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【223不思議】義姉と妹のブルース

 変わらない喧騒を見せるオカルト研究部部室。

「覚悟しろ悪霊!」

 そう怒気の籠った叫び声を上げたのは、ツインテールの揺れる小春だった。

「今貴様の立っているところに描かれたそれは、どんな怨霊も問答無用に成仏させるという最強の陣! これで貴様もとうとう天国行きだぁ!」

 確かに小春の声が刺さる花子の足元には、幾何学な魔法陣の様なものが描かれていた。

 今日こそ因縁に決着をつけると、小春は自身の力を最大限に絞って花子に放つ。

 しかし対する花子はというと――、

「いや花子、余裕そうに踊ってるけど」

 気の向くままに踊っていた。

「すごい! 花子ちゃん縄跳びダンス上手!」

「いや違う! これはNiziUの縄跳びダンスじゃない! にゃんこスターの縄跳ばないダンスだ!」

「小説で解り難いボケするな」

 無表情のまま軽やかに踊る花子に、一同は高い評価を付けていた。

 その足元に敷かれた陣を、博士がぺらりと捲る。

「ていうか、これただのラグじゃねぇか。なんか値札付いてるし。こんな布切れ一枚に除霊の力なんて宿ってる訳ねぇだろ」

 博士の推理通り、陣の正体は小春が最近ネットで購入したラグだった。

 小春もそれを百信用していた訳ではなかったが、なんにでも縋りたいという精神が、今日このラグを部室へと持ち運ばせていた。

「あーあ、でも良かった! 今日も小春ちゃんの除霊が失敗して!」

「なに言ってんだ! こはるんは霊能力持ってねぇんだから、除霊なんて成功する訳ねぇだろ!」

 今日も平和な一日だと、部室が笑いに包まれる。

 そんな中、笑いとは対照的な表情をした少女が一人。

 小春の表情は、鬼が取り憑いているのではと錯覚する程の気迫に満ち溢れていた。


●○●○●○●


 日を跨ぎ、一年E組。

 昨日の作戦失敗をもとに、小春は一人机の前で作戦会議を取り行っていた。

 ――畜生……! あの人達、揃いも揃って私の事バカにして! 絶対あの人達の目の前で悪霊追い祓って、私の事見返してやりますわ!

