【038不思議】オカルト研究部のテスト事情
七月も中頃となったオカルト研究部部室、そこでは楽しそうにはしゃいでいる高校生の姿があった。
「来週からぁ……」
その高校生の一人である千尋は、高揚からか体をブルブルと震わせ、開放するかの様に万歳してみせた。
「夏休みだー!」
「だー!」
天に叫ぶ千尋と同調し、乃良も楽しそうに両手を掲げる。
千尋は未だ興奮が冷めやらぬようで、鼻息を荒くしながら語り続けている。
「ほんと待ちに待ってたよ! もう私入学してからずっと待ってたもん!」
「入学早々何待ってんだよ」
千尋の発言に、博士は冷たくそう呟く。
しかし、千尋の耳にそんな雑音は届いていないようで、乃良と一緒に夏休みの計画を企て始めていた。
「どうする!? やっぱ海行きたいよね!」
「行きたい! 皆で一緒に行こ! 新しい水着買わなきゃだわ!」
「あと花火もしたい!」
「いいねー! やろーやろー!」
「あと海の家で焼きそば食べたい!」
「勝手に食べればいいだろうが」
博士がそう小さくヤジを入れるも、またしても二人の耳には届いていないらしい。
それ程までに盛り上がる二人を、斎藤は微笑ましそうに眺めていた。
「海も良いけどさ、その前に楽しい事があるよ?」
「「?」」
具体的な事を告げずに言った斎藤に二人は首を傾げると、遠くで見ていた多々羅が答えを口にした。
「夏合宿だ!」
「「なっ、夏合宿!?」」
多々羅の発言に、二人の目は漫画の表現の様にキラキラと輝いていた。
あまりの興奮に言葉が出ないようで、代わりに博士が口を開く。
「夏合宿って……、そんなのあるんですか」
「うん。毎年恒例だよ」
斎藤がそう告げると、博士は何か怪しんでいる様な目で斎藤を睨んでいた。
「合宿って、何やるんですか?」
博士の視線に恐怖を感じたのか、斎藤は明後日の方向を見ながらしどろもどろする。
「何って……、遊んだり? おしゃべりしたり? ゲームしたり……?」
「普段してる事と変わんないじゃないですか!」
「夏合宿以前に普通に何日か部活あるぞ」
「何で夏休みにわざわざ部活に来なきゃなんねぇんだよ! どうせする事何もねぇだろ!」
斎藤からの答えと多々羅の追い込みによって、博士はKO寸前で机にバッタリと倒れ込んでしまった。
「あー! 夏休みはこいつらに振り回されずに勉強できると思ったのにー!」
「まぁ、たった二泊だし。結構楽しいよ?」
斎藤は博士に慰めの言葉をかけようとするも、どうも博士の心に響く様子はない。
その代わり、さっきまで静かだった千尋が五月蠅さを取り戻したようで、斎藤の方へ体をグイッと運んだ。
「夏合宿楽しみです! いつやるんですか!?」
「夏休み始まってすぐだよ。……あぁ、でも」
意味深に途切れた斎藤の言葉に、千尋はどうしたのかと首を傾げる。
そんな千尋の疑問を余所に、斎藤は笑顔で、ダイレクトにそう真実を告げた。
「期末テストで赤点取ると補習と重なっちゃうから、気を付けてね」
瞬間、千尋の頭上に雷が落ちた様な衝撃が振り落とされた。
しばらく放心状態になっている千尋を、博士達は心配そうに眺めていると、千尋はフラフラと机に体重を乗せ、青ざめた顔で口にした。
「忘れ……てた……」
「バカなの?」
博士の直球な罵声もさっきのショックで効いておらず、反論の代わりに弱々しい声を上げた。
「だってぇ……、夏休みに夢中になってて……、確かに最近授業で先生が『ここテストに出すよー』とかよく言うし、自習の時間多くなったし、テスト範囲のプリント配られてたけど」
「気付けよ」
「無意識のうちに自分に不都合な記憶をシャットアウトしてた」
「便利な脳だな」
弱っている千尋にお構いなしでそう滑々と言葉を並べる博士に、とうとう千尋も頭にきたようで口を荒げる。
「アンタには解んないでしょーね! 成績優秀で優等生な勉強大好きっ子のアンタには!」
「解んねぇよ」
博士の端的な答えも聞かぬまま、千尋は頭を抱えて項垂れる。
「私達凡人は極力勉強なんてしたくないの! テストだって受けたくないの! それなのに……。嫌だ、赤点取りたくない、合宿行きたい……」
「ちひろん、頭悪そうだもんねー!」
見る見る内に気分を落としていく千尋に、乃良は無邪気に笑いかけた。
その乃良の笑顔に千尋は表情をムッとして、半分八つ当たりの様に乃良を指差す。
「そんな自分だけ余裕みたいな言い方して。アンタだってこっち側の勉強できない組でしょ!?」
「いや、俺普通に赤点は取らねぇよ?」
「こいつ文系科目だったら、普通に俺と渡り合えるぞ?」
あっさりと二人の口から出てきた予想外の言葉に、千尋はしばし固まってしまった。
やっと動いたかと思うと、再び机に項垂れ、くぐもった声で叫び散らした。
