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【220不思議】小春と賢治

「貴方の事が、好きなんです!」

 二人きりのオカルト研究部部室。

 窓から差し込む黄昏の光が、二人分の縦長な影を生み出していた。

 胸の奥底に仕舞っていた感情を吐き出した小春は体力を消耗し尽くしたようで、心臓の音が鼓膜を振動させている。

 告白を受けた百舌は、驚きに目を奪われていた。

 ただ、それだけ。

 百舌は目の色をいつもの本に落とすのと同じ色に戻すと、静かに三文字の言葉を口にした。


「   」


 瞬間、小春の目が見開かれる。

 その視界は、堰を切って溢れた水分で滲んでしまった。

 百舌は膝を突いた小春から、くるりと踵を返す。

 扉まで足音を立てて歩いていくと、そのまま部室を後にして扉を閉めた。

 オレンジに照らされた部室には、一人大きな声で泣き崩れる小春が残されるだけとなった。


●○●○●○●


 ガララッと部室の扉を閉めた百舌。

 そのまま約束の教室まで歩いて行こうと思ったのだが、とある人影に気付いて百舌は足を止めた。


「居たのか、武田」


 部室の扉の横には、パッツンと切られた前髪から爽やかな笑顔が覗く賢治の姿があった。

「お疲れ様です。百舌先輩」

 賢治はまずはいつもの様に、爽やかに挨拶した。

「今日で進路相談も最後ですからね、ちょっと春ちゃんをからかってやろうと思って遊びに来たんですけど」

 ふと賢治は扉の向こうに目をやる。

 壁に阻まれて目では見えないが、その声は確と耳に届いていた。

「……聞こえてたか?」

「……はい」

 先程の一部始終も、賢治の耳には全て筒抜けだった。

 勿論、盗み聞きするつもりなど毛頭なかった。

 最初は先程言った通り、小春をからかってやろうと部室に訪れた賢治だったが、扉から先行して聞こえた小春の声に、その手は止まる。

 それからというもの、賢治は扉の傍で耳を傾ける事しか出来なかった。

 その中で、賢治は一つ気付いた事があった。

「気付いてたんですか? 春ちゃんの気持ち」

 音の情報しか得られなかった賢治だったが、賢治には分かった。

 部室に立つ百舌が、そこまで驚きを感じていないという事を。

「……俺はどっかのメガネ程鈍感じゃねぇよ」

 くしゅんっとどっかのメガネがくしゃみをする。

「あっ! 誰かがハカセの事噂してる!」

「誰かって誰だよ」

「ガッツ石松とか!」

「なんでガッツ石松が俺の噂してんだよ」

 なんていうどこかの公園の会話を、今の百舌と賢治は知る由もない。

「気付いてたよ。なんとなくだけど、少し前から」

 百舌が最初に感付いたのは、夏合宿最後の夜だった。

 二人で流星群を見上げたあの夜、小春が自分の気持ちを認めたのと同時刻に、百舌も薄らと小春の気持ちを感じ取っていた。

「でも、だからって俺にはどうにも出来なかった」

 百舌の表情にふっと影が差す。

「あいつの気持ちに気付いたところで、俺にはどうする事も出来ないし、あいつも伝えるつもりがないのなら、俺も気付いてない振りを続ければいいと思ってた」

 今まで部員達の気付かないところで、百舌はそうして放課後を過ごしてきた。

「そう思ってたんだ」

 今までは。

「でもあいつは、俺に伝えるっていう選択肢を選んだ。ビックリしたよ。勝手だけど、あいつはそういう選択をしないと思ってたから」

 百舌の予想はあながち間違ってはいなかった。

 告白する直前まで、小春の選択肢にその選択は含まれてさえいなかっただろう。

 唯一の誤算は、小春の気持ちの測量を誤った事だった。

「だけど俺には、あいつの横にいるビジョンが見えなかった」

 百舌の目が、どこか遠いところを見つめる。

「あいつが悪いって訳じゃない。俺には、誰か女性と一緒に居るビジョンが全く見えないんだ。きっと今まで前髪を伸ばして逃げてきた罰だろうな。なら試しに誰かと付き合ってみればとは思うけど、好きでもない相手と付き合うのは、俺の信条には合わん」

