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【023不思議】雨の降る日に傘一輪

 逢魔ヶ刻高校に梅雨前線が直撃し、空は生憎の雨模様となっていた。

 雨の降る斜線がハッキリと目に映り、雑音を掻き消すような雨音が町中に響いている。

「……雨だなー」

 窓に映る曇天を見つめながら、多々羅はそう独り言を呟いた。

 雨のせいなのか部室はいつもよりも暗く、部員達もどことなく静かになっている。

「今日雨降るって言ってたっけ?」

「天気予報思いっきり雨って言ってただろ。ニュース見なかったのかよ」

「天気予報見逃した」

 博士と乃良も町に降り注がれる雨を眺めながら、そう話していた。

 そんな二人の会話を掻き消すように、多々羅が大きな溜息を吐き出して机に突っ伏す。

「ハァー。こんな天気じゃ缶ケリも鬼ごっこも出来ねぇじゃねぇか」

「どっちもオカルト研究部がする事じゃねぇけどな」

 博士が冷たくそう言うも、多々羅はそんな言葉に耳を傾ける様子はない。

 すると、多々羅は何か閃いた様で、項垂れていた体をしゃんとして突然立ち上がった。

「そうだ! ベーゴマしよう!」

「ベーゴマ!? そんなのあんのかよ!」

「あるに決まってんだろ!? えぇっと、どこにしまったっけなー」

「アンタこの部室をなんだと思ってんだ!」

 博士の大声にも耳を貸さず、多々羅は黙々とベーゴマを探し続ける。

 そんな男性陣のいる畳スペースから少し離れた机では、女性陣がガールズトークを繰り広げていた。

 机の上にはたくさんの少女漫画が散らかっている。

「はい! これ私が持ってきた少女漫画! なんか花子ちゃんに参考になるかなと思って!」

「少女……漫画?」

「女の子向けに作られた作り話の事。たくさんの恋愛のお話があるんだよ?」

 千尋と西園にそれぞれ説明を受け、花子は目の前にあった漫画を一つ手に取る。

「あーそれは私の一番のオススメでね! 幼馴染同士で両片想いなんだけど、怖くなっちゃって告白出来ないの! そんな自分が嫌でついつい相手に当たっちゃって。もうさっさと告って付き合っちゃえばいいのに! あぁ! 読むならちゃんと一巻から」

