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【最終不思議】さらば、オカルト研究部よ

 空は寒空。

 未だ冬の厳しさを感じる様な北風が肌をくすぐる中、細かい箇所に目を配れば、蕾が花開いていくという些細な春の訪れを見つけられた。

 それは街の一区画に聳える逢魔ヶ刻高校も例外ではない。

 春の代表格とも言える桜の花弁が、生徒達の門出を見守ろうと少しずつ顔を開いている。

 校門には、とある垂れ幕が垂れかかっていた。

 いつもは授業に翻弄される生徒達でごった返しになる時間だが、今日は校舎に人の影が一つと見当たらない。

 生徒、教師を含めた全員は、体育館に集まっていた。

 そう、今日は三年間の集大成となる最後の行事なのである。

「只今より、逢魔ヶ刻高校、卒業式を始めます」


 卒業式は順調に事を進めていく。

 全校生徒に教師、保護者や来賓が密集しているにも関わらず、体育館の中は厳粛な空気が張りつめていた。

「卒業証書授与」

 そう言ってマイクの前に立ったのは、担任の馬場だ。

 馬場は普段よりも煌びやかな衣装に化粧をしているが、あくまで主役は生徒達であるという控えめなスタイルでまとめている。

 国語教師ならではの落ち着いた声色で、馬場は生徒達の名前を読み上げていった。

「石神千尋」

「はい」

 千尋が無鉄砲に席を立つ。

 普段の明るい返事だったが、その横顔からは寂しげな表情が覗かれた。

「加藤乃良」

「はい」

 乃良が無邪気に席を立つ。

 その弾けた笑顔は、高校生活の充実した満足感を物語っていた。

「箒屋博士」

「はい」

 博士が無愛想に席を立つ。

 眼鏡の奥の冷徹な瞳は、この特別な式でも普段となんら変わりない。

「零野花子」

「はい」

 花子が無表情に席を立つ。

 しかしその無表情からは、確かな感情を感じ取る事が出来た。

 二百名を超える卒業生の名前が次々に読み上げられ、生徒達の座るパイプ椅子が床を引き摺る音がこだまする。

 立ち上がった姿は、入学したてのそれとはまるで違うだろう。

 その後、校長先生の有り難い言葉に在校生、卒業生の送辞、答辞の贈り合いをし、最後の校歌斉唱を終えたところで、逢魔ヶ刻高校最後の行事となる卒業式は閉幕となった。


●○●○●○●


「あーあ、終わっちゃったねー」

 校舎から一歩出た校庭で、千尋がそんな声を上げる。

 最後の学級会を済ませた元オカ研部員の同級組四人は、揃って桜の見える校庭の脇を歩いていた。

 手元にはお揃いの黒い筒。

 この中に先程一人ずつ手渡された卒業証書が、大切に保管されている。

「なんかあっという間だったなー」

「そうか? 俺には結構盛りだくさんだった三年間に思えるけど」

「そうだけどさ! なんか、終わってみたら案外すぐだったなーと思って」

 乃良の言う通り、この三年間には濃密な思い出が凝縮されている。

 ただこうして思い返してみると、そんな思い出もパラパラ漫画の様に簡単に終わってしまったような気がした。

「あーあ! あと一年高校生やりたかったなー!」

「なに言ってんだお前、出来るじゃねぇか」

「えっ?」

「そうだぞ。ちひろんはあと一年高校生でしょ?」

「いやっ、ちょっと待ってよ! 私留年してないから! ちゃんと卒業してるから! 皆と一緒に卒業させてよ!」

 博士と乃良に自然な流れで学校に留められそうになり、千尋が慌てて首を振る。

