【005不思議】音楽室の伴奏者
本日の日程も幕を下ろし、オカルト研究部部室には部員達が集結していた。
部室は飾り付けがされていたりとパーティー仕様になっており、部室の中央にいる多々羅が咳払いをすると、嬉しそうに語りだした。
「えぇ、本日を持ちまして部活見学期間は終了し、めでたくお前らは正式にオカルト研究部に入部となりました!」
多々羅の声を合図に、部室は一斉に歓喜の拍手で包まれた。
新オカルト研究部員となった一年生達は横に整列しており、乃良と千尋は楽しそうに万歳をしている。
花子はいつも通りにぼーっとしており、その隣の博士は「めでたくない……、全っ然めでたくない……」と場違いな顔色で延々と呟いていた。
「これでお前らも晴れてオカルト研究部員だ! これからはその自覚を持って部活に励むように!」
「「はい!」」
「アンタ部長じゃねぇんだよな?」
博士のツッコミを余所に乃良と千尋が元気よく返事をすると、多々羅が話を切り替えた。
「つー訳で、お前らの入部記念に今日は三つ目の七不思議に会いに行くぞ!」
「本当ですか!」
千尋は目を宝石の様に輝かせながら多々羅を見つめる。
「本当だ。今日は月曜だしな」
「……月曜? 月曜じゃないと会えないんですか?」
多々羅の発言に疑問を思った博士は、青ざめた顔を元に戻して質問する。
「んー、まぁ、そういう訳じゃねぇんだけど、ざっくり言えばそういう事だ」
「七不思議ってシフト制なんですか?」
博士が冷静にそう訊くが、テンションの上がっている千尋が博士の質問を遮って多々羅に話しかけた。
「それで、今日会う七不思議ってのは何なんですか!?」
高揚しすぎて息が荒くなってる千尋に、多々羅はニヤッと笑って答えた。
「音楽室の伴奏者だ!」
「出た!」
千尋がテンションをトップギアまで上げると、斎藤が恐る恐ると盛り上がる二人に声をかける。
「でっ、でも……、あの人は……」
「良いんだよ、別に!」
多々羅が斎藤をそう言って払いのけると、今度は博士が水を差すような言葉を言ってのけた。
「で、音楽室の伴奏者って何なんですか?」
直後、さっきまで賑やかなムードだった部室が一瞬にして凍りつく。
「えっ、いや、名前的に何となくは解るんだけど……」
「アンタ、オカルト研究部の自覚あるの!?」
「無ぇよ!」
無知な博士に千尋は最高潮だったテンションを一気に落とすと、博士に対して音楽室の伴奏者について説明を始める。
「いい? 音楽室の伴奏者ってのはね……」
「いや、いいよ別に。説明しなくても」
「これはとある吹奏楽部員が……」
「いいって言ってんだろ!」
●○●○●○●
音楽室の伴奏者
これはとある吹奏楽部員が実際に体験した物語の記録である。
吹奏楽部の女子生徒が部室である音楽室に大事な楽器を忘れた時の話である。
少女は忘れ物を持ち帰る為に真夜中の学校へと忍び込み、音楽室へと歩いていった。
辺りに明かりは一切無く、人の気配も全く無かった。
真っ暗な学校に気味の悪くなった少女は、早く忘れ物を取って帰ろうと音楽室への足を少し早める。
そんな時、誰もいない筈の学校に突如淑やかな音楽が流れ出した。
吹奏楽部の少女にとって、その曲は聴き間違える筈の無い曲だった。
ベートーヴェンの『エリーゼのために』。
不気味な学校に響く曲に少女は酷い恐怖に襲われたが、恐怖はそれだけでは終わらない。
その音楽は、目的地である音楽室から聞こえてきたのだ。
少女は今すぐに家に帰りたくなったが、楽器を取り戻す為、意を決して音楽室へと向かった。
美しい音色が徐々に大きくなる中、とうとう音楽室の目の前へとやって来た。
少女は深呼吸をすると、決意してドアを音を立てて開いた。