 前髪を伸ばし、暗い視界の人生を歩んできた弊害だろうか。

 男女交際という映像は、百舌には眩し過ぎて直視できなかった。

「だから、あいつの気持ちには答えられない」

 きっとこういう事情は、小春に直接伝えるべきなのだろう。

 しかし、告白を初体験した百舌はどうすれば良いのか分からず、若干逃げるようにして部室を出てしまった。

 それがまた、百舌の胸を締めつけていた。

「……こんな俺を、お前は怒るか?」

 百舌は視線を、無言で聞き続けてくれた賢治に向ける。

 賢治の表情は、怒るどころか朗らかに笑っていた。

「まさか」

 賢治は一旦視線を部室に向け、

「勿論僕は春ちゃんの事が大好きだけど」

 その視線を百舌に戻した。

「それと同じくらい、百舌先輩の事も大好きですから」

 その笑顔は作り笑いなどでは決してない、純粋無垢な笑顔。

 賢治の笑顔に照らされているだけで、百舌の胸に生まれていた罪悪感が少し救われていくようだった。

「……そうか」

 百舌も口元を緩ませると、くるりと踵を返す。

「お帰りですか?」

「いや、隣の席の女子に教室に呼び出されてんだよ」

「ヒューヒュー、モテモテですね」

「やめろ。洒落にならん」

 賢治の冷やかしを背中に受けて、百舌はスタスタと廊下を歩いていく。

 そのまま視界から消えると思われたが、ふと百舌の足が止まった。

「武田」

 名前を呼ばれ、賢治が顔を上げる。

「後は頼んだ」

 どの口が言うんだと、自分で思っていた。

 それでも自分では、賢治に頼むしかなかった。

 その一言から百舌の優しさが垣間見えて、賢治はまた百舌の事が一つ好きになった。

「任せてください。なんたって、僕は春ちゃんの幼馴染ですから」

 胸を張って、ポンッと右手を自分の胸に当てる。

 その頼もしい言葉に、百舌はようやく教室の約束へと足を動かしていった。

 小さくなっていく百舌を、賢治は見送る。

 耳を澄ませると、部室から小春の声が聞こえてくる。

 子供の頃の様な、純粋な涙。

 ここまで涙を流せるものがある小春に賢治は羨ましく思いながら、今はただ、その涙が渇くのを目を閉じて待つ事にした。


●○●○●○●


 週が明けて、オカルト研究部にいつもの日常が戻ってきた。

「もずっち先輩、志望大学決めたんすね!」

 久方振りの百舌に、乃良は無邪気な笑顔を寄せていた。

 博士は百舌の持参したパンフレットに目を落として、ぐっと眼鏡の奥の眉を顰めている。

「まぁ、悪くない大学だとは思いますが、百舌先輩ならもっと良い大学目指せたんじゃないですか?」

「確かに。距離ももずっち先輩の家からだと随分かかるよな?」

 パンフレットを読み込めば読み込む程、何故ここを選んだのか謎が深まるばかりだった。

 しかし、当の本人の心はもう揺るがないようだ。

「良いんだよ。俺はここの教育方針に惚れ込んだんだ」

「百舌先輩が決めた事なら別に良いんすけど……」

 ひらりと博士はパンフレットを次に捲る。


 そのページに書かれていたのは、『日本最大級の蔵書数! 大学の誇る巨大図書館!』というゴシック体の文字だった。


「「絶対理由これだろ!」」

 深まるばかりだった謎が、二人揃って一気に霧散した。

「なにが教育方針に惚れ込んだですか! 絶対この図書館に行って読み漁りたいだけでしょ!」

「いや違う。俺はここの教育方針に惚れ込んだんだ」

「なんで頑ななの!? 分かってるから認めろよ! 変な意地張んなくていいから!」

 二人が問い詰めても、百舌は決して肯定する事は無かった。

 この志望動機が不純である事は、百舌もどこかで理解しているようだ。

「くそっ、こんな理由で大事な大学決めちまっていいのかよ。今後の人生に関わってくる問題だぞ……」

 博士が百舌の心配をしている時、部室ではもう一つ戦いが起こっていた。

「ちょっと小春ちゃん!」

 戦いのゴングを鳴らしたのは千尋だ。

「今じゃんけんして負けたのは小春ちゃんでしょ!? だったら一着脱がないとダメじゃん!」

「だからこれ取りましたでしょ?」

 小春の手元には、可愛らしいポンポンの付いたヘアゴム。

 小春のトレードマークともいえるツインテールは、今や一つしか尾を残していなかった。

「ダメ! そんなの認めらんないよ!」

