【044不思議】ほんとにあった(ら)怖い話
きっかけは親友からの謝罪だった。
――すまん! 俺、あいつに追われてたんだけど、違う誰かを教えたら逃がしてくれるって言うもんだから、俺怖くてお前の事教えちまった! 許してくれぇ!
涙を流しながら服を掴んでそう謝る親友に、A太は訳が解らなかった。
一体誰に追われてたのか、そう訊いてみても親友は何も答えようとしたがらない。
どうせ親友の被害妄想だろうと、A太は自己解決し、親友のみっともなく許しを請う姿をやめさせた。
それから数日が経った日の事である。
A太のところに、一通のメールが届いた。
――どうも、メリーでございます。
随分と改まった文章に、A太は迷惑メールだと悟り、そのままメールをごみ箱へ捨てた。
しかしその迷惑メールは、どれだけ経ってもやってくる。
――どうも、メリーでございます。
――どうも、メリーでございます。
――どうも、メリーでございます。
全く同じ、一言一句違わぬ同じ文章。
一週間、一日、一時間、メールが送られる頻度が日に日に早くなっていき、A太も流石に気味が悪くなってきた。
誰かに相談しようと携帯を弄っている時、メールが着いた事を報せる音が鳴り響く。
恐る恐る覗くと、予想通りメリーからのメールだった。
しかし、その文章はいつものものとは違う。
――どうも、メリーでございます。今、A太様のご自宅の前に来ております。
その文章を見た時、背筋が凍っていくのが解った。
A太はすぐに視線を画面から家の扉に向け、携帯を持ったままゆっくりと扉に近付く。
扉の覗き窓にそっと目を覗かせると、A太はその目を見開いた。
扉の先には、嫌に笑っているヤツの姿があった。
――どうも! 家庭教師のメリーでございます!
●○●○●○●
「ギャァァァァァァァァァァァ!」
「ただの家庭教師の営業じゃねぇか!」
窓の外が真っ暗に映る部室で、部屋着に着替えたオカ研部員達が畳スペースに集まって、微かな明かりの下、話をしていた。
千尋の断末魔が轟く中、博士はさっきまで話を披露していた多々羅に指を差す。
「何が怖い話だよ! 家庭教師の営業話をそれっぽく話してるだけじゃねぇか!」
「でも怖かったろ?」
「全く!」
今晩は真夏の怖い話大会という事らしく、頼りない明かりを部員達が囲んでいる。
暢気に話す多々羅を博士が払いのけるも、多々羅はそのままの調子でとある人物に向かって手を促した。
「でも、千尋はこんなにも震えてるぜ?」
「勉強怖い勉強怖い勉強怖い勉強怖い」
「そいつはただ単純に勉強に恐怖心抱いてるだけだ!」
千尋は昼の補習を思い出してか、身を縮ませてブルブルと震えており、それを西園が優しく介抱している。
そんな一連の流れを一通り笑った乃良が、呼吸を整えながら口を開く。
「でもこういうのってちひろんが得意そうだよね」
「確かに」
乃良の言葉に西園もそう乗ると、千尋は「え?」と言葉を漏らした。
「ねぇちひろん! なんか怖い話してよ!」
乃良の爛々とした目の輝きに博士は少し嫌な予感がしたが、千尋はそんな事も知らずにさっきまで縮まっていた体を大きく伸ばす。
「よーし! それじゃあとっておきのを話してあげよう!」
「よっ! 待ってました!」
完全復活した千尋に、博士は思わず溜息を吐く。
「『呪いの人形』とかどう!?」
「おぅ! なんか怖そう!」
「どんな話なの?」
「何でもいいけど早く終わらせろよ」
博士の確かな冷たい呟きもテンションの上がった千尋達には届かず、千尋はそのまま怪談へと話を滑らせていった。
「この話の主人公であるB子には、いつも一緒にいるC美という親友がいました」
●○●○●○●
その日もB子とC美は一緒に帰り道を歩いていた。
いつも通りの他愛無い帰り道かと思われたが、B子の視線の先にふとあるものが目についた。
C美がこちらに向けて何か言っているのが聞こえるも、B子はひたすらにそのものの方へと目指していく。
そのものとはゴミ捨て場に無惨に捨てられた、ちっちゃな人形だった。
その人形自体、どこにでも売っているようなみすぼらしい人形だったが、B子はその人形に引き寄せられるのを感じた。
結局B子はその人形を持って帰る事にした。
その翌日の事である。
今までずっと失くしていたと思っていた、小さい頃大切にしていたスケッチブックが急に見つかったのだ。
その他にも鉛筆、本、教科書など、今まで失くしていた物が次々とB子の元に帰ってきたのである。
それと同時ぐらいに教室では、ある噂が囁かれていた。
持ち主が今まで失くしていた物を探して見つけてくれる、『幸せの人形』があると。
――絶対その人形だって!
話を全て聞いたC美は面白そうに笑顔を見せた。
B子はこういう噂話はあまり好きではなかったが、C美は大好物だった。
――ねぇ! 私にもその人形貸してよ!
