【052不思議】君の体温
外の虫がまるで自分の生き様を証明するかの様に喚いている。
そんな音に支配されたオカルト研究部部室には、いくつかの死体が転がっていた。
どれも生気は感じられず、ピクリとも動かぬまま四方に転がっている。
その死体の一つである多々羅は、気怠そうに口だけを動かした。
「あっつぅ……」
その多々羅の一言は、部室に転がっている死体全てを代表して吐かれた言葉だった。
「ったく、なんでエアコン使えねぇんだよ……」
「さっき洗ったばっかなんだから仕方ないでしょ……。フィルター乾くまで我慢してて……」
多々羅の嘆きに答えた斎藤の声も、そこに気力は無かった。
長い事洗っていなかったエアコンを掃除しようとフィルターを外したのが数分前。
あの時は、まさか今日に限って今年の最大気温を更新するとは思わなかった。
多々羅は何とか力を振り絞って体を動かし、後ろにいる斎藤の方へと振り返る。
「そんなもん知るか。さっさとエアコンつけろ」
「横暴だなぁ。窓全開で扇風機二台つけてるんだから我慢してよ」
「扇風機なんかで満足いくかよ。そこまで言うなら優介、ここ走り回って風生み出せよ」
「それ僕余計暑くなるでしょ」
話している事はいつも通りでも、そこに気力が無いと一気につまらないものになってしまう。
「五月蠅ぇなぁ。こんな暑い日くらい静かにしといてくださいよ」
そう声を漏らしたのは博士だ。
博士は今まで突っ伏していた体を戻し、眼鏡を直して多々羅を睨みつける。
「あ? なんならお前が走ってくれたっていいんだぞ?」
「そんなに風が欲しいならアンタが走れ」
喧嘩腰の多々羅に、博士は煩わしそうに返事を返す。
すると今度は、別方向から再び喚くような声が聞こえてきた。
「あー、もう暑いー!」
「うわっ、また暑苦しいのが来た」
その声の主は今まで黙り込んで座っていた千尋であり、博士は隠す素振りも無く不機嫌な顔をする。
かくいう千尋は、上半身を机に預けながら呻き声を上げていた。
「ほんとに暑い。このままじゃ私溶けてアイスになっちゃうよぉ」
「安心しろ。人間はそう簡単に溶けない」
「私がアイスになったら誰か美味しく召し上がってね」
「なんて脂っこそうなアイスなんだ」
千尋の言葉を淡々と切りつけていく博士に、項垂れる千尋も流石に頭に来たらしい。
千尋はむくっと顔を上げると、博士を軟弱な眼力で睨みつけた。
「なによ! さっきから私の言ってる事にグチグチグチグチ言いがかり付けて! 私がおデブって言いたいの!?」
「んな事言ってねぇだろ。頼むからツッコませるなめんどくさい」
それは博士の匙加減じゃないかと思いつつも、博士はそう言ってそっぽ向いた。
千尋は悔しそうに口を閉じると、堪らず隣に座っていた花子に飛びつく。
「うぇーん! 花子ちゃーん! ハカセがいじめてくるよー!」
「暑いんだったらわざわざくっつくなよ」
博士が冷静にそう言うも、千尋や花子には届いていないようだ。
そんな事よりも、千尋は思わぬ衝撃に遭遇した。
「!」
千尋は思わずくっついていた花子の体を剥がし、目を真ん丸に開かせて花子を見つめている。
「どうした?」
あまりに突飛な行動に、そっぽを向いた博士も興味本位に目を向ける。
「は、花子ちゃんが……」
「?」
その場の全員が千尋の次の言葉を待っていると、千尋は極々真面目な表情でそれを口にした。
「冷たい……!」
「……は?」
予想外の千尋の言葉に、博士は思わずそう苛立ち混じりに声を漏らした。
しかし、千尋の勢いはそれで止まる訳が無く、そのまま滑々と自分の思っている感情を並べていく。
「花子ちゃんが冷たいの! 物理的に! まるでもう動く事の無い死体の様に……」
「いやそいつ死んでんだよ」
暴走じみた千尋の発言を、博士がそう言ってなんとか抑え込んだ。
花子に抱き着いた時、花子の肌から体温が感じられなかった為に、少々混乱してしまったらしい。
