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【036不思議】気丈な兄と気弱な弟

 放課後、オカルト研究部の部室から地響きを起こす程の大声が湧き上がった。

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」

 窓の外にいる運動部員達が突然の怒号に何事かと目を向けているとは知らず、部員達は同じ方向に目を見開いていた。

 一同の視線の先には困り顔の千尋が佇んでいる。

「お前、弟いるの!?」

「うん、そうだけど……。何、そんな意外?」

 自分の発言でこのようなオーバーな反応がくるとは予想していなかったようだ。

 そんな千尋の事を気にする素振りを見せず、一同は各々の見解を述べていく。

「うわーっ、マジでビビった」

「ちひろん、お姉ちゃんってイメージ無いもんね」

「どっちかって言うと、妹って感じだよね」

「「「「「「解る」」」」」」

「皆の中での私のイメージって何!?」

 皆のイメージが満場一致だったのに、千尋は思わず声を上げた。

 乃良は興味津々というように、まるで尻尾を振っているかの様に千尋に尋ねかけた。

「何歳なの?」

「えーっと、今小学五年生だからー……」

「十一歳だ!」

 千尋の兄弟の話を聞いて、西園は千尋を羨ましそうに眺めながら溜息を吐く。

「いいなー、私も兄弟欲しかったなー」

「兄弟良いっすよねー、俺も兄弟喧嘩とかしたかったなー」

「いや全然良くないよ? 兄弟喧嘩なんて楽しくないし」

 一人っ子組の会話を聞いて、千尋はすかさず否定を挟んだ。

 千尋の声を耳に入れながら、乃良は首の向きをくるりと変えて、多々羅に目を向ける。

「タタラ先輩は兄弟いるんですか?」

「俺か? 俺は男十一人、女九人の二十人兄弟の長男だぞ」

「「二十人兄弟!?」」

 聞き慣れない単語に、乃良と千尋は思わず声を揃えていた。

「巨人は繁殖能力が高いのか。成程」

「お前は真面目な顔してメモ取るな」

 巨人の正体解明の為のメモを取っていた博士に、乃良は冷静にそう告げる。

 そんな博士の顔を見つめながら、千尋は顔をニヤつかせた。

「ハカセは一人っ子だよねー!」

「あ? 俺、妹いるぞ?」

 瞬間、さっきまであれ程盛り上がっていた部室がこれまでかと言う程に静まり返った。

 聞き間違いかとも思ったが、何を驚いているのか解らないという様子の博士の顔から察するに、どうやら本当の事なのだろう。

「えぇぇぇ!? ハカセ、妹いるの!?」

「一つ違いだっけ?」

「おぅ、今年受験生だ」

 唯一、博士の妹の存在を知っていた乃良がそう博士と話すも、他の部員達は未だ半信半疑のようだ。

「絶対一人っ子だと思った」

「どっからどう見ても一人っ子だよな」

「孫の代まで一人っ子っぽい」

「どういう意味だそれ」

 余程の衝撃だったのか、一同はキャパオーバーした様に力が抜けている。

 そんな一同に乃良は博士に聞こえないような声を聞かせた。

「でも、思い出してみてくださいよ。今までのハカセの事」

 乃良の声をきっかけに、部員達は頭の中でこれまでの博士を回想してみる。

 ベラベラと愚痴を撒き散らしながらも、何だかんだで花子や千尋の面倒を見ている博士の事を。

「「「「あー」」」」

「ね? 納得できるでしょ?」

「何を想像したのか知らないが、取り敢えず気に食わねぇ」

 博士はそう言って、視線を斎藤の方へと向けた。

「斎藤先輩は……、お兄さんがいるんでしたよね?」

「うん、ここのOBのね」

 斎藤は自分の話になった事を照れているのか、むず痒さを覚えながら笑った。

 斎藤の話に身を乗り出したのは多々羅だった。

「大輔か! 元気にしてるか!?」

「元気だよ。もう家は出てるんだけどね。たまに家に帰ってきたかと思うと、バーンッ!て僕の部屋開けて、『よー! 元気かー!』って言ってくるんだよ。僕その度にビックリしちゃってさ」

「随分破天荒なお兄さんですね」

 斎藤の兄のエピソードに博士がそう相槌を打った、丁度その時だった。

 バーンッ!

