【053不思議】The longest day of the year
とある夏の日の箒屋宅。
その長男である箒屋博士はリビングのど真ん中で時計を睨みつけていた。
ふとカレンダーを見ると、今日は夏休み最終日である。
博士は腕を組んでおり、その表情から察するに、あまり上機嫌という訳ではないらしい。
そこにピンポンと軽快なチャイムが鳴り響いた。
その音を聞きつけるや否や博士は足を動かし、急いで玄関の扉を開ける。
「よぉ! 来たぞ!」
「ハカセ」
「お邪魔しまーす!」
そこにいたのは同じ部活の一年生三人組だった。
博士は予想通りの来客達に苛立ちがふんだんに籠った目を向け、歓迎の言葉を放った。
「……いらっしゃい」
●○●○●○●
事の発端はたった二日前だ。
その日はオカルト研究部部室で、いつも通りだらだらとした青春を送っていた。
たった一人を除いて。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
テーブルに突っ伏し、滝の様な勢いで泣き喚く千尋に、一同目を向けていた。
「あいつどうしたの?」
「さぁ」
ここまで彼女を追い詰めている理由を、他の部員達は何一つ知らない。
部員達の視線の的になっている千尋に、西園が笑顔を向けながら声をかける。
「千尋ちゃんどうしたの?」
轟音だった千尋の涙はやみかけており、千尋は鼻を啜ってそう言った。
「……宿題、やってないんです」
あまりに空を切るような答えに、西園は思わず言葉を探しているようだった。
そんな事を知らず、千尋はどんどんと言葉を繋げていく。
「まだあると思っていた夏休みも気付いたら後三日! ちょっとは宿題やってたかなと思って見たら、開いてもなかったんです! こんなんじゃ残り二日間、課題地獄になっちゃいます! 補習地獄を抜けてやっと自由になったと思ったらすぐまた課題地獄。私今年の夏休み、全然満喫できてない!」
「十分満喫してただろ」
これまでの千尋の姿を思い出し、博士は冷静に言い放つと、直後溜息を吐いた。
「まぁ、どうせそんなところだろうと思ったよ。ちゃんと計画組んで生きないからこんな事になんだよ」
「後先なんか考えず目先の欲に飛び込んでくのが人間ってもんでしょ!?」
「お前らみたいなバカと同じくくりにするな」
少しは博士に食らいついた千尋だったが、夏課題によって与えられた心の傷は随分と深かったらしい。
視線の先をくるりと西園に変え、千尋はまた瞳を潤わせた。
「うぅ、西園先輩助けて……」
「んー、こればっかりは自分でやんないとダメだし。私も受験勉強しないとだから……」
「そんなぁ……」
西園に断られ、千尋の涙腺は第二ウェーブへと突入しようとしていた。
そんな中、静かに様子を見守っていた乃良が、ポンと手を叩く。
「あっ、それじゃあハカセん家で勉強会しよう!」
「「!」」
乃良の提案にいつの間にか巻き込まれた博士は、慌てて身を乃良の元へと寄せた。
「おいおいおいおい! 何勝手に決めてくれてんだよ! 何で俺の家でこいつの為に勉強会しなきゃいけないんだよ! そんなの絶対無理だからな!?」
「ハカセ、手伝ってくれるの?」
「んな事言ってねぇだろ!」
博士がそう声を荒げるも、乃良の耳には届いていないらしく、そのままもう一人の同級生に話を持ち出す。
「花子ちゃんは? 宿題終わってる?」
乃良の質問に、さっきまで騒いでいた博士も含め、一斉に黙って視線を花子に向けた。
大方見当はついているが、花子の答えに興味を持っているのだろう。
花子はその視線を気にする素振りも無く、ただただ首を傾げる。
「宿題……?」
――お前もか!
