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【054不思議】トンタランドののどかな朝食

 いつも通りの放課後のオカルト研究部部室。

 部員達はそれぞれ本日の責務の疲れを癒しており、そこには決して静かではない日常があった。

 そんな光景を、博士は目を据えて眺めていた。

「……えっ、いいの?」

 ぽつりと零れた博士の言葉に、一同は一斉に目を向ける。

「……何が?」

「いや、夏休みも終わって二学期開始っていうのに、こんな大して代わり映えしない展開でいいのかなって」

「いいだろ。他にする事もないし」

 多々羅の正論に、博士は「そうだけど」と口にするも、特に反論も無くそのまま口を閉じた。

 反論を諦めた博士はもう一度部室を見渡した。

 そこは完全に既視感しかあらず、今日という日を何十回繰り返したのかと錯覚する程だ。

 その中で博士は一つに目を止める。

「……百舌先輩ってずっと本読んでますよね」

 博士の視線の先には、背筋の立った姿勢で本を熟読する百舌がいた。

 声は聞こえていたであろうが、視線を博士に向ける事は無く、本のページをひらりと捲る。

 ――無視……!

 別に大した意味の無い言葉であったが、無視をされるといい気はしない。

 若干眉を吊り上げながら、博士は身を百舌の方へと寄せる。

「いつもどんな本読んでるんですか?」

 そこまで顔を近づけて訊かれたならば、答えない訳にはいかない。

「……色々だよ。ミステリーにSF、時代物、恋愛、エッセイ、官能小説」

「おい今変なの混じってなかったか?」

「今読んでるのは?」

 違和感のあるラインナップには気付かず、博士は百舌の読んでいる本を覗き見る。

 表紙には大きく『トンタランドののどかな朝食』と書かれ、どこか味のある西洋の町と、犬と一緒に駆け出すハンチング帽を被った少年が描かれていた。

「この本は『トンタランド』っていう架空の町を舞台にしてて……」

 そこで百舌は中途半端に口を止める。

 どうしたのかと博士が首を傾げると、そんな博士を百舌は本を閉じた指で差した。

「ハカセ、トンタランドに暮らす少年・レオね」

「はい?」

 突然そう言い渡された博士は、どういう意味か解らず挙動不審になる。

「え? いや何言ってるんですか?」

「いやこの本結構複雑だから、登場人物をここにいる人達に置き換えて説明しようと思って」

「それ余計解りづらくなりません?」

 博士の忠告も聞き流し、百舌は淡々とその場にいる部員達に登場人物を照らし合わせた。

「斎藤先輩、市民から絶大の人気を誇るトンタランド市長・インヘル、

 西園先輩、その市長の夫人・ビアン、

 多々羅先輩、裏社会を占めるマフィアの頭領・ガンチョ、

 加藤、レオの行きつけの野菜売り・カブ、

 花子、レオを優しく見守る老婆・シェリー」

「どんな話なのか全く見当もつかねぇんだけど」

 役が振り分けられていく中、博士はそう呟いた。

 そんな中、未だ役を与えられていない千尋は待ち遠しそうに体を動かしている。