「「わぁ!」」

 突然として聞こえた勢いよく開かれたドアの音に、二人は無様に呻き声を上げる。

 ドアの向こうにいる人影は逆光でよく見えなかったが、時間が経つにつれ、満面な笑みでこちらを見つめる顔が見えてきた。

「よー! 元気かー!」

「初対面だけどアンタ斎藤先輩のお兄さんだろ!」

 噂をすれば何とやら、部室の中の全員がタイムリーな来訪者に目を向けていた。


●○●○●○●


 しばらくして一同の心拍数が落ち着いた頃、斎藤が呆れ顔で隣に座る兄について紹介する。

「えーっと、僕の兄の」

「斎藤大輔でーす! いつも弟がお世話になってまーす!」

 弟の台詞を強引に奪って大輔は声を張るも、部員達はポカンとしたままだった。

 完全に自分の調子である大輔に、斎藤は苛立ちのまま声を上げた。

「兄ちゃん! 何しに来たの!? ていうか何でいるの!? 仕事は!?」

「丁度暇が出来てさ。たまたま学校の近くだったから、じゃあ顔出しに行こうかな、と」

「来なくていい!」

「ていうか何も変わんねぇなー。ほとんど十年前のままだ」

「思い出に耽るな!」

 斎藤が声を荒げるも、大輔は暢気に部室を見渡して十年前を思い出しているようだ。

 そんな大輔に新たな起爆剤が投入される。

「お前も何も変わんねぇなー、大輔!」

「ん?」

 自分の名前を呼んだ聞き覚えのある声に、大輔は振り返る。

 そこには歯剥き出しな笑顔の多々羅が仁王立ちをして出迎えていた。

「おー! タタラじゃん!」

 十年前に出会った体育館の巨人に、大輔のテンションはピークにまで上り詰める。

「久しぶりだな!」

「つーかお前制服! 本当に高校生やってんのかよ!」

「当たり前だろ! 俺は約束を守る男だ!」

「ハッハッハ! お前そんな事言ってたなー!」

「いい加減にして! 多々羅も出しゃばらずに座って!」

「あんな大声出す先輩珍しいなぁ……」

 大いに盛り上がる大輔と多々羅に怒鳴り上げる斎藤を見て、博士はそう呟いた。

 騒がしい空気に入るのは躊躇われたが、意を決して博士は口を開く。

「あのー、……大輔さん?」

「あっ、俺の事は気軽に兄ちゃんって呼んでくれて構わないぜ!」

「いや呼ばないです」

 大輔の提案をあっさり流すと、博士はそのまま大輔に質問をする。

「大輔さんって、十年前ここの部員だったんですよね?」

「おぅ、そうだぜ! ……ん?」

 話の途中だったが、大輔は思わず目を凝らした。

 話をする博士の隣に、見覚えのある無表情の少女が制服を着て座っているからだ。

「花子じゃん!」

 大輔はそう花子に指を差して声を上げるが、指を差された本人はよく解っていない様子で首を傾げる。

「トイレの花子さんじゃん! えっ、何でここにいるの? ていうか何で制服着てるの?」

「花子さんも入学したんだよ」

「えぇぇぇ! マジか!」

 弟から告げられた事実に、大輔は目を見開いて花子の顔を覗く。

「俺大輔! 十年前ここのオカ研にいたんだけど、覚えてねぇか!?」

 身を乗り出して熱烈にアピールしてくる大輔を、花子はただ静かにじっと見つめるだけである。

「……?」

「ぐぁ! 覚えてないかー!」

 大輔の顔を見るだけ見て首を傾げた花子にそうリアクションするも、その表情は何やら楽しげだ。

 そんな大輔を見ながら、博士は斎藤に小さな声で話しかける。

「……何ていうか、似てないですね」

「顔は似てるってよく言われるんだけどね」

 そう話していると、今度は西園が大輔に向けて話しかけた。

「お兄さん」

「お兄さん!?」

「お兄さんは何の仕事なさってるんですか?」

 西園のお兄さん呼びに斎藤が驚く中、大輔は特に驚く様子も無く、自然に答えを口にした。

「文房具の営業だよ。どこにでもいる普通のサラリーマン」

「営業ですか」

「そう! 色んな人と色んな話すんだよ。もう楽しいったらありゃしない!」

「仕事しろよ」

 斎藤の冷たいツッコミも慣れているのか、動じる気配はない。

 しかし、楽しそうに仕事について語る大輔に、多々羅は意地悪そうに笑っていた。

「仕事が楽しいとか言っちゃって。そんなんじゃいつまで経っても結婚できねぇぞー!」

「バーカ! 結婚なんてとっくの昔にしてるよ!」

 無邪気に笑って発言した大輔だったが、その発言に部室は静まり返る。

 流石の大輔も空気の異変に気付いたのか、「ん?」と部員達の顔色を見回した。

「お前結婚したのか!?」

「おぅ、六年前に」

「大分前じゃねぇか!」

「あれ? 優介言ってなかったのか?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「これっぽっちも聞いてねぇよ!」

