【030不思議】多々羅のスポーツテスト
オカルト研究部部室にて、博士は頬杖をついてじーっと目の前で繰り広げられる光景を見つめていた。
博士の視線の先には多々羅とそれを囲む部員達。
多々羅は皆から視線を浴びているのを確認すると、不意にバットを構えるポーズをとって、そのまま空振りスイングをした。
そのスイングに目を光らせていた斎藤が、息を吐く様に言葉を告げる。
「谷沢健一」
「正解!」
「何なのこのゲーム!?」
斎藤が答えた瞬間、千尋が堪えきれなかった感情を爆発させた。
「何なのバッティングフォームを見てどの選手か答えるって! そんなの解る訳ないじゃん! しかも歴代中日選手だけって!」
「いや解るだろ」
「解んないよ!」
不思議そうに首を傾げる多々羅に、千尋は思いのままに感情をぶつける。
次に千尋の標的となったのは斎藤で、千尋は斎藤に指を差して声を荒ぶらせた。
「大体何で解るんですか!?」
「えっ!? だって……」
千尋からの質問に困っている斎藤を見て、西園がそっと助け舟を出す。
「もう二年やってるしね」
「こんなつまんないゲーム二年もやってるんですか!?」
「つまんなくねーだろ!」
ハッキリと断言した千尋に、納得の言っていない様子の多々羅がそう反論をした。
「全く、それじゃもう一問行くぞ?」
「いや何問出されたところで解る気がしないんですが」
千尋の声も耳に入れず、多々羅はバッドを構えるポーズをとった。
そのまま数秒待機をし、力いっぱいスイングをする。
「いややっぱ解んないよ!」
一連の多々羅の動きを黙って見て、千尋はそう大声を上げた。
「さっきと何も変わってないじゃん! 誰!? 板東英二!?」
「違ぇよ! 板東英二ピッチャーやっちゅーねん!」
声を張り上げて言い争う千尋と多々羅だったが、その最中斎藤は静かに多々羅のスイングを分析していた。
「宇野勝」
「正解!」
「だから何で解るの!?」
千尋はそう言うも多々羅達は盛り上がっており、千尋の味方はいないように見えた。
疲れ切った千尋は体から力を無くし、泣きそうな声で後ろにいる博士にと声をかける。
「ねー! ハカセも黙ってないでなんか言って……わっ!」
そこで千尋達はようやく気付いた。
博士がこちらに目を向けるのを止め、頭を抱え込んでしまっているという事を。
「どうしたのハカセ!?」
千尋が声をかけると、博士は絞り出す様にして声を出す。
「……馴染んだ」
「え?」
博士の言った事にあまり理解できずに千尋が聞き返すと、博士は大声を上げて話し出した。
「馴染んちまったんだよ! 俺は七不思議の存在を学問で証明する為にこの部活に入ったんだ! それがなんだ? 部活でのんびりと遊んじまう始末! 何だよバッティングフォームを見てどの選手か答えるゲームって!」
「そんなの私が知りたいよ!」
「ていうかその設定まだ残ってたんだ」
「てっきり自然消滅したのかと思ってた」
博士は熱い程に悔しがっているが、部員達は冷静な表情でそれを見守っている。
その温度差に博士は頭を悩ませていると、何か思いついたようで口を開きだした。
「多々羅先輩、それと……斎藤先輩」
「「?」」
突然名前を呼ばれた二人はキョトンとした表情で博士を見る。
「体操服に着替え次第、体育館集合で」
何事もないようにそう言った博士に、二人は互いの顔を見合わせ、クエスチョンマークを頭上に大量発生させる。
「「え?」」
●○●○●○●
巨大な体育館に言われた通り体操服に着替えた多々羅と斎藤、そして何かの書類を手にしている博士が集まった。
「それではこれより、巨人の身体能力を計測するスポーツテストを実施します」
「待て待て待て待て」
何事もなく進められていく状況に、多々羅がストップをかける。
「何だよスポーツテストって!」
「だから巨人である貴方の身体能力を計測するって言ってんでしょ」
「そんな事する必要ある!?」
声を張り上げる多々羅に、今度は隣に立っていた斎藤が恐る恐ると手を上げた。
「あのぅ……、これ僕いるかな?」
「斎藤先輩には普通の高校生男子としての記録を出してもらい、多々羅先輩との比較対象に使わせていただきます」
「割としっかりやるんだな」
「でもそれならハカセ君がすればいいんじゃないかな?」
斎藤はそう博士に尋ねるが、尋ねられた本人は視線を斎藤から逸らして苦しそうな表情を作る。
