【045不思議】畏れ! 夏の肝試し大会
多々羅と乃良が真夜中の中庭にて肝試しにやってくる獲物を待ち構える中、他の部員達は帰ってくる筈も無い二人の帰還を茫然と待っていた。
二人がここを出てから早十分、約束の時間だ。
「来ねぇなぁ……」
そう呟いてみる博士だったが、実際想定通りだった。
ただ完全に恐れきっている様子の斎藤はそんな考えなど過りもしていないようで、ただ体をブルブルと震わせている。
「どっ、どうしよう。一応十分経っても帰って来なかったら出発しろとは言ってたけど……、もうちょっと待ってみる?」
「いや、どれだけ待っても帰ってこないと思うよ」
「!?」
流暢に告げられた西園の返答が意外だったのか、斎藤は目を見開く。
「俺も同意見です」
西園の答えに博士も同意すると、斎藤は最早何を考えればいいか解らない様子だった。
「という事で、斎藤先輩達さっさと行っちゃってください」
「へぇ!?」
「こんな茶番さっさと終わらせたいんで」
怖がる斎藤に気をかける様子も無く発せられた博士の言葉に、斎藤は委縮する。
「そっ、それじゃあ、百舌君行く?」
「………」
斎藤にそう尋ねられると、百舌は黙ったまま本を閉じ、スタスタと歩いていった。
「あっ! ままっ待ってよ!」
先に立たれた斎藤はそう言って、早足になって百舌の元へと向かっていく。
そんな情けない先輩の背中を見ながら、博士はただ早くこの肝試しが終わる事を切に願っていた。
●○●○●○●
斎藤が百舌の腕をガッチリと掴み、震えながら歩く真夜中の中庭。
草木の茂みの中から、そんな二人の様子を仕掛け人である多々羅と乃良はクスクスと監視していた。
「ターゲットその一、優介・林太郎ペア。優介は筋金入りのビビリだからなぁ。打ち合わせ通り、作戦Cで十分だろ」
「了解です!」
乃良はそう言って多々羅に敬礼すると、そのポジションへと進んでいった。
そんな会話など知りもしない斎藤と林太郎は、そのまま中庭を歩き続けていた。
「よっ、夜の学校ってなんか不気味だね。百舌君! なんかあったら助けてね!」
「先輩、歩きづらいです」
斎藤の必死の叫びも百舌は一言でそう払いのけるも、斎藤は恐怖のあまりそんな声も聞こえていないようだ。
掴まれた腕から震えが伝わってきて、百舌もそれ以上何か言う事は無かった。
それからしばらくした時である。
斎藤の顔に何やら冷えた柔らかい感触が飛び込んできた。
「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
本能のままに斎藤は悲鳴を上げると、百舌の腕を掴む力を更に強くした。
必要以上に驚く斎藤に百舌も少し驚きながらも、斎藤の目の前のものへと焦点を合わせる。
「……大丈夫、こんにゃくが宙に浮いてるだけです」
百舌の言葉に斎藤は閉じがちになっていた目をゆっくりと開いていく。
斎藤の目の前には確かに真夜中の中庭にこんにゃくが浮かんでいるのが見てとれた。
「……いやなんでこんにゃくが浮いてるの!?」
頭がまだ混乱しているのか、当然の疑問点に今更気付き、斎藤はそう声を上げた。
もちろん、こんにゃくが独りでに浮いている筈が無く、乃良が影から釣竿でこんにゃくを吊っているだけである。
すると、こんにゃくは斎藤の眼前で縦横無尽に暴れ出した。
荒れ狂うこんにゃくの舞に、斎藤の恐怖の許容範囲は優に超え、とうとう限界を突破してしまった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
斎藤はそう言うと、百舌に捕まっていた手で万歳し、そのまま中庭の外のどこかへと走り出した。
「あっ」
走り出した斎藤を百舌が止めようとするも、その時は遠く離れた場所におり、今更声をかけても斎藤には届きそうにもない。
百舌はしばらくその場に止まり、頭を掻いてどうしようかと考えていると、諦めたように本を取り出し、木陰に座って本を読み始めた。
斎藤は目に届かない場所へと消えてしまったが、その時には既に百舌は本の虜になっていた。
