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【025不思議】君に捧げる鎮魂歌

 オレンジが差し込む音楽室に、誰もが耳を奪われる様な美しい旋律が奏でられていた。

 鍵盤の前に座って演奏する男性も美形で、夕日による天然のスポットライトによってその美しさが掻き立てられている。

 そんな音楽室の扉が突然として開かれる。

「こんにちは」

「遊びに来ましたよー! ヴェンさーん!」

 音楽室に入ってきたのは博士と乃良で、それを見てヴェンはピアノを弾く手を止めた。

「やぁ、よく来てくれたね。可愛い天使達」

 博士達にヴェンはそう笑顔を向けると、席を離れて歓迎の準備を始める。

「ここに来るまでに疲れたんじゃないかな? 紅茶を二種類用意してるよ。一つは僕の生まれ故郷であるドイツのアイリッシュモルト。もう一つは」

「あの、私達もいるんですけど」

 話している途中に聞こえてきた声に、ヴェンはそちらへと目を向ける。

 そこには目を細めてこちらを見ている千尋と、特に何も考えていなさそうな花子がいた。

「うわぁ!」

「ちょっと! 気付くの遅い上に怖がらないで下さいよ!」

 ヴェンは手にしていたティーポットを宙で放し、慌てるようにして尻もちをついた。

 行き場を失ったティーポットは床に叩きつけられ、中に入っていた紅茶が無惨に広がっている。

「なっ、なんで君もいるの!?」

「いちゃ悪いですか!? たまには顔出してこいって多々羅先輩にクッキー渡されたんですよ!」

 そう言って千尋は手にしていたクッキーをヴェンに見せつける。

 しかしヴェンはそれに目を向けようとはせず、独り言をぼやいていた。

「タタラ君め……、僕が女性恐怖症なのを知ってなんでこんな事を……。まさかタタラ君は、僕の行く手を悪戯に待ち構える神様だとでも言うのだろうか」

「あんなのが神様であってたまるか」

「取り敢えず、これ片付けましょうか」

 乃良が壊れたティーポットの破片を回収し始めると、博士とヴェンもそれに続いて掃除を始める。

 地面に這いつくばって作業する三人を見て、千尋は溜息を吐いた。

「私は七不思議のヴェンさんと仲良くなりたいのに……」

「うっ! ……ごめんね」

 千尋の言葉が胸に刺さったのか、ヴェンの顔色が少し青くなっている。

 そんなヴェンに未だふくれ面を見せる千尋は、ふととある疑問が頭に過った。

「そういえば、ヴェンさんって何で女性恐怖症なんですか?」

「えっ!?」

 突然の質問にヴェンは体を硬直させた。

 しかしそんなヴェンを追い詰めていくように、博士と乃良もそれに便乗する。

「確かにそれは気になってた」

「どうしてなんですか!?」

 たくさんの方向から刺さってくる答えを待つ期待の目に、ヴェンは目を逸らしながら曖昧に答える。

「それはそのー……、色々あって」

「色々?」

「色々は色々だよ!」

 そう答えをはぐらかすヴェンに、三人はまだ答えを待っていたが、諦めて再び作業を開始した。

 さっきの回答に余程疲れたのか、ヴェンは体育座りをして溜息を吐く。


「死ぬ前は超がつく程好きだったんだけどね」


「「「!?」」」

 ぼそっと吐いたヴェンの独り言に、博士と乃良、そして千尋が驚いて目を真ん丸にした。

「生前の記憶あるんですか!?」

「えっ? うん、あるよ」

 三人からの熱意のある視線に、ヴェンは訳も解らず混乱している様子だ。

 そんなヴェンを置いて、三人は同時に思い浮かんだ疑問点について議論を始める。

「花子の生前の記憶って無いんだよな?」

「うん。幽霊になったら生前の記憶が無くなるものだと思ってた」

「でもヴェンさんには生前の記憶がある……」

「花子! お前本当に生きていた時の事覚えてないんだよな!?」

「何にも」

 混乱していく博士達の脳内に、事態を把握したヴェンが口を挟んだ。

「あぁ、花子ちゃんの記憶の事か。それの事なんだけど、僕もよく解らないんだよね。他の幽霊はみんな生前の記憶があるのに、花子ちゃんにだけ無いんだ。何でって言われても、理由が検討もつかないんだよ」

