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【032不思議】ウラオモテ

 午前のスケジュールが終了し、待ちに待った昼休みが始まった。

 本格的な夏の登場を感じさせる日差しにも関わらず、中庭には昼食を取ろうとする生徒達の姿が数多く見える。

「ねぇ! 見てコレ!」

 その中の一人から、とびきり陽気な声が聞こえてきた。

 そこにはそれぞれ昼食を食べている花子と乃良に、どーんと何かを見せつけている千尋の姿があった。

 本日は水曜日、千尋も一緒に昼食を食べる曜日だ。

「……何それ?」

 これ見よがしに見せてくるそれを見ながら、恐る恐る乃良が質問をする。

 千尋の持っているそれは、どこかのマダムのような格好をした虎の人形だった。

「何って……、トラ夫人だけど」

「トラ夫人!?」

 小学生が考えたような安直な名前に、乃良は思わず聞き返してしまう。

「トラ夫人はヨーロッパに住むブドウ農家で、毎日せっせとブドウを育ててるんだよ。トラ夫人が育てたブドウで作ったワインは、一本で豪邸が買えるくらいの値段がつくとか」

「トラ夫人の説明訊いてない! 何でそんなもの持ってんの!?」

 暴走しだした千尋に、乃良は慌ててブレーキを踏む。

 しかし乃良の声に、千尋は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑顔を浮かべた。

「それはね、この前月刊の雑誌に書いてあったんだー! 魚座のアナタは今月、今世紀史上最悪な一ヶ月になるでしょうって……」

 口にした瞬間、千尋は段々とさっきまでの陽気さを失い、机に項垂れてしまった。

 ――あー占いか。ちひろん、そういうの思いっきり信じそうだもんなー。

 項垂れる千尋を、乃良は横目に見ている。

 花子に関しては、千尋の事をじっと見つめてはいたが、コッペパンを食べる手を止める事は無かった。

「だけどね」

 千尋の話には続きがあったようで、二人は千尋の声に耳を傾ける。

「ラッキーアイテム、『動物柄の小物』を持ってれば、今世紀史上最高のスーパーラッキーな一ヶ月になるんだって!」

「動物柄っていうより動物だよ! 小物っていうより大物だよ!」

「いいの! 細かい事気にしない!」

 乃良の言葉をそうバッサリ切り捨てると、千尋は花子の方に視線を向けた。

「花子ちゃんはどう思う? 可愛いでしょ?」

「………」

 千尋が見せてくるトラ夫人をじっと見つめながら、花子はパンを食べていた。

 しばらくしても返事はあらず、ただ花子の持っているパンだけが小さくなっていく。

「……可愛い」

「でしょ!?」

「嘘!?」

 かなりの時間差の答えに、千尋と乃良はそれぞれの反応を見せた。

「嘘って何! アンタこれが可愛くないと思ってるの!」

「思ってるよ! 多分学校でマーケティング調査したらダントツで可愛くないって言われるよ!」

「そんな訳無いじゃん! じゃあ今度西園先輩にお願いしてやろうよ!」

「その話乗った!」

 何故か西園を巻き込んだ言い争いも、花子はパンを食べて見守っている。

 そんな花子を、千尋は言い争いを忘れてじっと見つめた。

「……花子ちゃんってさ、いつもパンだよね?」

「?」

 千尋の突然の質問にも、花子はパンを口に挟んで対応する。

「まぁそっか、弁当作ってくれる人いないもんね」

 花子からの返答を待たず、千尋はそう勝手に答えを導くと、そのまま笑顔を見せた。

「それじゃあ、今度花子ちゃんの分も弁当作ってきてあげようか!?」

 千尋の提案に、花子は訳が解らずぼーっとしている。

 そんな花子の代わりに口を開いたのは、静かに話を聞いていた乃良だった。

「作ってきてあげるって……、もしかしてちひろん、自分で弁当作ってるの?」

「? そうだよ?」

 乃良からの質問に、千尋はあっさりと言葉を返す。

「へーそうだったんだ! なんか意外!」

