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【022不思議】体育館の巨人

 日はすっかり姿を隠し、窓を覗けば真っ暗な闇しか映っていない。

 多々羅の運命をかけて対立したオカルト研究部とだいだらは、場所を部室から体育館へと移し、多々羅とだいだらによる決闘の準備が整えられていた。

 多々羅とだいだらは腕を組み、火花が目に見える程に激しく睨み合っている。

 体育館を支配する空気はピリついており、迂闊に口を滑らせられない状態である。

 ただ一人を除いて――。

「で、なんで相撲?」

 博士は空気など知らずに、呆れた表情でそう口にした。

 目の前にはどこから用意したのか解らない縄で作られた巨大な即席土俵があり、その中心には多々羅とだいだらの姿が見える。

「さっきまでの流れ的にこんなんじゃ無かったと思うんだけど……」

「相撲、それは日本が誇る国技……」

「ん?」

 耳に入ってきた言葉を不思議に思った博士は、声のした方へ目を向ける。

 そこには目の奥を燃やし、拳に力を入れて力説する西園がいた。

「男と男が裸でぶつかり合う、和の国の格闘技!」

「なんであの人あんなにテンション上がってんだ!?」

「西園先輩スー女だったんだ」

 博士と千尋がそれぞれに口を開くが、高揚している西園の耳には届いていない様子である。

「でも、危ない事じゃなくて良かったね」

 西園の謎のテンションに戸惑いながらも、斎藤はそう安心する。

 博士は視線を西園から逸らし、試合会場である土俵にピントを合わせた。

 もうすぐ決闘を始めるようで、行司に抜擢された百舌が軍配代わりにどこからか持ってきた棒を握りしめ、棒読みで名前を呼んでいく。

「東―、たたーらー山―」

 そう呼ばれると多々羅は、決闘の準備は万端であると言うかの様に四股を踏む。

「西―、だいだらの海―」

「語呂悪いな」

 だいだらは空気を掴んで空に投げ、まるで塩を撒いているかのようなパフォーマンスを見せる。

 張りつめた空気の中、土俵の中の多々羅はふと言葉を漏らした。

「俺はこれに勝って、あいつらと一緒に過ごすんだ」

 そう言うと多々羅は身に纏っていたシャツを脱ぎ捨て、上半身を露わにする。

「親父だろうが関係無ぇ! ぶっ潰してやる!」

 そしてそのまま巨大化し、あっという間に巨人に変身した。

「出たー! ひっさしぶりの多々羅先輩の巨人姿―!」

「なんでお前もテンション上がってんだよ!」

 多々羅の巨人姿に興奮する千尋に、博士は思わず声を荒げる。

 本気を見せる多々羅に、だいだらは余裕そうにふっと笑ってみせた。

「年は取ろうが、まだまだガキには負けてられんわい」

 だいだらも厚く体に巻いていた和服をひっぺがし、見た目とは想像できない程の傷と腹筋を見せつける。

「何が何であろうと、貴様は必ず太田窪山へ連れて帰る!」

 そうしてだいだらの体もみるみるうちに巨大化し、体育館に二人の巨人が出没した。

「出たー! こっちも巨大化―! 史上最大の親子喧嘩! これぞまさに怪獣大決戦!」

「黙れよお前!」

 親子の巨人を目の前に高揚し過ぎで混乱状態に陥っている千尋に、博士は大声を上げて非難する。

 巨大化してからというもの、二人の激しかった睨み合いが更に激しくなり、これからの決闘の激しさを予想させた。

 かなりの長身を持つ百舌であったが、二人の巨人に挟まれてしまっては赤ん坊にしか見えない。

 百舌は棒を適当に操り、いよいよ決闘を開始させようとする。

「位置について」

「……位置について?」

 百舌の言葉に博士が違和感を覚えるも、巨人二人は腰を低くして、拳を床につける。

「はっけよーい」

 百舌の声以外の音は一斉に聞こえなくなり、体育館に緊張感が走る。

 全員が息をのんで、百舌の次の言葉を待った。

「のこった!」

 刹那、体と体が激しくぶつかり合う音が体育館に響く。

 思わず耳を塞ぎたくなる程の音に一瞬目を閉じてしまったが、視界を戻してみると多々羅とだいだらの体が激しくぶつかっていた。

「「「おぉ」」」

「なんで女性陣歓喜なの!?」

 目をキラキラと輝かせる千尋と西園、それと何故か釘づけな花子が揃って声を漏らした。

 多々羅とだいだらの体は接触しているも、両者一歩も引かず、膠着状態が続いているように見える。

「五分五分か」

「違う! あれ見て!」

 乃良がそう指差して言うのを見て、博士も乃良の指差す方へと目を向ける。

 多々羅の巨大化された足は僅かながら徐々に後ろに下がっていた。

「押されてる?」

「このままじゃ押し切りで負けちゃうよ!」

 二人のぶつかる体は少しずつ、そして確実に真ん中からずれていた。

 二人とも表情には力が入っており、額からはこれでもかという程の汗が流れている。

 力比べはだいだらに軍配が上がったようで、多々羅は土俵の端っこまで追い詰められてしまった。

 多々羅の後ろにはすぐ観客席があり、倒れたら皆が下敷きになりそうだ。

「おいおい、これ本格的にまずくねぇか?」

 多々羅の表情はとても苦しそうで、顔色がどんどんと青くなっていく。

 苦しそうなのはだいだらも同じで、顔色も同じように真っ青となっていた。

「ぐっ、ぐぉぁぁぁぁ!」

 突如だいだらの野太い叫び声が体育館に響き渡る。

 その声でだいだらの体に力が入ったのか、がっしり掴んでいる多々羅の体を宙に浮かせた。

「……これ、俺ら危なくね?」

「このままじゃ俺ら下敷きに……」

 博士と乃良がそう言うと、危険を察知した観客達が四方に散り、土俵から離れていく。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 だいだらはそう叫んで、浮かせた多々羅の体を後ろ側へと放り投げた。

