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【031不思議】縺れた赤い糸

 午前の授業が終わった昼休み、校舎棟三年の階では女子生徒の黄色い声が次々に鳴らされていた。

 女子達の視線の先には三年A組。

 そのドアにもたれかかる体勢で教室を覗くとある男子に集中されていた。

「ハロー、僕のプリンセス。今日のアフタースクール、中庭までカモン。大事なエピソードがあるんだ」

 男子は不思議なオーラを背景に、端正に整った太めの眉毛を弄っている。

「あの人D組のテニス部のエースじゃない!?」

「なんでここにいるの!?」

「いよいよ告白するんじゃねぇか!?」

「美男美女カップルの誕生だ! 羨ましいな畜生!」

 人気の男子生徒のお誘いに、女子だけでなく男子までもテンションが最高潮に達する。

 しかし、誘われた女子は何ら変わらないいつも通りのテンションで男子に接していた。

「ごめんなさい。部活があるから行けないの」

 男子に誘われた相手は学園のマドンナである西園美姫。

 丁重にお断りした西園に、周囲の生徒達はさっきまでのざわめきを落ち着かせていく。

 生徒達の顔色が不安一色に染まる中、当の本人であるテニス部エースだけは変わらない態度で話を続けた。

「なに、ほんのモーメントで終わる。その後でクラブに行けばいい」

 その笑顔に女子達は胸を撃たれていくが、男子達はヒソヒソと彼について噂をする。

「あいつ、やんわり断られたのに折れてねぇな」

「そりゃーずっと片想いしてたからねー。『向こうから告白するのを待つ』とか言って全然告白しずにとうとう自分から告白したけど」

「つーかあいつカッコづけるの間違ってルー大柴みたいになってね? クラブとか意味変わってんだろ」

「何であんなのがモテるんだ?」

 男子達は不思議そうに思いながらも、そっと視線を戻して西園の答えを待つ。

「じゃあ、リトルだけね」

 ――感染った!