幽霊なのだから体温が無いのは当然かもしれないが、今まで気付かなかった新事実である。
「そうか。幽霊だから体温が無いのか。まぁ、血液が通ってないんだから当然か」
「じゃあ花子ちゃん暑くないの!?」
冷静に幽霊の生態について考慮する博士に、千尋は興奮気味に花子に問い掛ける。
花子は千尋の質問に、じっと見つめ返した。
「……うん」
「そうなんだ!」
花子の返答に千尋は笑ってそう言うと、再び花子へと抱き着いた。
「うわーっ! 冷たーい! 気持ちいー! 花子ちゃんがいれば夏もどんと来いだね!」
一人で勝手にはしゃいでいる千尋に、花子は付いていけない様子である。
千尋は気にせず、そのまま話を続けていく。
「西園先輩も触ってみてくださいよ!」
「え? 私も?」
畳で静かに寛いでいた西園は、唐突に名前を呼ばれて振り返った。
そのまま花子の元へと歩いていき、千尋と離れて立っていた花子を覗く様に視線を合わせる。
「いいの?」
西園の問いに花子は頷いて答えると、「おいで」と言わんばかりに腕を開けた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、西園は優しく花子を包み込む。
「あっ、ほんとだ。気持ちいい」
「でしょ!?」
「こんな抱き枕、家に一つ欲しいわね」
「ちょっと! 花子ちゃんは私の抱き枕ですよ!」
「いつからそいつは抱き枕になったんだ」
話題が花子一色に染まる中、この流れに乗ろうと乃良が勢いよく手を上げた。
「ハイハイ! 俺もやりたい!」
「えー、アンタは色々問題あるでしょ」
乃良の勢いのある立候補に、千尋は明らかな苦い顔をする。
それを面と向かって見つめるも、乃良はむしろ無邪気な笑みでそれと対峙した。
「大丈夫! 俺も流石に抱き着いたりはしないよ」
そう言って乃良は花子に手を差し出した。
「ほい。花子ちゃん、握手して!」
花子は差し出された手を見て、しばらくフリーズしていた。
しかし意味が分かったのか、花子はゆっくりと手を出していき、乃良の手を優しく握る。
「あっ! ほんとだ! 冷たい! なんか保冷剤みたいだね!」
「ちょっと。その例えやめてよ」
花子の体温が知れて満足したようで、乃良はさっさと手を放した。
他の部員達が花子について盛り上がる中、当の本人はぼーっと立ち尽くしていた。
すると何か思いついたように歩きだし、博士の目の前で足を止める。
「?」
博士はこちらをじっと見つめる花子を、不思議そうに見返した。
花子の奇行は今に始まった事ではないので慣れているが、その予想の範疇を超える行動には何度体験しても慣れる事は無い。
花子はそのまま博士の前に立ち、西園にやったように手を大きく広げた。
「「「「「「「!」」」」」」」
口を開かなくても分かる、「おいで」の合図だった。
一同はその光景に釘付けになり、次の博士の行動から目が離せなくなる。
「いや行かねぇよ」
「はぁ!?」
博士の淡々と吐かれた言葉に、千尋が口をこれでもかと歪ませながら反抗した。
「アンタなに花子ちゃんからのお誘い断ってんの!? ここはご要望にお応えして強く抱き締めるのが男の役目ってもんでしょ!?」
「知るか! なんで好きでもない女の事抱きしめなきゃいけないだよ!」
「花子ちゃんはアンタの事好きでしょ!」
「俺がこいつの事好きじゃねぇんだよ!」
いつまでも続きそうな言い争いに、斎藤達が「まぁまぁ」と二人を宥める。
そんな中、次に口を開いたのは乃良だった。
「抱き締めるのはともかく手だけでも繋いであげたら? 花子ちゃんの体温を知るのは、今後の幽霊研究に向けて役立つかもしれないだろ?」
乃良の理にかなった提案に、博士は開いていた口を閉じた。
そのまましばらく考え込むと、諦めたかの様に花子に右手を差し出した。
「?」
