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【049不思議】先生の夏休み

 大量に書類の置かれた職員室の中、無機質に散らかった紙束を扇風機が悠々と靡かせている。

 夏休みというにも関わらず、職員室には教師の姿がちらほら見えた。

 それぞれ課題の整理や部活の確認、他愛のない世間話などを行っている。

 そんな職員室で、エアコンが効いているにも関わらずに机に突っ伏している教師の姿があった。

 一年B組担任である、馬場先生である。

「何が夏休みだ……」

 誰にも聞こえないような死んだ声で、馬場はそう呟いた。

 折角の夏休みだというのに、教師には生徒と違って日夜遊べるような時間は無い。

 寧ろあるのは、溜まった提出物だけだ。

 溜まりに溜まった課題に目を向けながら、馬場は目を閉じて想い人を浮かべる。

「せめて楠岡先生に会えたらなぁ……」

「馬場先生?」

「!?」

 突如耳に飛び込んできた声に、馬場は慌てて飛び起きる。

 そこにいたのは、突っ伏していた馬場を訝しげな目で眺める楠岡の姿だった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫! というか……、聞いてました?」

「いえ、何か言ってたなとは思ったんですが」

 相手の名前を呼んだ独り言は聞かれてなかったと知り、取り敢えず胸を撫で下ろす。

「気を付けてくださいよ。いくら室内だからって熱中症には注意しないと」

「えぇ……」

 その会話の中で、馬場は楠岡の様子からこれからどこかへ行くのを察した。

「どこか行かれるんですか?」

「え? あぁ、ちょっと部活の方を覗こうかと」

「あぁ、成程」

 楠岡の顧問を務める部活、オカルト研究部。

 馬場が楠岡の目的地に納得していると、楠岡は思いついたように馬場に話を持ち出した。

「そうだ、馬場先生もご一緒にどうですか?」

「え?」

「いや、前に言ってたじゃないですか。部室に行きたいとか何とか」

 楠岡の提案があまりにも予想外だったのか、馬場の脳はフリーズしてしまう。

 ――え? 楠岡先生と一緒に……、え? 部活見学……、え?

 馬場が何とか頭を整理しようとしていると、楠岡は馬場の机に散らばった書類に目を向ける。

「あぁでも、忙しそうなら別に無理には」

「行きます!」

 そう言った馬場の眼鏡の奥の瞳には、さっきまでのだらりとした様子は一欠片も無かった。


●○●○●○●


 オカ研部室までの廊下、馬場は楠岡の隣で心を躍らせていた。

 ――まさか楠岡先生と一緒にどこかに行けるなんて! これじゃあデートみたいじゃない!? 学校内だけど! いやー今日学校に来た甲斐あったわー!

 言葉は心の中で思うものの、表情までは隠しきれず、最早満面の笑みを見せている。

「ほら、着きましたよ」

 馬場の心内一人劇場は楠岡の一言で打ち止めになり、目の前の部室へと向き直る。

 通い慣れた職場ではあるが、初めて訪れる場所だからか、馬場は少し緊張してしまっていた。

 そんな馬場の事を知らず、楠岡は部室のドアに手をかけ、勢いよく開いていった。

 そこで見えたのは――。

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 目隠しをしたまま、木の棒を持って走っている金髪の少年と、

「………」

 何も口を開かないまま突っ立っている長身長髪の高校生。

 金髪の少年はそのまま叫びながら、立ち尽くす高校生のもとへ走っていき、目を隠しているにも関わらず、その高校生の頭部へ木の棒を振りかざした。

「ていやぁ!」

 ――何これぇ――――!