「私は!? 私はどんな人ですか!?」

「石神、レオの愛犬・ウィッカ」

「犬!?」

 予想外のキャスティングに千尋は声を上げ、顔を青ざめさせた。

「私犬ですか!? 嫌です! もっと重要なキャラにしてください!」

「ウィッカは重要だぞ。あいつがいなくちゃこの物語は始まらない」

「じゃあ良いです」

「良いのかよ!」

 大事だったのは人か否かよりも重要度だったらしく、満足した千尋は大人しくなる。

 慌ただしい現状に、博士はどっと疲れて溜息を吐いた。

「んで、いい加減どんな話か教えてくださいよ」

「そうだな」

 百舌はそう言うと、閉じた本を指でなぞり、物語のプロローグを思い出していく。

「物語が動き出すのは、まだ日も昇りきっていない冬の早朝……」


 冷えたトンタランドの道端に転がっている斎藤先輩の死体が発見されてから始まる。

「「「「「ちょっと待てぇぇぇ――――!」」」」」


 想像していたのと百八十度異なったプロローグに、部員達は慌てて叫びだした。

「えっ、待って! 死んだ!? 僕死んだの!?」

「これってミステリーなんですか!?」

「そうだよ?」

「てっきりほのぼの日常系だと思ってたわ! 表紙と全然違うじゃねぇか!」

「少年レオがトンタランドで起こった謎の事件を解決する本格ミステリーだ。決め台詞は『こんな事件、朝飯前だぜ!』」

「ダッサ! タイトルそういう意味だったのかよ!」

「事件が起こるとウィッカ……、石神がハカセに報せて現場に連れてってくれるんだ」

「ここで私キタ!」

 『トンタランドののどかな朝食』の壮絶なストーリーに、部員達は驚きを隠せずにいる。

 それでも百舌はその反応を気にしていないように物語の解説を進めた。

「容疑者は三人」


 隠れて複数の女性と関係を持っていた事に感付いていた夫人、西園先輩。

 銃器の密売ルートを斎藤先輩に提供してもらっていたマフィア、多々羅先輩。

 実は昔からの旧友で、違法な金の受け渡しをしていた八百屋、加藤。

「斎藤先輩クソ野郎だな!」


「人気のある市長じゃなかったのかよ! 真っ黒じゃねぇか! 斎藤先輩殺されて当然だよ!」

「ハカセ君やめて! なんか心に来るからやめて!」

 博士の怒涛の罵詈雑言に、自分では無い自分が蔑まれる斎藤は、少し涙目になりながらそう訴えた。

 そんな斎藤や博士に関わらず、百舌は更なる状況説明を加えていく。


 中でも加藤は事件の前日に斎藤先輩と金について言い争いになったらしくてな。

 ――斎藤……、もうやめないか? こんな事してたら俺もお前も無事じゃ済まなくなるぞ!

 ――ハッハッハ、何言ってんだ加藤。怖気づいてんのか? 俺達はもう引き換えられねぇとこまで来てんだよ。

 斎藤先輩はそう言うと、ゆっくりと加藤の耳元で囁いた。

 ――ビビってんじゃねぇよ。

「もうほんと最低だな斎藤先輩!」

 高笑いして去っていく斎藤先輩の背中を眺める加藤は、包丁を強く握りしめて歯を食い縛っていた。

 ――殺してやる……、殺してやる!