 今日で最後だというのに、話の展開は不思議な程に平常運転。

 そんな会話劇を、博士の隣で花子は幸せそうに傍聴しているだけだった。

「ハカ先ぱーい!」

 ふと自分が呼ばれていた呼称が聞こえ、博士は振り返る。

 そこに居たのは、自分達が所属していたオカルト研究部の直属の後輩達だった。

「賢治君! 小春ちゃん!」

 先頭に立っていた二人に、千尋が近寄る。

 一年経っても変わらないサラサラヘアーの賢治は、隙間から爽やかな笑顔を送った。

「改めまして、先輩方ご卒業おめでとうございます」

「いえいえっ! こちらこそ昨日は盛大な送別会ありがとね!」

「これからのオカ研を頼んだぞけんけん! いや、次期副部長!」

「えへへ」

 まだ副部長という肩書きが慣れないのか、賢治はどこか恥ずかしそうに後頭部を掻く。

「次期部長さんも頑張ってね!」

 先代部長はそう励まして、次期部長の肩に手を置く。

 しかし、彼女からの反応が返ってこない。

 どうしたのかと千尋がツインテールの間から覗くと、その表情が目を真っ赤にして強張っているのが見えた。

「……もしかして小春ちゃん、泣いてる?」

「!?」

 千尋の芯を貫く発言に、小春の心臓は飛び跳ねる。

「バッ! そんな訳ないじゃありませんの!」

「でも、目ぇ腫れてるよ?」

「これはっ! そのっ! 先程目を酷使する除霊術を学んでたものですから!」

「どんな除霊術だ」

「春ちゃん、さっきまで体が枯れるぐらい号泣してたんですけど、『先輩達にこんな姿見せる訳にはいかない』って言って、ティッシュ一箱使う勢いで涙止めてきたんですよ」

「賢ちゃん!」

「こはるん、もずっち先輩の卒業式の時も号泣してたもんなー!」

「流石にあの時よりかは泣いてないですけどね」

「黙りなさい! 呪いますわよ!」

 隠してきた筈の一面を赤裸々に暴露され、小春の顔面は熟れた林檎の様に真っ赤になってしまった。

 そんな小春に、千尋が襲い掛かる。

「小春ちゃん!」

「うわっ!」

 突然両の手で抱き締められた小春は、何事かと混乱状態のようだ。

「小春ちゃんありがと! こんなにも私達を思ってくれる後輩が出来て、私達は幸せ者だ!」

 千尋の恥ずかしい程の言葉に、小春はむず痒くなる。

 今の表情を千尋に見られずに済むのが、抱き締められている唯一の利点だった。

「元気でね! また一緒に遊びに行こ!」

 千尋は体を離して、小春に面と向かって伝える。

 小春は千尋の瞳を見つめられる程正直にはなれずに、闇雲に視線を彷徨わせた。

 そこで小春はとある一人に標準を合わせる。

 零野花子。

 彼女を除霊する為にこの学校に入学し、この部活に入部したというのに、今では彼女の門出を祝っている始末だ。

 あれだけ憎かった花子の横顔も、今ではどこか安心してしまう。

「……そうですね」

 そう呟いて、小春は花子に気付かれる前に視線を退かした。

 その間乃良はというと、賢治達の後ろに並んでいた新米生徒に声を投げかけていた。

「お前ら一年も元気でなー!」

「はい! 先輩方の熱いお言葉! 有り難く頂戴致しまする! 先輩方も風邪などひかれぬよう! 御身体には十分気を付けて!」

「おっ、お元気でっ……、先輩達のこの先の一年間を占っておきますねっ……」

「ふっ! 安心しな! この僕が居る限り、オカルト研究部は安泰も同然だ!」

「………(バイバイ)」

「いやキャラ濃過ぎだろ。これ最終回だぞ。たった一話だけの登場のキャラにしては個性豊か過ぎるだろ。少しは自重しろ」