 次はどんな手を使おうと、小春の握ったシャーペンが黒鉛を滑らせる。

 しかし、その手はすぐに止まった。

 ――……でも最近、あの悪霊がそんな悪い霊でもないような気がしてきたのよね……。

 そう、長い月日を共にした事で、小春の中の花子の印象が変化してきたのだ。

 夏祭りの時も、文化祭の時も。

 ひたすらに博士の事を見つめていた花子の姿に、悪霊という異名はあまりにも相応しくなかった。

 ――傍から見たら、ただの恋する乙女っていうか。

 そちらの異名の方が、今の花子に似合っている。

 ――もしかしたら、私があの霊を祓う理由なんてどこにも……、

「ダメだよ!」

「!」

 まるで心でも読まれていたかのように声を投げられ、小春は慌てて顔を上げる。

 真正面からこちらの顔を覗いてきたのは、小春の親友であり、花子の想い人である博士の妹の理子だった。

「小春ちゃん! 今あのおかっぱ女の撃退方法考えてたんでしょ!? だったらもっと真剣に考えてくれなきゃダメだよ!」

 理子は生粋の花子の敵だ。

 そもそも小春と話すきっかけとなったのも花子が原因であり、実の兄である博士が痴女に誑かされないかと日夜危惧している。

 想像だけで血管が破裂しそうな理子を、小春はゆったりと宥める。

「おっ、落ち着いて。最近分かってきたんだけど、あの悪りょ……先輩、そんなに悪い人でもなさそうだから」

 まさか自分が花子を擁護する日が来るとは、夢にも思っていなかった。

 ただ今の理子には、火に油でしかなかった。

「小春ちゃんまでそんな事言うの!? あいつはそんなんじゃないの! 最早人の皮を被った、得体の知れないモンスターなの!」

 ――確かに人ではないわね……。

 妙な勘の良さを見せる理子に、小春は静かに頷く。

「とにかく! こうなったら仕方がない! 私が直接、あのおかっぱ女にお兄ちゃんの事は諦めるよう話をつけてやるわ!」

「えっ!?」

 予想外の展開に、小春がなんとか止めに入る。

「別にそこまでしなくても良いんじゃないの?」

「止めないで小春ちゃん! これも全て、お兄ちゃんの身を守る為なの!」

「でも……」

 理子は小春の話を皆まで聞かず、意志を鋼の如く固めてしまった。

「待ってなさい悪質おかっぱストーカー女! この私が、お兄ちゃんの名のもとに成敗してあげるわ!」

 ――……まぁいいか。

 一つ肝心な事実を見落としている理子だったが、小春は面倒になってその指摘をやめにする。

 今の理子に何を言っても、熱血の壁に阻まれて届きそうにもなかったからだ。


●○●○●○●


 その日の放課後、校舎裏。

「よく来たわね!」

 のらりくらりとやってきた花子を、理子は仁王立ちで出迎えた。

 花子の手には、『果たし状』と書かれた一枚の紙が握られている。

 知らぬ間に花子のもとに届いたその紙の指示に従って、花子はのこのこと一人でこの場所へと訪れたのだ。

「待ち侘びだわ。今日ここで、貴女との決着果たさせてもらう!」

 戦いを際立たせるように風が吹く。

 風は二人の髪を靡き、静寂に包まれた校舎裏にヒューッという音をもたらした。

 花子の表情は依然無表情。

 その表情が、理子に一つの懸念を生ませた。

「……私の事、分かるよね?」

 ここまで場を整えておいて、「誰?」の一言で片付かれてしまったら面目も丸潰れだ。

 顔を一気に紅潮させた理子に、花子はそっと口を開く。

「……ハカセの妹の」

「! そっ、そう! 妹の理子!」

 ハカセが兄のニックネームである事は、勿論理解している。

 名前までは怪しいが、どうやら覚えてはもらえていたようだ。

 第一関門を突破した事に安堵し、理子は気を取り直して本題に刃を入れる。

「単刀直入に言わせてもらうわ! 貴女に私のお兄ちゃんの事、諦めて欲しいの!」

 断言され、花子の無表情もほんの少し揺らぐ。

「貴女がお兄ちゃんの事好きなのは知ってるわ。別に貴女の気持ちが悪いって言ってるんじゃないの。悪いのはその気持ちの消化の仕方。お兄ちゃんの事が好きだからって、なんでもかんでもお兄ちゃんにやっていい訳じゃないでしょ? それに貴女、一度お兄ちゃんにフラれてるみたいじゃないの。一度フラれた男にまだ言い寄るなんて、そんなのストーカーとやってる事一緒よ」