 予想外の返答に、さっきまで静かだった周囲が再びざわめきだした。

「これはワンチャンあるんじゃねぇか!」

「あいつならまだ可能性あるって!」

「いやーでも西園さんだからなー」

「大丈夫だって! 幸せになれよ畜生!」

 様々なヤジが飛び、教室はまだ決まった訳でも無いのに祝福ムードだった。

 西園もそれを気にしていない様子で、テニス部エースが帰った後はいつも通り女友達と会話を楽しみだす。

 そんな賑やかな教室を、トイレから帰ってきた多々羅は不思議そうに眺めていた。

「どうしたんだ、皆こんな騒いで。何かあったのかってうわぁ!」

 話しかけていた斎藤の顔を覗いた多々羅は、思わず声を上げてしまった。

 斎藤のクラスメイトに向ける目つきは、本当に斎藤なのかと疑う程に鋭く、憎悪に満ちていたのだ。

「何があったんだよ……」

 突っ伏す斎藤に聞こえないような声で、多々羅はトイレに行かなければ良かったと強く後悔した。


●○●○●○●


 部室に来ても斎藤の狂おしい目つきは変わっていなかった。

 デスクに力無くして項垂れる斎藤に、目の前に座る博士と乃良は道端のゴミでも見るような目を向けている。

「どうしたんすか、斎藤先輩」

「なんか……、ほとんど死体っすよ」

 博士と乃良の呼びかけにも答える様子は無く、斎藤はピクリとも動かない。

 代わりに口を開いたのは多々羅だった。

「美姫が他の男に告白されてんだとよ」

 別方向から来た答えに二人は一瞬納得するも、すぐに違和感に気付いて斎藤に問い質す。

「西園先輩が告白されてるなんて今更じゃないですか?」

「ミキティ先輩モテるし、今まで何回も告白されてるっしょ?」

「そうだけどぅ……」

「今回の相手はテニス部のエースで、女子からキャーキャー言われてるようなヤツなの」

「「あー」」

 多々羅からの再びの答えに、二人はそう声を漏らす。

 ――まぁ、ミキティ先輩の事だし万が一とかねぇと思うけど。

 乃良は心の中でそう思うも、敢えて口には出さなかった。

 目の前で項垂れる斎藤を前に多々羅は溜息を漏らすと、腕を組んで語り出した。

「あんま気にするなって言ってんだけどさ。全く、こんな悩むならさっさと告白すればいいのに。相談ならいつでも聞いてやるのに」

「多々羅先輩! あやとりしましょー!」

「よしきた!」

「アンタの中で斎藤先輩の恋路よりあやとりの方が大事なのか」

 博士の冷静な声は、千尋と花子と一緒にあやとりに夢中になった多々羅にはもう届いていないようだ。

 どうしようもないと割り切って斎藤に目を向けると、グスッグスッと肩が揺れているのが解った。

「えっ……、斎藤先輩、もしかして泣いてる?」

 斎藤から返事が返ってくる事は無く、ただ肩が揺れるだけである。

 どうしようかとあたふたしていると、斎藤が涙声で口を開きだした。

「僕なんかより、彼の方がお似合いだよ。西園さんは太陽みたいな人だ。海の底でプクプク呼吸するシジミみたいな僕とは、相容れる筈が無いんだよ……」

「斎藤先輩……」

 いつもより弱気になっている斎藤に、二人は何も言う事が出来なかった。

 それでも博士は斎藤につられて悲しそうな顔をして、言葉を絞り出す。

「落ち込んでるとこ悪いんですけど、シジミは淡水の貝です」

「お前もあやとりしてこい」

 乃良はそう言って博士を椅子から追いやり、あやとりを楽しむ畳スペースへ移動させる。

 いつもならこの状況を楽しそうに笑う斎藤だったが、そんな顔すら見えず乃良も暗い表情になった。

「遅くなりましたー」

 そう言ってドアを開けたのは、さっきまで噂していた西園だった。

 西園はいつもと変わらない様子で鞄を下ろし、斎藤の隣の席に腰を下ろす。

「……おめでとう」

「? 何が?」

 心当たりがあるのかないのか、西園は斎藤の言葉に首を傾げる。

「告白、されてたんでしょ? テニス部のエースの」

「うん。でも断ってきたよ?」

「解ってる。断ったんでしょ? それで僕ずっと悩んでてって、えぇ!!?」

 あまりに自然な西園の回答に、途中まで気付かなかった斎藤は驚きを隠せないでいた。

 そんな斎藤に触れる様子も無く、西園は何か思い出したようでポンと手を打つ。

「そうだ。斎藤君、途中で楠岡先生に会ったんだけど、斎藤君に用があるって言ってたよ?」

「えっ!? なんで!?」

「解んないけど、取り敢えず一分以内に来いって」

「それ言ってたの何分前!? いいや行ってきます!」

 斎藤はそう言うと一目散に走りだし、目にも止まらぬ勢いで部室を後にした。

 そんな斎藤を西園は右手を目の上に添えて眺めていた。

「……ミキティ先輩って」

 唐突に話しかけられた西園は、目の前に座る乃良に目を向ける。

「一体どこまで知ってるんすか?」

 あまりにもざっくりとした内容だったが、西園は質問内容を理解したようで意味深に笑みを浮かべる。

「どこまでも」

 ――やっぱりか……!

 予想通りの返答に乃良は少し頭を悩ませると、そのまま話を切り出していった。

「ミキティ先輩はさいとぅー先輩の事どう想ってるんすか?」

 どうせはぐらかされるんだろうなと内心思いながらも、乃良は西園の答えを待つ。

 しかし、予想に反して西園は純粋な笑顔を見せていった。


「好きだよ」


 写真を撮って学校で売ったら商売が成り立つんじゃないかと思うくらいの笑顔に、乃良はしばらく放心していた。

「……そんなハッキリ言うとは思いませんでした」

「そう? 私結構素直だよ?」

 西園はいつもの悪戯な笑顔を見せ、それを見て乃良もニヤリと笑う。

「なんで告白しないんですか? 両想いってもう解ってるんでしょ?」

 両想いと解っているならば、告白すればいいだけの話だ。

 しかし西園は「んー」と言葉を選んでいると、選んだ言葉を並べていった。

「どうせなら斎藤君から告白されたいなと思って、斎藤君からの告白を待ってる感じ?」

「あの人、いつまで経っても告白する気なさそうな気がするんですが」

「ねー、困っちゃう」

「困っちゃうじゃなくて!」

 完全に西園のペースの会話に乃良は声を荒げるも、西園はクスリと笑うだけである。

「大丈夫、今日は斎藤君に告白される作戦を考えてきたから」

「作戦?」

 西園の言葉に乃良が首を傾げると、西園は頷いた。

 そのタイミングを見計らったかの様に、部室のドアがガラガラと開かれる。

「楠岡先生呼んでないって言ってたよ!?」

 さっきまで楠岡のもとへ急いでいた、息を荒げている斎藤である。

「あぁごめん、斎藤君じゃなくて西郷どんだった」

「そんな人この学校にいるの!?」

 斎藤は西園とそんな会話をしながら、さっきまでいた席に腰を下ろしていく。

 そんな斎藤を見ながら、乃良は少しドキドキしていた。

 ――ミキティ先輩の言ってた作戦って何だろう?

