【239不思議】おいでやす修学旅行
放課後のオカルト研究部部室。
「いよいよ明日ですね、修学旅行」
カレンダーを確認して、賢治はサラサラヘアーの隙間からそう笑顔を覗かせた。
そう、明日から三泊四日の修学旅行だ。
多くの生徒が待ちに待っている当日だろうが、残念ながら賢治は話しかける相手を間違えていた。
「そうだな」
博士は眉間に皺を寄せながら、賢治に相槌をする。
「良いなー、僕も行きたいなー」
「本気で言ってんのか? 代わりに行ってもらいたいくらいだよ」
当人にとっては一年先である修学旅行に夢見る賢治へと、博士はそう溜息を吐いた。
賢治は対照的に、博士の後ろ向きな見方が信じ難いようだ。
「楽しみじゃないんですか?」
「あいつらと班が一緒じゃなけりゃ、ちょっとは楽しみに出来ただろうな」
そうぼやきながら、博士は視線を部室の畳スペースへと向ける。
「よっしゃー! いよいよ明日修学旅行だぁー! もう私今日寝れる自信ないよ!」
「ちゃんと寝とけよちひろん! 明日からは寝る暇なんて無ぇんだからな!」
「貴方達、修学旅行中に一睡もしない気ですの?」
「当たり前だろ! 折角の修学旅行、寝たりなんかしたら勿体ないだろ!」
「貴方の頭の容量の方が勿体ないですわ」
乃良と千尋が小春を巻き添えにしながら、明日からの修学旅行に向けて早くもエンジンを吹かしている。
かなり行き過ぎたところはあるが、あれが本来の修学旅行を当日に控えた生徒達の心持ちだろう。
前日から狂乱状態な二人に、賢治の笑顔も少し引きつる。
「……一生忘れられない修学旅行になりそうじゃないですか」
「それどの意味で言ってる?」
博士の質問に、分が悪くなったのか賢治はノーコメントだった。
「まぁどっちにしても、一生に一度の思い出になる事は間違いないですよ。だったら、楽しい思い出になった方が良いじゃないですか。楽しめないと、一生分損する事になりますよ」
賢治の言葉を、博士は畳スペースを眺めながら耳に流す。
暴走する千尋達と一緒に腰掛ける花子。
彼女の表情は一向に無表情だが、その鉄仮面の下に賑やかな感情が隠れている事は明白だった。
「……まぁな」
博士は適当に賢治に声を返す。
「お土産、楽しみにしてますね」
「あーお土産な、そーいや妹にもせがまれてたわ」
賢治の口にしたキーワードから、博士は先日家で旅支度をしていた時、妹の理子と繰り広げた会話を思い出す。
『お兄ちゃん! お土産の八ツ橋買ってきてね! あっ、言っとくけど生の方だからね! あの誰が食べるか分かったもんじゃないカリッカリの硬い方じゃないから!』
『お前あっちが元祖だからな』
今思い返しても口の悪い妹だ。
どうせ買ってくるなら一つも二つも変わらないと、博士は賢治に要望を尋ねる。
「リクエストぐらい聞いてやっても良いぞ」
「えっ、本当ですか?」
瞬間、賢治の表情は途端に明るくなった。
「えぇ、じゃあ……」
賢治は数ある京都の土産品から厳選して、その一品の名を叫ぶ。
「木刀!」
「はぁ?」
思い掛けない要望に、堪らず博士は声を漏らしてしまった。
「いや、お前今なんて言った?」
「木刀ですよ、木刀」
「なにお前修学旅行のお土産に木刀頼んでんだよ」
「だって、京都の修学旅行のお土産って言ったらやっぱり木刀じゃないですか」
「お前それ現地の生徒が悪ふざけで買ってくるもんだろ。なんで修学旅行にも行ってねぇ奴がお土産で木刀頼むんだよ」
どこか賢治の思考が擦れているようで、博士はその思考を修正させた。
「そっか……、木刀だと帰りの荷物かさ張りますもんね」
「いやそこの問題じゃなくて」
それでも賢治の思考は、まだ常軌を逸しているようだ。