「これ犯人乃良だろ!」


「どう考えたってこれ絶対乃良が犯人だろ! 『殺してやる』とか言ってるし!」

「いやいやまだ決まってないだろ? そもそも俺に人を殺すなんて度胸あると思うか?」

「作中のお前がどうかまでは分かんねぇだろ!」

 二人が犯人について議論する中、百舌は機会を窺い、ゆっくりと口を開く。

「翌日……」


 加藤が死体で発見された。

「「はぁ!?」」


 唐突に現れた二人目の被害者に、博士と乃良は揃えて声を上げてしまう。

「死んだ!? 俺死んだの!? 何で!?」

「犯人じゃなかったのかよ!」

「再び石神がハカセに吠えて事件を報せてくれたんだ」

「そのくだりはいいよ!」

「ちょっと! 大事でしょここ!」

 三人が物語に盛り上がっていく中、博士は乱暴なまま一人に指を差した。

「つーか! さっきから花子が全く出てきてないんだけど!」

「確かに!」

 博士の指の先には、こちらをじっと見つめるだけの花子がいた。

 花子は何を話しているのか解っていないのか、こくりと首を横にする。

「……乃良は死んだの?」

「んー……、まぁそうだな」

「……じゃあ乃良も幽霊になったの?」

「いやそういう訳じゃ」

「…………?」

「ダメだこいつ話についてこれてねぇ!」

 花子の理解能力を考えれば当然の事で、首を傾げ続ける花子に博士がそう大声を上げた。

 騒がしくなる一年生達に、傍で見ていた多々羅が高らかに笑い出す。

「アッハッハッハ! ざまぁねぇな乃良! 呆気なく死んじまいやがって! まぁたかが小説の話だし気にするな!」

「なんかあの人本物のマフィアに見えてきたな」

「数時間後……」


 多々羅先輩が死体で発見された。

「何でだよ!」


 怒涛の勢いで現れた三人目の被害者に、血相を変えた多々羅が身を乗り出してきた。

「なんで俺が急に殺されたんだよ!」

「いや交通事故」

「交通事故!?」

「事件関係無ぇのかよ!」

 まさかの死因に博士も同調して声を荒げる。

「因みに多々羅先輩を轢いたのが花子演じるシェリーの車だ」

「ここで花子キタ!」

 先程まで燻っていた登場人物がまさかの加害者側として登場し、相次ぐ衝撃に戸惑ってしまう。

 すると未だ死んだ事を根に持っている多々羅がグチグチと言葉を垂れ始めた。

「つーかなんで俺が死んでんだよ! しかも交通事故って! 俺裏社会のボスなんだろ!? そんな呆気ない死に方すんなよ! そんな小説認めねぇぞ!」

「アンタが一番気にしてんじゃねぇか!」

 ベラベラと喋り上げる多々羅に、博士がそう一喝する。

 一方の乃良達は多々羅を放っておいて、今後の物語について推理していた。

「という事は、犯人はミキティ先輩ですかね?」

「いや、多々羅君も交通事故で死んだ訳だから、容疑者から外れる訳じゃないよ」

「ねぇ百舌先輩! 犯人誰なんですか!?」

 興味津々で訊いてくる千尋だったが、百舌の答えは簡単だった。

「いや、全部読み切ってねぇから解んねぇよ」

「「えー!?」」

 百舌の答えに、すっかり物語に夢中になっていた部員達は揃って残念そうな顔をした。

「めっちゃ気になるー!」

「早く知りたーい!」

 乃良と千尋がそれぞれ頭を抱える中、博士は目を細めて口を開く。

「けっ、どうせしょうもねぇんだろ。大どんでん返しも無しにしょうもなく終わっていくのが目に見えてる」

 博士の言葉に、二人はどっと表情を歪ませる。

「なっ! 面白いじゃんよ! つーか、お前が訊きだしたんだろ!?」

「いやそうだけど」

「そんな態度、レオらしくないぞ!」

「お前レオの何を知ってんだよ!」

 博士が流れるようにツッコミを決めるのを、百舌は長い前髪の奥で眺めていた。

「まぁ、今日中には読み終わると思うから、明日教えるよ」

「ほんとですか!? 待ってます!」

 百舌の言葉に、部員達は明日が待ち遠しいというように楽しそうな顔を見せる。

 そんな表情を眺めながら、博士は不服そうな表情で溜息を吐いた。


●○●○●○●


 翌日。

「犯人石神だった」

「私!?」

「大どんでん返しキタ!」

 まさかの犯人の正体に、ちょっとだけ『トンタランドののどかな朝食』を読んでみたいと思った博士であった。

真実は、いつも一つ!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


夏休み終了という事でいつも通り部室でグダグダ日常回だったのですが、夏休みとそう大差ありませんよね。

まぁこれもマガオカらしいという事で。


小説のキャラを当てて話を進めるという今回の内容は、実は前からやりたいと思ってた内容でした。

頭の中で話を作っていく時はとても楽しいんですが、いざ書いてみるとこれが難しい。

何分小説のキャラを小説のキャラに当てる訳ですからもうてんやわんやですよww

どうにか皆さんに解りやすいように書いたつもりなので、存分に伝わっていただけたら何よりです。


ちなみに『トンタランドののどかな朝食』のキャラ名は、とある有名漫画から取っています。

お気づきの方はそっと目をお瞑り下さいww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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