【046不思議】夜は短し蝉時雨
日付などとっくに越えたオカルト研究部夏合宿最終日、その男子部屋で多々羅が仁王立ちして堂々と声を張り上げた。
「さて、お前ら! 合宿の夜といえば何だ!」
そう張り上げた多々羅の声に、博士はうっと眉間に皺を寄せる。
「えぇ……、まだなんかするんですか?」
「当たり前だろ! もうこれで最後だぞ!?」
特になんの根拠にもなっていない多々羅の答えに、博士は納得のいっていない様子だ。
その博士を置いて、斎藤は真剣に多々羅の質問を考えていた。
「んー……、トランプとか?」
「違ぇよバーカ! そんなの一人でやっとけ!」
「ちょっと! 流石に一人トランプは淋しいよ!」
涙目になりながらそう言った斎藤だったが、その間で乃良が明るく答えを上げた。
「枕投げとか?」
「正解!」
ピンポーンと高らかに鳴りそうな程の清々しい正解に、乃良と多々羅は声を上げて盛り上がる。
「よし、んじゃ早速やるか!」
「いいですねぇ! やるからには負けませんよ!」
二人はそう言うと手の届くところにある枕を掴んでは投げ合い始めた。
そんな二人の激しい争いを前に斎藤は止めるべきかと慌てていたが、博士は耐え切れず溜息を漏らす。
「俺はやんねぇからな。大体枕投げに勝ち負けとかあんのかよ。俺はとっとと寝て家に帰るんだ」
博士の言葉の最中、博士の顔面に枕が飛び込んできた。
乃良と多々羅の厭らしい笑い声が聞こえる中、言葉は強制的に終了され、勢いよく飛びついた枕がゆっくりと博士の顔から剥がれ落ちる。
その先に見えた博士の表情は最早般若の形相だった。
「今投げた奴は誰だぁ!?」
「ハーイ! 俺でーす!」
「そこで待っとけ! 今からお前の穴という穴に枕の綿を詰め込んでやる!」
「ハカセ君!?」
斎藤がそう言うもその時には博士の耳に雑音なんかは入っておらず、ただただ男子部屋で暴れるだけの猛獣となってしまった。
目の前で起こる枕の戦争に、斎藤はどうする事も出来ず、その数分後には案の定巻き込まれるのであった。
●○●○●○●
「合宿の夜といえば何だと思います!?」
「眠れない」
「やっぱりトイレじゃないと寝られないのかな?」
同じく女子部屋にて放たれた既視感を覚える千尋の声は、自由奔放な二人によって跳ね返されてしまった。
見事なまでにスルーされた現実に、髪を下ろしている千尋は思わず声を荒げる。
「もー! ちゃんと聞いてくださいよー!」
「アハハ、ごめんごめん」
特別悪そびれた様子も無く呟く西園だったが、どうやら質問自体は聞いていたようで、そのまま話を続ける。
「んー、恋バナとか?」
「そう! 合宿の夜といったらやっぱり恋バナでしょ!」
高らかに謳い上げた千尋だったが、西園は疑問に思い千尋の顔を覗いた。
「でも、千尋ちゃんそんな話あるの?」
「嫌だなー、話をするのは私じゃないですよー」
千尋はそう言うと、目の前にいる女子二人へと厭らしい視線を向ける。
「だってここに、恋する乙女様が二人もいらっしゃるじゃないですかー!」
そう楽しそうに言う千尋だったが、西園は少し考え込むようにして天井を仰いだ。
「んー、私は相手が相手だからなー。千尋ちゃんが喜ぶような面白い話は無いよ?」
「えー! そうなんですか!?」
西園の答えに、千尋は隠すつもりもないまま残念がる。
俯いてしまった千尋に、代わりといってはなんだがと西園が楽しそうに話し出した。
「斎藤君が掃除中に、箒を持ったまま床に落ちてた雑巾を踏んで空中で一回転して、一瞬空飛ぶ魔法少女みたいになった話ならあるけど……、聞く?」
「いえ、遠慮しときます」
無表情で断られた斎藤の話題に、この事を知ったら本人はショックを受けるだろうなと西園は微笑んだ。
すると、今度は西園が目を輝かせながら隣にいる少女に口を開く。
「それより、私は花子ちゃんの話が聞きたいなぁ」
「?」
「あぁ! 私も聞きたい!」
その声に今まで意識が飛んでいた花子の元に、意識が舞い戻ってくる。
まだ状況が呑み込めていない様子の花子に、千尋が慣れた口調で説明を与えた。
「あれからハカセとなんかあった!?」
「………」
千尋の質問に、花子は頭の中で博士との思い出を検索する。
「……特に」
「えーそうなのー!? 残念」
余程楽しみにしていたのか、結局恋バナが聞けずに終わってしまった事に千尋は深く項垂れた。
そんな千尋だったが、その時花子の脳裏に最新の思い出が蘇る。
「あっ、でも」