すると、そこには――。
鍵盤蓋の開いたグランドピアノがあるだけで、人の気配など何一つ無かった。
少女はしばらくその場で固まっていたが、段々と恐怖が体を蝕んでいき、忘れ物を手に取ると少女は急いで音楽室を後にした。
その日から、学校ではこんな噂が流れ出した。
真夜中になると音楽室で綺麗なピアノの曲を演奏する、誰にも見る事が出来ない音楽室の伴奏者がいると……。
●○●○●○●
オカルト研究部員達が音楽室へと向かう道中、千尋の音楽室の伴奏者の怪談が幕を下ろした。
「なーんか、有りがちな話だな」
「何よ。文句あるっての?」
「俺がこんな胡散臭い部活に入部させられた時点で文句しかねぇよ」
怪談を聞き終えた博士がそう言うと、千尋は視線を斎藤の方へと向ける。
「でも、何で月曜日にしか会えないんですか?」
「普段は吹奏楽部とか合唱部とかが音楽室を使ってるからね。両部活が休みの月曜日にしか音楽室が空いてないんだよ」
斎藤の説明に千尋が「成程!」と納得していると、後ろを歩く博士が溜息を吐いた。
「こんなのの何が楽しいんだよ。つーか、誰にも見えないんだったら」
突如、博士の言葉を遮る形で廊下に綺麗な音楽が流れ出した。
ベートーヴェンの『エリーゼのために』である。
「きったぁぁぁぁ!」
「五月蠅い!」
淑やかな曲を塗り潰すかの様な大声で叫んだ千尋は、興奮冷めやらぬままに多々羅に問い掛ける。
「これ演奏してるのって!」
「あぁ、音楽室の伴奏者だ」
「はぁぁ! 早く会いたい!」
「だーかーらー!」
苛立ちを隠しきれない様子の博士は、ずっと思っていた疑問を口にした。
「誰にも見えないんなら、どうやってそいつと会うっていうんだよ」
「あ」
博士の言葉に今まで興奮のし過ぎで正常な思考が出来なかった千尋が我に返る。
しかし、多々羅はそんな博士の疑問を鼻で笑うと、曖昧な答えを返した。
「会えば解るよ」
「だから、どうやって会うんだって」
「着いたぞ」
多々羅はそう到着を報せると、音楽室の扉をゆっくりと開けていった。
その先に見えたのは――。
夕焼けの差し込む音楽室で、優雅にピアノを演奏するオレンジ髪の青年の姿であった。
「見えてるじゃねぇか!」
博士が大声でそう言うと、青年は博士達に気付いたようで、ピアノを奏でる手を止めぬままそちらに目を向ける。
博士達を見て微笑んだ青年は容姿も美しく、ピアノに優しく触れる指も綺麗なものであった。
「初めまして、小さな天使達。僕の名前はベートーヴェン。ピアノの神に愛された天性の伴奏者さ」
ベートーヴェンと名乗った青年の言葉に、一同は流れる美しい曲が耳に入ってこない程に思考を停止させる。
――……えっ、何この人? うっざ。
博士が心の中でそう思っていると、多々羅がベートーヴェンについて話し始めた。
「あいつはヴェン。さっきの通り、天性のナルシストだ」
「ハハッ、また君はそんな事を言うのか。本当に君は面白いな、タタラ君」
まるで他人事のように話すヴェンは、曲を奏でる手を止めずに話を続ける。
「しかし、今年は随分入ったんだね。可愛い天使達がずらりと……」
突然、ヴェンの指が硬直し、流れていた『エリーゼのために』が不自然な形で終わりを告げる。
「うわぁ!」
ヴェンはそのまま椅子から転げ落ち、凄い勢いで後ろへと這いずっていった。
急に起こった謎の出来事に博士達が首を傾げていると、ヴェンはさっきまでとはガラリと変わった態度で声を放った。
「タタラ君! 女子! 女子がいるよ!」
「そりゃいるだろ、普通に考えて」
慌てふためくヴェンとは正反対に冷静に受け答えする多々羅に、博士達は更に謎を深めていく。