 馬場のオカ研の第一印象は、不可思議な高校生による妙な歓迎だった。


「全く、お前らは何やってんだ」

 流石の楠岡も困った表情で現場を眺めてそう言うと、ようやく部員達が先生の到来に気が付いたようだ。

「あっ、先生」

「何って、スイカ割りの練習ですよ!」

「スイカ割り?」

「あれ練習するものでもねぇだろ」

 楠岡は呆れた様にそう言うと、部室内をふらつきながら辺りを見渡す。

「あれ、今日は多々羅のヤツいねぇのか」

「えぇ。今日は太田窪……、実家に帰ってます!」

「ん? あぁ、そうか」

「なんか用でしたか?」

「いや、珍しいなと思っただけだ」

 楠岡と生徒が楽しそうな会話をする中、空気に取り残されてしまった馬場は何も出来ずにただただその場に立ち尽くしている。

「あれ、馬場先生」

 そんな馬場に気付いたのは、馬場が担任する一年B組の生徒である博士だった。

「あっ、箒屋君」

「何で馬場先生がここに?」

「えっと……」

「オカ研に興味があるからって言って見に来てくださったんだ。お前ら、粗相の無いように」

「「「「「「「はーい」」」」」」」

 楠岡の紹介に若干引っかかりつつも、馬場は生徒達にぺこりと頭を下げる。

 顔を上げて生徒達の顔を見回した時、博士とは別にもう一人見知った顔を見つけた。

「馬場先生」

「零野さん」

 そこで馬場はハッと思い出した。

 そこにいる零野花子こそ、馬場が楠岡に想いを寄せている事を知っている唯一の存在だと。

――そうだ、忘れていた。何とかして零野さんを口止めしないと。零野さん! お願い! あの事は皆には内緒にしててね!