 一癖も二癖もある一年生達に、博士は低い温度でツッコミを入れる。

 これから先のオカルト研究部が、先代副部長としては不安になる一方だ。

「じゃあなー!」

「またねー!」

「お元気でー!」

 適当に会話を区切って、博士達は後輩達に別れを告げる。

 後輩達はいつまでもこちらに大きく手を振っており、乃良や千尋も一緒になって後輩達に手を振る。

 しばらくまた四人で校庭を歩いた。

 こうして四人で一緒に歩く日常も、当分の間戻ってこないだろう。

 毎日潜った校門の近くまで来た時、ふと見覚えのある人影達を見つけた。

「ん?」

 一足先に乃良の猫目が気付いて、乃良は目を凝らしてピントを合わせる。

 校門前に並んでいた四人の正体が判明すると、乃良の表情は花火の様に明るく開いた。

「あっ! 先輩達!」

 それは博士達よりも先に逢魔ヶ刻高校を卒業した、元オカ研部員達だった。

「加藤君、ハカセ君」

「西園先ぱーい!」

 千尋は西園を見つけるや否や、駆け出した足を止める事なく西園に抱き着いた。

 西園も千尋の突進に慣れたもので、両腕で優しく包み込んでいる。

「お久し振りです!」

「うん、久し振り」

 西園の微笑は、相も変わらず女神の様だった。

「お久し振りですさいとぅー先輩!」

「うん、皆卒業おめでとう」

「どうしてここに?」

 博士の何気ない質問に、銀髪に襟の付いたシャツを纏った斎藤が真摯に答える。

「もうすぐハカセ君達の卒業式だなと思ったらね、久々に会いたくなって皆に声を掛けて集まったんだ」

 斎藤の優しい物腰も、高校時代となんら変わらない。

 しかしどこか大人な雰囲気を感じるのは、やはり成人を迎えた影響なのだろうか。

「そうなんすねー。この八人が集まるのなんて、次はさいとぅー先輩とミキティ先輩の結婚式だと思ってましたよ」

「なっ!」

 斎藤の顔面が、髪色とは対極的な紅に染まる。

「そこらへんどうなんですか? さいとぅー先輩」

「西園先輩とは上手くやってるんですか?」

「うん、まぁ……ぼちぼち」

「優介君ったらね、全然プロポーズしてくれないの。私はずっと待ってるのに」

「美姫!?」

「えー! 酷いですねー!」

「ねー。優介君のお嫁さんになる覚悟、もう出来てるんだけどなー」

「いやいやっ、僕らまだ大学生だからね!? 結婚とか、そういう大事な事はもっと大人になってからする事であって!」

「どうせ結婚するなら、もう今からでも良くない?」

 西園は胸の中から放たれる千尋の援護射撃と共に、斎藤に直接的なアプローチをする。

 毎度お馴染みの会話の流れの筈だが、それでも斎藤の赤面は健在だ。

 これ見よがしに見せつけられる先輩カップルの惚気に、博士と乃良の血圧は下り坂である。

「あのぉ、先輩達の痴話喧嘩はまた今度やってもらって良いっすか?」

「痴話っ!?」

「一応今回は俺らが主役なんで」

 そう、本日の主役は卒業生である博士達の筈だ。

 本題を見失っていた斎藤は、自分の甘えた考えに鞭を打って気を取り直す。

「改めてハカセ君、加藤君、石神さんに花子さんも、卒業おめでとう。これから先、新しい環境で過ごす毎日に、もしかしたら不安があったりするかもしれないけど、案外今とそんなに変わんないよ? 新しい環境も今と大して変わらずにくだんなくて、会おうと思えばいつだって皆に会える。だから、そんなに気負わなくて大丈夫だよ。っていう、ちょっと先に卒業した先輩からのアドバイスです」

