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【035不思議】friends

 真っ暗な公園の中、たった一つのスポットライトが、その場に駆けつけた少女を頼りなく照らしている。

「花子ちゃん……?」

「アンタ……」

 千尋と沙樹はそう言って、こちらをじっと見て立ち尽くしている花子を見つめる。

 花子も口を開く様子は無く、ただこちらを見つめているだけであった。

「何で……、ここに?」

 地面に倒れたまま、顔だけを起こして千尋はそう花子に尋ねる。

「何で……」

 花子はそう復唱すると、そのまま黙り込んでしまい、しばらく何もないまま時間が経過する。

 数秒後、答えが出たのか花子はポツリと呟いた。

「……何で?」

 ――訊かれた……!

 いつも通りのマイペースな花子に、心の中で満場一致のツッコミが入った。

 邪魔者が入り、しばらく何もしないままでいた沙樹だったが、体をクルリと向き直して、一歩ずつ花子の元へ近づいていく。

「零野花子じゃん。こうやって話すのは初めてだね」

「誰?」

「私は沙樹って言うの。千尋から聞いてない?」

 何が面白いのか、笑顔で話してくる沙樹に、花子は首を横に振る。

「そっかー、残念」

 沙樹は少し悲しそうに笑うと、花子の目の前で足を止めた。

「まぁ、でもいっか」

 そう言うと、さっきまで沙樹の手でぶら下がっていた鞄を高く上げ、花子の頭のてっぺんに目標を定める。

「これ以上話す事も無さそうだし」

 沙樹のこれからの行動を予測した千尋は、何とか体を起こそうとする。

 しかし、千尋の元に残っていた他の二人が千尋の体を雑に押さえつけ、地面から離れる事が出来なかった。

「やめて――!」

 その大声は公園中に響いたが、沙樹がそれに従う様子も無く、花子もただじっとその場に立ち尽くしていた。


「はい、そこまで」


 突然その場に現れた低い声に、全員が耳を疑った。

 目を凝らすと、花子の頭に鞄が振り下ろされる寸前のところで、誰かが沙樹の腕を抑えているのが目に映った。

 その頼りない腕の正体を、千尋は知っていた。

「アンタは……」

 千尋の代わりに、腕を掴まれた沙樹が男の顔を見て、その正体について声を上げた。

「冴えないメガネ君!」

「誰が冴えないメガネ君だ」

 沙樹の声を冷静に訂正したのは、冴えないメガネ君こと博士だった。

「ハカセ」

 花子の自分を呼ぶ声を背に受けながら、博士は掴んでいた手を払って宙にぶら下げる。

 中身の詰まった鞄を持った手を抑えるのは博士には辛かったのか、博士は腕を気にしながら眼鏡をクイッと掛け直す。

「ハカセまで……」

 千尋は心底驚いた様に、その光景を眺めていた。

 博士は軽く咳払いをすると、ポケットから携帯を出して片手で操作をする。

「えー、今から石神が見つかったって学校に連絡するけど、お前らどうする?」

「「「!?」」」

 それは他でもない、沙樹達に向けて放たれた言葉だった。

「ここからさっさと消えるか? それとも、先生達に全部素直に話して、三週間トイレ掃除でもするか?」

 博士の言葉に、沙樹達は顔を見合わせる。

 その顔色にさっきまでの余裕は無く、追い詰められた獲物のような青ざめた色だった。

「どうする?」

「ちょっとヤバくない?」

「沙樹、行こうよ」

 千尋から手を放していた二人からの声を聞いて、沙樹は口をキュッと噛み締める。

「……じゃあね」

 そう言って、沙樹達は公園からそそくさと退散してしまった。

 残された三人はその場で呆然とし、何の効果音もないまま時間が流れていく。

 しばらくして倒れたままの千尋に気付いた花子は、トタトタと千尋の元へと歩いていった。

「大丈夫?」

「……何で」

 花子の心配の言葉とは無関係の言葉を吐いた千尋に、花子は何も言えないままでいたが、花子に代わって博士が面倒臭そうに質問に答えた。

「お前がいつまで経っても帰ってこないから、お前んとこの母さんが心配して学校に電話かけてきたんだよ。お前、電話かかってたの気付かなかったのかよ。んで、学校でそれを聞いた多々羅先輩が俺らに電話かけて、全員で探し回ってたって事。そこの花子は、学校で話聞いた瞬間に飛んで出てったらしいけど」

