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【055不思議】漢の決闘場

 昼休み開始のチャイムを生徒達の声が掻き消す、三年A組。

 教室の中心では、何やら男子達が一つの机を囲むようにして群がっていた。

「やっぱこっちだろ!」

「いやいや解ってねぇなお前! こっちのが可愛いじゃねぇか!」

「何言ってんだよ! こっちも可愛いだろ!」

「どうせお前体しか見てねぇだろ!」

 聞こえてくる声から察するに、どうやらそういう雑誌を広げて、誰が良いかを議論しているようだ。

 女子もいる教室で堂々と聞こえる声に、無論女子の視線は冷やかである。

 傍から見ていた斎藤も苦笑いを浮かべており、多々羅は溜息を吐く。

「全く、バカだなお前ら……」

 多々羅はそう言って、一歩ずつ男子達の元へと歩いていく。

 そして、勢いよく雑誌へと指を突き立て、その中で一番大きな声を張り上げた。

「こいつが一番だろうが!」

「はぁ!? 無い! そいつは無い!」

「ブサイクじゃねぇか!」

「はぁ!? 何言ってんだ! 可愛いだろ! このモミアゲとか!」

「どこ見てんだよ!」

「洗濯機みたいな顔面してるぞこいつ!」

 一気に男子達の中心となった多々羅に、今度は斎藤が溜息を吐いた。

 盛り上がるボーイズトークを耳に入れながら、斎藤はそっと席を立つ。

「おい優介! どこ行くんだよ!」

「トイレ」

 少しぶっきらぼうに斎藤は返すと、そのまま教室から出て行ってしまった。

 そんな斎藤を、友達と席を合わせて弁当を食べていた西園はじっと見送っていた。


●○●○●○●


 教室を出た斎藤は、どっと疲れが押し寄せたように背中を丸くしていた。

 ――はぁ……、みんなよくあんなに盛り上がれるなぁ。多々羅も、なんかノリノリになっちゃってたし。

 正直に言って、優介もそういうものに興味が無い訳ではない。

 ただ印刷された女性達よりも、もっと素敵なものを見てしまっているのだ。

 ――あの人達よりも、西園さんの方が良いに決まってるじゃん。……まぁそんな事、本人がいる前で言える訳無いけど。

 心の中でそう呟きながら、男子トイレの暖簾を捲る。

「「あっ」」

 口から漏れたその声は、綺麗に重なった。

 入口から最も近いトイレに、西園も所属する逢魔ヶ刻高校生徒会の長を務める山崎がいたからだ。

 山崎も斎藤同様少し固まっており、二人の間に嫌な空気が漂う。

 このまま突っ立ったままではいけないと斎藤は動き出して、山崎と最も離れた三つあるうちの端っこのトイレに足を止めた。

 ――山崎君だ……。山崎君も西園さんの事が好きなんだよね……?

 混乱状態のままの頭で、何とか必死に考えようとする。

 以前部室に山崎が来訪した時、彼も斎藤と同じく西園に好意を寄せている事が発覚した。

 それからというもの、二人の間には何やら気まずい空気が漂っていた。

 同じ学校に通学する以上、こうしてバッタリ会う機会は少なくなかったが、それでもこう会ってしまうと、色々と考え込んでしまう。

 しかも生憎トイレには男二人だけだ。

 斎藤は何とか早くここを出ようと少し力を入れる。

 山崎は特に深く考えて無さそうな顔持ちだったが、ふとそのトイレから一つ斎藤側のトイレへと移り、斎藤に接近してきた。

「!?」

 突然の出来事に、どういう意味なのか斎藤は訳が解らなかった。

 あまりの混乱で目が回る中、何とかして目の前の山崎に焦点を合わせる。

「……世の学者に、時間と愛の関係性について調べた学者がいるそうだ」

 何の脈絡も無くそう口を開いた山崎だったが、そのまま口を開き続けていく。

「まだ研究の途中らしいが、現時点で時間と愛については少なくとも比例関係が成り立つ事が研究によって明らかにされたらしい。勿論、時間が経つにつれて愛情が薄まり、そのまま破局するというデータもあるが、片想いである僕達にそのデータは関係ないだろう」

