【057不思議】幕が上がる
いつものオカルト研究部部室、その扉を開けたところで博士は硬直していた。
開けていきなり視界に飛び込んできた、部員達の言動に目を凝らして。
「あぁ、あんたはなんて美しいんだぁ、ジュリエット。おいら、こんな美しか人見た事ねぇ」
「私もよ。貴方みたいな素敵な人、初めて逢いましたわ、ロミオ」
部室のど真ん中で、妙なポーズをして愛を語らっている多々羅と西園。
その表情にいつもの悪ふざけの色は一切混じっておらず、どこまでも真面目だった。
「カットォ!」
突如その空気を打ち破るような声が飛び込んできて、博士はそちらへ目をやる。
「多々羅、セリフが変わってるよ。もっとちゃんと覚えて」
「いやぁ、なんかちゃんとやらないとって思うと緊張してなぁ……」
「西園さんはセリフはバッチリだけど、あとは演技かな。もっと身振り手振り付けた方が良いと思うよ」
「了解」
そう指示を出しているのは斎藤で、二人は素直に斎藤の指示を受けている。
そんな光景に博士が口元を歪ませていると、博士の到着にやっと斎藤が気が付いた。
「あっ! ハカセ君! こんにちは!」
「こっ、こんちは……」
博士は引きつった笑いでそう答えると、率直に現状について質問する。
「あのぉ……、何やってんすか?」
訳が解らないというように訊いてくる博士に、斎藤も何故か疑問符を浮かべながら質問に答える。
「何って……、文化祭の練習だよ?」
そうあっさりと答えられた博士は、その言葉を脳にしっかりと刻み込むように復唱した。
「……文化祭?」
●○●○●○●
「へぇ、文化祭ですかぁ」
椅子に腰を下ろした博士は、そう言ってお茶を啜った。
対面には斎藤も同じく腰を下ろしており、多々羅と西園は奥のスペースで個人練習をしているようだ。
博士の質問に斎藤は「うん」と頷くと、更に細かい説明を加えていった。
「逢魔ヶ刻高校は学校祭ってのがあって、初日と二日目は文化祭、最終日の三日目は体育祭の合計三日間で行われるんだ。文化祭は各クラスで模擬店や展示をやったり、部活ごとにショーをやったりするの。まぁ、オカ研はやらないけどね。三年生は毎年文化祭で演劇をやるっていう風習があって、さっきのはその練習って訳。まぁ、一応一般のお客さんも来るけど、平日だから観に来るのはほとんど生徒達だけ。でも、毎年盛り上がってるよ」
そう流れるような説明を終えた斎藤だったが、対する博士はあまり興味の無いようだ。
「へぇ、そうなんすか。花子知ってた?」
「知らなかった」
隣に座っていた花子に話しかけるも、その花子も無表情だ。
文化祭という言葉に熱の籠っていない二人に、斎藤は少し困った様に話を切り出す。
「……って、もう文化祭来週だよ? クラスで話し合ったりしてると思うんだけど……」
「えっ?」
斎藤にそう言われ、博士は顎に手を添えて記憶を遡る。
しばらくも経たないうちに、思い当たりのある記憶が見つかった。
「あっ、そういえばそんなような事あったなぁ……」
そう言って、博士はその時の事についてふわふわと追憶していった。
●○●○●○●
それは、夏休みが終了した直後辺りに開催されたLHR。
席に座る生徒達が落ち着けないまま騒がしい中、前の黒板には文化祭の出し物の候補がズラリと並べられている。
その一つにチョークで濃く丸が描かれており、前に立っていた学級委員長がその黒板を平手で力強く叩き、その場のクラスメイト達の視線を黒板に集めた。
「という事で! 多数決の結果、一年B組の出し物は『きぐるみカフェ』に決定しました! 異論のない人!」
『ハーイ!』
委員長の言葉に、教室が一体化したかの様に揃った声が聞こえてきた。
中には立ち上がって手を挙げている人もおり、早速きぐるみやメニューについて話している人もいた。
教室の後ろでそれを眺めていた担任の馬場も、どこか嬉しそうだ。
しかし、その中で全くテンションの上がっていないのが教室に二人。
黒板に目もくれず、ひたすらに問題集に挑んでいる博士と、何が起こっているのか解らず、ただぼーっとしている花子である。
一年B組はそんな二人を乗せながら、高いボルテージのまま文化祭へと突き進んでいった。
●○●○●○●
「いや無関心にも程が無い!?」
博士の回想を聞き終えた斎藤は、堪らず声を上げていた。
「だって文化祭なんて別に興味無いですし。そもそも何で学校側が自ら勉強そっちのけのお気楽企画立ててるんですか。そんなの開くくらいなら、皆で楽しく勉強祭とかやった方が良いでしょ」
「何その夢の無い祭り!」
冗談の欠片も無さそうな博士の提案に、斎藤もツッコミに食らいつくのに必死そうだ。
そんな二人のやり取りに、傍から見ていた乃良が高笑いをして参戦してくる。
「何でって、そりゃあ青春を謳歌する為だろ?」
まだ笑いが抑えられてない様子の乃良は、何とか言葉を繋げようとする。
「人生にそう何度も来ねぇお祭りだ。こうやってたまたま出逢えた仲間と一緒に力を合わせて最高の思い出を作ろうっていう、素敵な学校行事じゃねぇか」
乃良の話にどう思ったのか、博士は答えづらそうに口籠った。
それ以上その話を広げるのをやめ、博士は乃良に気分転換の質問を投げる。
「お前んとこは何やるんだよ」
「あ? 俺?」
乃良はそう言うと、ニヤリと口角を上げて楽しそうに言い放った。
「俺らは、中庭で屋台するんだ!」
乃良のクラスの出し物に、斎藤はハッと反応する。
「中庭借りられたんだ! すごい!」
「そうなんすよ! どこのクラスも文化祭中使いたくて競争率の高いあの中庭の使用権を、見事勝ち取ったんす! 学年問わずで開催されたじゃんけん大会に我らが委員長が参戦し、一発で使用権を掻っ攫って来た時には、『神のパー』と崇め奉ったものです」
――神のパー……!
