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【210不思議】女の闘技場

 通常授業を終えた校舎に、放課後を報せるチャイムが鳴り響く。

 生徒達は疲労で曲がっていた背中をピンと伸ばすと、帰宅やら部活やらで教室を足早に後にした。

 千尋もようやく訪れる部活の時間に、早くも笑みが溢れていた。

「花子ちゃん! 一緒に部室に行こ!」

 花子の席まで近づいて、そう笑顔を寄せる。

 しかし今日の花子の無表情は、首を縦には振らなかった。

「……ごめん」

「えっ?」

 予想外の返答に、千尋も顔を惚けさせる。

「なにか予定があるの?」

 そう千尋が花子に尋ねた、その時だった。

「ごめんなさーい!」

 外から恐らくこちらにかけられたであろう声が飛んでくる。

 振り返ってみると、見覚えのある女子生徒が教室の中へと入ってきた。

「HRがちょっと長くなっちゃって。待たせてごめんね」

 眼鏡の良く似合う、三つ編みおさげな女の子である。

「真鍋さん」

「石神さん、こんにちは」

 千尋に気付いて、真鍋は朗らかに一瞥する。

 ここまで状況が整えば、流石の千尋も推測が立てられた。

「もしかして、これから花子ちゃんとお出かけ?」

 慎重に尋ねた千尋に、真鍋は強く頷いた。

「うん。駅の近くに新しくケーキ屋さんが出来たみたいで、そこのチーズケーキが美味しいって評判なの。だから零野さんと一緒に行こうって約束してて」

「そっ、そうなんだ……」

 真相を聞き、千尋はそう相槌を打った。

 先約が居たのであれば仕方が無い。

 今日は花子のいない部室に向かう事になるのだが、花子が楽しみさえすればそれでいいのだ。

 そう言い聞かせて取り繕った笑顔では、真鍋の目を欺けなかった。

「……あの、良かったら石神さんも来る?」

 思わぬ誘いに、千尋の目は点になる。

「えっ?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような千尋に、真鍋はそっと微笑んだ。


●○●○●○●


 こうして女子三人は噂のケーキ屋へと足を運ぶ事となった。

 新築な内装は落ち着いた色で纏められており、三人が座る日当たりの良いベランダの円卓も良い味を出している。

 先程給仕されたチーズケーキも、実に美味しそうだ。

 しかし、三人のうち二人はそのチーズケーキに目も向けなかった。

 千尋と真鍋、はす向かいに座った二人はじっと互いを見つめ合っている。

 千尋の目は、真鍋の隙を窺うような鋭い眼光。

 対する真鍋の目は、そんな千尋を訝しげに見つめていた。

 剣呑な雰囲気の漂うケーキ屋のベランダ、そこにいる逢魔ヶ刻高校の生徒は彼女達だけではなかった。

「……で」

 耐え切れず、彼は口を開く。

「なんで俺達までここにいるの?」

 千尋達の席から少し離れた円卓に座るのは博士だ。

 同じ席に座る乃良が、博士の素朴な疑問に無邪気に答える。

「ちひろんが、『もし暴走するような事になったら止められるように』だってさ」

「何言ってんだ。真鍋さんは暴走なんてするような人じゃねぇって」

「いやちひろんが」

「あいつかよ」

 確かに千尋なら暴走しかねないと、博士は納得してしまった。

「現に空気ちょっと重いもんねぇ」

 千尋達の席を覗いて、乃良が口を衝く。

「……花子は無我夢中にチーズケーキ食べてるけど」

「あいつは気にするな」

 よくあの剣呑な空気の中で食欲が湧くなと、博士と乃良は感心すらした。

 千尋と真鍋は、フォークさえ触れないでいるというのに。

 ――真鍋さん……。

 真鍋から目を離さないまま、千尋は頭の中で彼女の情報を整理する。

 ――去年花子ちゃんと同じクラスで、クラスが離れた今でも花子ちゃんと仲良くしてくれている花子ちゃんの友達。仲良くしてくれるのは、すっごく有り難いんだけど……。

 ぎゅっとスカートを握る手に力が入る。

 ――花子ちゃんの一番の友達は、私でありたい!

