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【240不思議】京都丸ごと満喫ツアー

 京都を舞台に開かれる修学旅行。

 鴨川の清流下りや、四條南座での舞台鑑賞など、様々なイベントが予定されているが、その中でも生徒達が楽しみにしていたのは二日目の自由行動だろう。

「うわぁー!」

 目の前の景色に、千尋がそう感動する。

 空は青空。

 森は燃える様な紅葉。

 青と赤のコントラストを鮮やかに叩きつけてくるような絶景を、オカルト研究部所属の四人組は清水寺から眺めていた。

「すごい絶景! 流石京都だね!」

「あぁ! この景色はここじゃなきゃ見られねぇよな!」

 清水寺、平安京遷都以前からの歴史を持つ世界文化遺産であり、北法相宗の大本山だ。

 断崖絶壁に建てられた本堂から見下ろす景色は、春夏秋冬いつ如何なる季節に見ても美しい表情を見せる。

「私、子供の時清水寺の事清水寺(しみずでら)だと思ってたんだよね」

「分かる! 俺なんて子供の頃清水寺(せいすいじ)だと思ってた!」

「ごめんそれは分かんない」

「なんでだよ!」

 唐突な裏切りを起こした千尋に、乃良は観光地にも関わらず声を荒げる。

 すると千尋とは反対側の隣が静かな事に気付き、乃良は首を回した。

 そこには圧巻の景色に言葉を失っているのか、一向に口を開く気配を見せない博士が眼鏡の奥に紅葉を焼き付かせていた。

「どうしたんだハカセ? あまりの絶景に声も忘れちまったか?」

 若干からかったように笑う乃良。

 しかし博士は、落ち着いた表情で淡々と言葉を吐いた。

「……有名な慣用句に『清水の舞台から飛び降りる』っていう言葉がある。ここから飛び降りる程の覚悟を必要とした、思い切った大きな決断をするって意味だ」

 文系脳である乃良も、勿論その言葉は知っている。

「話は変わるが、地上六階から落ちてきた猫が無傷で着地したなんていう例がある。終端速度が関係している訳が、要は猫は高所から落下してきたとしても上手く体勢を整える事が出来るらしい」

 そこまで聞いて、乃良は良い予感が全くしなかった。

「……なぁ乃良」

 博士がこちらに振り向く。

 その表情はまるでマッドなサイエンティストの様に不気味だった。

「ちょっくらここで思い切って大きな決断してみねぇか?」

「嫌だよ!」

 博士の誘いを、乃良は全力で断った。

「なに言ってやがんだ! お前俺にここから落ちてみろって言ってんのか!? 嫌に決まってんだろ! 全ての猫が高所から落ちて無事で済む訳ねぇだろ! 大体無事で済まなかったらどうしてくれんだよ!」

「そこは知らねぇよ」

「ちょっとは責任持てよ! 良いか!? バカな事言ってねぇで次のとこ行くぞ!」

「……チッ」

「おいお前今舌打ちしただろ!?」

「花子ちゃん! 向こうに恋みくじあるみたいだよ! 一緒に引きに行こ!」

「恋みくじ?」

 清水の舞台で言い争う博士と乃良を置いて、千尋は花子の手を引いて恋みくじへと急ぐ。

 自由落下を命じられた乃良は、それ以降紅葉色の絶景を同じような心持ちで眺める事が出来なくなってしまった。


●○●○●○●


 次に四人が訪れたのは伏見稲荷大社だ。

 狐のお稲荷さんで親しまれる、全国に約三万社あるとされる稲荷神社の総本宮。

 その目玉といえば、なんといってもドミノ倒しの様に無数に並べられた千本鳥居であろう。

「「うほぉー!」」

 幾重に並んだ朱色の鳥居を前に、千尋と乃良は声を上げる。

 鳥居は木漏れ日に当てられ、耳を澄ませば小鳥の囀りが聞こえてくるような幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 もっとも二人にそんな雰囲気は中てられなかったが。