C美はそう言って、B子の鞄にぶら下がる人形を指差す。
特に勿体ぶる意味も無く、B子は鞄から人形を取り外し、その人形をC美に渡そうとした。
そう、渡そうとしたのだ。
しかし、直前にC美の体はどこからか走ってきたトラックに正面衝突し、どこかへと吹き飛ばされてしまった。
――……え?
訳が解らなかった。
さっきまで確かにそこにいたC美は、今や遥か彼方で人とは思えない容姿で地面に這い蹲っている。
B子は目の前の嘘みたいな現実についていけず、ただその場で一歩も動けずにいた。
教室で囁かれていた噂には、実は続きがあったらしい。
持ち主が今まで失くしていた物を探して見つけてくれる、『幸せの人形』。
しかしそれは、失くし物を見つけてきた分、持ち主の大切なものを奪う『呪いの人形』でもあると――。
●○●○●○●
「「「「「「「………」」」」」」」
千尋の怪談が終了したというにも関わらず、部員達は何も言えずに固まっていた。
数秒経って違和感に気付いた千尋は、すぐに部員達の反応を確認する。
「……え? どうした?」
「いや、なんっつーか……。想像以上に怖かったなぁって」
まだ真面に声を出せていない乃良を筆頭に、他の部員達も感想を口々に言っていく。
「おぅ。背筋凍ったわ」
「流石千尋ちゃんだね」
「ぼっ、僕、怖すぎてトイレ行きたくなってきたよ……」
「先輩さっきもトイレ行ったでしょ」
乃良達の感想に満足したのか、千尋はご満悦といった様子だった。
しかし、千尋の怪談に納得していない部員が一人だけいた。
「いや、まぐれだろ」
今の空気に水を差すような言葉に、千尋達は一斉に視線を向ける。
その視線に負けじと、言葉を発した博士は自分の意見を並べ立てていった。
「別に人形関係無ぇじゃん。ただ人形拾った後に偶然失くし物がよく見つかって、偶然C美が事故死しただけだろ?」
「それだけ偶然が重なったらもうそれは必然でしょ!?」
「どんな理論だ! そもそも俺が一番疑問に思ったのは、B子失くし物多すぎだろってとこだよ!」
「どこに注目してんの!」
いつも通りの博士と千尋の口論に、千尋は博士に向かってバッと指を立てた。
「そこまで言うんだったら、今度はハカセが怖い話してみせてよ!」
「あぁ!? いいじゃねぇか! 上等だ!」
思った以上に挑発に乗った博士に、乃良達は心配そうな目を向ける。
「いや……、お前怖い話できんの?」
「当たり前だろ。んなもん簡単だわ」
「やめとけって。怖くもなく、面白くもなく、そこに生まれるのはただの無だ」
「お前ら俺の事見くびりすぎだろ!」
そう心配する乃良達の声を博士は掻き消すと、そのまま声色を変えてゆっくりと話し始める。
「……昔々」
「もう怖くないもんな」
「あるところに人のあまりいない、乾いた集落がありました」
●○●○●○●
その集落では疫病が蔓延し、ただでさえ少ない住民が毎年病気で命を落としていった。
この時代には今よりも大した医学も無く、疫病を防ぐ治療法など存在しなかった。
そんな中、住民達はいる筈もない神に縋るようになった。
毎月十日、家畜で飼っていた鶏の内臓を取り出し、その内臓を井戸に落として供える事で、疫病が止まる事を信じていた。
勿論、そんな事をしたところで疫病が止む事は無い。
それでも住人達は毎月凝りもせずに、鶏を殺しては内臓を井戸に落としていた。
そんな時である。
今まで大した事件の起きなかった集落で、殺人事件が起きた。
どうやら殺されたのは集落の若者で、死体の腹には刃物で大きく切りつけられた痕があり、中からは内臓が飛び出していたらしい。
その後も二回、三回と殺人が起き、同様に内臓が零れ落ちていた。
とある集落の若者に話を聞いたところによると、その若者はこの一連の事件の犯人と思われる人影を見たらしい。
月明かりしかない集落で、一際輝く包丁を持った男がとある家へ忍び込んでいき、数分後、家の中からは悲鳴が聞こえてきたと言う。
その殺人犯の正体を訊くと、若者は体をブルブルと震わせ始めた。
若者も自分が見たその正体に信じられないらしい。
何せその殺人犯は――。
首から上が、今まで何羽も生贄にしてきた鶏と同じだったと言うのだから。
●○●○●○●
「「「「「「「………」」」」」」」
博士がそれ以上喋らないのを見て、これで怪談は終わったのだろう。
驚きからか少し固まっている部員達は、段々と解れてきた口元で少しずつ感想を口にする。
「なんか……、普通に怖かったな」
「ハカセの事だから、もっと科学的な話かと思ったけど」
「でもさらっと神の存在否定してたよね?」
それぞれの感想に耳を傾ける気は無いようで、博士はそのまま自分勝手に口を開いた。
「ちなみに殺人犯の正体は、集落の養鶏をやっていた男性で、死んだ鶏の羽根で自作でヘルメットを作ったってオチだ」
「言うなよそういう事!」