「ちょっ、それどういう意味!?」

「いやー、ちひろん絶対料理出来ない属性だと思ってたから」

「ハッキリ言うんじゃない!」

 二人が慌ただしく話し出した中、まだ話の流れについていけてない花子は、前の話題のまま声を出す。

「いいの?」

「もちろん! 二人分作ろうが三人分作ろうがそう大した事じゃないし!」

 花子の声に、千尋は笑顔でそう答えた。

「じゃあ俺の分も一緒に作ってよ!」

「嫌だよメンドクサイ」

「三人分作ろうが大した事無いんじゃないの!?」

「過去の発言をネチネチほじくり返すな! ねちっこい!」

「五月蠅ぇなお前ら! 昼飯くらい静かに食え!」

 乃良と千尋が騒ぎ出したのをきっかけに、一緒の机で食べていた博士の堪忍袋の緒がいよいよ切れた。

「ほら乃良、言われてるよ」

「お前だよ石神! お前がいると何でこんな五月蠅くなんだよ!」

「はぁ!? 私のせいだって言うの!?」

「そう言ってんだろ! 解ったら黙って弁当食っとけ!」

 博士の怒り任せの大声が飛び、その場は博士が千尋達を叱る前よりも一気に騒がしくなる。

「大体ハカセちっちゃい事で怒りすぎなんだよ! カルシウム足りてんの!?」

「牛乳飲む?」

「いらない!」

「煮干し食うか?」

「なんでそんなの持ってんだよ!」

 中庭にいるほとんどの生徒の視線が博士達に集められているのだが、そんな事も気付かず四人は騒いでいる。

 そこからは博士と千尋の独壇場となり、話が脱線しながら言い争いが続いていた。

 蚊帳の外状態になった乃良は、終始黙々とパンを食べ続ける花子にふと話題を零す。

「……平和だな」

「……うん」

 それ以上その話題が広がる事は無く、二人は静かに博士と千尋の喧騒を見守っていた。


●○●○●○●


 昼休みが終了した、午後の授業。

 一年B組の次の授業は移動教室で、授業が始まる前に別の教室まで移動しなければいけない。

「零野さーん、行こー」

「うん」

 花子は教材を持って、手を振ってこちらを待っている真鍋を含めたクラスメイトのとこまで駆けていった。

 博士以外の生徒とも大分打ち解ける事ができ、今ではこうして一緒に移動する仲だ。

「ねぇ、昨日のドラマ見た?」

「見た見た!」

「ただの恋愛ドラマかと思ってたら、まさか宇宙人と戦いだすとは……!」

「主役の俳優、カッコ良かったね!」

 まだ女子高生の会話の中には、なかなか入れないのだが。

 ――……あっ。

 教室までの移動中、花子は見慣れた人影を見つけた。

 他の友達と楽しそうに会話をしながら歩いている千尋である。

 ――千尋だ。

 千尋も移動教室のようで、段々と花子の方へと歩み寄ってくる。

 花子はじっと千尋の事を見つめているが、千尋は花子の視線に全く気付いていないようだ。

「千尋」

 花子は千尋に向かってそう手を振った。

 その声に流石に千尋も気付き、花子とバッチリと目が合う。


 しかし、千尋はすぐに視線を逸らし、花子の横をするりと通り過ぎてしまった。


「………」

 何やらいつもと違う千尋の雰囲気に、花子は立ち止まって千尋の背中を見つめていた。

 千尋の背中はいつも通り楽しそうで、友達との会話を楽しんでいるように見える。

「零野さんどうしたの? 友達?」

「でも、今花子ちゃんの事無視してなかった?」

「気付かなかったのかな?」

「おーい花子ちゃーん、行くよー」

「……うん」

 背中からかけられる真鍋達の声に、花子は千尋を不思議に思いながらも、顔を前に戻して教室へと再び歩き出した。


 そんなシーンを一部始終、第三者の視点から見ていた人物が一人。

「おーいハカセー、行くぞー」

 同じく次の教室へ移動している博士だった。

「……おぅ」

 博士はそう言って、いつの間にか止まっていた体を教室へと動かせた。

 花子、そして千尋の事を頭の隅っこで考えながら。


●○●○●○●


