乃良が、そう楽にはしてくれないようだ。
「いやぁ、ちひろん可愛かったな!」
「はぁ? お前何言ってんだよ」
「いや可愛かったじゃん! いやぁ、あれを馬子にも衣装って言うんだな!」
「褒めてねぇぞそれ」
「あっ、さっき撮ったちひろんの写真送ってやろうか?」
「いらねぇよ!」
「お待たせしましたぁ!」
「「早っ!」」
ほんの二言三言会話しただけなのに、すぐ傍にはメイド服の千尋の影があった。
「いくらなんでも早過ぎだろ! ちゃんと調理できてんのか!?」
「ふふっ、うちはスピード命だからね!」
「んで料理ダメだったら意味ねぇだろうが!」
博士が懸命に声を投げかけるも、千尋は聞く耳を持っていないようだ。
そのまま盆に乗っていた注文された品をテーブルに出していく。
「はい、パンケーキと……」
特にこれといったデコレーションの無いパンケーキと、
「アイスコーヒーですね」
「ちょっと待て」
二つのストローがグルグルと巻き付いたカップル専用のアイスコーヒー。
「どうかなさいましたか、ご主人様?」
「どうかなさいましたかじゃねぇだろ! なんでこんなストローなんだよ! 普通のストロー出せよ! 誰とこんな気持ち悪い事するんだよ!」
「相手なら目の前にいるじゃないですか」
「こいつとこんなのやるとか想像しただけで吐き気するわ!」
目の前に座る乃良に指を差しながら、博士は大声を上げた。
最初のやりとりを根に持っているのか、千尋はそのまま目を合わせようとせず、ツンとした態度を取る。
「そんなに言うのでしたら、自分でストローを取ったらよろしいんじゃないですか?」
「!」
すまし顔の千尋に苛立ちを隠せないまま、博士はストローを取り出してテーブルに置く。
「それでは、ご主人様が注文したパンケーキに、私がハチミツで絵を描きたいと思います!」
「おぉ! いいね! メイド喫茶っぽい!」
盛り上がる二人を余所に、博士は随分冷めた目で現場を見つめていた。
「それじゃあ行きますねぇ……」
そう言って千尋は腰を低くして、パンケーキにハチミツを垂らす。
随分と集中しているのか、千尋が声を出す事は無くなり、真剣な表情を見せている。
黙り込む千尋に、自然と二人も息を呑む。
しばらくして描き終わると、千尋は満足のいった様な笑顔を見せた。
「じゃーん! 完成でーす!」
しかしそんな千尋とは変わって、二人は未だ静かなままだった。
二人の視線の先には、パンケーキに描かれた得体の知れない古代文字の様なもの。
「……ちひろん、これ何?」
「何って、プリン」
「プリン!?」
「いやぁ、メイド服に予算かけたせいであんま凝ったもの作れなくってさぁ。せめてものトッピングとして」
「どういう発想!? というかこれプリンなの!? 絵心皆無か!」
「しかもパンケーキにハチミツで描いたせいでめちゃくちゃ見にくいな……」
「何よ! さっきから文句ばっかり!」
千尋はそう言って不満そうに頬を膨らませた。
すると、ようやくある事に気付いて、千尋はふと口を開く。
「……あれ? そういえば花子ちゃんは?」
来店した時からずっと男子二人だった事は少し違和感を覚えていた。
「あぁ、あいつなら仕事してるよ」
「仕事って……、ハカセは働かなくていいの?」
「俺はリストラされた」
「リストラ!?」
文化祭で聞き慣れない単語に、千尋は思わずそう訊き返した。
そんな小さな事よりも今は花子で、千尋は博士に食らいつく様に身を乗り出す。
「花子ちゃんどこ!? 私花子ちゃんに会いたい!」
「えっ……、行くの?」
博士の引きつった表情に、千尋は構わずぶんぶんと首を縦に振る。
「会っても後悔すると思うぞ?」
言っている意味があまり解らなかったが、それでも首を縦に振り続けた。
何を言っても決断に変わる事は無さそうな千尋に、博士は思わず溜息を吐いた。
●○●○●○●
一年B組の教室を目の前に、制服に着替えた千尋と乃良は目を見開いていた。
しかし視線の先は教室の中ではあらず、教室の前で看板を持ったままポツリと立つウサギのきぐるみである。
「……もしかして、花子ちゃん?」
恐る恐るウサギにそう尋ねかけてみると、数秒のラグの後にコクリと頷いた。
そのラグこそが中身を花子だと証明しているようであり、千尋はワナワナと震えている。
これからどうなるのかと博士が少し心配していると、突然千尋はウサギに向かって抱きついた。
「可愛い! 花子ちゃん可愛い! もう大好き!」
人目を気にしない千尋の言動に、道行く人は皆千尋達に視線を向けていた。
――こいつもう何が何でも可愛いって言いそうだな。
花子を抱きしめて離さない千尋を目に、博士は苦笑いを浮かべた。
文化祭が始まりました!
ここまで読んで下さり有難うございました! 越谷さんです!
という事で、今回から文化祭本番です!
学園モノには欠かせない定番イベントなんで、この話については少しずつ考えていました。
千尋がメイドになるってのは何となく覚えてるんですが、花子がきぐるみを被るのがどうしてそうなったのかあまり覚えてません……ww
他の高校は知りませんが、僕の学校では生徒が飲食店をするのは禁止でした。
なのでそこまで華やかといえるものじゃありませんでした。
カフェとか屋台とかメイド喫茶とか、こういうのは僕の憧れだったりするのです。
さて、今回は一年ばかりでしたが、次回からは先輩達のターン!
次回からもよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