パーを高らかと掲げ、それに対して崇めている乃良達の姿を思い浮かべると、斎藤の表情に苦笑いが浮かんだ。
そんな斎藤には目もくれず、二人は勝手に話を進める。
「何売るんだよ」
「今現在決まってんのは、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き。あと林檎飴とか、広島風お好み焼きも出そうか迷ってるところだな」
そこまで訊いて、博士は興味の無さそうに「ふーん」と鼻を鳴らした。
すると斎藤はある事に気付き、ぐるぐると部室を見回す。
「……あれ? そういえば今日石神さんいないね」
「本当だ、いつも五月蠅ぇのに」
「あぁ、ちひろんなら今日は文化祭の準備してくるから行けないかもって言ってましたよ」
乃良が代わりにそう答えると、斎藤が更に乃良に向けて質問をする。
「石神さんのところは何をするの?」
「さぁ? 俺も訊いたんすけど教えてくれませんでした。なんか『当日のお楽しみ♡』とか言って」
「何だそれ」
「あっ、あと来なきゃ殺すとか言ってたぞ」
「いきなり物騒だなおい」
千尋が直接そう言うのを何となく想像しながら、博士は冷静に相槌を打った。
すると博士はくるりと顔の向きを変えて、対面に座る斎藤に目を向ける。
「……三年生は劇なんですよね?」
「え? あぁ、うん」
「さっきの練習を見る限りだと……、『ロミオとジュリエット』ですか?」
「大正解」
斎藤はそう言うとお茶をズズッと啜り、落ち着いた様子で口を開いていく。
「多々羅がロミオ役で、西園さんがジュリエット役なんだ」
「主演二人ともオカ研なんすか! すごいっすね! 絶対観に行きます!」
「ありがと」
乃良がテンションの上がった調子で唾を飛ばしていく中、博士は静かに斎藤の表情を見つめていた。
「……斎藤先輩は?」
「?」
「斎藤先輩は、何の役で出るんですか?」
博士のどこか冷えた質問に、斎藤は苦笑して答える。
「裏方だよ? 何も生徒全員が劇に出る訳じゃないから」
「それでいいんですか?」
「?」
まるで刑事ドラマで見るような追い詰めに、斎藤は後輩相手にどこか委縮してしまう。
そのまま博士は斎藤を押し倒すように睨みつける。
「西園先輩がジュリエット役に選ばれるのは解りますけど、ロミオ役が多々羅先輩って……、大丈夫なんですか?」
「えっ? ……あぁ」
博士の心配の内容に気付き、斎藤は慌てて弁解を口にした。
「大丈夫だと思うよ。あれも色々気合入れて頑張ってるし」
「そうじゃなくて。西園先輩の相手役、取られても良いんですか?」
「!」
博士の真の心配に気付き、斎藤は思わず声を詰まらせる。
斎藤はしばらく黙っていると、体の震えを抑えるように口元に力を入れながら、声を振り絞った。
「……別に良い訳じゃないさ。だけど……」
そう言うと、斎藤は主演二人のキャスティングが決まった日の事を思い出していった。
●○●○●○●
いつかのLHR、三年A組教室。
「それじゃあ、『三年A組ロミオとジュリエット』ジュリエット役は西園に決定! 西園ありがとね!」
「ううん、私で良ければ」
演劇でのヒロイン役決定に、教室は異様の盛り上がりだった。
それもその筈、劇のヒロイン役に学園のマドンナが就任したのだ。
これは高校生活最後の文化祭に期待が高まってくる。
そうなってくると次の問題は、勿論相手役だ。
「それで、次はロミオ役だけど……」
その瞬間、クラス中の男子が我先にと一気に手を挙げ始めた。
学園のマドンナの相手役が出来るのだ、それは勿論何が何でもその権利を勝ち取りたい。
しかしその中で、斎藤は手を挙げていなかった。
僕なんかが、とネガティブが先を歩いてしまい、この群衆の中で手を挙げる事が出来なかった。
「じゃあ、今挙げている人でじゃんけんをして、勝った人がロミオ役ね」
「よっしゃあ!」
「任せろおらぁ!」
「絶対俺がロミオになってやるぅ!」
やる気に満ち溢れた男子達が続々と集まる中、野太い声で『じゃんけんぽん!』と聞こえてきた。
その勝負は一瞬で着いた。
他の男子達が全員拳を出す中、ただ一人だけ掌を綺麗に開いた手があったのだ。
それを確認した委員長が、意気揚々と結果を報告する。
「ロミオ役は多々羅に決定! 皆拍手!」
委員長の声に、クラスにさざ波の様な拍手が聞こえてきた。
男子達が悔しそうに愚痴を溢しながら席へ帰る中、多々羅は前に立ち上がって掌を振りかざしている。
そんな多々羅に顔を青ざめさせた斎藤は、小さく手を鳴らしていた。
●○●○●○●
――神のパー!