 弾丸百二十連発発砲可能なマシンガンの様に、理子は怒涛の勢いで説得する。

 その弾丸が命中しているのか、花子の無表情では分からなかった。

「とにかく! お兄ちゃんの事は諦めて! きっとお兄ちゃんじゃなくても、他に良い人がいる筈よ」

 言いたい事は全て言い終わり、後は花子の反応を待つだけ。

 気儘な花子の返答は、まるで数分の様に長く感じた。

 随分と長い思考時間を費やした後、花子が口にした言葉はたったの三文字だった。

「……なんで?」

「えぇっ!?」

 花子の返答は、理子のマシンガンよりも余程威力が高かった。

「さっき全部言ったよね!? 貴女がお兄ちゃんの事好きだとお兄ちゃんが迷惑なの!」

「なんで?」

「だから! 好きでもない人に好きになられたところで、迷惑でしかないって言ってるでしょ!?」

 その言葉で、花子の返答が変わる。

「嫌だ」

「えぇっ!?」

 疑問形を薙ぎ払ったその言葉に、理子も衝撃を受ける。

「嫌だじゃないでしょ! 諦めてよ!」

「嫌だ」

「分からず屋だなぁ!」

 なにを言っても聞かない花子に、理子は頭を抱える。

 ただ花子の心の奥には、理子になにを言われても揺るがない意志が根を伸ばしていた。

「誰になにを言われても、例えそれが迷惑でも、私はハカセを好きな事をやめない。もしそれを言ってきたのがハカセだとしても」

 語り出した花子に、理子は目を向ける。

 その瞳には、静かに燃える覚悟が確かに宿っていた。


「私はハカセが好き。この気持ちは、誰にも邪魔させない」


「! ……っ、……!」

 冷静に聞いてしまえば、とんだ我儘発言だ。

 それでも確かな意思を持って口にした花子を前に、理子は言い返すボキャブラリーを失ってしまった。

 悔しいが、どこか憧れてしまったのだ。

「おい、なにやってんだ」

「「!」」

 離れたところから声が聞こえて、二人は振り返る。

 否、振り返るまでもなかった。

 その声の主は今の話題の中心人物であり、二人にとってはかけがえのない存在なのだから。

「ハカセ」

「お兄ちゃん!?」

 博士の登場に、二人は揃って目を開く。

 花子の傍まで歩み寄ると、博士は訝しげに理子を見つめた。

「全く、花子が誰かに呼び出されたって板宮が言うから来てみたら、なんでそこにお前がいるんだ?」

 呼び出した犯人が自分の妹とは、予想だにしていなかったのだろう。

 なにか良い言い訳はないかと、理子は言い逃れの手段を模索する。

 対する花子は博士に華やかな無表情を向けていた。

「ハカセ」

「ん? どうした? 理子になんか言われたか?」

「私の事迷惑?」

「はぁ? なんで」

 そんな些細な会話を耳にして気付いた。

 博士の声に怒気がない。

 それどころか、家族でも滅多に聞けないような甘い香りが博士の声から感じ取れた。

 それが意味する事を、理子は知っている。

 妹は兄よりも、何倍も察しが良いのだ。

 ――いつの間に……。

 博士と花子のツーショットを見る機会が無かったからか、今の今まで気付けなかった。

 ただし気付いた瞬間、理子の口元が緩む。

 ――そっか……、それならしょうがないよね。

 別に、理子は花子の気持ちを全て否定したかった訳ではない。

 博士の気持ちも考えず、本能のままで一方通行の想いを貫こうという姿勢が気に食わなかっただけだ。

 その気持ちが一方通行ではなくなったと知った今、理子の否定するものはない。

 理子はただ、兄の幸せを願っているだけなのだ。

「……零野先輩!」

「!」

 初めて名前を呼ばれ、花子は目を向ける。

 そこに映っていた理子の表情は、今まで見た事ないくらいに眩しかった。

「お兄ちゃんの事、よろしくお願いしますね! ただ、また変な事しようとしたら許しませんから!」

 理子は向日葵の様に笑って、くるりと踵を返す。

「それじゃあお兄ちゃん、先帰ってるね!」

「あっ、あぁ……」

 スキップでも踏みそうな軽やかな足取りで帰る理子を、博士と花子は静かに見送る。

「……マジでなんの話してたんだ?」

 そう花子に尋ねてみても、花子も疑問符を浮かべるばかりだった。

 知らぬ間に妹公認となった二人だったが、だからといって二人の関係性が急速に発展する訳でもなかった。

妹公認になりました。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


最近小春との接点しかなくて忘れがちですが、理子と花子は元々ハカセを巡って強い因縁がありました。

という事で、二人の因縁に幕を下ろそうとこの回が生まれた訳です。


理子を書く上で注意していたのは、極度のブラコンにならない事。

漫画や小説でそんな妹を見る度に、こんなのフィクションにしかいないだろ!といつも思っているからですww

だから、理子はそんな妹にはしたくない。

兄のヒロインにヘイトを向ける役なので、少しブラコンに見えてしまいますが、あくまで心配性な妹として書きたかったのです。


皆さんはこの理子、どうだったでしょうか?

皆さんにとっての理想的な妹にはなれたでしょうか?

僕としては、今回は花子がカッコよく可愛く書けたので良かったかなと思っていますw


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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