「この裏切り者がー!」
「いや別に裏切ってないし。ていうか、俺勉強できないって思われてたの? 心外だわー」
乃良の言葉にも反応せず、千尋はただ蹲っている。
そんな千尋に博士は溜息を吐いて、「そもそも」と前置いて話し始めた。
「この学校、偏差値割と高い進学校だろ。何でお前みたいなヤツがこの学校に入ってんだよ」
「だからそれは、この学校の七不思議が大好きで、この学校に入りたい為に必死に勉強したんだよ……」
千尋は顔を上げると、口を窄めてしおらしく話す。
「それで入学が決まった時、もう勉強しなくていいって泣いて喜んだのに……」
「むしろこれからしなくちゃいけねぇだろ」
いつの間にか目に涙が溜まっている千尋に、博士は冷たくそう言い切った。
その後、博士はキョロキョロと部室を見渡す。
「赤点取るヤツなんて、この部室でお前くらいしかいねぇんじゃねぇの」
丁度言い終えたその時、博士の目にそれが映され、博士は思わず体を硬直させた。
何事かとその場の全員が博士の視線の方向に目を向けてみると、そこには無表情の花子がポツンと座っていた。
思わず一同固まるも、花子はよく解っていないようで首を傾げている。
一足先に硬直から解放された博士は恐る恐ると口を開き、花子へと問題を投げかける。
「花子……、『吾輩は猫である』の作者は?」
「猫」
「織田信長が明智光秀に討たれた場所は?」
「崖」
「日本の首都は?」
その問題だけ花子は時間をかけて考え込むと、ゆっくりと口を開いた。
「日本って何?」
――こいつやべぇ―――!
今まで見落としていた赤点最有力候補に、博士達は堪らずツッコミを並べ立てていく。
「何で『吾輩は猫である』の作者が猫なんだ! あれ自己紹介文じゃないからな!? どうやって猫が文字書くんだよ!」
「織田信長が討たれた場所、崖って! サスペンス劇場か! 船越英一郎もビックリだわ!」
「日本って何って! ここだよ! 俺達のいる国だよ! 自分の母国くらい記憶喪失でも覚えとけ! こんなもん一般常識以下の問題だわ!」
三人に矢継ぎ早に言葉を投げられる花子だったが、どれも花子の知識としては身についていないようだ。
そんな花子に千尋は少し笑って溜息を吐いた。
「どうやら私よりも花子ちゃんの方が危ないみたいねー。崖って……」
千尋はそう言うと、笑いが込み上げてきたようで、口を塞いで堪えている。
博士はそんな必死に笑いを堪える千尋をじっと見つめていた。
「……お前は解るのかよ」
「え?」
「織田信長が討たれた場所」
博士からの真面目な顔の質問に、千尋は怒りを露わにして声を荒げた。
「ちょっと! 流石の私でも解るっての!」
「あぁそう……、言ってみろよ」
千尋は「ふふっ」と何故か誇らしげに笑うと、自信満々に答えを述べてみせる。
「本能寺らへんでしょ!?」
――アバウト!
謎の自信に満ちた千尋の回答だったが、博士達は呆れを通り越して憐みの籠った視線を送っていた。
「……ちひろん、勉強しよ?」
「えっ、違ってたの?」
「うん、このままテスト受けたら、ちひろん全教科赤点取りそうだから勉強しよ」
「失礼な! ……えっ、今から勉強すんの?」
「当たり前だ! 夏合宿に補習受けたくなかったら今からやんだよ! ほら花子ちゃんも! ハカセも手伝って!」
「いや、俺帰って自習するから」
「五月蠅ぇ! この状況でこいつら見捨てるのは俺が許さん!」
何故か誰よりもやる気に満ちている乃良に、博士と千尋は嫌々しさを隠しきれていない顔を向けている。
かくして、オカルト研究部の一年生組によるテスト対策勉強会が幕を開いたのだった。
●○●○●○●
教科書や問題集がまばらに散らばった長机を、生徒陣の花子と千尋、講師陣の博士と乃良がそれぞれ挟んで座っている。
「それじゃ、勉強するぞ。ちひろんと花子ちゃんは勉強して解らない事があったら呼んでね」
「なぁ、これ俺いるか? お前一人でよくね?」
隣でぼやく博士だったが、乃良はそれに反応する事無く問題集に向かっていた。
博士も諦めたようで、持参していた参考書に手を付けようとする。
「先生」
「早っ!」
「誰が先生だ」
まるで小学生の授業参観の時の様に、千尋は手を綺麗に挙げていた。
あまりの質問の速さに困惑気味の二人の顔を見つめると、千尋は何の恥じらいも無い顔でキッパリとそう口にしてみせた。
「解らないところが解りません」
「出た、一番ダメな質問」
博士は率直な感想を告げると、そのまま一思いに言葉を並べ立てていった。
「そういう質問してくるヤツが一番ダメなんだよ! いいか!? 解んねぇところが解んねぇ時点でお前は何も解ってねぇんだよ! 取り敢えずテスト範囲の問題全部解いて解らない問題が解ったら質問してこい!」