 当の幽霊に「解らない」と言われてしまえば、これ以上議論しても仕方が無い。

 博士達はさっきまで入っていた力を抜いて、息を吐いた。

 そんな中、話が逸れているのに気付いた千尋が、ヴェンに話しかける。

「あっ、それで生前は何だったんでしたっけ?」

「あぁそう。生前は女の子が大好きだったんだよ、僕」

「あーそういえば斎藤先輩が前にそんな事言ってたっけな」

 昔の記憶を思い出しながらそう言った博士に、ヴェンは目を閉じて話し始める。

「ほら僕、稀に見るハンサムじゃん?」

「自分で言うな」

「そんな僕だから近寄ってくる女の子も星の数の様に多くてさ。恋人も数えきれないくらいにいたんだよ」

「最低だなこの人」

 茶々を入れてくる博士と乃良になど目もくれずに、ヴェンは目を閉じて生前の故郷の風景を思い浮かべる。

「そう、あの日の夜もそんな恋人の一人と一緒に過ごす筈だった。綺麗に輝いていた満月は、これから起こる惨事に僕を嘲笑っていたのかもしれない……」

「あっ、これ回想入るな」

「えー……、興味無いんだけど」


●○●○●○●


 約五十年前、夜空に浮かぶ満月がドイツの街並みを照らしていた。

 街道ではたくさんの人々が見られ、金髪で白肌のドイツ人達はそれぞれの目的地へと歩いている。

 そんな中、一際目立つオレンジ髪の青年が女性と一緒に歩いていた。

 まだ生きていた時代のヴェンである。

「ねーヴェンー。これからホテルに行こうよー」

「ごめんね。今晩は別のレディと過ごす予定なんだ。夜に逢いたいのなら早いうちに連絡してくれ。もっとも予約は二週間待ちぐらいになるけどね」

 ヴェンはそう言って女性に笑いかけると、女性はまだ納得いっていないようだったが、明るい笑顔を返した。

 そんな女性にヴェンは軽く口づけすると、ヴェンはそのまま女性に手を振って、女性と分かれた。

 これからヴェンが目指すのは、今晩の予定である女性の家である。


●○●○●○●


 女性はまだ留守のようで、合鍵を使って女性の家に入ったヴェンは、一先ず先にシャワーを浴びてベッドの中に入っていた。

 衣類は何も身に纏っておらず、下半身にシーツをかけているだけである。

 明かりは窓からの満月と、頼りないランプしかあらず、仄暗い中でヴェンは読書をして相手の女性を待っていた。

 そんな時、突然として扉が開かれる音がする。

 ヴェンは本から目を離して目の前の扉を見ると、そこには一人の女性の姿があった。

 部屋の外が明るいせいか、女性の姿はハッキリと見えず、シルエットが見えるだけである。

 しかし、それでもヴェンは一つの違和感に気付いた。

「……君、新しい僕のレディだよね? 今日は君以外のレディと約束しているんだけど。というか、何で君がこの家にいるの?」

 矢継ぎ早に生まれてくる疑問に、ヴェンの声は冷静ながら訝しげだった。

 ヴェンの幾つもの疑問に女性が答える様子は無く、代わりにコツコツとヴェンに向かって歩き始める。

 そこでヴェンは目を見開いた。


 ハッキリと映った女性の姿は血に塗れており、手には真っ赤に染められた包丁が握りしめられていたのだ。


「ねぇ……、ヴェン様ぁ……。私はヴェン様だけを愛しているのに……、どうしてヴェン様は他の女と一緒にいるの……?」

 顔にそばかすをつけた女性はそう言いながら、ゆっくりとヴェンに近づいていく。

 扉の方をよく見ると、血で濡れた女性の手が転がっているのが見えた。

 ヴェンの顔色は真っ青になっており、足音が聞こえてくる度に心臓を触られている感覚に陥る。

「なっ、何が欲しいんだ……? そっ、そうだ! 今日は君と一緒にいよう! 夜が明けるまでずっと一緒にいようじゃないか!」

「夜が明けるまで……?」

 女性はそう言って、不気味に首を傾げる。

「私は……、私はヴェン様とずっと一緒にいたいの。ヴェン様と……、一つになりたいの」

 女性はとうとうベッドにまで来て、這うようにしてヴェンの元へと近づいていく。

「だから……」