そんな博士達を見計らって、斎藤がヴェンについて補足説明をした。
「ヴェンさんはね、極度の女性恐怖症で、女性が何よりも怖いらしいんだよ。昔は大の女好きだったらしいんだけど」
「なんだその濃いキャラ設定!」
博士がそう叫ぶと、斎藤が続いて怪談についても喋り出した。
「怪談もね、音楽室に来る女子生徒が怖くて逃げただけらしいよ」
「へたれか! つーか、女嫌いがカッコなんかつけんな!」
当の本人であるヴェンは半泣きの状態で、何とか言葉を紡ごうとする。
「うぅ、女性など悪の権化。まさに神に愛された僕を脅かす天敵、僕に対する神様の悪戯なのさ」
「こんな時でもカッコつけんのかよ!」
すると、今まで静寂を極めていた西園がヴェンの方へと歩み寄っていった。
「私はヴェンさんともっと仲良くなりたいんだけどなぁ」
「! にっ、西園さん! いたの!?」
「そりゃー勿論、オカルト研究部なんだし」
西園の笑顔に普通の男子なら顔を赤らめさせるだろうが、ヴェンは逆に顔を青くさせていた。
「そういえば西園先輩。この人が女嫌いって事知ってたんですよね?」
「勿論」
「じゃあ、何で来たんですか? 女性の西園先輩が来たらこの人怖がりますよね?」
ヴェンに対して指を差しながらの博士の質問に、西園は迷いなく答えた。
「だって、ヴェンさんのこの反応、面白いじゃない?」
「先輩、結構いい性格してますね」
博士の皮肉に気付いているのかいないのか、西園は「ありがと」と微笑む。
すると、多々羅は話題を一転させる為に口を開いた。
「よし! んじゃお前ら、自己紹介していけ」
「はーい!」
多々羅の言葉に千尋は元気よくそう返事すると、ヴェンに向かってマシンガンの様に自己紹介を撃っていった。
「オカルト研究部に入部しました一年E組石神千尋です! よろしくお願いします!」
「あぁ……うん……よろしくね」
勢いよく出された千尋の手を、ヴェンは顔を青ざめながら軽く無視する。
千尋は一瞬硬直すると、音楽室の隅っこでシクシクと涙を流し始めた。
博士が少しだけ千尋に同情していると、続けざまに乃良がヴェンの近くへとやって来た。
「俺は加藤乃良っす! こっちはハカセっす!」
「勝手に説明すんな! ……一年の箒屋博士です、よろしくお願いします」
「よろしく、乃良君、ハカセ君」
「うっぜーな、この人!」
キラキラなオーラを放ちながら話すヴェンに博士がそう言うが、ヴェンはそれを気にせずに多々羅に話しかける。
「これで新入部員は全員かい?」
「いや、もう一人いるぜ」
そう言って多々羅がとある方向に視線を向けると、ヴェンも続いてそちらへと視線を向ける。
そして、そこで衝撃の事実を目の当たりにした。
「! もしかして、花子ちゃん!?」
突然、名前を呼ばれた花子は変わらない無表情でヴェンを見つめる。
「えっ、何で制服着てるの!? もしかして、花子ちゃんも!?」
「あぁ、入学した」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
多々羅の口から発せられた事実に、ヴェンは心底驚いた様子で叫び声をあげた。
「何で!? 何で急に入学なんてしたの!?」
ヴェンの質問に花子の顔色は変わらなかったが、花子は歩き出して博士のもとへとやって来た。
「……ハカセの事が好きだから」
「! えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
花子の衝撃発言にヴェンは再び叫び声を発し、その叫び声は防音壁で出来ている音楽室を弾くかの様なものだった。
「何で!? 何で好きになったの!? よりによってこんな男子に!? きっと頭の中でカッコつけな事ばっか考えてるナルシスト野郎だよ!?」