そもそも宿題の言葉の意味すら解っていない花子に、一同身を震わせた。
乃良に至っては変わらない笑顔で、そのまま花子を予定未確定な勉強会に誘い込む。
「それじゃあ花子ちゃんも一緒に勉強会しよ!」
「勉強会?」
「そう! ハカセん家で一緒に勉強すんの! 俺あいつの家知ってるから、夏休み最終日の明後日に公園で待ち合わせな!」
「ちょっと待て! 勝手に話進めるな! 良いなんて言ってないだろ! いいか、絶対来るんじゃねぇぞ! 解ったな!?」
博士が高らかにそう叫び上げるも、乃良達の心にその声が響いていたかは解らなかった。
●○●○●○●
そして現在、空しくも箒屋宅に彼らはいた。
しょうがなく自分の部屋へと案内する中、後ろからは思い思いに口を開く三人の声が聞こえてくる。
「へぇ、意外と立派な家だね」
「だろ? こいつ生意気にこんな家に暮らしてやがんだよ」
「ハカセの匂いがする」
「おっ、いいね花子ちゃん。なんか恋する変態乙女チックだよそれ」
「五月蠅ぇな黙って歩け」
耐え切れずに博士が制止すると、すぐに二階にある博士の部屋へと辿り着いた。
博士は無言でドアを開くと、花子と千尋が物珍しそうに部屋を覗き込む。
「うわぁ、色気無っ!」
博士の部屋を見た千尋の第一声はそれだった。
「何この部屋! 本当に男子高校生の部屋なの!? ベッドと机しか無いじゃん! 全然遊び心がない! こんなの刑務所とほぼ一緒だよ!?」
「なんて事言うんだ」
千尋の怒涛の叫びに、博士は温度差を感じる冷徹さでそう言った。
確かに千尋の言う通り、その部屋はあまりにも味気のないものだった。
壁の白い空間の中には家具があまりに少なく、ベッドと机しか無いというのは言い過ぎにしても、あまりに質素である。
申し訳程度の本棚にはずらりと参考書が顔を揃えており、クローゼットの中はきっと適当に選んだ衣服が並んでいるのだろう。
「とにかくここで待っとけ。今から飲み物と机持ってくるから」
博士はそう言うと、ドアを開けっ放しにしたまま部屋を出る。
それをチャンスと言わんばかりに乃良と千尋は目を光らせ、すぐに行動へと移った。
「よっしゃー! それじゃあ早速宝探ししましょうか! ちひろん隊長!」
「おぉ! ベッドの下、引き出しの中、参考書の奥。見つけ漏らしの無いようにくまなく探せ!」
「らじゃ!」
「聞こえてんぞ!」
満を持して始まった宝探しであったが、慌てて引き返した博士に見つかり、秒で中止となってしまった。
●○●○●○●
持ち運びのできる簡易型テーブルの上に、冷えた麦茶と課題が散らかっている。
「よし、それじゃあ宿題するか!」
「おー!」
「勝手にやってろ」
博士の声も聞かず、千尋達はそう意気込んで床に座り込み課題に手を付けていった。
博士も千尋達の横で予習に専念していたのだが、少し気になって千尋に話を振る。
「そういえばお前、あれからちょっとは進めたのか?」
「えっ? 全くだけど」
「はぁ!?」
興味本位で尋ねてみたところ、思わぬ答えが返ってきた為、博士は思わず跳ね上がりそうになった。
「なんでやんねぇんだよ!」
「えっ、だって今日やるって話になったから、それまでいいやって」
「今日で全部終わる訳ねぇだろうが! なんでちょっとやって楽になろうっていう気にならねぇんだよ!」
言われっ放しに少し頭に来たのか、千尋が持っているシャーペンを博士に突き向ける。
「皆が皆アンタみたいにできた人間じゃないの! どうせ一週間ぐらいで終わらせたんでしょ!?」
「いや、一日だ」
「本当に一日で終わらせられる人いるんだ!?」
もう一人では太刀打ちできないと感じた千尋は、助け舟を求める。
「ねぇ乃良ぁ。アンタもなんか言ってやってよぉ」
「いや、全く宿題やってないちひろんが悪いと思うけど」
シャーペンを動かしながらそう言った乃良に、千尋は体を硬直させる。
疑心暗鬼になりながらも、千尋は恐る恐ると乃良に確認を取った。
「えっ、もしかして、乃良も宿題終わらせてる組?」
「当たり前でしょ? ちひろんと一緒にしないでよね」
乃良の予想外の言葉に千尋は頭蓋骨にヒビの入ったような衝撃を受け、そのまま固まってしまう。
「あっ、言っとくけどハカセとも一緒にすんなよ? 俺は毎日毎日コツコツやってきたの。一気に宿題片付けるような勉強バカとは違うから」
「誰が勉強バカだ」
博士が乃良の声に訂正を入れるも、千尋にとってはそれどころじゃないようだ。
千尋は震え上がると、耐え切れずに大声を張り上げた。
「裏切り者ぉ!」
「はぁ!?」
「アンタはこっちの味方でいなさいよ! じゃあアンタ今何やってたんだよ!」
「ちひろんの似顔絵描いてた」
「何やってんだよ!」
「地味に上手いな」
乃良画伯の千尋画を見せられるも、本人は興奮が抑え切れずに文句を言い続けている。
そんな中、微かに下で扉の開いた音が聞こえた。
続いて「ただいま」と聞こえる声に、さっきまで騒いでいた声がピタリと止む。
「誰?」
「母さんと妹が帰ってきたな」
「理子ちゃんか! 顔見るの久しぶりだなー!」
そう会話をしている間にも、トントンと階段を上がってくる足音が聞こえてくる。
段々と近付く足音は近くで止まったと思うとこの部屋をノックする音が聞こえ、そのままドアが開いた。
「お兄ちゃーん、羊羹買って来たんだ、け、ど……」
部屋の中に兄以外の姿を確認し、小さく二つ結びをした少女は思わず顔を引きつった。