「俺には……、普通の高校生男子の記録が出せないので……」
「あぁごめん! そんな落ち込まないで!」
心の折れかけた博士に斎藤が何とかして励まして、博士の心を修復させた。
「さて、それでは早速やっていきたいのですが……」
博士はそう言うと、ずっと黙って隣に立っていた相手に声をかける。
「何でいるの?」
相手とは紛れもない花子だった。
花子は博士に目を向けると、いつもと変わらない無表情で博士に返答をする。
「ハカセがいるから」
「あっそう」
博士はそうバッサリ切り捨てると、向き直って話を戻した。
「それではやっていきましょう」
●○●○●○●
「まずは五十メートル走です」
博士はそう言ってから、体育の教師の様に競技の説明を流れるようにしていった。
「ここから僕が今から移動するところまで全速力で走ってください。スタートの合図は花子にやらせます。五十メートル先がゴールだと思わず、ちゃんと走りきってください。以上質問などありますか?」
「「ありません」」
「それでは始めましょう」
そう言って博士は五十メートル先のゴール地点へと歩きだした。
そしてゴール地点に着くと、計測の準備をして多々羅達に聞こえるような声を上げた。
「それじゃあ斎藤先輩からお願いします!」
「はーい!」
斎藤は返事をするとスタート地点について、軽く体を解した。
しばらくして手を指につけて、クラウチングスタートで花子の合図を待つ。
「位置について、よーい…………」
「……長くない?」
「ドン」
「わぁ!」
不意打ちな合図に少し出遅れたが、何とかして走り出した。
一目散にゴールへと走っていき、あっという間に博士のいる五十メートルのゴール地点へと辿り着く。
それに合わせて博士が持っていたストップウォッチのスイッチを押す。
「人間代表斎藤優介、8秒253」
「細かい……」
そう呟く斎藤は息を荒げており、斎藤の声が博士に届く事は無かった。
「それじゃあ次、多々羅先輩お願いします!」
「おぅ!」
博士は五十メートル先にいる多々羅にそう伝え、多々羅もそれに手を振って応じる。
多々羅も軽く体を解し、これからに備えて息を整える。
「位置について」
「……ん?」
花子が合図を言っている時、博士はある違和感に気が付いた。
五十メートル先にいる多々羅の体がドンドンと大きくなっている様に見えたのだ。
「よーい、ドン」
合図と共に巨人化した多々羅は両足で大きく跳び上がり、そのまま博士と斎藤のいる五十メートル付近へとやってきた。
目の前の光景に茫然としている二人に、体を元の大きさに戻した多々羅は不思議そうに笑顔を向けた。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだじゃねぇよ!」
博士は思わずそう声を荒げ、そのまま体育館を壊す勢いで大声を上げる。
「何で立ち幅跳びしてんだよ! 競技変わってんじゃねぇか!」
「まぁまぁ。んで、記録は?」
「一秒切ってるよ! どんな記録だよ! 世界新記録だわ!」
博士の叫びにも多々羅は動じる事なく、ただ笑って叫ぶ博士を眺めていた。
●○●○●○●
「続いての競技はハンドボール投げです」
未だ怒りを抑えきれていない博士は、歯を食い縛りながら説明をしていった。
「ここにハンドボールがあるので出来るだけ遠くに投げてください。この円から一歩でも出たら記録無しです。計測は花子にやらせます。他に質問は?」
「「無いです」」
「それでは早速斎藤先輩お願いします」
そう言って博士は斎藤にハンドボールを手渡した。
斎藤はそのままビニールテープで作られた円の中に入っていくと、投げる準備をする。
そして腕に力を入れてボールを投げ飛ばした。
ボールは遠くへと飛んでいき、花子の目の前で床に着く。
そのままバウンドしたボールは花子の顔面めがけて飛んでいき、見事ヒットした。
「花子ちゃん!?」
数十メートル先で確認された光景に、斎藤は声を漏らした。
「花子ちゃん大丈夫!?」
斎藤はそそくさと花子のもとへと駆け寄っていき、花子の外傷を確認する。
「二十……二メートル」
「真面目!」
「人間代表斎藤優介、二十二メートル」
「その人間代表っていうの止めてくれないかな!?」
博士は記録用紙に斎藤の記録を記入すると、もう一つのボールを多々羅に渡した。
「それじゃあ……、多々羅先輩」
