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【033不思議】花子と千尋

 時は数日前に遡る。

 校舎中に授業終了のチャイムが鳴り響き、一年E組にも落ち着いた休憩時間が訪れた。

「千尋ー」

 教科書の整理をしていた千尋は、その声を聞いて顔を正面に向ける。

 そこにはクラスの友達である沙樹(さき)の姿があった。

 沙樹の後ろには他の友達である女子二人の姿も見え、三人は千尋の方へ歩いてくる。

 千尋は教室にいる時は大体この女子三人と一緒にいる事が多く、他のクラスメイトからは仲良し四人組と位置付けられていた。

 クラスカーストで言うと割と上位だったが、千尋は分け隔てなく他のクラスメイトとも話す事は多かった。

「何ー?」

 千尋はいつもの調子で友達に笑顔を向ける。

 沙樹達も千尋の席まで歩いてくると、笑って話題を投げかけてきた。

「B組の零野花子って知ってる? 千尋と同じオカ研らしいんだけど」

 それを聞いて千尋の表情は更に明るくなった。

「うん、知ってるよ!」

 千尋はそう言って、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 トイレの花子さんである自分の友達が、別の友達から話題として出る事が嬉しかったのだ。

 ――花子ちゃんの事紹介しよう! あっ、でも花子ちゃんがトイレの花子さんって事は言っちゃいけないんだよね。

 千尋は心の中でそう自分に警報を鳴らす。

 ――そうだ! この前駅前に出来たケーキ屋さん、沙樹達と花子ちゃんで一緒に行きたいなー!