 山崎はそこまで言うと、視線を斎藤の方へ向けた。

「君はいつから西園に想いを寄せているんだ?」

「えっ? ……えぇっと、一目惚れだったから、一年の四月からかな?」

 照れながら答えた斎藤に、山崎は無言のままだった。

 しばらくすると山崎は顔を正面に向け、天井を仰ぐ様に見つめる。

「……だが僕は、時間だけで愛の大きさは測れないと考えている」

 ――僕の方が早かったのかな? 西園さんを好きになったの。

 斎藤はそう思ったが、口にするのは何か悪い気がして、そのまま山崎の言葉に耳を傾ける事にした。

「結局愛の大きさを決めるのは、彼女への想いの大きさだ。僕は彼女の為だったら何でも出来る自信がある。何でも捨てる覚悟がある」

 山崎はそう言って、視線を再び斎藤へ向けた。

「君には、彼女の為に全てを尽くせる自信が、覚悟が、想いがあるのか!?」

 山崎の声には鬼気迫るものがあった。

 その圧力に圧倒されながらも、斎藤は山崎に対してひっそりと声を漏らす。

「……大丈夫?」

「は?」

 唐突に吐き出された斎藤の言葉に、山崎が口をポカンと開けると、斎藤は慌てて手を振る。

「あぁいや、さっきからずっといるから大丈夫かなって思って……!」

 どこか恥ずかしがりながら声を出す斎藤に、山崎はようやく気が付いた。

 考えてもみれば、山崎は斎藤が来る前からずっとトイレに仁王立ちしていたのだ。

 それをまだ出て行く気配も無く、ずっとこちらに話しかけてくるのだから、心配性の斎藤は気になってしまったのだろう。

「なっ、何を言っているのだ君は!」

「あぁごめん! そうだよね! こういう事を聞くのはあんまり良くないよね!」

「いやそういう意味じゃなくて! 取り敢えず誤解だ!」

 どこまでも真面目な斎藤に、思わず山崎も赤面してしまう。

 折角シリアスに話を持ち出していたのにと山崎が頭を悩ませていると、安心したのか斎藤がゆっくりと口を開いた。

「……僕にそれだけの覚悟があるのかなんて、解んない」

 斎藤の声に真剣味を感じ、山崎は赤くした顔をいつもの無表情に戻す。

「僕、山崎君が知ってる以上にビビリで心配性な意気地なしだからさ。そんな覚悟があるとか、そんな自信があるなんて、とても言えない」

 その口調から考えるに、それは斎藤の心の底からの本心のようだ。

「……でも」

 斎藤は話す唇にそっと力を入れる。

「西園さんへの気持ちは、本当だよ。最初はただの一目惚れだったけど、西園さんと一緒に過ごしていくうちに、どんどん惹かれて、どんどん好きになったんだ! ビビリで心配性な意気地なしだけど、西園さんへの気持ちの大きさだけは負けない」


「それだけは、信じたいんだ!」


 そう声を上げて言い切った斎藤の目は、正しく覚悟がある者の目だった。

 気弱な斎藤のそんな目に山崎は内心驚いたようだったが、斎藤に悟られないように表情には出さなかった。

「……そうか」

 山崎はそれだけ言うと、とうとうトイレから離れ、手洗いの方へと歩き出した。

 特にこれといった返事の無かった事に、斎藤は少し戸惑っている様子で山崎を目で追う。

「……一応言っておくが」

 手を洗い終えた山崎はそう言うと、顔を斎藤の方へ向けた。

「僕は君の事が嫌いだ」

「ふぇ!?」

 衝撃の告白に、トイレの前に立っている斎藤の体がビクリと震えた。

「ただでさえライバルが多いのに、君はその中でも西園に最も近しい位置にいる。正直に言って羨ましい。腹立つ。純粋に殴りたい。許されるのであれば生徒会長の権限を使って君をこの学校から追放したい」

「ちょっ、ちょっと!」

「しかし、そんな事をすれば西園が悲しむ」

 山崎のその言葉に、慌て気味だった斎藤の声がピタリと止む。

「例え君の事がどれだけ嫌いでも、西園は君の事を大切に思っているのだ。西園が悲しむような事は出来ん。だから……」

 山崎はそう言って、洗い立ての手を斎藤に向けて差し出した。

「お互い悔いの無いよう、正々堂々戦おう」

 キリッとした表情で向けられたその言葉に、斎藤は妙に感動していた。

 長ったらしかった用を早々と終わらせ、照れた笑顔で山崎の手を握ろうとする。

「触るな!」

「えぇ!?」

 握ろうとした瞬間に避けられた右手に、斎藤は表情を歪ませる。

「貴様手を洗っていないだろう! 用を足したままの手で手を握ろうだなんて非常識にも程があるぞ!」

「いやだって山崎君が握手しようとしてきたから!」

「五月蠅い! 言い訳するんじゃない!」

 山崎の説教に斎藤は顔を青ざめさせるも、山崎はそんな事を知った様子も無く話を続けていく。

「ならばどちらが西園への愛が大きいか、大声対決で勝負だ!」

「えぇ!? 何でそうなるの!? 無理無理! そんな事出来ないよ!」

「斎藤! お前の西園への愛はそんなものか!」

「そうじゃなくて! 大体ここトイレだよ!?」

「愛さえあれば関係無い!」

 山崎はそう言うと、勢いよく息を吸い上げ、爆弾でも爆破させる様な勢いで大声を上げた。

「西園ぉぉぉ! 好きだぁぁぁぁぁぁ!」

 隣に立っている斎藤は耳を塞ぎ、思わず目も瞑ってしまう程の大声だった。

 かなりのカロリーを消費しただろうにも関わらず平気そうな山崎は、ぶっきらぼうに斎藤に目を向ける。

「ほら、お前の番だ」

「えぇー……」

 一歩後退る斎藤だったが、西園が関連している以上ここで尻尾を巻く訳にはいかず、覚悟を固めて息を吸う。

「すっ、すきだー……!」

「好きだぁぁぁぁぁぁ!」

「すっ、すきだぁ――!」

 一人の女を巡って争う男子トイレの戦いは、それから声が枯れるまで愛を叫び合っていたという。


●○●○●○●


 そんな二人の声が、男子トイレから漏れ出ない筈は無く、見事三年の全教室に生放送で流されていた。

 勿論、それは三年A組も同じ事で、さっきまで話に花を咲かせていた男子達も、黙って叫び声の聞こえる方へ目を向けている。

「何? 誰の声?」

「さぁ、どうせバカな男子じゃない?」

 一緒に弁当を食べる友達がそう話す中、その戦いの渦中にいる西園はくすりと女神の微笑みを見せた。

トイレってなんか不思議な空間な感じしませんか?

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


ネタバレになってしまうのですが、この先の展開(大分後だけど)に生徒会長さんが出てきます。

しかし山崎が登場したのがもう三十話も前で、これはマズイと思って書き出したのがこの回の誕生秘話です。

トイレで何の話をしてるんだこいつらはww


その時は何も考えずに適当に書いてたんですけど、よくよく考えるとハカセも花子ちゃんも一切出ない回ってこれが初めてじゃないんですかね?

そう考えると、なんだかちょっと感慨深いです。


ちなみに作中の研究の話はフィクションです。

一応調べたんですが、それらしい研究結果は見つかりませんでした。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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