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【037不思議】スマホ☆デビューへの道

 放課後の部室で千尋は掌のスマートフォンを眺めながら、軽快に指を動かしていた。

 どこか楽しそうにスマホを操る千尋に、乃良がキョロッと画面を覗く。

「何してんのー……うっ!」

 そこで乃良は見つけてしまった。

 LINEが表示された千尋のスマホの画面に、腹だけブクブクと太ったリトルグレイのようなキャラクターを。

「ちょっと! 勝手に人のスマホの画面見ないでよ!」

「あぁ、ごめん。……ちょっと見えたんだけど、そのキャラクター何?」

 少し顔を青くして訊く乃良に、千尋は画面を確認して、質問に答える。

「あー、宇宙人ワタナベだよ」

「ワタナベ? 宇宙人なんだよね?」

 宇宙人につけたとは思えないネーミングに、乃良は心配になって確認する。

「そう! もともと地球を侵略しに来た宇宙人なんだけど、地球の食べ物の美味しさについつい食べ過ぎてしまい、重量オーバーでUFOに乗れず帰れなくなっちゃったの」

「ダッサ! ワタナベダッサ!」

「どう!? 可愛いでしょ!」

「ちひろんの可愛いの基準はもう当てにしない方がいいな」

 自信満々にスマートフォンを見せつけてくる千尋に、乃良は呆れた様子で画面を見つめた。

 そんな二人の光景を、花子はじーっと眺めていた。

 花子の目の先には、千尋が乃良に見せつけているスマートフォン。

 それをしばらく眺めていると、隣に座る博士の裾をそっと引っ張る。

「ねぇ」

「あ?」

「あれ何?」

 指を差して尋ねる博士に、博士は視線を指の差されたスマートフォンに向ける。

「何って……、スマホだよ」

「スマホ?」

 名前を言っても解っていないように首を傾げる花子に、博士は耐え切れず溜息を吐いた。

「正式名称スマートフォン。日本人の十人中十人が持ってるタッチパネル式携帯電話だ。あれ一つで電話、メール、カメラ、インターネットさえ使える、正に人間の技術と知恵が詰まった、現代の世界を象徴する発明品だ」

 何のスイッチが入ったのかベラベラと説明をし出した博士。

 しかし、当然の如く花子は博士の披露した説明の内容を把握できていないようだ。

 博士もそこは十分承知のようで、キャパオーバーしているであろう花子に目を向ける。

「……そういえばお前、スマホ持ってないな」

 今までを思い出して、花子がスマホを所持していないのに博士は気付いた。

「多々羅先輩は……」

 そう言って博士は部室にいる筈の多々羅を探す。

 探し相手はすぐに見つかり、スマホを片手に一人ではしゃいでいるのが確認できた。

「おっしゃー! 二十コンボ! スキル使っといて良かったぜ!」

「……持ってるよな」

 自分のスマホでアプリゲームを嗜んでいる多々羅を見て、博士はそう呟いた。

 視線を花子の方へと戻すと、花子はまだ状況が解っていないようで、こちらをじっと見つめているだけである。

「……お前、多々羅先輩にスマホ頼んだら?」

 博士の提案にも、花子は理解できずに首を傾げる。

 博士は面倒臭そうに頭を掻くも、そのまま解りやすく説明を加えた。

「これから高校生やってくんだったら連絡手段は必要だろ。だったら早いとこ買ってもらえよ。多々羅先輩が持ってるって事は、手に入れる手段はあるって事だし。……まぁ、どうやって手に入れたのかは知らねぇけど」

