【227不思議】Opening act
オカ研部員達が帰り道に向かい、どこか寂しげな空気の漂う体育館倉庫。
一人残された多々羅は、今しがた出た電話の向こうから聞こえてきた声に、衝撃を覚えていた。
「……えっ?」
多々羅の焦点は床を彷徨い、脈拍は着々と早くなっていく。
電話を持つ手も、注意しなければ落としてしまう程に震えていた。
「なっ、お前、どうしたんだよ急に」
応答する声からは、動揺も見られる。
「元気かって、それはこっちの台詞で!」
会話の内容から察するに、電話の相手は多々羅の旧友なのだろうか。
少し声が荒れ気味になったその時、多々羅の声がピタリと止む。
まるで、驚愕の真実を聞いてしまったかの様に。
携帯からはなにやらしわがれた声で語られるのが聞こえてくるが、多々羅はそれに対して一切返答をしようとしない。
否、返答する余裕がなかったのかもしれない。
向こうの用が終わったのだろうか、電波で繋がった会話に区切りがつきそうになったその時、
「……待て」
多々羅が小さく呼び止める。
その瞳は苦渋の決断に覚悟を決めたような、そんな色をしていた。
「……一つ、頼みてぇ事があるんだけど」
●○●○●○●
翌日、体育館倉庫。
「なんの用だよ。俺一人だけ呼び出して」
放課後に呼び出しを食らった博士は、随分と不機嫌そうに倉庫の中で突っ立っていた。
今日体育館倉庫に来るよう呼び出されたのは博士たった一人。
それが更に博士の不機嫌を誘い、眼鏡の奥の眉毛を吊り上げる形となった。
「また昨日のお悩み相談の続きか? 生憎様だが、俺はアンタに相談する悩みなんて一つも持ち合わせちゃ」
「違ぇよ」
博士の減らず口が、多々羅に遮られる。
その声の調子から、今回の用件が昨日の様なおどけた内容でない事は瞬時に理解できた。
ふと多々羅はポケットから一枚の紙を取り出す。
一つの言葉もないまま多々羅はそれを博士の近くに佇む簡易なテーブルに投げ捨て、博士が黙ってそれを拾う。
適当の紙の切れ端を使ったようなメモ用紙。
そこには殴り書きで、どこかの住所が記されているようだった。
「明日、そこに行け」
「はぁ?」
ようやく口を開いたかと思えば大雑把な命令文に、博士は口を歪ませる。
「何言ってんだ。明日も学校だろうが」
「んなもん知るか。とにかく明日そこに書いてある住所のところまで行け。学校は部活の遠征だとかなんとか適当に理由作って休め」
「なんだオカルト研究部の遠征って」
強引に博士に向かわせようとする多々羅だが、博士も意図も分からないような状態で授業を休む訳にはいかない。
「大体、ここどこなんだよ。ここになにがあるって言うんだよ」
まずはとにかく説明が欲しかった。
説明を要求する博士に、多々羅も重たい口をゆっくりと開けていった。
「花子の過去を知ってる奴が、そこにいる」
「!?」
多々羅の口から発せられた言葉に、博士は驚愕する。
――花子の……過去!?
いつしか探求する事に封をしていたその事柄を口にされ、博士の脳内は二倍速の逆再生の様に以前の記憶を遡る。
その記憶は、どれも痛々しいものばかりだった。
「……どういう風の吹き回しだよ」
平静を装って、博士は口にする。
「アンタはいつだって、あいつの過去を調べるのに否定的だったじゃねぇか」
そう、多々羅は花子の過去について調べる博士にいつも反対していた。
核心に触れそうになった時、博士に一方的に傷を負わせてまで。
結果、それが花子の精神状態を揺るがす事に直結すると知った博士は、多々羅の言う通りに従って、花子の過去という探究心の引き出しに鍵をかけたのだ。
しかし、その鍵を開けたのは、かけさせた筈の多々羅だった。
「……状況が変わったんだよ」
多々羅は博士の問い掛けに、そう声を返す。
「それに、調べもの大好きなお前が、またいつ花子の過去をほじくり返すか分からねぇ。そうやって暴走される前に、お前には真実を知っておいてもらった方が良いかと思ってな」
その理由が本心なのか、単なる皮肉なのか。
例え単なる皮肉だったとしても、博士にはどうでも良かった。
「まぁ、もう興味も失くしちまったっていうなら、別に行かなくてもいいけど」
「行く」
食い気味に吐かれた答えに、多々羅は顔を上げる。
「行くに決まってんだろ」
博士の表情は、覚悟に満ち溢れていた。
「……そうだわな」
多々羅も思わず口を綻ばせる。
「そこまでは電車で行ける筈だ。確か数本乗り換えなきゃいけなかったような気はするけど、まぁそこらへんは適当に調べりゃ辿り着けるだろ」
「分かった」
これで本日の用件は終了。
後は帰って早速明日の準備に取り掛かるだけ、
その筈だったのだが、
「私も行く」
「「!?」」
突如として聞こえてきた声に、博士と多々羅は振り返る。
いつの間にか倉庫の中には、博士と多々羅以外の人影、話題の中心である花子の姿が現れていた。
