【040不思議】夏合宿 in the high school
空は快晴、気温にやられてゾンビと化した人間達を太陽が燦々と見下ろす中、耳には気も滅入るような蝉の大合唱が劈いていた。
今日はオカルト研究部、夏の合宿の記念すべき初日である。
部員達が荷物を持って合宿所に集まる中、博士も二泊三日の荷物を詰めたキャリーバッグを引いてやってきた。
「あっ、ハカセ」
「ん? あっ、ほんとだ! おーい、ハカセー! 遅ぇぞー!」
花子と乃良が博士に向かってそう言うも、博士はペースを変える事無くゆっくりと歩いていく。
「よし、これで全員集合だね。それじゃあ中入ろうか」
「天気良いなー! 昨日てるてる坊主作った甲斐があった!」
「遠足か! あっ、私お菓子持ってきたよ! 食べる?」
「遠足か!」
部員達は合宿を前に心を躍らせながら、施設の中へと入ろうとしていた。
しかし、心躍る部員達とは裏腹に、博士の顔は歪んでいた。
「……いや」
それはこれからの夏合宿に対する嫌悪からか。
焦げてしまいそうな程の日差しからか。
それとも、目の前に広がる合宿所の全貌からか。
「ここ学校じゃねぇか!」
数日前に終業式を行ったばかりの学校を見ながら高らかに叫ぶ博士を、他の部員達は切り捨てるかのようにほったらかし、学校へと入っていった。
●○●○●○●
「校舎の裏に寄宿舎があってね、そこである程度の生活が出来るようになってるんだ。夏休みになると、野球部やサッカー部がそこで合宿して、僕らは運動部達が使わない期間を毎年合宿に使わせてもらってるんだよ」
寄宿舎への道のり、斎藤が初めての合宿である一年生達にそう説明をしていた。
乃良と千尋はそんな事より気分が舞い上がっているようだったが、博士は未だ納得のいっていない様子である。
「……そういう事なら先に言っといてくださいよ」
「ごめんね。言うの忘れてて」
「それ、大輔さんが来た時も言ってましたよね。今度から思ったら忘れないうちに言ってください」
「うっ、うん……。頑張る」
後輩からのダメ出しに、斎藤の背中は見る見るうちに力を無くしていった。
「あっ、あれですか!?」
突如耳に飛び込んできた千尋の声に、一同はそちらへ振り向く。
目に映った校舎の裏には、今まで気付きもしなかった小振りな寄宿舎が建てられていた。
そこの入り口らしき部分には人影が見え、こちらに手を振っているようだ。
「楠岡先生!」
人影の正体は部顧問である楠岡で、部員達は楠岡に向かって歩いていく。
「おぅ、来たな。今日から夏合宿だ。俺も一応一緒に泊まるけど、まぁ、口出しはしねぇから、いねぇもんだと思ってやってくれ」
「顧問として成り立ってんのかよそれ」
「あとこの学校、何か色々と出るらしいから気をつけろよ」
「出るっていうかもう隣にいるんだけどな」
博士が自分の事について言っていると気付いていないのか、花子は首を傾げている。
そんな生徒達の言葉も、大人の対応なのか全く反応する様子は無い。
「荷物は自分で部屋に持っていけ。後はまぁ、お前らの好きなようにすればいいさ」
楠岡がそう言うと、一同はそれぞれが持ってきていた荷物を一斉に手放していった。
身軽となった千尋は、まだ興奮が冷めきっていないようで、息を荒らしながら多々羅に話しかける。
「それで! これからどうするんですか!?」
「ん? まぁ、取り敢えず部室行ってゲームするか!」
「ほんといつもとやってる事変わんねぇよな」
「いいじゃん別に! 楽しければ全て良し!」
千尋はそう言い切ると、強引に花子の手を取って歩き出した。
「ほら! 花子ちゃんも行くよ!」
「えっ」
「それじゃあ部室に向かって出発進行!」
「ちょっと待て」
そう楽しそうに出発した千尋と花子の肩に突如手が置かれ、千尋と花子は急停止する。
千尋が何事かと振り返ると、そこには楠岡の顔があった。
「お前らは補習な」
その言葉に、千尋は段々と忘れていた現実を思い出していき、暑さからか恐れからか、毛穴から汗がダラダラと溢れ出した。
何か行動に移す前に楠岡が千尋と花子の襟を捕え、そのまま引きずっていった。
「待って! 嫌だ! 私補習行きたくない! 皆と一緒に遊びたい!」
「ハカセー、またねー」
泣いて逃げようとする千尋だったが、花子は無表情で博士に手を振っている。