 いつになく先輩風を吹かせて恥ずかしくなったのか、斎藤は照れたように頬を掻く。

 斎藤の先輩らしくない助言に今まで幾度となく助けられた事を、博士は思い出していた。

「……ありがとうございます」

 囁くような感謝に、斎藤は微笑みを返す。

 乃良はというと、会話に参加していない他の先輩に目を付けていた。

「もずっち先輩もお久し振りで」

 台詞の途中で、乃良は息を呑む。

 ぐっと百舌に身を寄せた事により、乃良は気付いてしまったのだ。

 すっかり板についた澄んだ瞳がハードカバーの小説からこちらに向いた時、その見下ろす角度が現役時代よりも鋭角になっている事に。

「……もずっち先輩、もしかしてまた背ぇ伸びました?」

 恐る恐ると乃良は真実を尋ねる。

「……まぁ、二センチだけ」

「二センチ!?」

 乃良の観察眼は、決して衰えていなかった。

「どんだけ伸びてんすか! まだ成長期終わってないんすか!? 将来の夢は巨人かなんかですか!?」

「んな訳ねぇだろ。こっちだって好きで伸びてる訳じゃねぇんだよ」

 乃良の雄叫びに、百舌は付き合っていられないと栞の途中から読書を再開する。

 大学生となった百舌だが、その面影は高校時代と何も変わっていない。

 そんな乃良と百舌のやり取りに中てられてか、蚊帳の外となっていた正真正銘本物の巨人が遂に口を開いた。

「おいお前ら! 俺も来てやってんだぞ! 俺にもなんか話しろ!」

 多々羅の横暴な導入に、博士達は目を見合わせる。

「……いやだって」

「多々羅先輩七不思議なんだから、これまでもしょっちゅう会ってたし」

「特に話す事もなぁ」

「お前ら張り倒すぞ!」

 舐めた態度を取る後輩達に、多々羅は手向けの言葉とは思えない暴言を吐く。

 しかし、寸で我に返った多々羅は、心を宥める為一つを咳払いした。

「良いのかー? そんな事言って。実はとある奴らからこんなもの預かってるんだが」

 そう言って多々羅が取り出したのは、三枚の封筒だった。

「ん? なんだそれ?」

「他の七不思議からお前らに向けての祝電だ」

「えっ!?」

 封筒の正体に、千尋の瞳がダイヤモンドの如く輝く。

「あいつらは表立ってお前らを祝う事が出来ないからな。こうして俺が、お祝いの言葉を貰って来てやったって訳だ」

 多々羅は手始めに一枚目の封筒の口を破いていく。

 中から取り出した手紙の文字は裏面から分かる程に達筆で、差出人の生真面目さが伝わってくるようだった。

「読むぞ」

 最初の差出人はヴェンだ。

『ハカセ君、花子さん、ノラ君に石@さん』

「恐怖が文面にまで滲み出てる!」

『本日は御卒業おめでとうございます。君達は僕の女性恐怖症を治そうと一緒に考えてくれて、とてもお世話になりました。これから君達は、新たな人生のスタートラインに立ちます。でもそれは、決して0からのスタートじゃない。君達が今日この日までこの学校で過ごしてきた日々は、必ずや君達の力になってくれているでしょう。だから、新たなスタートに戸惑わず、時には僕のピアノの旋律を思い出』

「あーもう長いから良いわ」

「次行きましょ次」

『酷い!』

 文面であるにも関わらず、ヴェンの悲痛な叫びが聞こえてくるような気がした。

 次の差出人はローラ。

『お前ら、卒業おめでとう。私は今、プールサイドでこの手紙を書いている』

「手紙ビチャビチャじゃねぇか」

『お前らがプールサイドに来て話をしてくれる時、私は結構楽しかったぞ。もうそんな事がなくなると思うと、少し寂しいと感じたりするもんだ。もしまた機会があったら、いつでも遊びに来い。そん時は、お前ら全員プールの中に引きずり込んでやる』

「だったら行きたくないんですけど!」

 塩素水でふやけた手紙は、見方によれば怪文書にも感じられた。

 最後の差出人はもけじーである。

『皆さん、御卒業おめでとうございます。教師として生徒の卒業を何十年も見送ってきた私じゃが、いくら見送っても嬉しいような寂しいような、そんな複雑な感情でいっぱいになる。特に君達には思い入れもあるから、一際その感情が際立ってのぉ。これから新たな旅立ちを控える君達に、教師歴うん十年の私から一つアドバイスじゃ。これから先の新たな環境に、不安な気持ちがないと言えば嘘になるだろう。しかし、私から言わせれば、新しい環境など今と大して変わらん。どんな環境が待っておろうと、そこはこの高校生活と大して変わらぬくだらなくも輝かしい日々が待っておって』

