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【056不思議】幽霊二十面相

 十二時を回った水曜日の中庭では、今日もたくさんの生徒で溢れ返っていた。

 その片隅のテーブルにはオカ研の一年生組もいつもの様におり、会話をしながら楽しそうに弁当を食べている。

「んー! このミートボールめっちゃ美味い!」

 そう言ったのは一口でミートボールを頬張った乃良だった。

 乃良の目の前には千尋の作った弁当箱が置かれており、その中のミートボールを試食したようだ。

 千尋も満更でもないようで、嬉しさを隠し切れないままニヤついている。

「ふっふー、でしょー!?」

「ほんと! 美味すぎて頬っぺた落ちそうだった!」

「何なら私が削ぎ落としてあげようか?」

「遠慮しときます」

 そんな会話を挟みながら、乃良は再びミートボールを口に運ぶ。

 肉塊にはたっぷりミートソースが絡められており、乃良が絶賛するのも納得だ。

 噛み締めてミートボールを味わっていると、ふと乃良が口を開いた。

「そう言えば、ちひろん最近はクラスで仲良くやってる?」

 不意に聞かれた質問に、千尋は固まってしまった。

 乃良の言葉を時間差で呑み込むと、千尋はいつも通りの笑顔を見せて答えを返す。

「うん! 沙樹達とも仲良くやってるよ! 昨日もアップルパイ作ってきたら、美味しいって食べてくれたの!」

 乃良が案じたのは、千尋の答えた沙樹達との事だった。

 夏休み前に起こったあの一件以来も、千尋はそれまでと変わらずに週の真ん中の水曜日だけこちらに顔を出している。

 その表情を見るに仲良くやっているようだったが、それでも少し気になっていた。

 しかし乃良は千尋の答えを聞くと、不服そうに顔を膨らませる。

「えっ、アップルパイ!? 何それ知らないんだけど!?」

「あぁ、あまりにも好評でクラスの皆だけで完売しちゃったんだよねぇ」

「えー! 俺も食いたかったー!」

 乃良はそう言うと、本気で悔しがっているように机に突っ伏した。

 そんな乃良がどこかおかしくて、千尋は薄く笑いながら乃良に言葉をかける。

「今度作ってきてあげるから」

「ほんと!? 絶対だかんな! 嘘吐いたら針千本飲ますからな!?」

「ハイハイ」

 千尋はそう軽くあしらうと、話の相手を正面の乃良から、隣に座る少女へと変える。

「花子ちゃんもアップルパイ食べた」

 しかし千尋の言葉は目の前の光景に呑み込まれてしまった。

 そこに仲良く昼食といった気配は無く、一種の戦場の様な空気が漂っている。

「バーカ! お前ミートボールたらふく食ってただろうが! 俺一個も食ってねぇんだよ! 解ったらさっさと俺にミートボール譲れよ!」

 そこでは花子と博士がミートボールを巡って言い争いが繰り広げられていた。

 といっても、口を開いているのは博士だけで、ミートボールを箸で摘まむ博士を花子がじっと見つめているというだけである。

「んな怒ったって意味ねぇんだよ! 大体お前の怒った顔なんか全然怖くねぇし! もう俺食うからな!?」

 博士の立て続けに吐かれる言葉に、花子は尚も変わらない無表情を向けている。

「……そんな寂しそうな顔すんなよ。俺が悪党みたいじゃねぇか。言っとくけど、人のもん狙おうとしてるお前の方が悪党だかんな?」

 花子は無表情のまま博士をじっと見つめる。

「……解ったよ。俺の卵焼きあげるから、これで勘弁しろ」

 そうは言っても、やはり花子の表情は無表情である。

「何だよそんな嬉しそうな顔しやがって。そんなに俺ん家の卵焼きが好きなのかよ」

 博士はそう言ってミートボールを自分の弁当箱に仕舞い、花子は博士の弁当箱に箸を伸ばしたが結局無表情のままである。

 そんな光景に、流石の乃良達も痺れを切らした。

「ちょっ、ちょっと待って」

 無事落着した戦場に割って入った乃良に、博士と花子は視線を向ける。

「何だよ。お前もミートボール食べたいのかよ」

「いやそうじゃなくて。そのぅ……」

 あまりに堂々とした博士の態度に乃良は言い淀んでいたが、意を決した様に口を開いた。

「花子ちゃん、今表情変わってた?」

 乃良の言葉にさっきまで慌ただしかったテーブルが一気に静かになる。

 博士は乃良の言葉をゆっくりと受け止めると、当たり前というように断言した。

「変わってただろ」