「だって全部解くの面倒臭いんだもーん!」
教科書を開けようもしない千尋は、前屈みになって二人に救いを乞う。
「ねぇ、ヤマとか無いの? これ解ければ赤点は回避できる! みたいなの!」
「そんなもんだけ教えたって赤点回避できる訳ないだろ」
「赤点回避する為のヤマでしょ!? いいじゃーん教えてよー!」
「しょうがないなぁ……」
そう言ったのは乃良で、数学の教科書を手に取りペラペラと開き出した。
開いたページを千尋にも見せ、適当に指を差していく。
「まずこれでしょ? あとこれ。これも絶対出る。これと、これと……、これは出ないかもしれないけどやっといて損は無い。あとこれと……」
「多い! 山脈じゃん!」
「人生山あり谷ありって事だね」
「全然意味解んない! 谷なんか無いし! 山しかないし!」
そう叫ぶ千尋の目は涙ぐんでいて、お先真っ暗なテスト勉強に挫けそうになっていた。
一方、隣に座る花子はシャーペンを手にし、無言でプリントと対峙していた。
授業中も上の空な花子が勉強しているのは意外で、博士も思わず黙って観察している。
「……ハカ先生」
「ハカ先生!?」
急に謎の名前で呼んだ花子に、博士は動揺して体を震わせた。
花子はいつものマイペースな会話の流れで、博士にゆっくりと質問を伝える。
「……『れいの』ってどう書くんだっけ」
「お前の名前だろうが!」
よく見てみればプリントは綺麗な白紙の状態で、自分の名前すら書かれていなかった。
「何で自分の名字すら書けねぇんだよ! それ全部名前書けずに0点コースだぞ!」
「ねぇ、どうやって書くの?」
「こうだよ!」
博士は怒りに身を任せたまま、白紙のプリントを取り上げ、大きく『零野』と書いてみせた。
その文字に花子は感動していたが、博士は二人を前に頭を抱えている。
「もう無理だよこいつらに赤点回避なんて! これから何教えても当日には全部忘れて赤点地獄になるに決まってる!」
「ちょっと諦めないでよ! ハカセに諦められたら、私合宿行けないじゃん!」
「どんだけ他力本願なんだよ! 行きたかったら自分で勉強して赤点回避しろ!」
「まぁまぁ、そう言わないで教えてあげようよ」
投げ出そうとする博士を何とか宥めようとする乃良だったが、博士の精神は限界に近いようで唸り声を上げている。
結局、それから数時間みっちり勉強したのだが、二人に学習が身についたのかどうかは不明だった。
●○●○●○●
そして後日、テストが終了し、続々と解答用紙が返却されていった。
「うわっ! ハカセ君スゴッ! ほとんど九十点じゃん!」
「この点数だったら、学年一位狙えるんじゃない?」
『箒屋博士』と名前の書かれた解答用紙を眺める斎藤と西園はそれぞれそう感想を述べていた。
そんな先輩二人の反応を前に、博士は何て事無く涼しい顔をしている。
「当然でしょ。学年一位以外ありえませんから」
「おっ、おぉ。流石ハカセ君、目指すところが違うね……」
簡単に学年一位を宣言してみせた博士に、斎藤は少し戸惑った表情でそう相槌を打った。
「それより……」
博士はそう言って、視線を問題の二人の方へと目を向ける。
花子に関しては全くの無表情だったが、千尋からは訊かなくても解るような負のオーラが渦巻いている。
その視線に二人も気付いたようで、訊かれるよりも先にそれぞれ答えを口にした。
「余裕で赤点取ったよ……」
「全部赤点だった」
「待って! 私は全部赤点じゃない! 四教科しか赤点取ってない!」
醜い争いだと言わんばかりに、博士は二人が言い合っているのを遠い目で眺めていた。
表情豊かな千尋は、「嫌だー! 合宿行きたーい!」と、まるで花子の分まで悔しさを撒き散らす様に音を上げている。
それぞれが色んな感情を抱える中、夏休みがもうすぐそこまで近づいていた。
勉強大好きとか頭オカしいんじゃないかって思う。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回は夏休み間近ということで期末テストのお話でした。
テストに関する話は前々からやりたいと思っていたので、結構ボリューミーになりました。
ここで部員達のテスト事情を本編で語られていない部分まで説明しますと、
ダントツの天才がハカセ。
学年でも上位に入るくらいの優秀が斎藤、西園、百舌。
平均点はとる学年の真ん中くらいが乃良、多々羅。
赤点常習で、学年最低ランクが花子と千尋という感じになります。
まぁ、逢魔ヶ刻高校自体が偏差値の高い進学校なので、平均点取れれば頭良いと思ってください。
花子と千尋は紛れもないポンコツですがww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