 五巻から読みだした花子に千尋は急いで遮ろうとするが、花子の読むページを見て千尋の声は止まる。

 花子が見ているページは雨の日の帰り道、二人が一つの傘に身を寄せているシーンだった。

「千尋、これ何?」

「そっ、それは相合傘って言って、一つの傘に二人が入るっていう……」

 千尋が説明していると、花子は再びそのページに釘付けになった。

 そんな花子を見て、千尋は意を決した様に首を力強く縦に振る。

「あーなんかお腹空いたなー!」

「千尋ちゃん!?」

 突然声を張り上げた千尋に、西園は思わずそう声を漏らす。

「メロンパンが食べたーい! 高校から徒歩五分のところにあるコンビニに売ってる百五十円(税抜)の中はもっちり外はサクサクなメロンパンが食べたーい!」

「大分具体的ね」

 千尋はそう言うと、訳も解らない様にぼーっと見つめている花子に向かって笑顔を向ける。

「ねぇ花子ちゃん。お願いだけど買ってきてくれない?」

「? 何を?」

「千尋ちゃん、急にどうしたの」

「そうだよねー、花子ちゃん一人で買い物に行かせるなんて酷いよねー!」

 最早二人の声など聞く気もない千尋は、振り返って後ろにいる男性陣に向かって声を飛ばした。

「ねーハカセ―、行ってきてよー」

「あ?」

 畳スペースでベーゴマに夢中になっていた博士は、千尋の声に機嫌の悪そうに反応した。

 女性陣の会話は聞こえていたようで、そのまま話に入っていく。

「なんで俺が花子と買い物に行かなきゃいけねぇんだよ」

「良いじゃんか! お金はちゃんと私が出すからさ」

「だから何で俺が」

「ハカセが行ってくれなきゃ、花子ちゃん一人にお願いするけど」

 千尋の言葉に博士は花子が一人で買い物に行く様子を想像して、まだ文句を言いたそうであったが、頭を掻き毟って渋々了承をした。

「……解った、行きゃあいいんだろ」

「さっすがハカセ! お願いねー」

 千尋の嬉しそうな笑顔に博士は溜息を吐いて、早速買い物の準備をする。

「それじゃあハカセ、お金と傘」

「あー俺は良いから花子に渡して」

「?」

 傘を博士に渡そうと準備していたのにあっさりと断られ、千尋は不思議そうに博士を見つめる。

「良いって、ハカセ傘いらないの? 持ってきてないんでしょ?」

「俺折り畳み傘あるから」

 そう言って鞄から折り畳み傘を取り出し、開いてみせた博士の元に千尋は近付いていく。

 そして傘を無理矢理奪い取ると、膝を使って傘をへし折った。

「!? 何するんだよ!」

「それはこっちの台詞よ! 何で傘なんて持ってきてんのよ!」

「こういう時の為だろうが! どうしてくれんだよ壊れちまったじゃねぇか!」

「だから私の貸してあげるって言ってんでしょ!」

 千尋の理不尽な怒りに博士は思わず頭を抱える。

 そんな光景に、花子は何も動じる事なくじーっと見つめていた。


●○●○●○●


「うわー、結構降ってんなこりゃ」

 生徒玄関で靴を履きかえた博士は、目の前に広がる雨の世界に苦い顔を見せていた。

 後ろからは遅れて靴を履いてきた花子が歩いてくる。

「……んじゃ行くか」

 博士はそう言って傘をバッと開いた。

 こちらを見て待っている博士に、花子はしばし放心すると、傘の中に潜っていく。

 花子が入ってくるのを確認した博士は、目的地に向かって歩き出した。


●○●○●○●


「今頃どうなってるかなー」

 博士と花子がいなくなった部室で、千尋は満足そうな表情で、両手で頬杖をついていた。

「ちょっと無理矢理すぎたんじゃない?」

「傘奪ってへし折るとか……」

「あの二人にはこれぐらいしないとどうにもなりませんよ!」

 西園の声に千尋はそう言い切り、乃良は千尋の傘破壊のシーンを思い出して笑っている。

 そんな乃良だったが、なんとか笑いを抑えて千尋に話しかけた。

「でも、あの二人の事だから、こんなんじゃ発展しないと思うけど?」

 どこか面白がっているような乃良に、千尋はさっきまでの表情を一転させて俯く。

「そんな事解ってるよ。でも……」

 千尋はそう言って、花子がさっきまで見ていた漫画に目を落とした。

 思い出すのは相合傘のシーンを熱心に見つめる花子の顔。

「相合傘のシーンを見てる花子ちゃんの顔が、なんか羨んでる様に見えてさ」

 千尋の言葉に乃良は「そっか」と優しく声をかける。

 それからはいつもの賑やかな部室に戻っていき、博士と花子の帰りを待っていた。


●○●○●○●


 千尋の作戦通り、博士と花子は相合傘でコンビニへと歩いていた。

 町には傘を差して歩く人の姿もちらほら見えるも、雨は止むどころか次第に強くなっていく様にも思えた。

 移動中、二人は驚くぐらいに静かで、どちらからも話を振る様子はない。

 博士の持つ傘の中、花子はふと博士を見つめた。

 博士はこちらの視線に気付いておらず、前を見てただひたすら突き進んでいる。

 花子はふと博士の肩に視線を向けた。

 花子とは反対側にあるその肩は傘からはみ出ており、濡れてベタベタになっていた。

「ハカセ、濡れてる」

「あぁ? ……あぁ、別にいいよ」

 博士は花子が肩を見ている事に気付くが、特に傘をずらす素振りも無く歩いていく。

「ダメ」

「あぁ? !」

 花子の声の意味を理解できなかった博士に、花子はぎゅっと身を寄せた。

 二人の間にあった距離は一気に0になり、二人の体は完全に傘の中に隠れる。

「これで濡れない」

「………」

 博士の顔をじっと見つめて言う花子に、博士は立ち止まって見つめ返す。

 しかし、特に言葉を返す事は無く、目の前の目的地を見て博士は花子にそれを報せた。