妙な温度差のある二人を楠岡は黙って引っ張っていき、とうとう見えなくなってしまった。
合宿開始早々起こった展開に、残った部員六人はどうしていいのか固まっている。
「……部室行くか」
「……そうだね」
二人の引きずられる姿を頭の片隅に追いやりながら、一同は部室を目指して歩き出した。
●○●○●○●
一同は部室棟を歩いていき、いつもの部室へと辿り着いた。
部室には最早実家のような安心感があり、博士は疲れが溜まっていたのか、茶飲みに茶を注いでから椅子に腰を下ろす。
しかし、乃良は尻尾でも振っているかのように口を開いた。
「それで! 何やりますか!?」
「そうだな、取り敢えず……」
多々羅はそう言うと、色んな道具が敷き詰められた棚へとスタスタと歩いていった。
「テレビ出すか」
「「テレビ!?」」
多々羅の口から飛び出してきた衝撃的な単語に、博士と乃良は思わず声を揃えて復唱していた。
博士は茶を吹きかけた口を慌てて吹くと、言葉の真意を要求する。
「えっ、この部室テレビもあるんすか!?」
「うん、普段は棚の奥に埋まってるんだけどね。合宿の時だけ棚から取り出して皆でゲームするんだよ」
「つっても昭和のドラマとかに出てくるようなオンボロの箱型テレビだけどなぁ」
未だ信じられないというような顔をする博士。
そんな博士に背を向けたまま、先輩達はテレビの準備を進めていた。
「おい優介! テレビどこ片付けたっけ!?」
「えぇ、確かこっちだったと思うけど……。あっ、西園さん! 畳のところ、テレビ置けるよう準備してくれる?」
「了解ー」
「あったあった。百舌君ー! テレビ出すから手伝ってー!」
先輩達が総動員でゲームの準備を進める中、後輩男子二人は何もする事が出来ず、ただ現場を眺めていた。
そんな二人に多々羅の声が降り注がれる。
「おいお前ら! 何のゲームがやりたいか決めとけ! 機種はWiiな!」
「Wiiって古いな。……まぁ、あるだけすごいか」
「ハイハイ! 俺スマブラやりたい! あとスプラとモンハンと、あっ桃太郎鉄道も!」
「著作権大丈夫かこれ!?」
「あっ、でもうちマリカしかねぇからそれしかできねぇわ」
「「じゃあ何で訊いたんだよ!」」
二人の声が再び揃った時には箱型テレビが畳の机にドンと構えており、機種はゆっくりとそのカセットを飲み込んでいった。
●○●○●○●
軽快な音楽がテレビから聞こえ、画面にはハンドルを握ったレーサーが開始の合図はまだかと待ち構えていた。
テレビの前には畳に座り込む四人の出場者が、それぞれ意気込みを語っている。
「よっしゃー! 絶対一位とってやるぜ!」
「なんか久しぶりだから緊張するなー」
「うわっ! 懐かしい! このコースよくやったなぁ!」
「俺このゲームやんの初めてなんだけど」
「「「「えっ!?」」」」
「えっ……、そんなにおかしい?」
博士の告白に一同は驚きのあまり博士に目を向け、その視線に博士も思わず委縮する。
ハンドルを握るのは博士、乃良、西園、多々羅で、間もなく始まるであろうレースへの緊張からか、どこか固くなっているように思えた。
画面の中の明かりが灯り、レース開始へ向けてブザーが鳴り出した。
「えっ、ちょっ、これどうすればいいの!?」
「アクセル! アクセル押して!」
「どれがアクセルか解んねぇんだよ! このボタンか!?」
博士が混乱してボタンを押していると、いよいよ開始のブザーが鳴り響き、レーサーはそれぞれ勢いよくアクセルを踏みだした。
しかし、博士の操る赤帽子はブザーと同時に爆発し、黒煙を噴き出してしまった。
「はぁ!? おい! 爆発したぞ! このゲーム爆発とかすんの!?」
「タイミング間違えると爆発しちゃうの! 早く出発しないと追いつけなくなっちゃうよ!」
後ろからの斎藤の声援を受け、博士は一足遅れてスタートを決める。
別の画面を見てみると、そこでは一位を狙うデッドヒートが繰り広げられていた。
乃良操る緑帽子と、多々羅操る亀の様な怪物である。
「ちょっと先輩邪魔ですって! さっさとどいてくださいよ!」
「どくわけねぇだろ! お前もとっとと地獄に落ちやがれ!」
激しい罵り合いの中、レースでも二人のカートが激しくぶつかりあっていた。
「このぅ……、あっ! プレデター!」
「えっ!?」
乃良の声に思わず多々羅は画面から目を離し、窓の外へ向けてプレデターを探し出した。