花子が何か言おうとしている事に気付き、一斉に視線を向ける二人。
その視線に気付いていないまま、花子は先程の肝試しでの事を思い出していた。
「今日、頭叩かれた」
「はぁ!?」
花子の説明足らずの言葉に、千尋は思わず顔を顰めてそう声を上げる。
「確かにあいつはバカで眼鏡で最低野郎だとは思ってたけど、そんな事する奴だとは思わなかった!」
「んー、何かの手違いだとは思うんだけどなぁ」
「とても……」
「?」
花子がまだ何か言おうとしているのに気付き、西園はふと視線を向ける。
「とても……、優しかった。暖かかった」
花子の表情は相も変わらず無表情だったが、それはどこか恋する乙女の様に見えなくもなかった。
そんな花子の表情に嬉しく思い、西園は微笑みながら「そっか」と言葉を返した。
しかし、千尋は最早それどころではないようで、誤解に次ぐ誤解を重ねている。
「あいつただじゃおかないんだから! この手で成敗してくれる!」
西園の声も聞こえないままに、千尋はそう叫んで拳を握った。
その時、突如として女子部屋の扉が勢いよく開かれた。
何事かとそちらに目を向けると、男子部屋で暴れていた筈の男子達が勢揃いしていた。
やってきた男子を代表して、多々羅が楽しそうに提案する。
「たのもー! お前ら! 枕投げしようぜ!」
「する訳ねぇだろ! 相手女子だぞ!」
「ハカセ……」
「ん?」
部屋の中にいる髪を下ろした女子が千尋だと気付いた頃、千尋の鋭い目つきが博士の眼鏡の奥の瞳を捕えた。
「ここが貴様の死に場所だぁ!」
「何でだよ!」
千尋が博士目がけて枕を投げたのを合図に、女子部屋は一転、新たな戦場へと姿を変えた。
「こらハカセー! 大人しく死ねぇ!」
「嫌だよ! 誰かに殺される筋合いなんざ一つもねぇ!」
「食らえ! ジャイアントアタック!」
「ふっふっふ、そんな今付けたような名前の技じゃ俺は倒せませんよ!」
「斎藤君! 私と花子ちゃんを守って!」
「えっ!? ……うん! 任せて!」
目の前で繰り広げられるどこまでも騒がしい光景を、花子は瞬き一つせずに見つめていた。
時刻は既に四時を過ぎ、さっきまで真っ暗だった筈の空が、いつの間にか白んでいた。
●○●○●○●
日が完全に昇りきったオカルト研究部部室。
結局一睡もしないまま制服に着替えた部員達は、今日も今日とて箱型テレビの前でコントローラーを握りしめていた。
「やったー! 現在一位!」
「なっ! そんなの許さん! 俺が今から青甲羅引いてお前を最下位に引きずってやる!」
「今多々羅先輩が最下位ですけどね」
「五月蠅ぇ!」
「ここはちょっと減速して曲がった方が早いのか? いや、ここはスピードはそのまま三十度に入って一直線の方が」
「ハカセ君、もうちょっと楽しくゲームしたら?」
「何言ってるか解らない」
「そういえば花子ちゃんとちひろん、今日は補習無いんですか?」
「楠岡先生が今日だけ特別に免除してくれたらしいよ」
「へっへー! ざまぁみろ林太郎! 俺の前を走ってたのが運の尽きだったな!」
「いや、俺が前を走ってたんじゃなくて、アンタが後ろを走ってただけなんですけどね」
「五月蠅ぇな黙っとけこんにゃろー共!」
部室の畳スペースに置かれた箱型テレビに群がる高校生達の姿は、それはもう楽しそうの一言に尽きた。
窓から漏れる暑さと蝉の音にも気付かない程夢中になる中、オカルト研究部の夏合宿は騒がしく終わりを迎えていった。
オカ研夏合宿、無事終了!
ここまで読んで下さ有難うございます! 越谷さんです!
という事で実に長かった夏合宿編、いよいよ完結しました!
夏合宿編が始まる時にも言っていたと思いますが、この作品を書き始めたあたりから書きたかった話で、この作品もとうとうここまで来たのかと若干感動です!
今回の話は完全に、夏合宿編のまとめというような回ですね。
『夏合宿でもいつも通り』というのがコンセプトにありまして、夏合宿でもいつもと変わらないオカ研を書くようにしていました。
しかし肝試しとか枕投げとかローラの登場とか、夏合宿らしい感じの話も書けて、てんこ盛りな内容にできたんじゃないかなと思います。
さて! こうして夏合宿も終わり、作中では七月も終わり、リアルではもうすぐ今年も幕を閉じそうですが、まだまだ夏は終わりません!
次回も作中は夏まっただ中なので、これからも暑苦しいマガオカをよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