「すごい! どこまで行っても鳥居、鳥居だよ!」

「そりゃ千本鳥居だからな!」

「私こんなにいっぱい鳥居見たの初めて!」

 果てしなく続く鳥居から、こちらの声が反響している気がする。

「ねぇ! 誰が先にこの鳥居の先に行けるか競争しよ!」

「良いなそれ!」

「それじゃあ行くよ!」

「おっしゃー! 負けねぇぞ!」

 急展開で鳴らされたデッドレース開始の銃声に、千尋と乃良は一目散に走り出す。

 スタート地点に残された博士は、京都でも相変わらず奔放な二人に、仕方なく溜息を吐く。

 自分のペースで歩き出すと、隣の花子も小鴨の様にくっついていった。


 あれから何分が経っただろうか。

 草木のそよぐ音のする千本鳥居の隙間から、荒々しい息が聞こえてくる。

「はぁ……、はぁ……」

 全力疾走の反動で脇腹に痛みを覚え、千尋は罰当たり覚悟で鳥居に体重を預ける。

 体力は既に底を尽きかけているようだ。

「……ねぇ、もう鳥居千本ぐらい余裕で越えてない?」

 痛みに耐えながら振り絞った声で、千尋は先を歩く乃良に問い掛ける。

 当の乃良は依然余裕そうに、足取り軽く鳥居を潜っていた。

「まぁ、千本鳥居とは名ばかりで実際は一万基ぐらいあるらしいからな。この感じだとまだ半分も行ってねぇんじゃねぇか?」

「そんな……」

 乃良の予想に、千尋は絶望で目の前が真っ暗になる。

 完全に戦意を喪失した千尋に、乃良は口角を吊り上げた。

「俺に競争で勝負を挑むのが悪ぃんだよ! ほら、もうすぐハカセ達が追いつくだろうから、三人で一緒にゆっくり俺の後についてきな」

 すると、千尋の更に後ろから二人分の足音が聞こえる。

「おっ、噂をすれば」

 乃良が足音のした場所へと目を向けると、そこには戦場から帰還してきた様に息を荒らした博士と花子が歩いてきていた。

「いやなんでお前らも疲れてんだよ!」

 下手すれば千尋以上に疲弊した二人に、乃良が余力有り余って叫び上げる。

「お前ら二人ゆっくり歩いてきてただろうが! それなのになんでそんなにクタクタにくたばってんだよ!」

「おまっ……、んな事……言ったって」

「お前ら流石にもうちょっと体力つけろ! 俺はもうお前らの事が心配だよ!」

 博士の反論は、息も絶え絶えで解読不能になっていた。

 仕方なく乃良は三人の体力の復活を待って、一緒に千本鳥居を抜ける事にした。

 適宜に休憩を挟んだ道のりだったが、それでも山の一本道は険しく、一同は話し合いの末リタイアする事を決定した。


●○●○●○●


 時刻は気付けば昼の三時を回っていた。

 小腹も空いてきたこの時間帯に、博士達は甘味処に足を運ばせる事に。

「いやぁーん! 美味しそー!」

 給仕されたスイーツに、千尋の瞳は輝く。

 京都名物である宇治抹茶のアイスに、ごろごろっとした金時小豆、宝石の様な白玉にホイップクリームを乗せたクリームぜんざいだ。

「いっただっきまぁーす!」

 我慢など出来ず、千尋はそう手を合わせると木製のスプーンを掴んだ。

 抹茶に小豆と全てをよそって、ぱくりと一口。

 瞬間、千尋の口内に幸せが広がった。

「美味しいー!」

 千尋は堪らず腹の底から魂の本音を響かせる。

「なにこの苦味と甘味の絶妙なバランス! 美味し過ぎて舌べら溶けちゃいそうだよ! ねっ、花子ちゃん!」

「美味しい」

 花子も千尋と同感なのか、スプーンを持つ手は止まりそうにない。

「あー! これだけでも京都に来た甲斐があったってもんだよ! はぁー修学旅行最高!」

「ちょっとちひろん! もうちょっと声小さくして!」

 他の客などお構いなしに感想を拡散させていく千尋に、乃良がそう忠告する。

 隣に座る博士も、目の前のスイーツに感心しているようだ。

「……確かに美味しいな」

 あまり甘味が得意ではない博士だったが、それでもこのスイーツは純粋に美味であると感じる事が出来た。