 それは完全なら千尋の我儘だった。

 放課後花子とケーキ屋に行く約束をする真鍋に、浅ましくも嫉妬しているのだ。

 ――真鍋さんに花子ちゃんを奪られたくない! なんとか、なんとか真鍋さんの悪いところを見つけないと!

 なんて器の小さい意思の下、千尋は口を開いた。

「真鍋さんはさ、花子ちゃんとよくこういうとこ来てるの?」

 突然の質問に、真鍋は面食らいながらも答える。

「えぇ、まぁ。新しく出来たお店とか、期間限定のスイーツとかがあると、零野さんと情報交換して一緒に行ったりしてるかな」

「へぇ……」

 再度聞いてみても、やはり羨ましい限りだった。

 嫉妬に燃える心をなんとか鎮静し、千尋は更なる質問へと踏み込む。

「そういう時さ、花子ちゃんとどういう話してるの?」

 千尋の質問に、真鍋は平然と答えた。

「大体オカ研の皆の話だよ」

「!?」

 思いがけない回答に、千尋は心臓が飛び出す程の衝撃を覚えた。

「石神さんの事とか箒屋君の事とか、零野さんが話してくれるのはオカ研の話ばかりだよ。私は零野さんの話をただ聞いてるだけ」

 そう言って笑う真鍋に、千尋の気分は有頂天に上っていた。

 ――花子ちゃん! 私のいないところでそんな話をしてくれてたんだね! 私嬉しいよ! また私ともいっぱいお喋りしようね!

 千尋の心の語りかけも気付かないまま、花子はチーズケーキに夢中である。

 そんな姿も愛らしいと、千尋の表情筋は崩れていた。

 だが不意に、千尋は現状を思い出す。

 ――いや危ない! 嬉しさのあまり本来の目的を忘れるところだった! なんとか真鍋さんの悪いとこを探さないと……!

 気を取り直して、千尋は真鍋を対峙する。

「真鍋さんって、今何組だっけ?」

「F組だよ」

 花子達のA組とは最もかけ離れたクラスだ。

「なんでそんなに離れたクラスなのに、わざわざ花子ちゃんと話してくれるの?」

 この質問には、流石の真鍋も戸惑う。

「えーっと……、別に友達と話すのにクラスの距離は関係無いんじゃないかな?」

 無論、真鍋の言う通りだ。

 しかしそこで真鍋は千尋の妙な疑惑に気付き、慌てて手を振った。

「あっ! クラスに友達がいない訳じゃないよ!? 何人か休み時間に話すくらいの友達はいるから!」

 あらぬ誤解を解き、真鍋は安堵の息を吐く。

 息を吐いた事で、真鍋の頭はすっきりと整理されたようだ。

「……ただ、零野さんはなんていうか、一緒に居て落ち着くんだ。何も考えなくても良いっていうかさ。いつも自然体でいられるから、だから零野さんと一緒に居たくなっちゃうんだ」

 本人の前で言うのは少し照れ臭いのか、真鍋の頬は薄らピンク色に染まっていた。

 花子がその事に気付く事は、勿論無かったが。

 その頃千尋の心内状況はというと、

 ――分かる……!

 激しく同意していた。

 ――どうしよう! 分かりみが深い! 真鍋さんめちゃくちゃ花子ちゃんの良いとこ分かってるじゃん! ダメだよ! 真鍋さんの悪いとこ全然見つかんないよ!