 説明をしているうちに勝手に疑問点が思い浮かんで、博士は頭を悩ませた。

 だが、花子は今の説明で何となく解ったようで、博士に確認を取る。

「それってつまり……」

 花子が口を開いたのに気付き、博士はそっと耳を傾ける。

「私と連絡が取りたいって事?」

「何でお前はいつもそう前向きな考えになるんだ」

 花子の天然な回答に、博士は思わず溜息を吐いた。

「そんなんじゃねぇって。ただスマホを持ってる事に越した事はねぇって話だよ」

「……解った」

 本当に解ったのか心配になるような返事を聞くと、博士は顔をもともと向いていた方へ向き直し、話し合いを強制的に終了させた。


●○●○●○●


 週末、空はすっかり真っ暗になり、耳を澄ませば夏の虫達の大合唱が聞こえてくる。

 箒屋宅の二階からはカーテン越しの光が漏れており、博士がまだ起きている事を報せていた。

 部屋の中は完全に沈黙であり、何か音楽でも聞いている訳でも無く、ただひたすら机の前で参考書と対峙しているだけである。

 そんな時、机に置いていたスマホが、ブルッと振動した。

 誰からだろうと博士はスマホを手に取り、手慣れた手つきで操作する。

 スマホの画面には大きく『花子』と表示されていた。

 ――買ってもらったのか。随分早いな。……いやほんと、どうやって買ったんだよ。

 そんな疑問は置いといて、博士はスマホを操作して、花子からのLINEを確認する。

『ハカセ』

『花子です』

 あまりにも味気ない文章だったが、花子らしいとも思い、博士は指を動かした。


 真夜中にも関わらず、電気のついた部室で、新品のスマホがバイブを奏でた。

「来た」

「おっ、何て返ってきた!?」

 部室には花子と多々羅がおり、花子はスマホを手にして不器用な手つきで確認する。

『買ってもらったのか』

「買ってもらったのか、だって」

「何だこの色気のねぇ文章は! 取り敢えず適当に返事しとけ!」

 花子のスマホ画面を見ながら嘆く多々羅に、花子は言われた通りに返事をする。


『うん』

 送られた返信はたったの二文字だったが、その二文字から花子の嬉しそうな感情が滲み出ている様だった。

 博士は適当に返信を打つと、スマホを机に置いて、再び参考書へと立ち向かった。


『良かったな』

 そうぶっきらぼうに送られた言葉だったが、花子はそれをビームでも出るんじゃないかというくらいに熱心に見つめていた。


 途端に机の上のスマホが、まるで踊っているかの様に震え出した。

 何度も聞こえてくるバイブ音に、無視を貫き通そうとしていた博士だったが、流石に耐え切れずにスマホを確認した。

『ハカセ』

『ハカセー』

『発火性』

「用が無ぇなら返信打つな! あと変換ミスっておかしくなってるぞ!」

 博士はそう大声を上げながら、言った事をそのまま怒りに任せて打ち付けていった。


 博士からの怒りのままの文章を花子はただじっと見つめていた。


 博士のスマホに、一件の新着メッセージが届いた。

 さっきまでのやり取りで、相手は完全に分かっており、博士はそのメッセージの内容を開ける。

『ごめん』

 その言葉に込められているであろう花子の反省の気持ちに、博士は深く溜息を吐いた。

 しかし、通知はそれだけに止まらず、もう一回博士のスマホが振動する。

 何事だろうと思ってスマホを見ると、そこには面目無さそうに頭を下げる猫のスタンプが張られていた。

 一瞬事態が把握できずに茫然としていたが、気付いたら笑っていた。

「ハハッ」

 何が面白かったのかは博士にも解らない。

 ただ何となく可笑しくて、笑ってしまったのだ。

 そんな中、ダメ押しと言わんばかりにもう一度通知が来る。

 内容を見てみると、今回は花子からでは無く、新しいグループからの招待だった。

 グループの名前は『オカルト研究部』と記されている。

『あっ! ハカセ入った!』

『じゃあこれで全員集まった、かな?』

『何で今更グループ作ったの?』

『別に良いじゃねーかよー! 作っといて損はねぇだろ!?』

 グループのトーク画面では、それぞれが文字を打ち合い、瞬く間に画面がスクロールされていく。

 そんな光景に、博士は思わず笑顔が浮かんでいた。

 博士はLINEの画面を閉じ、スマホを机に置くと、今度こそ勉強を再開し始めた。

 ――のだが。

『なんかこうやってLINEしてると、時代が変わったなって思うよなー!』

『そういえば、昨日の世界ミステリーツアー見た人いる?』

『勿論!』

『あれは正直ちょっとヤラセが酷かったよなー』

『そうっすよね! やるならもっと本気の映像にしてほしい』

『なにそれ』

『昨日やってたオカルトのテレビ番組!』

『えっ、あれヤラセなの!?』

『ちひろんはもっと疑うという事を学んだ方が良いと思う』

『何をー!』

『ANGRY!』

『宇宙人ワタナベ止めてw』

『何だそのスタンプw 気持ち悪杉だろw』

『あっ誤字った』

「五月蠅ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 押し寄せてくる通知地獄に、博士は近所の事など忘れて叫んでいた。

 設定で通知をオフにすれば簡単に片付く問題なのだが、そこまでスマホ慣れしていない博士にそんなアイデアは思いつかず、博士はただただ頭を抱えていた。

花子ちゃん、遂にスマホデビューです!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


千尋編を書いた時なんですが、その時はまだ花子はスマホを持っていませんでした。

しかし、これから高校生活を過ごす中でスマホは必要だろうと。

だったら、スマホデビューをする話を書こうと。

そう思ったのが今回の話を書くにあたったきっかけです。


僕のスマホデビューは中学三年生の卒業間際でした。

僕の周りからすれば結構遅い方だったんですけど、皆さんはいつ頃デビューしましたか?

最近では小学生からデビューしてる人もいるらしくて、お兄さんちょっと混乱してますww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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