「考えてねぇよ! アンタどの口でそれ言ってんだ!」
ヴェンの言葉に聞き捨てできなかった博士がそう叫ぶと、ヴェンは涙を滲ませながら話し出した。
「そっか……、花子ちゃんが恋を……、大人になったんだね……」
その姿は、まるで親離れする娘を嬉しく思いつつ、どこか悲しく感じる親の様だった。
「でも花子ちゃん、これだけは忘れないで。恋は誰にも止められないもの。神様にだってそれは出来ない。だから、自分で恋の指揮棒を握ってちゃんと演奏できるように」
「ハカセ、意味解る?」
「解らない」
「解ってよ!」
花子に決め台詞を遮られたヴェンに、博士は花子に親指を向けながら疑問に思っていた事を口にする。
「つーか、こいつは大丈夫なんすか? こいつだって辛うじて女な訳だし」
「辛うじてって……、まぁ、花子ちゃんとは長い付き合いだしね」
「それなら私も、もう知り合って二年経つんだけどなぁ」
西園の言葉にヴェンがギクリと肩を震わせると、追い打ちをかけるように多々羅が口を開いた。
「つーか、花子も入学したんだし、お前も入学しろよ」
「無っ、無理だよ! 学校には女子がたくさんいるんだし!」
顔に恐怖を滲ませながらそう言うヴェンに、多々羅達は笑顔でヴェンを追い詰めていく。
「良いじゃねぇかよー。入学しろよー」
「そうよー。入学しなよー」
「入学しちまいましょーよー!」
「ちょっと待って何で乃良君もいるの!?」
脅迫に新一年が参戦しているのに驚きつつ、ヴェンはとうとう追い詰められてしまった。
「うっ、うわぁぁぁ!」
ヴェンは震える声でそう叫ぶと、急に姿を消してしまった。
「!?」
突然の出来事に頭を悩ます新入部員達に、斎藤がヴェンについて再度説明を加える。
「ヴェンさんは花子さんと同じ幽霊で、自分の体を透明に出来る、所謂幽体化が出来るんだよ。怪談の時も幽体化して逃げたらしいよ」
斎藤がそう言い終えるが、博士達は未だに固まったままだった。
確かに今までのヴェンも普通じゃないと言えば普通じゃなかったのだが、非現実な事をサラリとやってのけたせいで、ヴェンが急に遠い存在になったと感じたのだ。
そんな状況の中、最初に口を開いたのは千尋だった。
「……すっ、すっごーい! 流石、七不思議!」
「面白ぇ! なぁ、ハカセ!」
千尋に続いて乃良がそう言うと、博士はワナワナと体を震わせる。
非常識な事が起こったというのに、どこかほんわかとして空気に腹が立ったのだ。
「あぁもう! どうなってんだよ、この学校はぁ!」
博士の張りつめた叫び声は、音楽室の防音壁に吸収されてしまい、校舎に響く事は無かった。
音楽室の伴奏者、ヴェン君の登場です。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
さて、今回は正式入部決定並びに七不思議のヴェン君登場回でした!
女性恐怖症なナルシストイケメン幽霊というなんともごちゃごちゃしたキャラになりましたが、どうでしょうか?
オカ研部員ではないので登場回数は少ないと思いますが、ちょくちょく登場させる予定なので、よろしくお願いします。
七不思議の初登場回という事で、毎回不思議にまつわる怪談を書いているのですが、これがなかなか難しい……。
七不思議の怪談は定番中の定番にするようにしているのですが、自分があんまりホラー映画とか得意じゃないからですかね……。
……じゃあなんでこんな題材にしたんだっていうww
ホラー映画が苦手なだけであって怖い話とかは普通に好きなんですよ!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!