「あれ、これさっき聞いたな」

「さいとぅー先輩と言ってる事丸被りしてね?」

 何故か聞き覚えのある長寿の教師からの格言に、博士達は首を傾げる。

 偶然にも恩師と餞の言葉が被ってしまった斎藤は、小さな声で「ごめん、丸毛先生……」と謝罪の念を空に飛ばしていた。

 どれも癖の強い祝電だったが、不意に乃良が隣の千尋に目を向ける。

 千尋の表情は、どうにも御満悦だった。

「どうしたちひろん? そんな良い顔して」

「んー? いいや?」

 そうはにかむ千尋は、ぽつりとその表情の理由を溢す。


「私達はこの学校で、こんなにも色んな人に恵まれてたんだなーって思って」


 三年間を振り返って、決して楽しい事ばかりではなかった。

 苦しい時もあったし、悔しい時もあった。

 それでもその数倍、否数十倍楽しい事があって、思い返して蘇るのは、様々な人々と築いてきた幸せな思い出ばかりだった。

「……まっ、人じゃない奴ばっかだけどな」

「確かに!」

 今の今まで忘れていたと、千尋達は一緒になって笑い声を上げる。

 そんな中、博士はふと屋上を見上げた。

 校舎の屋上、そこにはこの場に居る七不思議と祝電を送ってくれた七不思議以外の、最後の七不思議が居る筈だ。

 彼も自分達の卒業を祝ってくれているのだろうか。

 祝われたところで、感謝を述べるつもりはない。

 それでも間違いなく彼もこの学校での思い出の一部であった事を胸に刻んで、博士は屋上から目を逸らした。

「そっかー、これで皆春から大学生か」

 斎藤が口を開いて、話題を未来のステージへと切り替える。

「はい! 俺はここからちょっと離れた私立大学に入学して、春からは寮で一人暮らしです! なんで俺は、実質七不思議からも卒業ですね。恐らくこの学校には、俺の代わりに新たな怪奇がやってくる事でしょう」