 空中に投げられた多々羅は絶体絶命、部員達も茫然としたまま多々羅を見る事しか出来なかった。

 しかし、多々羅の体は空中で数回回転し、見事に反対側の土俵の端に着地した。

 想像以上の熾烈な争いに、観客達は歓喜の表情で声を上げる。

「すっげぇ! なんちゅう迫力だよこれ!」

「巨人vs巨人! こんなの生で見れるなんて!」

「これこそ相撲よね!」

「最早相撲じゃねぇよ!」

 盛り上がる観客席の声も多々羅の耳には届いていないようで、ただじっと獲物を見つめている。

 だいだらも同じく、多々羅の事をじっと見つめていた。

 すると、どちらからともなく二人は駆け出し、再び体を激しくぶつけた。

 力比べが再開するも、二人の体力は限界間際なようで、さっきの様な迫力も無く、荒い息が聞こえてくる。

「これ……、どうなるんだろう?」

「解んねぇ。……でも、またさっきと一緒になったら」

 博士の悪い予感は的中し、再び多々羅の足が後ろに下がっていった。

 多々羅も何とか踏ん張るも、足は下がっていく一方、博士達もただ見ている事しか出来なかった。

 そんな中――。


「頑張れ!」


 体育館の中、そんな叫び声が響き渡った。

 目を向けると、力強い眼差しを向けて多々羅の背中を見守っている斎藤が声を上げていた。

「僕らとずっと一緒にいたいんでしょ!? これからもずっと一緒にいたいでしょ!?」

 多々羅は振り向かなかったが、確かにその声を耳に入れていた。

「だったら! 負けないで!」

 目を瞑り、喉を潰しそうな程の斎藤の叫び声は、体育館に止まらず、校内全体に響くような大声だった。

 それに続いて他の部員達も大声を上げていく。

「多々羅君! 頑張って!」

「タタラ先輩の馬鹿力そんなもんじゃないでしょ!?」

「勝ってください!」

「頑張って」

「多々羅! 頑張れ!」

 それぞれの激励は多々羅の体の中に張り巡らされていき、それが力に変わっていくのを感じた。

 多々羅は膠着していた状態からだいだらを押し、前へと一歩動き出す。

「!?」

 だいだらも驚いた様子で対抗するも、猛進する多々羅に太刀打ちできなかった。

 多々羅は猛進を止めると、だいだらの足を引っかける。

 足を外され、バランスを失っただいだらだったが、なんとか持ち直そうと多々羅の体を掴む。

 しかし、多々羅の攻撃はそれで終わらず、不安定な状態のだいだらの体を持ち上げ、床に放り捨てた。

「オラァァァァァァァァ!」

 多々羅の唸り声と共にだいだらの背中は床に叩きつけられ、体育館に地響きのような音が鳴った。

 圧巻の決闘の中、全員放心状態になり、多々羅の荒息だけが聞こえてくる。

「……行事、審判」

「あ」

 自分の仕事をすっかり忘れていた百舌は棒を頭上に上げ、決闘終了を宣言する。

「勝者、多々羅!」

 瞬間、緊迫していた体育館の空気が一転、部員達の賑やかな声で溢れ返った。

「よっしゃー! 勝ったー!」

「もー、ヒヤヒヤしちゃったよ」

「さっすが多々羅先輩!」

「これでまた一緒にいられるね!」

 それぞれの嬉しそうな表情に対して、博士は無表情であったがどこかほっとしているように見えた。

「やっぱり」

 ふと隣から声が聞こえて、博士は隣に目を向ける。


「タタラが一番強い」


 そう言った花子もいつも通りの無表情だったが、皆を見つめるその目はとても優しく、嬉しそうだった。

「……あぁ、そうかもな」

 博士は視線を元に戻しながら、それだけ言って口を開く事を止めた。

 多々羅が段々と元の大きさに戻していく中、だいだらも倒れたまま普通の人間サイズに戻っていった。

「貴様に負けるとは……、我も老いたか」

 ――……まぁ、俺らからすれば両方じじいなんだが。

 日本が生まれる前に生まれただいだらは、苦笑しながらそうぼやいた。

「だいだらさん」

 そうだいだらに声をかけたのは、斎藤だった。

 だいだらは斎藤の言いたい事が解っているかのように、立ち上がりながら話していく。

「心配いらぬ。一度決めた事にケチを言うようなみっともない真似はせん。たたらはここに」

「会いたかったんですよね? 多々羅に」

「「!」」

 だいだらの予想していた言葉とは違った様で、だいだらは目を丸くする。

 それは多々羅も同じで、驚いた表情で斎藤に目を向けた。