 そう言った時には、女性はヴェンに跨る様にしてその場にいた。


「死んで……、二人だけの世界に行こ?」


 瞬間、女性の持つ包丁がヴェンの首の後ろに回り、うなじ部分を勢いよく切り裂いた。

 切り口から血が噴水のように吹き出て、ヴェンはそのまま声も上げられずベッドに倒れる。

 真っ白だったシーツは、ヴェンの血によって真っ赤に染められていた。

「……ハハ、アハハハッ、アハハハハハハハ!」

 生き物じゃなくなったヴェンの体を見て、女性は狂ったように笑うと、包丁を自分の胸元に突き刺した。

 女性は数秒間の後に吐血し、そのままベッドに倒れていった。

 ドイツの平和な日に起こった大惨事の一部始終を、満月だけが見届けていた。


●○●○●○●


「こうして僕は命を落として、無様な幽霊になってしまったのさ。神様も酷いよね。どうせ死んでしまったのなら、天国で美しい天使達と一緒にピアノを弾きたかったよ」

 壊れたティーカップを片付け終え、綺麗になった音楽室でヴェンはそう寂しそうに話していた。

 博士達はそんなヴェンを眺めながら、椅子に座って紅茶とクッキーを楽しんでいる。

 博士のヴェンに向ける目は、どこか呆れているような目だった。

「……アンタ、ろくな死に方してないな」

「アハハッ、ハカセ君も神様は酷いって思うかい?」

「いや自業自得だろ」

 即座に否定する博士に、ヴェンは物憂げな笑顔のままである。

 次に口を開いたのは千尋だった。

「それでヴェンさんは女性恐怖症になったんですね」

「えっ、違うよ?」

「違うの!?」

 衝撃の発言に千尋は、思わず声を荒げてヴェンに聞き返す。

「僕は死んで幽霊になった後もしばらくは女の子が大好きだったんだよ。どんだけ話しかけても気付いてくれないのが辛すぎて、自殺しようと思ったくらいだよ。もう死んでるのにね」

「アンタあんな死に方した癖によくそんな事できたな!」

 博士の大声にも、ヴェンは照れたように笑顔を返すばかりである。

 それによって千尋は疑問が原点に戻り、最初と同じような質問をヴェンに向けた。

「それじゃあ、何でヴェンさんは女性恐怖症になったんですか?」

「いやっ、だからそれはそのー、……色々と」

「色々とじゃないですよ!」

 千尋はそう言って立ち上がると、ヴェンに向かって言葉を並べ立てていった。

「何でヴェンさんを殺した女の人が嫌われなくて、何にもしてない私が嫌われなくちゃいけないんですか! 私はもっとオカルティックな存在であるヴェンさんと仲良くなりたいんですよ!」

「そんな事言われても……、怖いものは怖いんだよ! 女性なんて僕を脅かす悪魔だ!」

「失礼でしょそれ! ほら! 私の目を見て喋ってください!」

「無理無理! 石にされちゃう!」

「私はゴーゴンか!」

 歩み寄っていく千尋と、首を横に振りながら退いていくヴェン。

 そんな騒がしい舞台を目の前にして、博士と乃良は紅茶を、花子はクッキーを楽しんでいた。

ヴェンさん、ろくな死に方してないな……ww

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


日常回を書く時は、大体最近出てきてないキャラを中心に書くようにしてて、今回は本当に久方振りのヴェンさんの回でした。

二十話振りだったのか……、本当に久しぶりだったなww

久しぶりすぎてヴェンさんのキャラ解んなかったしww


それでヴェンさんの話に決まったのですが、さて内容はどうしようかと。

色々考えた挙句に、ヴェンさんの死因の話になりました。

これは最初から決まってた設定か、この話を書く際に作った設定か忘れたんですが、自分で読み返して思わず引きましたww

あんな死に方だけは絶対にしたくない……!ww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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