「私はですね! オカルトサークルのある大学に見事合格する事が出来たので、春からは華の女子大生として、オカルト仲間と一緒に愉快なキャンパスライフを送りますよ!」

「ほんと、よく合格できたよな」

「受験のラストスパート、半ベソ掻いて猛勉強してたもんね」

「もう勉強なんてしない!」

「これから始まるんだよ」

 乃良も千尋も、春に待ち受けるキャンパスライフに期待で胸がいっぱいのようだ。

 心が躍動する二人を前に、斎藤も自然と表情が砕ける。

「花子さんは、これまで通り七不思議?」

「そうですね。花子は大学には行かず、トイレの花子さんとしての務めに腰を据える感じです」

 無口な花子の代わりに、乃良がそう代答する。

「そして、ハカセ君は最高峰の国公立大学に入学か……」

 残りの一人である博士は、何食わぬ顔のまま突っ立っていた。

「まぁハカセ君なら行けると思ってたけど、やっぱ流石だね」

「ほんとこいつすごいんすよ! 受験勉強だって特別なにかしてる訳でもねぇのにさらっと合格掻っ攫ってきやがって!」

「勉強ならお前らのいないとこでちゃんとやってたっつってんだろ」

 博士はその偉業に驕りも慢心もしていないような態度で言葉を口にする。

 そんな博士に、ちらっと西園が質問を投げた。

「なにか大学でやりたい事とかあるの?」

 あまりに漠然とした質問に、思わず博士は頭を悩ませる。

「んー……、まぁ普通に大学生やるつもりですよ? そんで」

 そこで言葉を区切り、博士は真の籠った声で断言した。


「幽霊について徹底的に研究します」


 博士の言葉に、一同は驚愕で目を真ん丸に見開かせ、声を発する機能を忘れてしまう。

 高校生の博士を知っている人間ならば、驚かずにはいられない発言だ。

 オカルト嫌いの彼がオカルトの研究をするべく大学に通うなど、一体誰が想像する事が出来ただろう。

「幽霊について研究して、俺が『幽霊(花子)がこの世界に居る』って事を証明する。それが、俺が人生を懸けて達成するべき目標です」

 博士をここまで大きく変えたのは、間違いなく花子だ。

 花子はただ、自身の夢を語る博士を円らな瞳で見つめるだけだった。

「おいおーい、最後の最後で惚気てくれるなー」

「全くー、イチャイチャしてくれやがってーこのこのー!」

「別に惚気もイチャイチャもしてねぇだろ!」

 鬱陶しく絡んでくる乃良と千尋を、博士が虫を払うように返り討ちにする。

 その隙間で、花子と目が合った。

 花子の瞳は、まるで博士の言葉を待っているようだった。

「……花子」

 ぽつりと博士が花子の名を呼ぶ。

「今の俺には、お前を一人で守ってやれる程の力が無ぇ。高校を卒業したっつっても俺はまだまだ子供だし、お金も無ぇし、この世を上手く生きる処世術も無ぇ」

 そう、高校を卒業したからといっても彼らはまだ子供なのだ。

「でも、絶対いつか全部手に入れるから。何年掛かるか分かんないけど、金も力も全部手に入れて」


「そしたら、お前を迎えに行く」


「だから、その時まで待ってて欲しい」

 聞き取り方によってはプロポーズにも聞こえる誓いだ。

 千尋が「あれ、これってプロポーズ?」とか、斎藤が「先を越された……」などと内心思っている中、二人の間の時間は暢気に進む。

 博士が花子の返答を待っていると、くすりと息が溢れる音が聞こえた。


「うん、待ってる」


「何年経っても、ずっと」

 そこに立っているのは、三年前初めて出逢った無表情の花子などではない。

 確かに微笑んで博士を見つめる、博士の彼女の花子がそこには居た。

 二人の間に、それ以上の言葉はない。

 それ以上の言葉など必要ない。

 互いの表情を見つめ合っているだけで、心の奥まで読み解けているような気がするからだ。

「よーし! それじゃあ打ち上げ行きましょー!」

「おっ、良いねー!」

「ここは勿論先輩達の奢りですよね!?」

「勿論、なんでも食べたいもの言って」

「よっしゃー! じゃあ俺ビュッフェ!」

「私バイキング!」

「君達欲張り過ぎじゃない!?」

「俺は母さんの作ったオムライス」

「私ハカセん家の弁当」

「君達は奢らせるつもりないよね!?」

「あっ! 良かったら小春ちゃん達後輩も誘っていいですか!? どうせなら皆で一緒に行きたいし!」

「おっ、良いね! 誘お誘お!」

「あっ、えっと! お金足りるかなー……」

「アハハッ! 頑張れよ優介!」

「多々羅も払うんだよ!」

 賑やかな会話を流しながら、一同は校門を潜って高校を後にする。

 彼らがこの校門を潜る事はもう当分ある筈のない事なのだが、案外あっさりと潜ってしまった。

 それ程彼らにとっては日常で、戻り得る場所なのだろう。

 愉快の絶えない元オカルト研究部員の卒業生達の新たな門出を、逢魔ヶ刻高校は桜の隙間からひっそりと見送っていた。






























