表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/243

【026不思議】先生だって恋がしたい!

 昼過ぎの一年B組では授業が行われていた。

 科目は現代文、担任でもある先生が黒板にチョークを滑らせる中、机に座る生徒達は静かに板書をしていた。

 先生は黒板から生徒達の方に向き直り、眼鏡越しに眺めて説明をする。

「つまり作中の『私』は新しく入社してきた新人の話題についていけない事に劣等感を覚え、三十間近の自分を後ろめたく思っている訳です」

 先生の話に目を向けて聞く者もいれば、必死にノートと対面する者も見受けられる。

 そんな生徒達を見ながら、先生は一人に声をかけた。

「この『私』についてどう思いますか? 箒屋君」

 先生の声に当てられた博士は、視線を先生の方へ向けた。

 話を聞いていなかった訳では無く、博士はそのままおもむろに立ち上がり、ハッキリと答えを述べる。

「自意識過剰だと思います」

『!?』

 博士の答えにその場の生徒全員が思わず博士に目を向けた。

 気付いていないのか無視しているのか、博士は構わず自分の意見を話していく。

「相手は相手、自分は自分な訳ですから、話題についていけないだけで劣等感を抱くのはどうかと思います。もう三十間近でおばさん(・・・・)なんですから」

「ぐっ!」

「今時の若い子の話題なんかについていかなくてもいいんじゃないかと」

 話の途中で先生の胸に何かが突き刺さるも、博士はそれを気にせずに話し通した。

 先生は胸の痛みに耐えながら、苦しそうな声で博士に尋ねる。

「えぇっと……、三十間近は、もう……おばさんかな?」

「? おばさんでしょ」

「ぐはっ!」

 博士の回答に再び先生の胸に何かが突き刺さる。

「そもそもおばさんの定義は年を重ねた女性の事でしょ? もっとも年を重ねる事で魅力の増す女性もいますし、僕自身おばさんという言葉を蔑称だと思っていませんが、世間一般からの意見で言えば、三十間近は立派なおばさ」

 博士の言葉を遮るように授業終了を報せるチャイムが鳴り響いた。

「はい! それでは授業を終わります!」

 そのチャイムを逃さんと先生は声を張り上げてそう言い、クラス委員に号令を促す。

「起立、礼」

『ありがとうございました』

 先生はその声を聞くとそそくさと教室から出ていってしまった。

 まだ話の途中だった博士は、先生の去り際の姿を不服そうな表情でじっと見送っていた。


●○●○●○●


 一年B組の教室を出た先生はドアに凭れかかって、不意に溜息を漏らした。

 ――おばさん……か。

 さっき博士の言っていた言葉が脳裏に蘇り、心臓をじっくりと握り潰されていく感覚に陥る。

 一年B組の担任である馬場(ばば)は今年で三十歳の、まさに三十間近だった。

 もうすぐ三十路を迎えるというにも関わらずに彼氏はおらず、一人アパートで夜を過ごす毎日である。

 自分から何か動き出すタイプでは無く、逆に言えば誰かに何かして貰わないと動き出せないタイプだった。

 過ぎていくのは時間ばかりであり、そんな重い現実の中、馬場は職員室へ歩き出した。

「馬場先生」

 聞き覚えのある声に、馬場は胸躍らせて振り返る。

 そこにはこちらに向かって歩いてくる、ジャージ姿の楠岡の姿があった。

「楠岡先生」

「これから職員室ですか?」

 馬場の隣に来てそう尋ねる楠岡に、馬場は「はい」とだけ答える。

 楠岡はそれ以上何も喋らなかったが、楠岡も向かう先は同じ筈なので、一緒に向かう事になるだろう。

 ――くっ、楠岡先生と! 一緒に!?

 何を隠そう、馬場は楠岡に対して好意を抱いている。

 初めは持ち前のルックスから惹かれたのだが、同僚としてしばらく過ごしているうちに、楠岡の中身にも惹かれていったのだ。

 ――……でも。

 さっきまで明るくなっていた顔が一気に暗くなる。

 自分からは何も出来ない馬場が告白なんて勿論出来る筈が無かった。

 それに楠岡はまだ教師になってまだ二、三年。

 さっきの作中でいけば、『私』と新人くらいの年齢差で、とても釣り合っているとは思えない。

 そんな想いが馬場の気持ちを暗くさせていくのだった。


●○●○●○●


 時間は既に二十時を回り、窓を覗けば真っ暗な闇が街を覆っている。

 職員室は頼りない蛍光灯が光っており、残る職員は馬場一人となっていた。

 何か残業をしているようだが、その顔はとても良い表情とは言えず、頭の中では楠岡の事がグルグルと回っている。

 ――解ってるよ、私なんかじゃ釣り合わないって事。

 そう思いながら馬場は黙々と作業を続ける。

 ――それでも……、好きになっちゃったんだからしょうがないじゃん。

 そう考えると、とうとう馬場は作業の手を止めて机に突っ伏した。

 ――こんな想いずっと持ってても辛いだけだよ。……せめて。

「せめて楠岡先生に好きって言えたらなぁ」

 そんな頼りない小さな声は、誰もいない職員室で密やかに消えていく筈だった。


「先生は楠岡の事が好きなの?」


「どわぁ!」

 突如聞こえてきた誰かの声に、馬場は倒していた体を勢いよく立て、声のした方へと目を向ける。

 そこにはぼーっとこちらを見つめている花子がいた。

「零野さん!? 何で!?」

「これ」

 そう言って花子は持っているものを馬場へと渡す。

 日直が書く事になっている学級日誌だ。

「あぁ、ありがとう。遅かったね」

「ハカセに教えてもらいながら書いた」

 ――箒屋君、いつもありがとう。

 心の中で博士に最大限の感謝をして、馬場は学級日誌を自分の机に置いた。

「それじゃあもう夜も遅いし、早く帰りなさい」

「大丈夫、すぐ帰れるから」

 ――? 零野さん家って学校の近くだっけ。

 花子の家について少し考えるも、馬場にとって今重要なのは学級日誌でも花子の住所でもない。

 先程花子が言った言葉の内容である。

 ――零野さん鈍そうだし……、空耳かな?