 もう一口抹茶アイスを口にして、博士は確信したように頷く。

 その頃には千尋と花子の前に置かれた器は、空っぽになっていた。

「大将、おかわり!」

「ここそういう店じゃないから!」

 二人は従業員の女性に空になった器を見せつけ、そう追加のスイーツを要求する。

 勿論そのようなサービスは店に用意されておらず、従業員は可愛らしい女子高生だと微笑を浮かべるだけだった。


●○●○●○●


 楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうもので、自由行動の時間も残すところ僅かとなっていた。

 博士達は最後の目的地に到着すると、最上階到達と同時にエレベーターから降りる。

 そこに広がっていたのは、今日観光した京都の全てだった。

「うわぁー! すごーい!」

 全方向に広がるパノラマに、千尋はガラスへと張りつく。

 最後の目的地は花子の強い希望だった京都タワーだ。

 その高さは実に百三十一メートルであり、展望室からは京都の全てを展望する事が出来た。

 日の傾いた夕暮れ色の京都は、地上を観光していた時はまた違う表情を見せてくれる。

「いやー、良い景色だなー」

「んー、見えるかなー?」

「ん? ちひろんなに探してんの?」

「私の家」

「見えるかぁ!」

 展望室で和気藹々と会話を繰り広げる乃良と千尋。

 一方で花子は無言のまま夕焼けに染まる京都の街を見下ろしていた。

 あれだけ熱望していた京都タワーだ。

 街を眺める瞳にも熱が入っているようで、瞬きも一切しないままその景色を脳内のフィルムに焼き付けていた。

 そんな花子を、博士は景色も放っぽって見つめていた。

 博士には分かる。

 一見無表情な花子の表情に、今まで見せなかったような表情が入っている事を。

 目の前の彼女が、もう花子ではない事を。

 不意に花子が振り向いて、二人の視線は重なった。

「!」

 こちらの熱視線に気付かれたのか、博士の心臓の居心地が急に悪くなる。

「……綺麗だね」

 花子はそんな言葉を博士に掛けた。

 目の前の絶景は視線を誤魔化すには丁度良く、博士もガラスに向こうに広がる京都の街並みを眺める。

「……あぁ、そうだな」

 もう一度花子に目を向けてみる。

 隣の花子は、今一度京都のパノラマに目を奪われていた。

 その横顔を見ているだけで胸が苦しい。

 ただその苦しみは、博士を悪戯に傷つけるばかりだった。

 景色に想いを馳せるだけで時間は過ぎていき、自由行動終了の時間となった博士達は集合場所である旅館へと移動をした。

京の都を大冒険!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は念願の京都観光でございます!

修学旅行編で一番書きたかった話で、ずっと書くのを楽しみにしていた話でもあります!


本当は現地に行って、自分が実際に見たり食べたり感じたものを書きたかったんですけど、時間や事情が上手くいかずに脳内補完で。

それでも清水寺や甘味処なんかは、昔の記憶を頼りに書いてみました。

そのうちまた京都に行く機会があったら、ちょっとだけ書き直したりなんかしたいですね。


京都観光で二部構成にしようかなとも思ったんですが、流石に詰め込み過ぎかなという事で一話で完結させる事に。

観光地をどこにするか迷いましたが、清水寺と伏見神社、京都タワーという定番スポットで落ち着きました。

少し駆け足過ぎたかなとも思いますが、個人的にはマガオカらしさも出せて良かったかなと思います。


さて、観光も終わって一同は旅館へ!

物語の終結も着々と近付いて参りました……。


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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