「変わってねぇよ! さっきからずっと無表情のままだよ! 相変わらずの鉄仮面少女だったよ!」

「よくあれで会話成立してたね!? 一瞬テレパシーでもしてんのかと思った!」

「テレパシーなんて有り得る訳ねぇだろ」

 荒ぶるテンションのままに声を投げてくる乃良と千尋に、博士は鬱陶しそうに溜息を吐く。

「まぁ、ちょっと解り難いとこもあるけどな」

「ちょっとどころじゃねぇよ! 大分難問だわ!」

 乃良は続けて声を上げるが、博士はそんな事全く気にしていない様子だ。

 そんな博士に、千尋は口を動かしながら頭を働かせる。

「んー、ハカセは私や乃良なんかよりもずっと花子ちゃんの傍にいるからね。それで表情が読み取れるようになったのかな?」

「全く迷惑な話だけどな」

 博士はそう言うと、目の前の花子について再び口を開いていく。

「でも、こいつそれなりに表情豊かだぞ?」

「どこが」

「俺何回かこいつが笑ったとこ見た事あるし」

「笑う!?」

 博士の衝撃の発言に、乃良は思わず目を見開いた。

 その博士の言葉で思い出したかのように、千尋も「あー」と声を上げる。

「そういえば私も一回だけ見た事あるわ」

「えっ、皆あるの!? 俺一回も見た事ないんだけど!」

「お前がつまんないから笑えないんじゃねぇの?」

「急に毒舌ぶち込んでくるんじゃねぇ! 普通に傷つくわ!」

 周りの言葉に振り回された乃良は、混乱した頭を抱え込んでテーブルに突っ伏した。

「良いなー! 俺も花子ちゃんの笑った顔見たいー!」

「何か一発ギャグでもすればいいんじゃねぇか?」

「それ絶対スベって恥ずかしい思いするヤツだろ!」

 隣で冷静に話を振ってくる博士に、乃良は若干投げやりになりながら言葉を返す。

 すると乃良は視線を斜め横に座る花子に向け、グラッと体を動かす。

「ねぇ花子ちゃん、ちょっと笑ってよ」

 それはまるでホラー映画の殺人鬼の様であり、乃良の笑顔からは狂気すら感じられた。

「ちょっと笑うだけでいいから……ね? ちょっとでいいから笑って見せてよ」

「笑えるか! 逆にトラウマになるわ!」

 博士の怒号と一緒に、千尋が花子に抱き着いて乃良から身を守った。

 しかし花子はトラウマどころか話の内容さえ解っていなかったようで、ぼーっと上の空な表情で博士達を見つめている。

 乃良も諦めたようでベンチに腰かけると、落ち着いて肩を窄ませる。

「でも、私も花子ちゃんの表情読み取れるようになりたいなぁ」

 花子に抱き着いたままの千尋は、花子の円らな瞳を見つめながらそう呟いた。

 花子は千尋の言った言葉の意味が解らないのか、首を傾げている。

「ねぇハカセ、なんかコツとか無いの?」

「コツって言われてもなぁ……」

 博士はしばらく考え込むと、名案が浮かんだという様に顔を上げた。

 早速ポケットの中からスマートフォンを取り出すと、立ち上がって花子の方へと体を寄せる。

 すると博士はスマホを花子へと翳した。

「花子、ちょっと怒った顔してみろ」

 そう言われて千尋から体を離した花子は、不思議そうに博士を見つめる。

「何で?」

「いいから、カメラに向けて怒った顔して」

 博士の言葉の意味はまだ理解し切っていないようだが、花子は言われた通りにスマホのカメラへと視線を向ける。

 その表情はどこからどう見ても無表情だ。

「違う。それは眠たい時の顔だろ? 怒った時の顔だ」

 博士の声に、花子は眉一つ動かさないでただただカメラを見つめる。

「違う。それは問題が難しくて解らない時の顔だ」

 それでも花子はピクリとも表情を変えず、人形なのかと錯覚するくらいの無表情を極める。

 するといきなり博士は激昂し出した。

「違う! それは自販機で牛乳押そうとしたら間違っておしるこ出てきた時の顔だろ!? こっちは怒った顔しろって言ってんだよ!」

「いやさっきから何一つ表情変わってないように見えるんだけど!?」

「私のスマホに花子ちゃんの写真いっぱいあるから! それ見よ!」

 急に感情を剥き出しにした博士を何とか宥めようと、乃良と千尋は一斉に声を投げかけた。

 それでも花子は無表情で、怒りを露わにした博士に小さく首を傾げている。


 数分後、落ち着きを取り戻した博士は千尋のスマホを物色していた。

「さて、何とか花子の写真は手に入った訳だけど……」

 千尋のスマホに入っている花子塗れの写真フォルダーを見て、博士と乃良は顔色を悪くしていた。

「……何でこんな花子の写真あるの? 気持ち悪いんだけど」