「ほら、着いたぞ」


●○●○●○●


 コンビニに着いた博士は屋根のあるところまで来ると、傘を閉じた。

「ハカセ、ここは何?」

 ガラスの向こう側に見えるコンビニの中を覗きながら、花子は博士にそう訊いた。

「コンビニだよ、ここで色んなの売ってんだよ」

 博士の声を聞きながらも、花子は店内に夢中になっている。

 そんな花子を見ていると、博士はふと言葉を口にした。

「お前、一人で買い物してみるか?」

「?」

 博士の言葉がよく解らなかったという様に花子は首を傾げる。

「いや、今まで何度か外に出てきたから一人で買い物してみるかと思って……」

 花子はしばらくそのままぼーっとしていたが、またガラスの中の店内を見て口を開いた。

「……行ってみる」

「……あぁ、そうか」

 博士がそう返事をすると、花子は自動ドアでそのまま中に入っていき、博士の視界から消える。

 博士はガラスの壁に背中をつけ、雨の降る町に目を向けた。

 ――……しまった。自分で言っときながらめちゃくちゃ心配だ。

 商品棚を荒らしていないだろうか、レジで失敗していないだろうかと頭の中で無数の不安が浮かんでは消えていく。

 そんな心配も不必要で、自動ドアからメロンパンを手にした花子が帰ってきた。

「買ってきた」

「……おぅ、早かったな」

 博士はぎこちなくそう返事を返し、帰宅の為に傘を開いた。

「お客様! 勝手に商品を持ち出さないで下さい!」

「すぐさまコンビニに戻れ!」

 その後ちゃんと千尋から貰ったお金でメロンパンを購入し、花子一人に買い物を任すのは止めようと博士は心に決めた。


●○●○●○●


 部室への帰り道、コンビニでの騒動があったせいか博士はどこか疲れた表情をしていた。

 騒動の原因である花子はいつも通りの無表情で、手には千尋へのメロンパンがある。

 花子は博士に目を向けて、博士の持っている傘に着目した。

「持たせて」

「? ……これか?」

 博士がそう言って傘を持っている手を少し上げると、花子はコクリと頷く。

 博士は花子が持ちやすいであろうところまで傘の柄を下げると、花子はそれをギュッと握りしめた。

 博士よりも背の低い花子は、博士を傘の中に入れるように腕を上げて持つ。

 何が楽しいのかよく解らないが、博士から見える花子の表情はどこか楽しそうだった。

 そのまま歩いていると、花子の様子がどこかおかしいのに気付いた。

「どうした?」

 博士の声に花子はどことなく苦しそうな声で、博士に訴える。

「ハカセ……、疲れた」

「はぁ!?」

 花子の予想外の言葉に、博士は思わず町中で声を上げてしまう。

「疲れたってお前傘持ってるだけだろ! しかも持ってまだ数秒しか経ってねぇぞ!」

 花子の持っている傘はどことなく震えており、限界はすぐそこまで来ているのだろう。

 博士は溜息を吐いて、花子の持っている傘に手を差し伸べる。

「ったく、後は俺が持つよ」

「大丈夫」

「大丈夫ってもうお前手ぇ震えてるだろうが!」

 博士がそう言って傘を持とうとするも、花子は頑なに傘を放そうとしない。

 そんないざこざをしている最中、とうとう花子の腕に限界が来て花子の手から傘が離れた。

「「あっ」」

 すると、今まで穏やかだった風が急に吹き荒れ、持ち手の居なくなった傘は風の赴くままに飛んでいき、気付いた時には姿を消していた。

 博士と花子は口を開く事が出来ず、ただ二人は降り注ぐ雨に濡れていくだけだった。


●○●○●○●


「どうしたのそんなずぶ濡れになって!」

 二人はその後無事部室に帰ってきたが、二人のずぶ濡れな姿に一同は驚いていた。

「まぁ色々あって」

「私の傘は!?」

「吹き飛ばされた」

「何で!?」

 博士に質問攻めする千尋はどこか怒っているようだが、博士は淡々と答えだけを語っていく。

「あぁもうなんで自分の傘で行かなかったのよ!」

「お前が俺の傘ぶっ壊したからだろ!」

 頭を抱えて項垂れる千尋に、博士は厳しくそう叫んだ。

「千尋」

「?」

 何の前触れも無く呼ばれた千尋は、千尋を呼んだ花子へと目を向ける。

「メロンパン」

「ありがとう! 大好き!」

 花子から手渡されたメロンパンの入ったビニール袋を持って、千尋は涙ながらに大声を上げた。

 情緒が不安定になっている千尋を眺めて、花子は不思議そうに首を傾げている。

 そんな千尋とずぶ濡れの二人を見て、他の部員達は苦笑いを浮かべながら思わず溜め息を漏らした。

六月といえば相合傘ですよね、ですよね?

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


実は前回のタタラ編から月は六月に入っておりまして、衣装も夏服に変わっていました。

一応そういう描写を最初の方にちょろっと書いたのですが……、なんせ小説ですから解りづらいですよねww

という事で、季節は密やかに梅雨に入っておりました。

梅雨といえば? 勿論、相合傘でしょー!

という事で相合傘をただただしたいだけの回となりました。


実はこの作品を書きだした当初から『六月には相合傘をするんだ!』と決めていました。

それでやっと書くことが出来たので、この話は随分楽しく書いた覚えがあります。

傘が飛ばされ、ずぶ濡れになって帰ってくる予定はなかったんですが……、面白いからいいや!ww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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