「げっ、乃良」
「アハハ! 久しぶり! 理子ちゃん!」
明らかに歓迎のしていない顔にも関わらず、乃良は笑顔でそう答える。
箒屋家の長女である理子は部屋に入ってドアを閉めると、すかさず溜息を吐いた。
「全く、なんで乃良がここにいんのよ」
「なんでって酷いなぁ。勉強会だよ」
「勉強会? そういえば他にも知らない靴があったけど、まだ誰か来てるの?」
そう言って視線を落とすと、理子はようやく花子と千尋の存在に気付いた。
千尋が簡単に挨拶をしているのを見て、理子は固まっていたが、力の無い声でポロリと声を漏らす。
「女子……」
「え?」
違和感を覚えたのも束の間、理子はいきなり大声を上げた。
「お母さぁん! お兄ちゃんが女の子連れ込んでる! しかも二人も!」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
理子の声に反応した母親らしい声も聞こえ、足音が近付くと、ついでに母親も登場する。
「あらほんと! 可愛らしい女の子だわ!」
「ねぇお兄ちゃん! どういう事!? 彼女出来たの!? どっちが彼女なの!? どっちもとか私絶対許さないからね!?」
「何意味分かんねぇ事言ってんだよお前は!」
暴走気味の家族二人に博士は歩み寄って、何とか部屋から追い出そうとする。
すると、さっきまで黙っていた花子が急に立ち上がり、二人の前に立った。
不思議そうに花子を見つめる二人に、花子はしばらく顔を眺めると、ペコリとお辞儀をする。
「はじめまして、ハカセとお付き合いさせていただいている花子です」
「ちょっと待てやおらぁ!」
二人の暴走に負けじと暴走を始めた花子に、案の定理子達は目を見開いていた。
それからなんとか誤解を解こうとしたのだが、なかなか誤解は解けず、解けた時には博士の精神はズタボロになっていた。
●○●○●○●
日は既に落ちており、窓を覗けば真っ暗な町の景色を見渡す事が出来る。
しかし、窓を覗こうとする人は部屋に一人もおらず、千尋に至っては机に倒れ込んでいた。
「無理だ……」
「無理だろうな」
死にかけた千尋の声に、博士は冷静に同意する。
「二人ともまだ半分も終わってねぇし、どう頑張っても明日の始業式には間に合わねぇよ」
机に散らばった課題に目を通しながら、博士はそう言った。
そんな博士に、隣に座っている乃良が口を開く。
「あのぅ……、あの子何か言いたそうなんだけど」
そう言って乃良が視線を向けたのは、口にガムテープを貼られた花子だった。
洒落にならない冗談を吐いて家族を混乱した刑罰である。
いつもなら千尋が反抗するのだが、その時の博士はまさに鬼の様に腹を立てており、とても抗議できるような局面じゃなかった。
「知るか」
博士はそう言って、花子と目も合わせようとしなかった。
二人が課題に手を付けない中、博士が一人で参考書に向かっていると、千尋が苦肉の決断というように声を出す。
「こうなったらハカセん家に泊まり込むしか」
「はぁ!?」
衝撃の提案に、博士は堪らず声を上げる。
「何バカな事言ってんだよ! そんなの無理に決まってるだろ! さっさと帰りやがれ!」
「だって私帰ったら何もしずに寝ちゃいそうだもん」
「知るか! だったら寝てろ!」
博士がそう叫ぶにも関わらず、千尋は勝手に話を進めていく。
「そうと決まったら早速お母さんに夜ご飯用意してもらお! 私と花子ちゃんの着替えは理子ちゃんに借りればいいよね」
「なに本格的に泊まろうとしてんだよ!」
「じゃあ俺はハカセから着替え借りよ!」
「何でお前も泊まる気でいるんだよ!」
「んー、んーんー」
「テメェは黙ってろ!」
博士の心からの叫びも千尋達には届かず、他人の部屋で自由に宿泊の準備を進めていった。
結局、流石に宿泊は箒屋母に止められ、勉強会はそこでお開きとなった。
家に帰ってからの千尋は自分の予想通りぐっすりと眠っており、まだ終わっていない課題達は千尋の鞄に閉じこもっている。
こうして、なんだかんだと色々あった夏休みは慌ただしく幕を閉じた。
いよいよ夏休み終了!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
随分長かった夏休みがいよいよ終了しました!
夏休みの最後といえばやっぱり課題かなと思いまして、だったらハカセの家で勉強会しようとこういう話になりました。
僕は乃良と同じくコツコツやる派なので千尋の気持ちはよく解りません。
でもこういう人、クラスに一人は絶対いますよね。
なんであんな蛇の道を進むんだろ……ww
今回ハカセのお宅訪問ということで、箒屋ファミリーが初登場しましたね。
実は妹の理子、僕の友達に実際にいる名前なんです。
基本友達の名前と被らないようにつけるんですけど、『博士』の妹の『理系女子』という事で、やむなく命名しました。
漢字は違うんですけどね。
さて、作中は夏休みが終わりましたが、現実は新年が始まりましたね!
皆さん、明けましておめでとうございます!
昨年の最初の土曜日に投稿し始めた訳なので、マガオカも一周年を迎えました。
最初の時から進歩しているのか解りませんが、これからも楽しく愉快なマガオカを書いていきたいと思うので、これからもどうかよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