「貴女この前同じ事してましたよね?」

「これはポニーテールだから良いの! 小春ちゃんのはツインテール! 二つで一つなんだから、一回負けたら二つとも外さなきゃダメなの!」

「そんなの貴女の都合が良いだけじゃありませんの! これだって一つずつの衣装なんですから、一つずつ使わせてもらいますわよ! 異論は認めませんわ!」

 千尋のヒトラーの様な独裁ルールに、小春が黙って従えないと声を荒げる。

 立った牙は驚異的に鋭く、千尋も小春の言い分を認めざるを得なかった。

 ルールが正式に決まった上で、二人はもう一度じゃんけんを繰り広げる。

 その壮絶な戦場は、麗らかな乙女二人が野球拳をしているとはとてもじゃないが思えなかった。

 賢治はそんな戦場を、穏やかな目で見守る。

 瞳に映るのは小春。

 賢治はふと先週末の放課後の事を思い出していた。


●○●○●○●


 賢治が静かに小春が泣き止むのをじっと待っていると、ガララッと突如として部室の扉の開く音がした。

 驚いて振り向くと、そこには目を真っ赤に腫らした小春の姿。

 ここまで悲惨な姿をした小春を見たのは、小学生の時以来かもしれない。

「……賢ちゃん」

 賢治が言葉を探していると、先に小春が口を開く。

 気付いていたのか、泣き疲れて頭がバカになっているのか、小春は賢治がこの場にいる事に驚く事は無かった。

 なにを口にするのかと、賢治は黙って小春の言葉の続きを待つ。

 小春は乾燥した唇で、確かにそう言った。


「私、あの人を好きになれて良かったよ」


 瞬間、賢治の心がぐっと熱くなる。

 泣いて、泣いて、ここまで泣いた小春が、最終的にそんな言葉を口にするとは到底予想できなかった。

 きっと涙の中で、色んな思い出が溢れていったのだろう。

 初めて出逢った時。

 初めて名前を呼ばれた時。

 初めて二人で流星群を見上げた時。

 どれを思い出しても、この恋が良かったと思えるような輝いた思い出ばかりだった。

「……そっか」

 賢治は小春に朗らかに微笑む。

 自分もいつかそう思えるような恋がしたいと、小春を見てそう思えていた。


●○●○●○●


 先週末の涙はどこに行ったのか、今の小春は眉間に皺を寄せて格闘している。

 それでも涙よりは、随分似合っていた。

 きっとこれを小春に言うと、また酷い形相で怒鳴られてしまうのだろう。

 次に小春が恋をする時は、その恋が報われる事を、賢治は心の底から願うばかりだった。

小春の恋、完結。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


小春が百舌に想いを寄せると決めた時、彼女の恋が実らない事も一緒に決めていました。

今まで数組の恋模様をこの作品で書いてきましたが、しっかり失恋を描くのもいいかと思いまして。

小春編は、そんな小春の恋の結末を描くべく始まりました。


百舌と賢治のシーンも、随分と前から浮かんでいたシーンでした。

とは言っても、いつもの如くシーンだけ浮かんでいて内容は全く決めてなかったんですけど。

それでも百舌が勝手に自分の事を喋ってくれたり、賢治も色々話してくれたりしたので、あまり考えずに流れに任せて書く事が出来ました。

賢治の花子への想いは、あくまで幼馴染として。

それは恋ではないし、でもなるかもしれないし、やっぱりならないかもしれない。

それでも二人の恋を超えた関係は、どんなものよりも強固なんだなと書いていて思わせられました。


百舌の返答は、今回敢えて書かないという表現を用いてみました。

勿論僕の中で内容は決まっていますが、こちらの方が雰囲気にあっていると思ったので、内容は皆さんのご想像にお任せしたいと思います。


さて、長々と書いていきましたが、残念ながら小春の恋は破れてしまいました。

でも、決してマイナスな失恋ではない。

次回からもきっと笑顔な小春が見れると思いますので、小春の笑顔を覗きに次回も読んでもらえれば幸いです。

勿論百舌もね!w


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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