「そうじゃなくて!」

 博士の説明を遮って、千尋は大きく声を張り上げた。

 説明を中断された博士も、千尋の体を起こすのを手伝っていた花子も、驚いて体の動きを止める。

 上半身を起こした千尋は、顔を地面に下げたまま、苦しそうに声を出した。

「私、今日部活行かなかったし……、花子ちゃんには、すごく悪い事したのに……、なんで、助けてくれたの……」

 声も体もブルブル震わせながら、千尋はそう力無く尋ねた。

 それに対して答えを口にしたのは、花子だった。


「だって、友達だから」


 あまりにもあっさりとした答えに、千尋は何も言う事が出来ないまま、花子の顔を見つめていた。

「千尋、前に言ってたよね。友達っていうのは、辛かったり悲しんだりしてる時に助け合える人の事だって」

 遠い日の記憶、自分がそんな事を言っていたのを何となく思い出しながら、千尋は花子の声を静かに聞いている。

「千尋が辛そうだったから、助けにきた。千尋が悲しんでそうだったから、助けにきた」

 花子はそう言うと、涙の溜まった千尋の目を見つめながら、うっすらと微笑んだ(・・・・)


「それだけ」


 瞬間、千尋の心の中に何か温かいものが生まれたような気がした。

 それと同時に千尋の涙腺は音を立てて切れ、止めどなく大粒の涙が溢れ出てきた。

「ごめん……、本当にごめんね」

 千尋はそう言うと、花子の胸の元にすっと顔を入れ、シクシクと泣き出した。

 花子の貴重な笑みは既に引っ込み、どうしていいのか解らない様子で、ただ目の前で泣いている千尋を見守っている。

 そんな花子に気付いたのか、千尋は少し微笑むと、優しい声で呟いていた。

「ありがとう」

 そんな女子二人の姿を遠巻きで見ていた博士は、安心したのか疲れたのか、深い溜息を漏らす。

「落着したんならさっさと帰るぞ、千尋(・・)

「!」

 博士のさり気ないその言葉に、千尋はまだ拭え切れてない目で博士を見つめた。

 あまりにも自然に放たれたそれは、博士が初めて『千尋』と下の名前で呼んだものだった。

「ハカセ……」

 博士は照れているのか、片手で頭を掻き毟りながら、帰り道の方向へ顔を向けている。

「……もし今のがハカセじゃなかったら、好きになってたかもしれない」

「それはどういう意味だ」

 さっきまでの感動的な空気とは一変し、博士は冷酷な声で後ろの千尋へと振り返る。

「いや、普通ならときめくんだろうけど、相手がハカセじゃあ……」

「テメェ何が言いてぇ」

「千尋、ハカセの事好きなの?」

「まさか! 誰があんな冴えないメガネ君を!」

「誰が冴えないメガネ君だ」

「私は花子ちゃんの事応援してるから! これからも全力でプッシュしていくからね!」

「そのままどっか遠いとこまで押していけ」

 いつもの部室の様な雰囲気に、千尋は思わず声を出して笑った。

 今日以外は毎日部室に顔を出していたのに、何だかこのやり取りが随分久しぶりの様に感じる。

 ずっとここにいる訳にも行かず、帰ろうと立ち上がった千尋は、ふと思い立って声を漏らした。

「あの占い、ちょっと外れてたかな」

 博士の元へと歩いていた花子は、千尋の声を聞いてクルッと振り返る。

 そんな花子を見て、千尋は満面の笑みで笑ってみせた。


「だって、花子ちゃん達に会えた時点で、スーパーラッキーなんだから!」


 そう言って、千尋は博士と花子の元へと歩き出した。

 随分と夏を感じさせる気温だったが、三人の間を吹いた風はとても心地が良かった。


●○●○●○●


 数日後の昼休み、たくさんの生徒達が楽しそうに過ごす月曜日の中庭にて。

「じゃーん!」

「おー!」

 千尋はそう言って、鞄の中から取り出した可愛らしい弁当箱の蓋を開けて見せた。

 中にはたこさんウインナー、卵焼き、リンゴのうさぎなど、定番中の定番が一式顔を揃えていた。

 まるでおとぎ話のような中身に、花子と乃良は目を輝かせている。

「すごい! これ本当にちひろんが作ったの!?」

「へへー、どうせなら色んなもの食べてもらいたいと思って張り切っちゃった!」

 驚きのあまり目を見開く乃良を隣に、千尋は何だか恥ずかしそうに頭を掻いた。

「……食べていい?」

「勿論! 食べて食べて!」

 千尋の明るい声を聞いて、花子は手にした箸をたこさんウインナーへと伸ばしていく。

 そのままそれを口まで運んでいき、一口でパクリと口にいれた。

 ゆっくりとたこさんを咀嚼する音が聞こえ、千尋は期待に満ちた顔で花子の第一声を待つ。

「……美味しい」

「ほんと!?」

「うん」

 花子の感想が余程嬉しかったのか、千尋は笑顔で体をクネクネとさせている。

 そんな千尋に目を向けず、花子は黙々と弁当を食べ続けた。

「もう早起きして作った甲斐があったよ! これから弁当食べたかったらいつでも言ってね! 作ってくるから!」

「うわっほんとだ美味い!」

「ちょっと何でアンタまで食べてんのよ!」

「おいちょっと、この卵焼き半熟じゃねぇか? ちゃんと火ぃ入れろよ」

「アンタは勝手に食った挙句、文句を言うな!」

 こうしてオカルト研究部一年の座るテーブルでは、千尋の作った弁当の試食会が始まった。

 千尋は男子二人に文句を吐いていたが、その表情は満更でもなさそうだ。


「……千尋」

 そんな中、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 千尋はその声にブルッと肩を震わせるが、意を決して声のした方へと振り返る。