 難航する粗探しに、千尋は掻き毟るように頭を抱える。

 展開を想像できない小説家の様な混乱を見せる千尋に、真鍋は心中も知らないまま心配の視線を送っていた。

「……真鍋さん」

 そんな真鍋に、千尋はとうとう強行策に出た。

「花子ちゃんの悪口言って」

「えぇっ!?」

 衝撃の発言に、思わず真鍋の声は裏返る。

「なっ、なんで!?」

「良いから! お願いだから花子ちゃんの悪口言って!」

「そんな! 言えないよ! だって零野さんに悪いところなんて無いもん!」

「じゃあ私の悪口言って!」

「えぇぇっ!?」

 度重なる衝撃に、真鍋はもう脳内が破裂しそうだった。

「言えないよ!」

「なんで! 私なら悪いところいっぱいあるよ! 今だって私真鍋さんに酷い事ばっか考えてたし!」

「酷い事!?」

「ほら! 早く言ってよ! じゃないと私もうどうしたらいいか分かんないよー!」

 そう声を荒げて、千尋は円卓に突っ伏してしまった。

 突然の発狂に、目前の真鍋は勿論、周囲の客や店員までもが千尋に呆気に取られていた。

 離れた席に座る博士や乃良も同様である。

「……これもう暴走してんじゃねぇか?」

「まぁ面白いし、もうちょい見てようぜ」

「俺達来た意味ねぇじゃねぇか」

 自分達の存在意義が薄れてきていたが、博士達は静観という選択肢を取った。

 一方、現場の真鍋は驚きに囚われたまま千尋に目を奪われる。

 その目尻が、ふと柔らかく皺を寄せた。

「石神さん」

 名前を呼ばれ、千尋は項垂れていた頭を上げる。

「零野さんの事、奪らないよ」

「!」

 心でも読まれているのかと、千尋の心臓がビクリと跳ねた。

「零野さんの話を聞いても、石神さんがどんなに良い人かって事は分かるよ。二人の仲の良さも。私が付け入る隙なんて、どこにもないよ」

 狐に抓まれたような千尋に、真鍋は優しい笑みを浮かべた。

「それに、私は石神さんとも仲良くなりたいな」

 目の前の少女は天使なのだろうか。

 それに比べて先程までの醜い自分の心に、千尋は涙が止まらなかった。

「うん! なろう! 友達に!」

「それじゃあ一緒にケーキ食べようか」

「うん!」

 二人はようやくフォークを握ると、チーズケーキに差し込み、ほとんど同時にそれを頬張った。

 口に訪れたのは、細やかな幸福だった。

「「美味しい!」」

 感想まで息の揃った二人は、まるで竹馬の友の様だ。

「美味しい! なにこれ! 超美味しいんだけど!」

「ほんと、こんな濃厚なチーズケーキ初めて」

「ねっ! 花子ちゃん! って完食してる!?」

「いつの間に食べてたんだろ……」

 三人の間に最早先程までの諍いは見当たらず、姦しいガールズトークが花開くばかりだった。

 そんな女子達に、博士と乃良の表情は曇る。

「……なんであの空気からあんなに盛り上がれるんだ?」

「女子って分からねぇ……」

 それは男子にとっての、永遠の命題であった。

 その命題が解き明かされる事もないまま、千尋と真鍋、花子は新しい友情に乾杯を鳴らしていた。

女子って分かんねぇ……。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は文化祭編でちらりと登場した真鍋の再登場回になりました。

以前の後書きにも書きましたが、前から出そう出そうと思って、気付いたらこんなに時間が経ってしまったんですね。

作中には出てきませんでしたが、花子との親交は続いてたみたいです。


真鍋を登場させるにしろ、どんな話にしようかといつもの如く頭を働かせました。

そこで思いついたのは千尋と真鍋の直接対決。

千尋と真鍋が直接的に関わる事って、意外に今までなかったんですよね。

あれだけ言い争ったのに最後は笑って終わるというのは、男子には分からない女子の謎であります。

まぁ、今回の場合勝手に千尋が暴走しただけですけどねww


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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