すると、賢治は今までの真剣そうだった顔持ちから爽やかな笑顔を見せる。
「なんて、半分冗談ですよ」
「半分は本気だったのかよ」
「お土産なんてなんでも良いですよ。寧ろなくたって良いくらいです。その代わり、たくさん土産話聞かせてくださいね」
その笑顔は、まるで冗談を言っているようには見えなかった。
あまりにも真っ直ぐな瞳に、博士の減らず口も噤む。
「出発が明朝で見送りには行けませんので、先にここで言わせてもらいますね」
そう前置いて、賢治は柔らかく目を細めた。
「行ってらっしゃい」
部室で賢治にそう声を掛けられるとは、なんとも不思議な感覚だった。
それでも博士は、その感覚を煙たく感じなかった。
「……あぁ、行ってくる」
そう口にすると、もう修学旅行が幕を開けたような、そんな錯覚に陥っていた。
●○●○●○●
当日、遂に今年の逢魔ヶ刻高校の修学旅行が訪れた。
学校から現地の京都まで、バスで駅まで向かった後に新幹線で二時間弱と、なんとも短い旅路である。
生徒の浮き足立った気分を抑えるには、あと二時間は必要だ。
「8切りからの、7渡し!」
窓を高速で流れる景色など目も暮れず、乃良達は席を対面にしてトランプゲームに湧き立っていた。
「イェーイ! 俺の勝ちー! ちひろん大貧民確定ー!」
「言っとくけどお前貧民だからな」
千尋とのタイマン勝負に勝利した乃良が、千尋にそう優位を見せつける。
一足先に勝利してゲームから離れていた博士と花子は、何故か鼻を高らかに鳴らす乃良に冷ややかな視線を向けていた。
ただ一人手元にカードの残る千尋は、そのカードが皺になる程手に力が入る。
「……むむーっ」
これから楽しい修学旅行だというのに、このまま終わる訳にはいかなかった。
「いや、私が大富豪だ!」
「はぁ!?」
突然突飛な主張をしてきた千尋に、乃良が仰天する。
「お前なに言ってんだよ! 今お前最下位だったじゃねぇか!」
「五月蠅い! 私のやってたところでは最下位の人が大富豪っていうルールだったの!」
「どんなイカれたルールだ」
強引にも程がある論理に、博士もすかさず口を挟む。
しかし対する乃良はゆっくりと頷いていた。
「……まぁ、大富豪って地方ルール多いしなぁ」
「なんでお前は信じかけてんだよ」
実は悪徳商法に引っかかりやすい性格なのではと、博士は心配した。
千尋は話の論点が摩り替わっている事を良しとして、わざとらしく声を上げる。
「あーあ、小腹が空いてきたなー! 花子ちゃん! ゲームなんて放っといてそろそろおやつタイムにしよっか!」
「あっ! お前今誤魔化してんだろ!」
乃良の指摘も無視して、千尋は鞄の中から用意してきた菓子の類を漁る。
出てきた菓子の量は、鞄の約七割を占めていた。
「はいドーン!」
「「おやつ多っ!」」
その衝撃的な量に、博士と乃良は声を揃えてツッコんだ。
「えぇ!? ちひろんどんだけおやつ持ってきてんだよ!」
「だって旅のお供におやつは必須でしょ?」
「だとしても持ってき過ぎだろ! お前の荷物ほぼこれじゃねぇか! これじゃあ京都着くまでに腹パンパンになるぞ!」
「もう分かってないなー。もしかして二人共、おやつは今でも一人三百円までって思ってるタイプ? 残念、それは小学生までの話。高校生になった今、おやつは一人三千円までだよ!」
「おやつに三千円かける奴なんてお前ぐらいしか居ねぇよ!」
二人の声は、賑やかな新幹線の中でも特に際立ってよく聞こえた。
それでも千尋は二人に貸す耳はないと、両手で耳を塞ぐ。
「五月蠅いなー。そんなとやかく言う人達に分けてあげるおやつはありません。花子ちゃん、二人で一緒に食べよ!」
「うん」