 そんな妄想に花を咲かせながら、千尋は笑顔で花子の紹介を始めようとする。

「花子ちゃんはね!」

 始めよう、としたのだが。


「あの子、なんかウザくない?」


 聞き間違いかと思った。

 しかし、沙樹達の話を聞けば聞く程、それが聞き間違いではないと証明されていき、さっきまでのお花畑の妄想は一瞬にして砕け散った。

「いつもぼーっとしてさ。自分で何も出来ないのかな?」

「あれ絶対わざとやってるよね?」

「あーしてれば男が寄ってくるとか思ってるのかな?」

 そんな事無い、そんな言葉は千尋の喉まで来て静かに落ちていった。

 千尋は何も言えないまま、沙樹達の話に耳を傾けるだけだった。

「ねぇ、千尋もそう思うでしょ?」

「!」

 話しかけられた事に過剰に反応してしまったが、沙樹は特に気にしていないようだ。

 千尋はなかなか口を開けないまま、黙り込んでしまう。

 やっと千尋が口を開いた時、千尋の顔には笑顔が張り付けられていた。


「うん! 私もそう思ってたんだよねー!」


 そう言う事しか出来なかった。

 もしここで沙樹達の言葉を否定すれば、今度は自分が標的になるかもしれない。

 花子に対してそんな事を言うのは胸を締めつけられる様な痛みだったが、自分を守る為となると背に腹は変えられない。

「だよねー、やっぱそう思うよねー」

「同じ部活だから、千尋と仲良かったらどうしようって思ってたんだー」

「そんな訳無いじゃーん!」

 言葉を口にする度に、心臓に針が刺されていくような痛みが走った。

 それでも自分を守る為、千尋は笑顔を取り繕って友達と話を合わせていた。


●○●○●○●


 その日からずっと、千尋は部活と水曜日の昼休みで会う時以外、花子と話をする事は無くなった。

 廊下で花子を見つけても、話しかける事は無い。

 仮に花子がこちらに気付いて目を合わせても、沙樹達の目を気にして逸らしてしまい、花子の隣を通り過ぎてしまう。

 その度に花子がこちらに目を向けている様な気もするのだが、千尋はそれすらも気付いていないふりを続けていた。


「ほんとごめんねー……」

 放課後がやってくると、千尋はほぼ毎日顔を机に当てて花子に謝っていた。

 千尋の声に頭が割れる様な元気さは見当たらず、顔も苦そうな表情になっている。

 背後に濃く映る負のオーラから察するに、相当罪悪感に押し潰されたのだろうと容易に理解できる。

 そんな千尋を目の前にしても、花子はいつもと変わらずに無表情で見つめていた。

「ほんと殴ってほしい……、もうハカセでも誰でもいいから殴ってほしい……」

「いや、流石に女に手を上げる趣味は無い」

 項垂れる千尋を見ながら、博士はそうバッサリと反論する。

 しかし、今の千尋に激しい切り返しが出来る筈はなく、力ないままに声を上げた。

「いいの。別にハカセのパンチが蚊に刺されるような威力しかなくていいの。取り敢えず殴ってほしいの」

「よし解った歯を食い縛れ」

「女に手を上げる趣味は無かったんじゃないの」

 怒りに任せて手を上げようとする博士を、乃良が宥めて何とか食い止める。

 そんな二人のやり取りにも目を向けようとはせず、千尋は机に体重を預けたまま溜息を漏らした。


「……大丈夫?」


 不意にそんな声が聞こえてきた。

 千尋は思わず目を見開いて、声のした方へと顔を向ける。

 声の主は千尋の目の前に座る花子だった。

「……何、で?」

 あまりの驚きに、千尋は声が上手く出せないでいた。

 そんな千尋に花子は首を傾げながら、そのまま口を開いていった。

「なんか千尋、元気無さそうだから」

 花子の言葉の一つ一つが千尋の心の中に入っていき、溶けていく様な感覚だった。

「何かあったの? もし何かして欲しかったら、何でもするよ。……ハカセが」

「俺かよ」

 千尋は項垂れてた体を元に戻して、両手で顔を隠した。

 ――あぁ……、私ほんとバカだ。

 千尋の両目にウルウルと涙が溜まってきているのに気付いたからだ。

 ――何でこんな良い子に、今まで酷い事してきたんだろう。

 溜まってきた涙は止められずに溢れ出し、千尋の頬を濡らしていく。

「……千尋、泣いてるの?」

 花子がそう言うと、皆の視線が一気に千尋に集まり、千尋が泣いているのを確認する。

「えっ、何で泣いてんの!?」

「どっか痛いの!?」

「ハカセがさっさと殴らないからじゃねぇの!?」

「なんで俺のせいになんだよ! 俺が殴ったらお前ら絶対批判するだろうが!」

 皆の声が耳に入ってくるも、涙が止まる気配は無い。

 それでも、そんな涙の中、千尋は耐え切れずにえへっと笑顔を零した。

「大丈夫……、大丈夫だよ」

 千尋はそう言って、何とか涙を塞き止めようと手の甲で目を強めに拭った。

 顔から手が離れた時、目は未だ潤んでいて赤く腫れていたが、そこにはいつもの千尋の笑顔があった。

 潤んで赤く腫れた目には、確かな覚悟が秘められていた。


●○●○●○●


 翌日、まだ朝にも関わらず太陽が激しく照りつけてくる中、一年E組の仲良し四人組は今日も仲良く一緒にいた。

「ねぇ、この前花子見たんだけどさー、なんかまたあの眼鏡野郎と一緒にいたわー」

「なんかいつも一緒にいるよねー。付き合ってんのかな?」

「お似合いなんじゃない? 冴えないメガネ君と何もできないぼーっと女」

 そう言うと、沙樹達は楽しそうに笑い出した。

千尋は同じ場所にはいるが、一人別の世界に取り残されたかのようにして、神妙な表情で話をする機会を窺っている。

 沙樹達の甲高い笑い声が聞こえる中、千尋は意を決して声を出した。

「あっ、あのさ!」

 楽しい空気の中に水を差す様にして発せられた声に、笑い声がピタリと止む。

 空気は最悪だが、気を利かしたように沙樹が千尋に話しかける。

「どうしたの、千尋」

 沙樹の表情は笑っていたが、その奥に鋭利な何かがある事はすぐ解った。

 千尋は不安と一緒にゴクリと息を飲むと、乾いた声で沙樹達に言いたい事を口にした。

「もっ、もう、止めない?」

 曖昧な内容を読めたのか読めてないのか、沙樹はコクリと首を傾げる。

「止めないって……、何を?」

 さっきまでの楽しい空気はどこへやらと飛んでいき、千尋も逃げたくなるが、なんとかして声を絞り出す。

「花子ちゃんの事、酷く言うの……」

「酷くなんか言ってないじゃん。ほんとの事言ってるだけ」

 千尋の歯切れの悪い言葉に付け込んでか、沙樹は自分のペースで言葉を並べていく。

「ていうか何今更そんな事言ってるの? 千尋もあいつの事よく思ってないんでしょ?」

 沙樹のその言葉に、千尋はピクリと体を震わせる。

「違う……」

 千尋はそう言うと、さっきまで怯えて言えなかった言葉達が堰を切った様に溢れ出した。

「本当は花子ちゃんは良い子で、大好きで……、でも、沙樹達の事も大好きだから、本当の事言えなかった。もし花子ちゃんの事嫌いなふりしなかったら、沙樹達に嫌われるような気がして……」

 千尋の体は言葉を口にする度に震えていく。

「でも……、無理だった」

 千尋の頬を一筋の涙が伝った。

「花子ちゃんは本当に優しくて、ずっと酷い事してた私を嫌わないでくれて……、そんな子の事……、嫌えないよ……!」

 最初は聞くのも至難な程小さな声だったが、千尋は声を大きくして沙樹達に伝えていた。

「だから、沙樹達も花子ちゃんに酷い事言うの止めて! それで、一緒に仲良くしようよ!」

 千尋の心からの訴えを、沙樹達はただ静かに聞いていた。

 全てを聞き終えた後もしばらく黙っていたが、沙樹が静かに笑顔を漏らした。

「解った」

「!」

 沙樹の声に、涙を拭っていた千尋は先の方へと目を向ける。

「あの子、千尋の友達だったんだね。今まで酷い事言ってごめん。これからはもう、酷い事言わないよ」

 沙樹の言葉に千尋の表情は段々と明るくなっていき、たちまち笑顔に変わった。

「ほんと!?」

「うん、花子さんには千尋から謝っといてくれないかな?」

「もちろん! 任せといて!」

 千尋はそう言うと、思わず沙樹に抱き着いていた。

 沙樹は少し困った表情をしていたが、すぐに微笑んで千尋をそっと抱き返した。

 千尋の顔にはいつもの笑顔が戻ってきており、本当に嬉しいんだろうというのが客観的に見てもヒシヒシと伝わってきた。


 その次の日から、千尋が沙樹達と一緒に過ごす事は無くなった。

年頃の女の子のネットワークって恐ろしいですね。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


前回は花子目線で書いたのを一転し、今回から本格的に千尋に注目して書き始めました。

読んで下さって解る通り、今回とても重たい話になります。


僕も高校生なんで解るのですが、クラスにはそれぞれ仲の良いグループがあって、全員がそこから追い出されないように注意しながら楽しんでいます。

男子でもそんな世界があるのに、女子の世界ではそれがもっと厳しいように思えます。

そんな中で自分の意見をちゃんと伝えることができた千尋は本当にすごいんだと思うんです。

これから千尋に更なる試練が待ち構えていると思いますが、何とか乗り越えていつもの笑顔の千尋が戻っている事を期待してください。


果たして、これからの試練に千尋は乗り越える事が出来るのか!?

皆さん、千尋に応援よろしくお願いします。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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