状況がよく解っていないようで、花子は首を傾げる。
「ほら、繋げよ。手」
どこか照れているのか、そっぽを向いて言う博士に、花子はじっとその手を見つめる。
すると、花子はその手に自分の右手を近づけ、きゅっと握った。
「だぁぁぁ! 違う!」
脇から見ていた千尋がそう声を上げ、博士は眉間に皺を寄せる。
「あ? 何だよ」
「そうじゃなくて! 逆! 花子ちゃん逆! それじゃあただの握手でしょ!」
千尋はそう言いながら、身振り手振りで花子に自分の思い描いている景色を伝えようとした。
慌ただしい千尋の言動から左手がどうというのを察し、花子は博士に左手を近づける。
博士も左手には気付いていたようで、花子の左手を自分の左手で覆った。
「ちっがぁぁぁぁう!」
またしても千尋の怒号が響き、思わず博士は肩を揺らしてしまう。
「何で両方の手で握手しあってるの! なに!? これからアルプス一万尺でもするつもり!?」
「いや知らねぇけど」
千尋の叫びにイマイチピンと来ていない二人に、千尋は歩み寄っていった。
そのまま強引に二人の手を引き離すと、博士の右手と花子の左手を持って、それをくっつかせた。
「よし! これでオッケー!」
千尋はそう言うと、満足そうにそこから離れていった。
無理矢理手を繋がされた二人は硬直し、何をすればいいのか解っていない様子である。
「……冷たいな」
「……そっか」
二人の感情の籠っていない会話に、何故か部員達の胸が打たれるのを感じた。
虫の音も消えた完全な静寂の中、手を繋いだ高校生二人。
そんな少女漫画の様な景色に、博士は一言弱々しい声でボソリと呟いた。
「……いや、ほんと冷たいな」
「え?」
博士の声色に違和感を覚えた千尋が、そう声を漏らす。
よく見てみれば、博士の表情から暖かい色は消えており、徐々に青が侵略してきていた。
「ちょっ、もう無理。凍傷になる。花子離して」
「そんなに!?」
千尋がそう言うも、博士の声の本気さを聞く限り、どうやら本当の事らしい。
なかなか離そうとしない花子に、博士は自分から離そうとする。
しかし花子の手には力が入れられており、簡単に離す事は出来なかった。
「ちょっ、花子、なんで。お願い離して」
大分冷えているのか博士の手には力が入っておらず、なかなか抜け出せないまま、二人の繋がれた手はピクピクと震えている。
いつまで経っても離そうとしない花子に、博士は遂に堪忍袋の緒を切った。
「いい加減離せよおらぁ! こっちは凍えすぎて指落ちそうなんだよ!」
そう叫んでみても花子の左手に力の気配は無い。
結局それから数分間、二人の手を繋ぐか離すかの乱闘は続いた。
その頃にはエアコンのフィルターはとっくに乾いていたのだが、その時の一同は暑さなど吹き飛んでいた。
見てるだけで暑くなってしまいそう……。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
夏休みの回を書くにあたって、この作品のメインカップルのラブコメ回を書こうと決めました。
そこで問題になったのは、何を題材にして書くか。
一話完結にしたいからどこか遊びに行く訳にはいかず、いつも通り部室でゴロゴロした回にしたい。
なかなか悩んだ結果、「花子って幽霊だから暑さ感じないんじゃね?」とふと思い、そこから花子の体温が無いという設定だけで一話作る事にしました。
結果として良い感じに二人がイチャイチャしてくれたんで助かりました。
しかし書いててふと思ったのですが、花子に体温が無いって気付くの遅すぎではないか……?
……まぁ、いっかww
さて、今年の初めから投稿しだしたマガオカですが、今回で今年最後の投稿となりました。
気持ちちょっと早いですが、皆さん良いお年を!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