●○●○●○●


 四年後――。

 大海原の様な青空の下の逢魔ヶ刻高校は、当時から一切変わらない姿を守っていた。

 窓を覗けば、現在の生徒達が眠気と奮闘しながら筆記用具を回す授業風景が確認できる。

 あの日一同が潜った校門の傍には、一人の少女が立っていた。

 深紅のワンピースを身に纏った少女は、前髪をパッツリと切った特徴的な髪型をしている。

 立ち姿から予想するに、誰かと待ち合わせをしているのだろうか。

 そんな中、一人の少年の足音が彼女に近付いた。

「花子」

 名前を呼ばれ、少女は顔を上げる。

 そこに立っていたのは、彼女の待っていた人物だった。

 四年前ここで別れたあの日よりも大人びた風貌をしているが、根っこの部分は何も変わっていない。

 そんな彼に、花子は顔を百合の様に咲かせた。

 地面に引っ付かせていた足を、花子は彼のもとへと駆け付けさせる。

 その足取りは軽く、彼のもとにはすぐに辿り着いた。

 瞬間、花子は彼の胸へ飛び掛かる。


「ハカセ!」


 花子の突然の抱擁に博士はバランスを崩しかけるも、なんとか持ち堪える。

 そして、博士も表情を崩して花子の背中に手を回した。

 もう二人を引き離す理由はどこにもない。

 逢魔ヶ刻高校で出逢った、人間と七不思議のちょっとオカしな関係の二人は、これから先もきっと幸せな未来を送る事だろう。

 今の二人を見ていると、そう確信する事が出来た。

逢魔ヶ刻高校のちょっとオカしな七不思議、完結!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回を持ちまして、2017年の一月から書き始めたこの『逢魔ヶ刻高校のちょっとオカしな七不思議』略して『マガオカ』がとうとう完結しました!

終わったー!

書いた物語はのべ243話!

凡そ四年と八ヶ月という連載となりました!

今回はその集大成という事で後書きも熱く語ろうと思いますので、よろしければお付き合いください!ww


最初はなんとなくで書き始めたこのマガオカ。

当時の僕はまだ高校生でしたw

元々飽き性な僕なんですが、なにかひとつ物語を完結させるまで書き続けたいなと思いまして。

そこでこの『小説家になろう』に投稿する事で、自分で退路を断つという意味で連載を始めました。

基本は自分の自己満足というスタンスで書いていったのですが、ちょっとずつ読んで下さる方も増えていって、なかには面白いって感想をくれる方もいて、本当に投稿して良かったなと思っています。


本編の話をすると、この最終回もなんとなく構想していたものでした。

最後はハカセ達の卒業式に皆で集合しようと。

この登場人物を書く事がもうないと思うと寂しかったですが、せめて悔いのないようにとキャラクター達を存分に書き上げていきました。


物語の構成上、修学旅行から一気に卒業式へと飛んだ訳ですが、それまでの一年と四ヶ月にもきっと色んな出来事があった事でしょう。

ハカセと花子のデート、百舌の卒業式、ハカセ達の文化祭の劇。

書いたら絶対面白くなると思うのですが、ここは敢えて書かないでおきます。


空白の一年と四ヶ月や卒業後の彼らの姿は、皆さんが各自で想像してください。

勿論僕の中で「きっとこうなんだろうなー」というビジョンはありますが、それはあくまで僕個人のもの。

物語の完結後を想像するのも、僕は読者の楽しみの一つだと思うので、僕は何も言いません。

貴方の想像したものも、それは間違いなく正解の一つです。

貴方の想像の中でまたマガオカの物語が動き出したのなら、これ以上に幸せな事はありません。


さて、マガオカも完結して気になるのは次回作!

書きたい話はあるかと言いますと……、あるよ。

そりゃもういっぱいあるよ!ww

でもこの四年と八ヶ月毎週投稿という激務からようやく解放されたので、しばらくはお休みさせていただきますww

もしかしたらまたひょっこり書き出すかもしれないし、もう書かないかもしれない。

なんなら別のサイトで書き出すかもしれない。

どうなるのかは僕自身まだ分かりませんが、もしまた会う機会があればその時はまたよろしくお願いします。


ここまで長々と語っていきましたが、いよいよこの後書きも最後です。

この四年と八ヵ月間。

大変な事もあったし、辛かった事もあった。

でもこうしてこの物語を無事に完結する事が出来て、今本当に良かったと思えています!


これで正真正銘の最後です!

ここまで読んで下さった方、応援して下さった方、そして、ハカセと花子をはじめとしたマガオカの登場人物達!

今まで本当に本当に本当に! 有難うございました!!!!


またどこかでお会いしましょおー!

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