●○●○●○●
十分後、斎藤達が帰ってこないのを合図に、二組目である千尋と西園が中庭に足を踏み入れた。
「たたた楽しいですねぇ、西園先輩!」
「千尋ちゃんって何だかんだ言って怖がりだよね」
「怖がりながら楽しんでるんです!」
中庭を歩く千尋は、隣の西園にべったりとくっついていた。
そんな千尋に西園は可笑しくて微笑むと、適当な雑談を交えながら歩いていく。
草木が不自然に揺れ動くのを、注意して観察しながら。
「!?」
歩き続けていると、千尋が左の方に何やら違和感を覚えた。
「いっ、今何か光りませんでした!?」
「えー、蛍かなんかじゃない?」
「そんな光じゃなかったですよ! ほらちゃんと見て!」
千尋が慌てて西園にそう言うも、西園は笑って視線を動かそうとしなかった。
確かに千尋は光を感じたのだが、西園のペースに乗せられ諦めたように視線を前へと戻す。
その時だ。
二人の目の前に、夜の中庭を悠々と泳ぐ火の玉が現れた。
「キャァァァァァァァァァァァ!」
千尋は耳を劈くような悲鳴を高らかに上げ、西園へと更に密接に近づく。
「先輩! 火の玉ですよ!」
「火の玉だね」
「何でそんな落ち着いてるんですか! 火の玉ですよ!? 死者の亡霊ですよ!?」
千尋が涙混じりにそう言うも、西園はいつもと変わらない飄々とした笑顔を浮かべるだけである。
火の玉の正体は多々羅がコットンを使って作った即席火の玉なのだが、一瞬目に入るその火は本物の霊魂のようにも見えた。
恐怖で体を震えさせる千尋に、西園はそっと笑いかける。
「どうする? ここでリタイアする?」
千尋を心配してかけた言葉だったが、千尋はブルブルと首を横に振った。
「そそそんな、こんな楽しい肝試し、やややめる訳なな無いじゃないですか」
「うん、ちょっと休憩しようか」
顔を真っ青にして言う千尋に、西園は半ば強引に千尋をベンチまで連れていった。
千尋もそれ以上何か言う事は無く、されるがままにベンチに腰を下ろした。
●○●○●○●
さっきまであれだけ賑やかだった待機場所は、今や博士と花子だけになっていた。
二人の間に会話は無く、やけに夏の虫の声が五月蠅く聞こえる。
「……そろそろだな」
スマホで時間を確認すると、博士はそう呟いた。
しかし花子は聞こえていないのか、特に反応する事無くぼーっと立ち尽くしている。
そんな花子に博士はじっと視線を向けた。
「……花子」
「?」
名前を呼ばれてようやく反応すると、博士は花子と向き合って話を始めた。
「今から言う事、よーく覚えとけよ」
●○●○●○●
肝試し大会もいよいよ終盤、中庭にとうとう最後の組が入ってきた。
淡々と中庭を歩いていく二人の影を確認すると、仕掛け人二人はヒソヒソと作戦を練り始める。
「最終ターゲット、ハカセ・花子ペア。この二人が一番厄介だ。なんせあいつらは感情というものが欠如してやがる」
「作戦Dで行きますか?」
「あぁ、それしかねぇな。よし、何が何でもあいつらから悲鳴を引き出させるぞ!」
「おぅ!」
二人はそう言うと、それぞれの場所へと準備に向かった。
正真正銘、これが最後の大仕掛けである。
仕掛け人の会話を余所に、博士と花子は淡々と中庭を歩いていた。
そこには話し声など一欠片もなく、仕事人という称号が似つかわしい程の貫録だった。
そんな二人の耳に、突如割と大きな音が飛び込んでくる。
バリンッ!
何かが割れたような音に、流石の二人も視線を音のした方へと向けた。
「何の音?」
「さぁ、皿でも割れたんじゃねぇか?」
――そうだよ! 皿割ってんだよ! ちったぁ驚けよ!
二人の冷静な会話に、皿を割った張本人である乃良は、そう心の中で声を大にして叫んでいた。
――畜生、この鉄仮面カップルめ! 流石に一筋縄じゃいかねぇな……。
乃良はそう心の中で呟くと、残った皿を持って最大速度で中庭を駆け回った。
バリンッ!
バリンッ!
バリバリンッ!
四方八方から聞こえてくる破壊音だったが、二人は特に気にする事も無く歩いている。
バリバリバリンッ!
「やかましい!」
――怒られた!?