 本日の全てのスケジュールが終了し、いつもの放課後がやってきた。

「よっしゃー! 今日は何して遊ぶか!」

「だるま落としやりましょーよ!」

「おっ、いいな! ちょっと待っとけよぅ。えぇっと、どこにしまったっけなぁ」

「この部室ほんと何でもあるな」

 部室の棚のどこかに眠っているだるま落としを膝をついて探す先輩の背中を見て、博士は思わず溜息を吐いた。

 そして視線を花子の方へと向けた。

 椅子にチョコンと座る花子は一見いつもと変わらないように見えるが、どこか考え事をしているようにも見えた。

 今日の移動中に見たもう一人の人影は、辺りを見渡しても見つからない。

 博士は何か花子に話しかけようともしたが、何を言っていいか言葉が見つからず、そんな考えはすぐに消えてなくなった。

「どうもー」

「!」

 ドアから聞こえてきた声に、博士と花子はドアの方へと目を向ける。

 そこには案の定千尋がおり、千尋はスタスタと花子の前の席に腰を下ろす。

「「………」」

 二人の間に会話は一切生まれず、来たばかりの千尋もどこかよそよそしい様子だ。

 そんな中、花子は何かを決意した様子で口を開いた。

「……ちひ」

「ごめん!」

「!?」

 花子の言葉を遮る形で発せられた千尋の言葉に、博士は驚いた表情を見せる。

 千尋は花子に手を合わせて頭を下げており、それを目の前で見せられている花子も何も喋らないという事は事態がよく呑み込めていないのだろう。

 花子が何も喋らないのを良い事に、千尋は自分の言いたい事をドンドンと出していく。

「今日花子ちゃんの事無視しちゃったよね。折角花子ちゃんから話しかけてくれたのに。もうほんと最低! ちょっと私、……その時色々考えててさ。今度会ったら絶対無視しないから。もし無視したら殴ってもいいから! というか今殴って! じゃないと私の私への怒りが収まらない!」

 まるで滝の様な勢いで流れる千尋の言葉を、花子は静かに聞いていた。

 その全てを受け止め終えた後、花子は静かに口を開いた。

「……殴らないよ」

 その花子の一言で、千尋の心が洗われるような、そんな錯覚に陥った。

「ごめんね……、本当にごめんね」

 その後も千尋は何十回と謝り続け、それを花子は静かに聞き続けた。

 そんな二人を見て、博士はどこか安心したように微笑んでいる。

「私殴っても力ないから。もし殴ってほしいなら、ハカセに殴ってもらって」

「それは嫌。花子ちゃんに殴ってほしい。ハカセも花子ちゃんと同じくらい力無いと思うけど」

「それはどういう意味だテメェ」

 さっきまでのしっとりした空気から一転、部室にはいつもの騒がしい音が鳴りだした。

 博士の怒号に千尋は笑っており、他の部員達も巻き添えて楽しそうにしている。

 しかし、その場の誰も気付かなかった。

 千尋の笑顔の中に、どこか悲しそうな表情が映っている事を。

誰だって裏表はありますよね。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回からみんなにスポットライトを当てていこう第二弾、千尋編です!

まだ導入部分でここで語るような事は無いんですが、皆さんもお察しの通りこれから大変な事が起きます。

いつもは元気な千尋の違う一面を書けたらなと思うので、よかったらお楽しみください。


話は変わりまして、この回から物語は七月に入ります。

現実世界ではすでに八月……、随分とっくにですが追い抜かされましたww

この調子だと夏休みがとっくに終わった時にこの作品では夏休みを迎えそうです。

これが週刊連載ってやつか……ww


さて、千尋の最後の表情の理由はいったい……。

これからの千尋編をどうかよろしくお願い致します!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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