「任しとけ!」
自信満々にそう告げた多々羅に、博士は不安の目を向ける。
多々羅はグルグルと腕を回して準備をすると、ボールを掴んでそのまま全力投球した。
ボールはまるでレーザービームの様に直進し、すぐに反対の壁に当たった。
しかし、ボールは未だ勢いを緩めず、体育館の壁を右往左往と動き回り、多々羅の近くに来たところで多々羅はそのボールを片手で掴んだ。
「何やってんだよ!」
不安を裏切らない多々羅の行動に、博士は指を差して大声を上げる。
「何で自分で投げて自分で取ってんだよ! 悟空の修行か! これじゃあ計測出来ねぇじゃねぇかよ!」
「まぁまぁ、ここは未知数って事で」
「その未知を今研究してんだろうが!」
大声を上げる博士だったが、対する多々羅の表情に反省の色は全く見られなかった。
●○●○●○●
その後もたくさんの競技を重ねていった。
反復横跳び。
「多々羅! 全部の線踏んでる!」
「何で巨人化したんだよ! 測れねぇじゃねぇか!」
握力。
「悪い」
「何? 測定不能? まぁ別に今更驚く事じゃ」
「壊れた」
「粉々になってんじゃねぇか!」
長座体前屈。
「ぐぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「全然動いてない!」
「んで体は固ぇのかよ! ほんとどうなってんだよアンタの体!」
●○●○●○●
こうしてたくさんの問題を乗り越えて全ての競技が終了し、調査は無事に幕を下ろした。
のだが――。
「結局まともに計測できたのは長座体前屈だけか……」
記録用紙にざっと目を通した博士は、そのまま険しい目つきを多々羅に向ける。
「……アンタ超合金で出来てんじゃねぇの?」
「何でだよ!」
「だって体カッチカチだし」
「それ物理的に固いだけじゃねぇか!」
そう言い争う二人に傍から見ていた斎藤はふと笑顔を零した。
「まぁいいんじゃない? 気長に証明していこうよ」
優しく笑う斎藤に博士は言葉を出す事が出来ず、溜まった疲れを溜息で体外に放出した。
「んじゃ、今日は帰りますか。もう結構いい時間だし」
「そうだね」
「俺はここが家なんだけどな」
そう言いながら博士達は体育館を出ようと扉の方へ歩いていく。
「……あれ?」
扉に手をかけた博士は違和感を覚えて声を漏らした。
「どうしたの?」
「いや、なんか開かなくて」
博士はそう言って開けようとするが、扉はピクリともしない。
全力で扉を開けようとする博士に、今まで黙っていた花子がふと思い出した真実を口にした。
「そういえば、さっき先生が鍵かけていったよ」
「「!?」」
花子の口から飛び出した衝撃の事実に、思わず博士と斎藤は体を硬直させる。
「つまり僕達……」
「ここから出られない……?」
まだ事態が呑み込めていないのか、花子はみるみるうちに冷や汗を垂らしていく二人を見て首を傾げている。
じわじわと現実を把握していった二人はドンドンと扉を叩きだした。
「出してー! ここから出してー!」
「誰かー! 家に帰らせてー!」
「いいじゃん、今日は体育館に泊まってけよ!」
「嫌だよ! 何でここで一晩中過ごさなきゃいけねぇんだよ!」
「というか電気点いてたよね!? 何で鍵かけたの!?」
それからというもの、博士と斎藤による扉の打撃音はしばらく続いた。
結局は花子の幽体化で鍵を開けてもらうのだが、この頃の二人にはそんな策など浮かんでもいなかった。
史上最悪のスポーツテストだと思います(当社調べ)
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
この話の根源としてハカセが奇怪な不思議を証明するというのがあるのですが、実際それについてあまり触れられていません。
じゃあ今回はそれについて少しでも触れようと!
という事で多々羅の身体能力を調べる為にスポーツテストをしようという回になりました。
結局は何も進んでいないのですが、個人的には動きもあるし気にいっています。
ちなみに僕は学校行事で一番なんじゃってくらいスポーツテストが嫌いです。
毎年ワースト上位だし、何より僕の無様な姿を注目されるのが恥ずかしい……! 二度としたくない!ww
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