破壊音の方へと向けられた博士の怒号に、驚かせる側の乃良が委縮してしまった。
博士は音がしなくなったのを確認すると、溜息を吐いて再び歩き出す。
すると目の前に、ある女性の人影が立っていた。
白い礼装を着ており、顔はボサボサの黒髪によりよく見る事が出来ない。
その女性は持っている皿を地面に放りながら、掠れた声を出していく。
「……お皿が一枚」
「もう隠す気無ぇな」
女性から発せられた野太い声は最早多々羅以外の何者でも無く、博士はそう冷静に指摘する。
しかし、多々羅自身はそれでやめる気は無いようで、そのまま皿を地面に捨てていった。
「二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、なにゃ枚」
「今噛んだな」
「八枚、九枚……」
途中博士の小さなヤジが飛んでくるも、多々羅は全ての皿を地面に捨て終えた。
「……あれ?」
多々羅はそう声を漏らすと、次第に体を巨大にさせていった。
大きくなっていく多々羅の体に、博士の表情は少し青ざめているようにも見える。
夏の夜を突くような巨人になると、多々羅はフィナーレと言わんばかりに博士に向かって声を上げた。
「一枚足りな」
「ハカセー、いたよー」
「!?」
多々羅の最後の決め台詞は、誰かによって憚られて終わってしまった。
声の被った方に目を向けると、そこにはいつの間にかいなくなっていた花子と、花子に乗っかられ捕まっている乃良の姿があった。
「おっ、でかした!」
「えっ、えーっと、どういう事? これ?」
花子の方へと歩み寄る博士に、捕まっている乃良は未だ状況が掴めていないようだ。
そんな乃良に、博士は視線を落としながらお望み通り説明を与える。
「どうせお前らがちゃちな悪戯してくる事は解ってたから、先に花子に頼んどいたんだよ。二人が脅かす事に夢中になっているうちに、花子は幽体化してどっちかを捕まえてくれってな。まぁあまり当てにはしてなかったんだけど、まさか本当に捕まえるとは」
「ハカセ、やったよ」
「あぁ、よくやった」
博士はそう言って、特に何も考えずに花子の頭にポンと手を置いた。
それから花子はしばらく硬直していたのだが、そんな花子に気付かず博士は視線を多々羅の方へと向け直す。
「さて、後はアンタなんだけど……」
しかし、さっきまでそこにいた筈の巨人はいつの間にやらどこかへと消えてしまった。
「あれいねぇ!」
博士がそう声を上げるも、多々羅のいた場所には黒髪のカツラが無惨に捨てられているだけだった。
●○●○●○●
中庭の茂みの中、多々羅は息を切らして走り回っていた。
もちろん、今まで散々恐ろしい目に合わせてきた部員達から逃げる為である。
「あれだけ驚かしてきたんだ。何されるか解ったもんじゃねぇ。まぁ、乃良には悪ぃが……、あいつは良い奴だったよ」
そう独り言を呟きながら、いよいよ中庭から出ようとする、その時だった。
「どこ行くの?」
「!?」
目の前に現れた人影に多々羅は思わず急停止した。
そこには微笑んでいる西園を筆頭に、残った他の部員達が顔を揃えていたのだ。
「まだ肝試しは終わってないでしょ?」
誰をも魅了する小悪魔な笑顔を浮かべる西園に、多々羅は相対して冷や汗を浮かべた。
●○●○●○●
時刻など関係無しに鳴り続ける夏の声の中、肝試しの犯人二人は博士達に囲まれながら正座させられていた。
「全く、時間の無駄だからこういうのやめてくれよ」
「でも結構楽しかったね」
「はい! めちゃくちゃ楽しかった!」
「楽しい訳あるか。こちとら早く帰って勉強したいんだ」
「勉強なんざ家でやれ! こんな楽しい思いをさせてくれた二人にお礼言いなさい!」
「何でこいつらに礼言わなきゃなんねぇんだよ!」
二人の激しい言い争いを正座しながら聞く中、「じゃあ何で捕まったんだろう」と思う多々羅と乃良だった。
「あれ、そういえば何か忘れてるような」
「えっ? 何か忘れてるっけ?」
そんな二人の会話を聞きながら、西園だけが息を漏らして笑った。
●○●○●○●
中庭から遠く離れた、逢魔ヶ刻高校の深い茂みの奥。
「あれ? ここどこ? みんなどこ行っちゃったの? 肝試しはどうなったの? おーいみんなー!? どこ行っちゃったのー!?」
茂みを一人彷徨う斎藤の声は誰にも届かないまま、結局皆と合流したのは、それから一時間程経った後だった。
夏の夜といったら花火と肝試しですよね!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
さて、今回は前回に続いての肝試し大会でした!
僕は例によって幽霊を信じていないので全然怖くなく、逆に肝試しやりたい!て人なんです。
幽霊を信じていないのなら楽しくないじゃないかと言われそうですが、怖がってる友達を見て楽しむのですよww
そこに関しては多々良達と一緒かもですが、あくまで参加者としていたいので。
こういうお化け屋敷みたいなのは斎藤と千尋が群を抜いて苦手ですね。
千尋は怖がりながら楽しんでますが。
しかし今回は罠が見え見えだったから良かったものの、本当だったらあの人も平気なんでしょうか……。
さて、長かった夏合宿編も次回でいよいよ最終回!
最後まであわただしい夏合宿編をどうかよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