しかし、窓の向こう側にプレデターらしき影はどこにも見当たらない。
その間に乃良は多々羅のカートに勢いよくタックルし、多々羅を画面外に落としてみせた。
「あっ! この野郎ズルいぞテメェ!」
「へっへー、これが頭脳プレイっていうヤツだよ!」
「いや、今の引っかかる方がおかしくない!? 何でこの学校にプレデターがいるの!?」
「これで球技大会の借りは返しましたよ!」
「まだ根に持ってたんだあれ!?」
斎藤が怒涛に声を張り上げていくが、レースに夢中になっている四人は誰も反応しない。
「よーし、これで単独トップに」
乃良の台詞を遮るかのように、乃良のカートに赤甲羅が突進してきた。
「痛っ!」
ぶつけられた衝撃で一回転してる中、西園操る姫のカートが颯爽と単独トップの座を奪い去っていった。
「うわっ! ミキティ先輩ズリィ! 上位争いをちょっと後ろで見てて、一人になった途端甲羅ぶつけてきやがった!」
「うふふ」
乃良の暴言すらも西園は嬉しそうに微笑み、無駄の無いハンドル捌きを続けていく。
一方、一位の座を失った多々羅は、レースを再開しようと地面に降り立った。
「くっそー! 覚えてろよ! すぐに追いついてやるか」
多々羅の台詞を遮るかのように、多々羅のカートに黒いロケットが直撃した。
博士の操る赤帽子である。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おいハカセ! 何してくれるんだよ!」
「知るかよ! 運転きかねぇんだよ!」
多々羅の声も、博士は慣れない動きでハンドルをグルグル回しながらそう返した。
「くっそ! 地獄の果てまで追いかけてやる!」
「ミキティ先輩上手っ! 全然距離が縮まらない!」
「ふふっ、私を追い越せるかな?」
「ねぇねぇ! このレース最下位の人、次僕と交代ね!」
「わっ! 何だこのバナナ! ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てろっつーの!」
それぞれがそれぞれの言葉を吐くものの、皆一様に白熱するゲームに夢中だった。
オカルト研究部部室で巻き起こるデッドヒートは、その後何時間も繰り広げられていった。
●○●○●○●
「うわっ!」
数時間後、日も傾いていた午後六時頃の部室に、補習を終えた千尋と花子が帰ってきた。
目の前に見える見慣れないテレビを前に、千尋は声を上げる。
「これ何ですか!?」
「見ればわかるだろ。テレビだよ」
「今まで皆でゲームしてたの」
「いいなー! 私もやりたい!」
既に電源の切られたテレビを前に、千尋は心の底からそう叫んで懇願した。
「ダメだ!」
「えぇぇぇ!」
残念ながら帰ってきた多々羅の否定の言葉に、千尋はショックのあまり表情を最大限に歪ませる。
「何でー! 少しくらい良いじゃないですか! 私達さっき補習終わらせたばっかなんですよ!?」
「ダメなもんはダメだ! 今日はこれから予定があんだよ!」
「えぇ……、何ですか予定って」
千尋が捻くれたようにそう言うと、多々羅はニヤッと笑い、その予定を高らかに説明した。
「七不思議巡りだ!」
遂に始まったオカルト研究部の夏合宿。
未だ顔を合わせていない通算四つ目の七不思議がまだ見ぬ一年生を待ち構える中、合宿はまだ始まったばかりである。
夏合宿編、堂々の開幕!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
夏休みに入り、いよいよ夏合宿編突入となりました!
僕も文化系の部活動に所属しており、合宿なんてのとは無縁な青春を送っていたので、ちょっと憧れたんですよ。
なので書き始めた時から、夏休みには夏合宿するんだ!と意気込んでいました。
といっても、やってる事は合宿感は0なんですけどねww
もう色々書きたい事がありすぎて、歴代のシリーズの中で最長のシリーズとなりました。
これからちょっとは合宿感のある話が出ると思うので、こうご期待ください!ww
さて、早速次回はヴェン以来の七不思議登場でございます!
これも夏合宿の時に登場させるんだと、書き始めた頃から決めていた設定です。
次回から白熱する夏合宿編をよろしくお願いします!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