「鶏の怨念とかでいいじゃねぇかよ!」
「いい訳無ぇだろ! そんなのオカルト話になっちまうじゃねぇか!」
「それでいいんだよ!」
あくまでオカルトを否定する博士に乃良達はそう抗議をしたが、博士に訂正する気は無さそうだ。
博士達がそんな議論をする中、多々羅は一人窓の外を眺めていた。
「……んじゃ、そろそろ行くか」
「? 行くってどこに?」
当然の質問内容に、多々羅はニヤリと笑うと窓の外を親指で指差して、堂々と答えた。
「外だよ!」
●○●○●○●
「第……四十九回くらい!」
「数えてねぇなら言うな」
「オカ研夏の肝試し大会ー!」
「「「いぇ――い!」」」
真夜中の校舎の外で多々羅がそうタイトルコールをすると、他の部員達も楽しそうに声を上げた。
歓声が止むのを待つと、多々羅は部員達に向かってルール説明を始める。
「ルールは簡単! 今から二人一組のグループに分けて、一組ずつここから出発し、中庭を通ってここまで戻ってくる! もし前の組が帰って来なかったら十分毎に出発する! 以上! 質問ある奴!」
多々羅の楽しそうな声の中、博士がのっそり手を上げる。
「棄権したいんですが」
「それじゃあ早速組分けしよう!」
博士の要請に多々羅は振り向きもせず、組分けようのくじ箱を用意する。
一人一人が箱からくじを引いていき、組と出発する順番が振り分けられた。
一番、乃良・多々羅ペア。
「頑張りましょうね! タタラ先輩!」
「おぅ! そうだな!」
二番、斎藤・花子ペア。
「ははは花子ちゃん! よよよろしくね!」
「ハカセと一緒がいい」
三番、千尋・西園ペア。
「やったー! 私肝試し大好きなんですよ!」
「うふふ、楽しみだね」
四番、博士・百舌ペア。
「うわー、面倒臭っ。さっさと終わらせましょ」
「………」
組分けが終了した後、花子が多々羅の元に向かって歩いていった。
「タタラ」
「ん?」
「優介嫌」
「花子ちゃん!?」
「ハカセがいい」
花子の後ろで斎藤が心の底から落ち込んでいる事には気付いていないようだ。
そんな花子の提案を聞いていた博士も、その会話へと入っていく。
「花子、もう決まった事に口出しても仕方ねぇだ」
「いいぞ」
「いいの!?」
予想外だった多々羅の返事に、思わず博士はそう声を上げてしまう。
「百舌もいいだろ?」
「別に構いませんけど」
「んじゃ、花子はハカセと一緒に最後に来い。解ったな?」
「解った」
「ちょっと待て俺が嫌なんだけど! じゃあさっきのくじの意味無かったじゃねぇか!」
「つべこべ五月蠅ぇなぁ」
ダラダラと文句を吐き続ける博士を多々羅はそう言って避けると、乃良の隣まで歩いていった。
「んじゃ、俺達そろそろ行くから! 十分経っても俺達が帰って来なかったら、次の奴も来いよ!」
「じゃあねー!」
そう言って無邪気に笑いながら多々羅と乃良は歩いていき、夜の闇へと消えていった。
そんな二人の消え行く背中を見届けると、博士は大きな溜息を吐く。
「なーんか、嫌な予感がするんだよなぁ」
「?」
そんな博士を、二人に小さく手を振っていた花子は首を傾げて見つめていた。
●○●○●○●
木や草が鬱蒼と茂る中庭で、帰ってくる筈の多々羅と乃良は何やら準備をしていた。
まるで何も事情を知らない誰かに説明するように、二人が口を開く。
「へっへっへ、バカな奴らめ! 実はこの肝試し、俺と乃良でずっと前から計画していたのさ!」
「最初のくじ引きで俺達が最初になるように仕組み、十分経っても帰ってこない俺達に他の人達はゾロゾロと中庭にやってくる。そこで俺達は来た人達を驚かす!」
それは正しく、博士が想像していた『悪い予感』であった。
「これが本当の『オカ研夏の肝試し大会』、開幕だー!」
真っ暗な夜の中、二人の下卑た笑い声が本当の肝試し大会開始の合図として響き渡った。
夏といえばやっぱり怪談でしょ!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回は『オカ研×夏』といえば書かずにはいられない、怪談回でした!
僕はこういう話は得意な方で、考えるのも好きなので、前からずっと書きたいとは思ってました。
なので張り切って三つも書いてしましました!
しかし、好きと得意は必ずしも比例する訳ではなく、全然怖くありませんでしたねww
まぁ前提に、ギャグ小説としてツッコミどころを作るっていうのがあったんですけど。
もっと勉強します。
さて、次回も夏の定番イベント、肝試し!
多々羅と乃良が何やら悪だくみしていますが、果たしてオカ研部員の運命は如何に……!?
段々と終盤に差し掛かってきた夏合宿編、最後まで楽しんでいただけると幸いです!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