 馬場は花子を見つめる視線を強めて、そう心で訴えかける。

 しかし花子の目に生気は籠ってなく、いつも通りだらっとした目のままだ。

 ――……あっ、これ、忘れてるな。

 花子の目からそう直感した馬場は、嬉しいような悲しいような気持ちを抱いて、花子から視線を逸らす。

 そうこうしていると、畳スペースに行っていた楠岡から声が聞こえた。

「それじゃあ馬場先生、ゆっくりしていってください。飽きたらすぐに帰ってくださって構わないので」

「はぁ……」

 畳で横になって寛ぐ楠岡を見て、馬場は茫然としていた。

「あのぉ……、先生はこれからどうするんですか?」

「俺ですか? 俺はこれからここに置いてあった漫画でも読もうかと」

 そう言って楠岡は手にした少女漫画を馬場に見せつけた。

 顧問として何か活動をする楠岡を期待していた馬場は少し残念がりながらも、適当に傍にあった椅子に腰かけて、延々と話を続ける生徒達に目を向ける。

「遊ぶのもいいけど、こっちもちゃんと考えてね?」

「ちゃんと考えてますよ!」

「何やってんの?」

「海の計画立ててんの! 今度皆で一緒に行くって話したでしょ!?」

「あー、微かに覚えてる」

「スイカ持ってきましょ! んでスイカ割りしましょ!」

「スイカって結構高いよ?」

「あっ、スイカなら最近私のお祖母ちゃんが手作りで作って大量に送ってくれたからたくさんあるよ」

「おぉ! それじゃあスイカ割りできますね!」

「はい先生、よかったら」

「あっ、ありがとう」

「あぁ海楽しみ! 新しい水着買いに行かなくちゃ!」

「そうだね」

「花子ちゃんも一緒に行こ!」

「水着?」

「あっ! 俺も買いに行きたい!」

「なんでアンタと一緒に水着買いに行かなきゃいけないのよ!」

「俺勉強するんで行きません」

「「「却下」」」

「部活しなさいよ!」

 盛り上がっていた生徒達の会話だったが、そこに水を差すようにして馬場の怒鳴り声が響き渡った。

 今まで余程我慢していたのか、先程西園から貰った茶飲みを握りしめながら、立て続けに心に溜まった衝動を晴らしていく。

「アンタ達何の話してんのよ! そんな話LINEでも出来るじゃない! 今は部活中でしょ!? オカルト研究部として真面目に活動しなさいよ!」

 馬場がそう大声で言うも、生徒達の心には届いていないようだ。

 生徒達は顔を見合わせると、特に感情を表す事も無く、無機質に声を出していく。

「そう言われましても……」

「いつもこんな感じなんで」

「いつもこんな感じなの!?」

 生徒の言葉に驚きを隠せず馬場はそう言うと、話し相手を生徒から教師へと転向させた。

「楠岡先生! こんなんでいいんですか!?」

「おい! この漫画の持ち主誰だ!」

 馬場の話とは全く関係の無い話を持ち出した楠岡に、漫画の持ち主である千尋が反応する。

「えっ、私ですけど」

「この漫画の続き無ぇのか?」

「あっ、ちょっと待ってください。確かここら辺に……」

「先生!」

 生徒達と共に部室で寛ぐ楠岡の姿に、馬場は納得がいかないようで、頭を抱えてどうしたものかと悩み始めた。

 そんな馬場に、楠岡は漫画を手にしながら口を開いた。

「いいじゃないですか。こいつらがどこで何をしていようとこいつらの自由です」

 楠岡の話す言葉が自分に向けられてだと気付き、馬場は視線を落とす。

「でも……」

「俺は、羨ましいと思いますよ」

 楠岡から出た実体の無い言葉に、馬場はふと視線を楠岡に向けた。

 楠岡は畳から立ち上がっており、そこにいる生徒達を眺めている。

「こうやって、みんなで集まってバカできるような場所があって。俺が高校生の時は、そんな場所ありませんでしたから」

 楠岡の生徒達を見つめる目は、あまりにも優しかった。


「俺は、こいつらがここでバカやってるのを見ている時が、何よりも幸せなんすよ」


 そうはにかんだ楠岡に、馬場の心で何かが鳴いた気がした。

「それじゃあ、俺は他に用があるんでこれで。馬場先生はどうしますか?」

 そう尋ねられ、馬場はしばらく呆然としていた。

 答えを考えていたのではなく、あまりにも楠岡を眩しく感じたので。

「……もうちょっと、ここにいます」

 そうしたら、あなたの思っている事がちょっとでも解る気がするから。

「……そうですか。んじゃ石神、借りてくぞ」

「はーい」

 楠岡はそう言うと、少女漫画を手にしたまま部室を後にした。

 扉は楠岡によって閉められているのにも関わらず、馬場はその場でじっと楠岡の出て行った扉を見つめている。

 そんな馬場をじーっと見て、花子はポロリと言葉を漏らした。


「馬場先生は、楠岡先生の事が大好きなんだね」


「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 唐突に吐き出された暴露に、馬場を筆頭にした一同が一斉に目を真ん丸に開かせた。

 ふと気付いて馬場が他の生徒達に目を向けると、案の定そこには面白いものを見つけたと言わんばかりにこちらを見つめる生徒達の姿が見えた。

「へぇー、先生、楠岡先生の事が好きなんだぁ」

「あんな人が良いだなんて、先生も物好きですねぇ」

「いつ好きになったんですか? どんなところが好きなんですか? ねぇ先生ぇ。教えてくださいよぉ」

 ニヤニヤと笑みを隠し切れないまま尋ねてくる生徒達に、馬場は思わず表情を歪ませる。

 ――楠岡先生! 私、この子達を見ても幸せを感じられそうにありません!

 そんな悲痛の叫びも楠岡に届く筈は無く、からかってくる生徒達に囲まれ、馬場の目にはちょっぴり涙が浮かんだ。

夏休みって子供の特権なんでしょうね。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は久しぶりに先生メインの回でした。

夏休みの話をいくつか考えている時に、「先生って夏休みあんまないよなぁ」と思いながら、最近書けてなかったし書く事にしました。

先生じゃないんであんま詳しい事はしりませんが、結構忙しそうですよね。

というか先生の話、全然書けてないんすよねぇ……。

……今度ちゃんと書こ。


さて、今回ちょろっと書きましたが、多々羅は太田窪山、いわゆる実家に帰っていました。

これも夏に書きたかった描写で、ちゃんと家に帰ってますよーっていうのを皆さんに知っていただきたかったんです。

多分実家に帰っても親父と喧嘩ばっかだったんでしょうがww

そういう意味で、この回は僕にとってちょっぴり意味のある回となりました。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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