まさかの本日二回目の神のパー保持者の登場に、博士と乃良は口をあんぐりと開けていた。
「いや! 俺らの委員長のパーの方が強いから!」
「いやあいこだろ」
二人の息の合った会話に、斎藤は作ったような笑みを見せる。
「まぁ、多々羅は他の男子とは違って、単に目立ちたいからってだけで立候補したみたいだけど」
「「でしょうね」」
その辛そうな笑顔を、博士は見ていられなかった。
「……そんなに辛いんだったら、変わってもらえばいいのに」
博士のその提案に、斎藤は顔を上げないまま首を振った。
「……変わってもらったって、僕には無理だよ。僕には人の前に立つ度胸も覚悟も無い。どうせ嘘っぱちのラブストーリーなんだし、大丈夫だよ」
それでも、斎藤の笑顔は見るに堪えないものだった。
それを自分でも感じ取ったのか、斎藤はくるりと背を向けて、後ろで個人練習をしていた多々羅と西園の方へ向かう。
「よし! それじゃあそろそろ練習しよっか!」
「ちょっと待って! あとちょっと! つーか何でお前全部セリフ覚えてんだよ! お前なんもセリフねぇだろ!」
多々羅の文句も聞き流しながら、斎藤は強引に多々羅の手にする台本を引き剥がす。
それから再び、三年A組三人による演技練習が始まった。
「あぁ、ロミオ。どうして貴方はロミオなの?」
「どっ、どうしてって言われてもぉ、おいら、ロミオとして生まれちまったからぁ、仕方ねぇべぇ」
「カットォ! 何でそんなロミオ田舎臭いの!? ちゃんとやってよ!」
「いやもしかしたらロミオ田舎から上京してきた奴かもしんねぇだろ?」
「ロミオ名家の出身だよ!」
「あぁ、ロミオ。まるで貴方は雪の様。貴方はいつも美しく、手を伸ばせば届くところにいるのに、触れると一瞬で消えてしまう儚い夢の恋……」
「西園さんは変なアドリブやめて! ちゃんと台本に従って!」
慌ただしい演技稽古に、他の部員達は様々な表情でそれを見つめていた。
その中での博士の目は、斎藤に向けての冷淡な目だった。
●○●○●○●
それからというもの、時間は目まぐるしく動いていった。
登校してみれば朝早くから外で文化祭の準備をしている生徒がおり、着々と文化祭が近づいている事が解った。
部室では更に演技指導が続き、クラスでも自分達の出し物の準備が進んでいく。
中には外が真っ暗になるまで準備する者も現れ、職員達が帰った後も、体育館の明かりは点いたままだった。
そこでは多々羅が一人劇の練習をしていた。
「おぉ、ジュリエット! 君は美しい! 僕の瞳には、最早その他大勢なんて映ってやしない! 君の一人舞台だよ!」
そう高らかに言った声は、体育館に心地よく響いた。
しかし、本人は納得のいっていない様子らしい。
「んー、なんか物足りねぇよなぁ……。つーか嘘臭ぇんだよこのロミオ」
多々羅は台本片手にそう呟くと、ステージの上を自由に動いて、再びロミオになりきる。
「おぉ、ジュリエッ」
その時、足元を見ていなかった多々羅は、ステージに着く筈だった右足を思いっきり踏み外した。
「あっ」
そう言った時にはもう手遅れで、多々羅の体は勢いよく不時着する。
そんな誰も知らない夜を越えて、逢魔ヶ刻高校学校祭がいよいよ幕を開こうとしていた。
文化祭の幕が上がる!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
学校生活でこの時期といったら文化祭!
という事で今回は文化祭のプロローグみたいな感じで書きました!
次回から本格的に文化祭が始まります!
逢魔ヶ刻高校の文化祭は僕の学校の文化祭をモデルにしました。
僕の学校も三年生になったら劇を発表して、かくいう僕も三年生で劇をしました。
この話は次回以降書きたいなと思います。
次回からの文化祭編、よかったらお楽しみください!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