 そう一人で結論づけると、馬場は早く花子を帰らせて作業を再開しようとする。

「それで、先生は楠岡の事が好きなの?」

「!」

 花子の言葉に馬場は体中の毛が逆立つような感覚に襲われた。

 二度も同じ質問をされては認めざるを得なくなり、馬場は静かに言葉を紡ぐ。

「……皆には内緒ね」

 馬場にとっては何とか絞り出した肯定だったのだが、花子はあまり意味が解っていないようで首を傾ける。

「何で楠岡が好きなの?」

「何でって、結構深いとこまで訊くのね。それと零野さん、呼び捨てはダメですよ。ちゃんと楠岡先生って呼ばないと」

「? 先生は馬場先生じゃないの?」

「私も楠岡先生も先生なの。解った?」

 馬場の言葉に花子はしばらく突っ立ったままだったが、しばらくして首を縦に振った。

 それに安心したのか、馬場は安堵の溜息を吐く。

「というか意外ね。零野さんが楠岡先生の事知ってるなんて」

「たまに部室に来るし」

「部室? ……あっ、そっか。零野さんってオカ研だったわね。楠岡先生が顧問してる」

 馬場はそう納得していると、時間を置いて花子にグイッと顔を近づけた。

「ねぇ、楠岡先生ってどんな人?」

「?」

 馬場の質問に花子が首を傾げるが、馬場はそのまま質問を重ねていく。

「楠岡先生が部活でどんな感じなのか教えてよ」

 目をキラキラさせて喋る馬場に、花子は部室での楠岡を思い出しながら口を開く。

「……嵐」

「嵐!?」

 予想外の答えに馬場は耳を疑った。

 ――えっ、何? 楠岡先生って部活であの国民的アイドルの曲とか歌って踊ってるの!? 何それすっごく見たい!

 想像と現実は百八十度違うのだが、馬場はそれを妄想して何かのモードに入ってしまったようだ。

 そんな馬場に花子は不思議がっていると、不意に口を開いた。

「あっ、楠岡だ」

「えっ!? ……いやいやまさか。零野さん、いくらなんでもそんな簡単なのには引っかからないって」

「あれ、零野じゃん。何でいんの?」

「楠岡先生!?」

 馬場はそう声を上げて職員室のドアを見ると、そこには確かに楠岡の姿があった。

「あれ、馬場先生も。何でこんな時間に?」

 ――それはこっちの台詞なんですけどぉ! あービックリした! 心臓止まるかと思った!

 馬場は心の中でそう饒舌になるも、実際は口籠ってなかなか喋れずにいた。

 そんな馬場に代わって喋ったのは花子である。

「楠岡……先生、あのね、馬場先生がね」

「!」

 花子の声を耳に入れて、馬場は考えられる最悪の事態を予期した。

 ――まさか零野さん、私が楠岡先生の事好きだって事、よりによって本人にばらす気なんじゃ……!

 馬場はそう考えたが、下手に花子の言葉を遮れず、花子の次の言葉をじっと待つ。

 花子の口がスローモーションに見え、花子はゆっくりとそれを口にした。


「今度部室に行きたいらしいよ」


 ――……え?

 花子の予想外の言葉に、馬場は事態を瞬時に呑み込む事が出来なかった。

「部室って……、オカ研の?」

「うん。そうでしょ?」

 花子の視線が馬場へと移り、それによって楠岡も馬場に視線を向ける。

 しかしそれよりも馬場は花子の言葉の意味を考えるのが先決であり、頭をフル回転させて考えていた。

 ――もしかして、あの質問内容をそう受け取ったのか!?

「えぇうん!」

 馬場は事態を理解するとそう楠岡に笑顔を向けた。

「あぁ良かったらどうぞ。つっても特にガキ共がダラダラしてるだけですけど」

 楠岡はそう言うも、当の馬場にはあまり耳に入っていない様子である。

「それじゃあ俺はお先に失礼します。お疲れ様でした」

「あっ、私も帰る。先生、じゃあね」

 二人はそう言うと職員室を後にし、職員室には馬場一人となっていた。

 馬場は二人に手を振っていたが、誰もいなくなったのを確認すると再びに机に突っ伏していた。

 ――あービックリした。……でも、良かった……のかな?

 そう考えると、馬場は顔を少し上げてこれから先の未来を想像した。

 ――楠岡先生の歌って踊っても見れるしね。

 それに関しては完全に馬場の勘違いなのだが、そんな事も知らずに馬場は顔をにやけさせた。

 馬場がその勘違いを勘違いだと知るのはまた別のお話。

先生だって恋がしたい! ……んだと思います!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は先生達の恋のお話でした!

今まで散々登場してやっと名前が出た一年B組担任の馬場先生です! ……べっ、別に名前に悪意なんて無いんだからね!


……さて、今回の話なんですが、楠岡を考えた時点で先生の恋愛模様の案は考えていました。

先生キャラを出すんなら、ちゃんとスポットライトを当てたい! って感じで。

それでいつもの様に時期を考えていたら、こんな時期になってしまったという感じです。

折角なんで高校生では出来ない年の差カップルにしてみました。

勿論メインはハカセと花子ちゃん、斎藤先輩と西園さんなので、先生二人の出番は少ないと思いますが、こちらもジリジリ書けていけたらと思います!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