「何百年も探してたなんて、普通だったら……諦めちゃうのに。ずっと心配だったんですよね? だから居場所が解った時、すぐに多々羅に会いに来たんじゃないですか? 山へ連れて帰りたいってのも、跡継ぎとかは二の次で、本当は一緒に暮らしたかったんじゃ」

「バカ者!」

「ひぃ!」

 斎藤の言葉を遮って放たれただいだらの声に、斎藤はいつもの様に委縮してしまう。

「我がこんなクソガキの心配なんかするか! 太田窪山へ帰らんのならどっかでのたれ死んでくれた方が嬉しかったわい! もし死んどったら山の皆で赤飯炊いて祝ってやるわ!」

「はぁ!? テメェさっきから言わせておけば」

「ただ!」

 多々羅の文句を掻き消すように声を張り上げただいだらだったが、次のだいだらの声はとても柔らかく、優しい声だった。


「お前の顔……、一目見たかっただけじゃ」


 そのあまりにも優しい声に、一瞬、誰の口から聞こえた言葉なのか混乱する程だった。

「ではな。もう会う事も無いだろう」

 だいだらはそう言うと、床に散らばっていた和服を手にし、体育館の出口を目指す。

「待てよ!」

 だいだらの後ろ姿に、多々羅がそう言葉をぶつけた。

 だいだらは反射的に足を止めるも、多々羅に目を向ける素振りはない。

「言いたい放題言いやがって! 自分の言いたい事が終わったら逃げるとか、都合良すぎだろ!」

 多々羅は大声で怒鳴るようにそう言っていたが、冷静を取り戻して再び喋り出す。

「……俺の言いたい事は、夏に言う。夏休みになったら、一回顔見せに行くよ」

 その言葉はだいだらの胸の中にそっと入り、溶けていく様だった。

「だから……」

 恥ずかしさからかところどころで詰まる多々羅だったが、意を決してハッキリと口にした。


「何かあったら、また来いよ」


「……あぁ」

 だいだらはそれだけ言うと、再び歩き出して山へと帰っていった。

 その後ろ姿が手で目を覆っている様に見えたのは、気のせいなのかもしれない。


●○●○●○●


「んで」

 数日後の部室、多々羅は目を細くしながらとある人物に向かって指を差した。

「なんでお前はもういるんだよ!」

 多々羅が指を差したのは、先日帰ったばかりのだいだらであった。

「なんでとは……、貴様が我に会いたいからまた来いと言ったからではないか」

「言ってねぇよそんな事! 早く帰れ! 今すぐ帰れ!」

「何だと!? 貴様、それが実の父親に対する態度か!」

「誰が父親だこのクソ親父!」

「そんな汚い言葉を使うなこのクソガキ!」

 激しく繰り広げられる親子の口喧嘩に、傍から見ている博士と乃良が気怠そうに話していた。

「何ていうか……、似た者同士?」

「この親にしてこの子あり、だな」

 しかし、そんな二人の会話も親子の耳には届いておらず、話は違うものにすり替わっていく。

「よし! たたら! 腕相撲しよう!」

「その勝負受けて立つ!」

「相撲では負けたが、こっちの相撲ではまだ負けん!」

「この部屋ごと、アンタをぶちのめしてやる!」

「もうお前ら帰れ!」

 多々羅とだいだらの勝負事に、博士が危険を察知して大声を上げる。

 放課後のオカルト研究部からは、いつもの様に多々羅の笑い声が漏れて聞こえていた。

タタラ編、完結!

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


という事でタタラ編完結いたしました! いかがだったでしょうか?

個人的には割と満足のいった内容となりました!


多々羅とだいだらの決闘という事までは決まってたのですが、大事な決闘の内容は割と後半に思いついた内容でした。

取り敢えず巨人になって何かしたいなとは思ってたんですが、気付いたら裸の巨漢がぶつかり合う事に……。

どうしてこうなったww

そんな設定になると、「あれこれ西園先輩スー女なら面白くね?」というその場のノリで西園がスー女にww


何はともあれ、これで一件落着!

これからも色んな意味で大馬鹿な多々羅をどうかよろしくお願いします!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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