「あっ、ずりぃぞ! 俺にも食わせろ!」
「花子ちゃん、レタス太郎一緒に食べよー!」
「私チョコバント食べる」
「このペラペラしてんじゃねーよは俺が頂いた!」
「なんだその聞いた事あるけど若干違う駄菓子シリーズ」
あれだけ火花を散らしていたのに、今では睦まじい駄菓子パーティーが開催されていた。
なんとも甘味の充満する空気に、博士は一人溜息を吐く。
すると不意に車内アナウンスが流れ、博士はそちらに耳を傾けた。
どうやら他の部員達は駄菓子に夢中で、誰一人そのアナウンスを聞いていなかったらしい。
「……おいお前ら、そろそろ片付けろ」
「はぁ!? なに言ってんの! 今食べ始めたばかりでしょ!?」
口にしたレタス太郎を放出する勢いで、千尋が博士に声を荒げる。
それでも博士は端的に、千尋に理由を説明した。
「目的地に到着だ」
●○●○●○●
新幹線から陸地に足を伸ばし、一同は駅のホームから屋外へと歩いていく。
「着いたー! 京都ぉー!」
乃良の雄叫びが、京都の街中に響き渡った。
ここが今回の旅の舞台となる京都である。
と言ってもまだここは旅の玄関口であり、京都と聞いて想像するような風情ある街並みではなく、しっかりとした都会が出迎えてくれていた。
「うっぷ、気持ち悪い……」
「あーもう、最後無理しておやつ掻き込むからだよ」
あれだけ楽しみにしていた千尋の顔色は、乗り物酔いでもしたかの如く真っ青だった。
原因は乃良の言った通り目に見えている。
皆が下車の準備をしている間、千尋は用意した駄菓子を全て食べ尽くす勢いで口の中に注ぎ込んだからだ。
勿論食べ切る事も出来ず、消化不良のまま口に複雑な味が粘ついていた。
今にも吐き出しそうな千尋に、乃良がそっと背中を撫でて介抱する。
そんな千尋を眼鏡の奥で哀れに見つめながら、博士は集団行動に添って足を動かした。
「ハカセ」
ふと名前を呼ばれ、博士が振り向く。
そこには名前を呼んだ花子が一人。
花子の見つめる先には、彼女がガイドブックで一目惚れしたランドマークの実物が聳え立っていた。
「あれ」
京都タワーに向けて、花子が人差し指を差す。
「あそこに行くのは明日の自由行動だ。今はこっち。ほら、分かったら着いてこい」
博士の誘導にも、名残惜しいのか花子の足は動かない。
しかし、観念したようにして花子は博士のもとへと歩いていった。
何故花子があそこまで京都タワーに魅力を感じているのか分からない。
それでも明日の自由行動では花子に目一杯京都タワーを楽しんでもらおうと、博士は密かに修学旅行の意気込みを見せていた。
修学旅行、開演!
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
今回は修学旅行編のとうとう開幕となりました!
ハカセ達が遂に京の都に到着です!
京都観光は次回目一杯楽しんでもらうとして、今回はそれまでの道中、新幹線の中を書いてみました。
移動中というのもやはり修学旅行の醍醐味ではないかと思いまして、それなりに意気込んで書きました。
修学旅行を前にワクワクする心模様が伝わっていたのなら幸いです。
そして、いつもの部室の日常。
ネタバレになってしまいますが、実は今回をもちまして部室を舞台としたシーンを書くのは最後となってしまいました。
いつも当然の様に書いていた舞台をもう書かないと思うと、少し寂しい気がします。
しかしその分、最終章に相応しい舞台となっておりますので、京都の街並みの美しさを次回以降皆さんに伝えられればと思っております!
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