 『作戦』という響きにロマンを感じながら、乃良は西園が動くのを待った。

 乃良の期待が伝わったのか、斎藤の息が整っていくのを見計らって西園が鞄の中を漁りだした。

「あっそうだ。斎藤君」

 鞄を漁る西園に、何事だと思って斎藤は目を向ける。

 西園が鞄から取り出したのは女子高生に人気のとある雑誌だった。

 ペラペラとページを捲っていき、両開きにして机に広げる。

 そのページには大きい文字で『血液型相性診断』と書かれていた。

「斎藤君ってO型だったよね?」

「えっ? うん」

「私A型だから、O型とA型で相性最高らしいよ! すごいね!」

 ――えぇぇぇぇぇぇぇ!

 西園の作戦を黙って聞いていた乃良は、心の中で大いに叫んでいた。

 ――えっ、作戦ってこれ!? ただの相性診断じゃん! 作戦でもなんでもねぇよ! O型とA型なんてそこら中にいるわ!

 斎藤もよく解っていないようで、不思議そうに西園を見つめている。

 しかし西園はここぞとばかりに話を繋げていった。

「それにこれ見て」

 次に西園が開いたページは『朝食はパン派? 米派?』と書かれている。

「二人とも朝食は米派だから、これも相性バッチリね!」

 ――最早二択じゃねぇかそれ!

「極めつけはこれ!」

 西園はそう言ってスマートフォンを取り出し、画面を斎藤に見せつける。

「今日のめざまし占い、牡羊座の斎藤君は一位だよ! 『勇気を持って行動すれば、何事も上手くいくでしょう』だって!」

 ――占いにまで来ちゃった!

「さぁどうする!?」

 そう言い切った西園は、斎藤の顔を覗いてじっと答えを待つ。

 まだ状況が呑み込めていない様子の斎藤は、目をしどろもどろさせながら答えを口にしていく。

「……じゃあ」

 開かれていく斎藤の口を、西園はどこか期待するような目で見つめている。

 西園が答えを待つ中、斎藤は苦い笑みを浮かべながらいよいよそれを口にした。


「今日は勇気出して、ちょっと高めのコンビニアイス買おうかな!」


 瞬間、部室に身悶えするような沈黙が訪れる。

 さっきまで答えを心待ちにしていた西園も、今ではすっかり冷めきった目をしている。

「……うん、買えば?」

「あれ!? 違った!?」

 急に態度が変わった西園に、斎藤は困った表情で西園の顔を覗く。

「買ったらいいんじゃない? 行ってらっしゃい」

「そのぅ……、なんかごめん」

「……一口頂戴」

「えっ!? あぁ、うん! 一緒にコンビニ行こう! それでちょっと高めのアイス食べよう!」

 よく意味の解らない会話を目の前に、乃良は目を細めていた。

 それは畳スペースであやとりをしていた多々羅と千尋も同じで、冷たい視線を送っている。

「ありゃー当分くっつかないな」

「黙って告白すればいいのに」

「黙っては告白できねぇだろ。あぁ違う! 花子それじゃない! こっちの糸!」

「これ?」

「違う! あぁもう絡まったじゃねぇか!」

 すっかり赤いあやとりに熱中している博士と花子の大声も、今の二人には聞こえていないようだ。

 なんとか西園をいつもの調子にしようと奮闘する斎藤に、西園は笑顔になっていたが、斎藤はそれに気付かず必死に話を続けていた。

皆さんもご一緒に、赤い糸ってそっちかよ!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事で今回は、斎藤くんと西園さんカップルの回でした。

前から雰囲気は漂わせておりましたが、いよいよ西園さんの想いのうちが明らかになりましたね。

二人は正真正銘両想いなのですが、なかなか面倒くさいです。

そんな面倒くさい彼らの恋路の方も、優しく見守ってくださると幸いです。


さて、話は180度変わりますが、僕からまた謝らなければなりません。

また登場人物の名前を変更させていただきました。しかも主役w

前からこの名前は流石にダメかなとは思っていたのですが、書き始めた以上変える勇気もなく、結局三十話を切った後での変更となってしまいました。

これからは極力このような事が無いように尽力しますが、もしかしたら変更してしまう時があるかもしれません。

もし読んで下さっている方がいたとしたら、ややこしくなりますが本当に申し訳ありません。

内容は全く変える気はありませんので、引き続き箒屋博士の送るマガオカをよろしくお願いします。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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