「気持ち悪くない!」

 本心を隠そうともしないまま呟いた博士に、千尋は声を荒げる。

「花子ちゃんはトイレの花子さんなんだよ! その上可愛いし! これだけ写真を納める価値はあるでしょ!?」

「……まぁ、何でもいいや」

 博士は諦めたように再びアルバムへと視線を落とす。

「これを見て花子の表情の読み取り方特訓すればいいんじゃねぇか?」

「おー! ナイスアイディア!」

 博士の提案に千尋は余程盛り上がっているのかオーバーな反応を見せる。

 複数の花子の写真をスクロールしていく中、博士は適当な写真を一つ選んで、二人の前に出した。

「じゃあ、この花子は何を考えてるでしょう?」

 出されたのはアップで撮られた花子の、特に何の変哲もない無表情の写真だった。

 いきなりの難問に二人は頭を悩ませる。

「んー、こんな至近距離で堂々とシャッターを切るちひろんがおかしいって事くらいしか……」

「しばくぞ」

 そんな会話を挟みながらも、千尋は真剣に花子の表情を見つめていく。

「もうすぐ授業終わるー、とか?」

「違う」

 博士はキッパリとそう言うと、これ以上待っても意味無いと正解発表へと移っていった。

「正解は、『コッペパン食べたい』でした」

「「分かるかぁ!」」

 淡々と吐かれた正解に、二人は声を揃えて叫んだ。

「分かる訳ないじゃん! あれのどこにコッペパン要素があったんだよ!?」

「第二問」

「続くの!?」

 マイペースに進めていく博士の進行に、二人は困惑しながらも、博士が出した花子の写真に目を向けた。

「この花子は何を考えてるでしょう?」

「一緒だよ!」

 その写真は先程の花子の表情と全くと言っていい程瓜二つだった。

 もう堪え切れないとでも言うように、二人は破竹の勢いで博士に言葉を並べ立てていく。

「一緒だよ! 全く同じ写真だよ! どうせまた『コッペパン食べたい』でしょ!?」

「いや、正解は『今日はアンドーナツの気分』だ」

「知らねぇよ!」

 博士の『花子の表情読み取り問題』に、二人は大苦戦した。

 すると千尋は思いついたように博士から自分のスマホを奪い返すと、それを花子の前へと見せつける。

「花子ちゃん! この花子ちゃんが何を考えてるか分かる!?」

 勢い任せに吐かれた言葉に、花子は言っている意味が解らないといった様子だった。

 しかし何とか把握したようで、画面に映った自分の写真をじっと眺めている。

 三人が花子の答えを待ち構える中、花子は数十秒のシンキングタイムを終えてマイペースに口を開いた。

「……『ハカセ大好きー』」

「本人も解ってねぇじゃねぇか!」

 博士の回答と百八十度異なっていた花子の回答に、一同は再びざわつき出す。

「本人全然違う事言ってんじゃねぇか! そもそもお前が正解してるって確証はあんのかよ!」

「いや、あれは絶対『今日はアンドーナツの気分』だ。断言できる」

「何を根拠に言ってんの!?」

「あっ! 花子てめぇ俺のミートボール取りやがったな!? あれは俺のって事で話着いたじゃねぇか!」

「だってハカセ全然食べないから」

「俺は好きなのは最後に残しとくタイプなんだよ!」

 オカ研部員一年生達はそのまま人目を気にせずにバカ騒ぎを続けていく。

 永遠に続くとさえ思った博士達の大騒動だったが、もうすぐ楽しい昼休みの時間が終わろうとしていた。

花子ちゃんの無表情、奥が深い……。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


夏休みも終わったので、久し振りに皆でお昼ご飯食べる話を書きたいなと思いました。

それに加えて、花子ちゃんの表情に関する話も前から書きたいと思ってたので、今回くっついた訳ですね。

ずっと一緒にいるハカセだけが花子ちゃんの表情が読み取れる。

ハカセの無自覚なところがまたいいですよねぇ……ムフフ。


裏話としましてこの五十六話、実は一回全部書き直したんです。

最初は千尋の料理テクニックだけで一話作っちゃって、割と気にいってたんですけど、色々あってその話はボツになってしまいました。

いつかの機会にまた書けたらいいな。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!


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