扉の開けられた音は一切聞こえなかったので、恐らく幽体化して中へと入ってきたのだろう。
「花子! お前、なんでここに!」
「ハカセについてきた」
「なっ!」
突然の花子の登場に、博士は驚きを隠し切れない様子だ。
それとは対極的に、花子は平常営業な無表情である。
「ダメだ!」
先程口にされた花子の同行宣言を思い出し、博士は即座に却下する。
「なんで」
「だって! お前! もしまた同じような事になったら!」
同じ事というのは、八十年前のアルバムに映った博士と瓜二つな少年の写真を見て、花子が気を失った事を言っているのだろう。
博士の心配もご尤もだが、それでも花子は首を横に振った。
「大丈夫」
「大丈夫って、なにを根拠に!」
「根拠なんてないけど、大丈夫」
「そんなの全然大丈夫じゃ」
「私も知りたいの」
花子の言葉に、博士の喉が詰まる。
「私もあの写真を見た時から、ずっと気になってた。どうして私は死んでしまったのか。どうしてあの写真を思い出そうとすると、胸が苦しくなるのか。私が生きていた時になにがあったのか、私は知りたい」
今思えば当然の疑問だ。
寧ろ今まで気にしていなかった事が不思議に思うくらい。
そんな当然を当然に思えるようになるくらい、花子はこの一年と数ヶ月で成長したのかもしれない。
「……でも」
それでも博士はまだ不安なのか、上手く頷けずに俯く。
代わりにGOサインを出したのは、後ろで見守っていたもう一人の人物だった。
「良いんじゃねぇか?」
「!」
多々羅の言葉に、博士は勢いよく振り向く。
「おい!」
「花子が知りたいって思ってんだ。本人のその気持ちを、俺は尊重したい」
多々羅はマットに下ろしていた腰を上げて、花子を見つめる。
「……それに俺も、今の花子なら大丈夫のように思えんだ」
花子の瞳には、今までにない程の覚悟が宿っているように見えた。
「勿論、根拠なんてねぇけどな」
多々羅は博士に向かって、無邪気にそう笑う。
根拠がないと笑う多々羅の言葉が、どういう訳か根拠に思えてしまうのは、博士も心のどこかで多々羅を信用してしまっているのだろう。
ふと花子が博士の目を見つめる。
例え多々羅が良いと言っても、博士が良いと言わなければ、花子はきっと大人しく留守番するだろう。
それでも博士に、今から首を振る事は出来なかった。
「……分かったよ」
ぶっきらぼうに吐かれた声に、花子の無表情が少し緩む。
「その代わり、絶対俺からはぐれんなよ」
「うん」
自分の過去を知りに行くというのに、まるで花子は遠足を楽しみにしている子供の様だった。
博士も早速明日の準備に取り掛かろうと、出口へと足を進める。
そんな二人の姿に、多々羅は不意に表情を柔らかくした。
「よし、そうと決まればさっさと明日の荷物まとめとけよ。そうだ、乃良達にも一応言っとかねぇとな。先生達にも明日休むって連絡しなきゃいけねぇし」
「ハカセ」
「ん?」
多々羅に呼び掛けられ、博士は振り返る。
「花子の事、頼んだぞ」
花子を心配するその姿は、保護者そのものだった。
本人は博士に言われた通り、荷造りの為体育館倉庫を幽体化でそそくさと後にしており、残っているのは博士一人。
「……言われるまでも」
その宣誓は、博士と多々羅二人だけの間で交わす事となった。
●○●○●○●
翌日、朝。
ガタンゴトンと電車が揺れる。
車窓には一面真っ青な海が広がっており、東から昇る太陽が反射してこちらに光を刺し込んできた。
平日の朝という事もあってか、電車の中は驚く程に開放的となっており、車内に揺られているのはたった二人しかいなかった。
私服姿で座席に腰掛ける博士。
そして、同じく私服姿で腰掛ける花子。
二人の間に、特に会話はない。
その為、電車のガタンゴトンと揺れる物音が強く耳の中に響いてきた。
花子の過去が遂に明かされる……。
ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!
みんなにスポットライトを当てていこう、トリを飾りますのは我らがヒロイン花子ちゃんでございます。
という事で、遂に花子の過去について明かしていく事となります。
今回のハカセと多々羅の会話、そして花子の介入は以前から頭の片隅にあったシーンでした。
物語の核心に触れていく章になりますので、今回は今まで以上にそういった片隅にあったシーンが多いでしょう。
ラストの電車のシーンなんかも、以前から思い描いていたシーンです。
ここまで引っ張ってきた過去編ですから、きっと色んな想像をしてくださっている方もいるでしょう。
次回より、本格的に始動します。
僕も今までのマガオカの集大成だと思って書いていきますので、皆さんもどんな内容が待っていようと一緒に読んで下さると幸いです。
それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!