 衝撃の事実に多々羅は声を荒げて驚くも、斎藤兄弟はいつもの調子で話を続ける。

「相手はどのような方なんですか?」

「ポルトガル人だ」

「ポルトガル人!?」

 大輔の口から飛び出すのはどれもが衝撃のものばかりで、多々羅の心臓はバクバクと音を立てて暴れている。

「もう……、そのうち子供までいるとか言い出しそうで怖ぇぜ」

 多々羅の言葉に、部室は再び静まり返る。

 といっても今度の静寂は大輔が驚いている表情を見せており、その表情から多々羅も段々と事態を把握していく。

「まさか……」

「優介、言ってなかったのか?」

「言ってる訳ねぇだろ!」

 大輔が斎藤に確認するのを見て、多々羅は思わず声を荒げた。

「何で結婚してる事言わずに子供がいる事だけ言うんだよ! そっちのが焦るわ!」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「お前も言えよ! 何をそんな黙り込んでんだよ!」

 多々羅がそう叫ぶのを見ても、斎藤は頭を掻いて「ごめんごめん」と言うだけである。

 そんな斎藤を千尋もどこか心配した様子で眺めている。

「斎藤先輩……」

「「ん?」」

「あっ、現部長の方です」

「アンタさっき自分の事兄ちゃんって呼んでって言ってただろ!」

 十歳以上も年の離れた後輩にそう怒鳴られても、大輔はただ声を上げて笑うだけだった。

 一頻り笑い切ると、疲れたのか溜息を吐いた。

「……いやー、良かったよ」

 突然、何の脈絡も無くそう言った大輔に、一同は一斉に視線をそちらに向ける。

「優介が楽しく部活やってそうで。兄ちゃん心配してたんだぞ?」

「兄ちゃん……」

 兄らしい言葉に、斎藤も今までの兄に対する厳しい目から一転して、どこか感謝してるような目を向けている。

「高校生活もあと一年。一年なんてあっという間に終わっちまうけど、後悔の無いように目一杯楽しめよ」

 大輔の言葉に斎藤だけでなく、他の部員も静かに耳を傾けていた。

 斎藤は感無量といった様に口を閉ざしていたが、その口は途端に開かれた。

「……て、僕の事心配してたみたいな感じにしようとしてるけど、本当はただ自分が来たいから来たんでしょ?」

「まぁ、九割五分な!」

「5%しか残ってないじゃん!」

 斎藤の大声も、大輔は声を出して笑っているだけで何の胸にも刺さっていないようだ。

「よっしゃー! 人生ゲームしようぜー!」

「しない!」

「ちょっと喉乾いたな。ここビール無い?」

「ある訳無いでしょ! 学校だぞ!」

「あっ! もうこんな時間かよ! そろそろ仕事戻るわ! んじゃお前らまた来るわー!」

「二度と来るなー!」

 斎藤の叫びを大輔は背中で全て受け止め、そのままそそくさと帰っていってしまった。

 斎藤は息を荒げて、大輔の出て行ったドアを睨みつけている。

 そんな兄弟を後ろから見ていた部員達は、それぞれ呆れた表情になっていた。

「……私、弟で良かった」

「俺も、妹で良かった」

 世の中の兄が全員このような人では無いのだが、それでもこの時は自分の持つ兄弟が弟や妹で良かったと、心の底から思っていた。

性格が全くの正反対の兄弟のお話でした。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


さて、久々の日常回という事で、今回は以前にも回想でちょろっと登場してた斎藤先輩の兄、斎藤大輔の紹介回でした!

斎藤兄はかなり暴君的キャラなので、斎藤弟が珍しく口を荒げてましたね。

この感じが家族感があって、個人的にはなかなか好きだったりします。


作中でも少し述べられていますが、斎藤には兄、ハカセには妹、千尋には弟、多々羅には弟と妹が十九人います。

乃良と西園は一人っ子。

百舌は作中では語られていませんが、どうなんでしょうねぇ……。

ちなみに僕には弟が一人います。

CMに合わせて踊ったりするどうしようもないバカなんで、誰か貰ってはくれませんか?ww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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