「沙樹……」

 そこにはあの日以来顔を合わせてなかった沙樹達が佇んでいた。

 あれから全ての事情を聞いた博士達は、警戒しながら沙樹達を見つめる。

 だが、沙樹達に以前見た利己主義のオーラは無くなっていた。

「ごめんなさい!」

 そう言って沙樹達は、千尋に対して深々と頭を下げた。

 千尋はこの状況を全く呑み込めていないようで、ただ茫然と沙樹達の後頭部を見つめる。

「私達、あれから色々話し合って、流石に悪い事したなって……。ほんと許されなくて当然なんだけど、……また一緒に遊んでくれないかな?」

 千尋の顔を覗く沙樹の目は真っ直ぐで、本気で後悔しているという事が容易に読み取れる。

 そんな沙樹達を千尋はしばらく見つめていると、少し口元を緩めて話し出した。

「当たり前でしょ」

 あっさりとした千尋の答えに、沙樹達は理解できていないのかじーっと千尋の顔を見つめる。

「こんな心の広い人、他にいないんだから、もう絶対に手放したりしないでよね!」

 千尋の言葉は少しずつ沙樹達の耳に入っていき、理解した時には千尋の元へ抱き着いていた。

「うわっ! ちょっと」

「ごめん! 本当にごめんね!」

「もう絶対手放さないからー!」

「許してー!」

「だから許すって」

 じゃれる猫の様に顔をスリスリつけていく沙樹達に、千尋は思わず笑顔を漏らした。

 沙樹達はハッとなって千尋から顔を離すと、今度はそれをぼーっと見ていた花子に顔を向ける。

「……零野さんも、ごめんね」

 少し赤くなった目元を擦りながら言う沙樹に、花子は黙って見つめ返していた。

「……何が?」

「「「!?」」」

 花子の予想外の返答に、沙樹達は目を真ん丸にして顔を向けた。

「えっ、何って、今まで私達、零野さんに色々して……」

「? してたの?」

「もしかしてまだ気付いてないの!?」

「あっ、弁当食べる? 千尋が作ってくれたの」

 あまりにもマイペースな花子に、沙樹達は言葉を忘れて弁当を勧める花子を眺めていた。

 そんな沙樹達を見て、千尋は堪らず声を出して笑う。

 沙樹達は急に笑い出す千尋を見て驚いたが、千尋はそれを気にせず笑顔を見せた。

「ね? 面白い子でしょ?」

 千尋の笑顔に沙樹達は顔を見合わせると、ふと耐え切れずに笑い出した。

「ホントだね」

 千尋と沙樹達が笑い合うのを、花子はよく意味が解っていないようで、首を傾げて眺めていた。

 そんな女子達の柔らかい空気を見て、博士と乃良の表情も自然に穏やかになる。

「そうだ! この前駅前に出来たケーキ屋さん、今度花子ちゃんも一緒に五人で行かない!?」

「いいね! 私もあそこ気になってたんだ!」

「私一回行った事あるけど、ショートケーキ甘くて美味しかったよ!」

「零野さんもいいよね!?」

「? うん」

 中庭の片隅で、女子五人による甘いガールズトークが始まった。

 後日、五人でケーキ店に行き、全員で記念写真を撮り、花子は初めてのショートケーキにかなり感動したらしい。

千尋編、完結!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事で、かなり暗く始まってしまった千尋編でしたが無事完結致しました!

正直なところ、最初の時点での千尋は『一年女子』というかなり薄い存在で、千尋編を書こうと決めた時は何も決まっていませんでした。

でも、話を少しずつ書いていくにあたって、段々と千尋という存在が確立したような気がします。

こうして生まれたのが、『花子との友情』をテーマにした千尋編でした。

当初の予定より厳しい困難が与えられましたが、これを乗り越えてくれたおかげで、千尋という存在がまた大きくなった気がします。


やっぱり雰囲気悪いまま終わるのは嫌だという事で仲直りしましたが……、これ今度から弁当どうするんだ?

全く決めてないんですけどww


これにて、千尋編は終了です!

次回からは普段通り賑やかなマガオカに戻っていくのでよろしくお願いします!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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