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【021不思議】とびいり三者面談

 オカルト研究部部室にはいつもと違う、少し重苦しい空気が漂っていた。

 機嫌の悪そうな多々羅とついでに座る斎藤とテーブルを挟むのは、和服を身に纏った男性、だいだら。

 西園が熱々のお茶の入った茶飲みをそれぞれに給仕すると、そそくさとその場から退散する。

 そんな静かな空気の中、申し訳なさそうに口を開いたのは斎藤だった。

「えーっと……、多々羅のお父さん、なんですよね?」

 へりくだった訊き方をする斎藤に、だいだらは自分の正体について明かしだした。

「如何にも。我こそはそこのたたらの父にして、太田窪山(だいたくぼやま)の長であるだいだらぼっちと申す。以後お見知りおきを」

 だいだらの堅苦しい挨拶に、斎藤はどうすれば解らずに適当に相槌を打つ。

「あぁ、だいだらぼっち!」

 そう声を漏らしたのは、離れたところで現場を見守る千尋だった。

 隣にいた博士がそれに反応して、千尋に尋ねる。

「あ? どうした?」

「思い出したの。だいだらってどこかで聞いた事あるなぁとは思ってたんだけど」

 千尋はそう前置くと、自分のありったけの知識をぶちまけた。

「だいだらぼっちっていうのは、日本古来から伝承される巨人の事だよ。日本が出来る前から存在したって言われてて、富士山や琵琶湖を作ったなんてのも言われてるの。そんな日本の伝説が多々羅先輩のお父さんだったなんて……」

「……って事は、やっぱあの人も……」

 博士は皆まで言わずに、視線を現場の方へと戻す。

「ていう事は、やっぱりだいだらさんも巨人っていう事ですよね?」

 博士の思っている事を読み取ってか、それとも単に自分の率直な疑問か、斎藤はだいだらにそう質問する。

 だいだらは眉を顰めるも、その質問に応答する気配が無い。

 斎藤が困った表情で助けを求める様に顔をキョロキョロさせると、今更にだいだらが大声を発した。

「そんなものでは無いわぁぁ!」

「えぇっ!?」

 突然の大声に思わず斎藤も呻き声を上げる。

 そんな斎藤になど目もくれずに、だいだらは湧き上がる感情を思い切りぶつける。

「そもそもなんだ巨人というのは! 我はそんな意味の解らんものでは無い!」

 だいだらの大声に斎藤は何を言っているのか解らず、頭にクエスチョンマークを生やす。

 そんな斎藤に助け舟を出したのは、隣で座っている多々羅だった。

「巨人ってのはお前ら人間が勝手に呼んだ俺達の呼称だ。俺らに巨人だっていう自覚はねぇ。俺らからすれば、お前ら人間が小っちゃく見えるんだよ」

 多々羅の説明に斎藤は納得するも、どこか冷めている多々羅に少し心配になる。

「解ったかチビ共!」

 不自然なタイミングでそう声を張り上げるだいだら。

 ――あぁ、そういう意味か。

 そのだいだらの大声に、博士は先程の謎を静かに解き明かしていた。

「それで、今日はどのような用件でいらしたのですか?」

「あっ、そうだ」

 話題が大幅に逸れているのを、西園が何とか元に戻そうと本題を持ち出した。

 しかし、その質問に答えたのはだいだらではなく多々羅だった。

「俺を連れ戻しに来たんだろ?」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 多々羅の不意打ちな答えに部員達は全員驚いた様子で多々羅を見る。

 それに対してだいだらも否定する事は無く、首を縦に振った後に口を開いた。

「そうだ。よく解っているではないか」

 だいだらの肯定に、今まで静かに聞いていた観客席がざわめきだした。

「多々羅先輩を連れ戻しに来たってどういう事!?」

「さぁ。……でも、前言ってたよな。どっかの山奥の巨人の集落から飛び出してきたって」

「じゃあ、タタラ先輩は……」

 口々に噂される声を多々羅は耳に入れながら、口調を強くして主張する。

「俺は戻るつもりなんて無いぞ」

 多々羅の答えにざわついていた声が再び静まりかえる。

 変わった空気を肌で感じながら、多々羅は椅子を偉そうに座って意見を並べていった。

「俺はここでの生活が気に入ってんだ。わざわざあんな辺鄙なところに帰る筋合いはねぇ。それに俺があの山を飛び出してから何百年経ったと思ってんだ。今更連れ戻しに来たって言われても帰る訳には」

「ずっと探していた」

「!?」

 多々羅の言葉を遮って出ただいだらの言葉に、多々羅は思わず目を見開く。

 それからだいだらは多々羅がいなくなった後の事実を事細かく説明し始めた。

「貴様が太田窪山を飛び出した後、我は度々山を下りてお前を探していた。見つけるのに何百年もかかってしまったがな」

 だいだらから発せられる事実に、多々羅は口を開けたまま聞いている。

「貴様の居場所が解ったのはここ数日の話じゃ。山を幾つも越えた先にある学び舎にて『体育館の巨人』なぞと呼ばれる化け物がいるという事を。巨人というのは我らの俗名。すぐに貴様だと解ったよ」

「それでわざわざここまで……」

 言葉の出てこない多々羅の代わりに、斎藤がそう相槌を打った。

 多々羅は未だに現実を受け入れられていないのか、目の焦点が合わないまま茫然としている。

「たたら、我と共に帰るのだ。貴様はいずれ我の跡を継いで太田窪山の長になる存在。こんなところで油を売っている暇はない」

 だいだらの言葉が多々羅の頭の中で反響する。

 部室は自然と音が一切無くなり、その場の全員が多々羅の返事を待っていた。

 そんな中、多々羅は捻りだしたような声を出した。

「…………嫌、だ」

「!」

 多々羅の答えにだいだらはこれでもかと言う程に目を見開いて驚いた。

 部員達も同じく、多々羅の答えに驚いている様子である。

「何故! 何故そんなに山へ帰る事を拒むのだ!」

 動揺を隠しきれないだいだらの荒々しい声に、多々羅は自分のペースで口を開いていく。

「俺はそもそも、あそこの何をする訳でもなくただぼーっとしている退屈な日常に嫌気がさして飛び出したんだ。それをわざわざ戻ってやる筋合いはどこにもない」

「でも」

「それに!」

 斎藤の声を振り切るかのように多々羅はそう大声をだし、話を続けていく。

「……それに、ここは今の俺にとって大切な場所なんだ。この部室、ここにいる仲間達、その全てが大切なんだ。故郷よりもずっと。だから、俺はこの場所を手放してまで帰りたくない」


「ずっとここにいたいんだ!」


 多々羅の力ある言葉は部員達の心の中で、騒ぐ様に響いていた。

 全てを言い尽くした多々羅は、覚悟を持った目で実の父親を見つめる。

「親父……、頼む!」

 そう言って多々羅はだいだらに向かって頭を下げた。

 誰かに向かって頭を下げる多々羅は新鮮で、部員達は多々羅のその姿に見入ってしまっていた。

 だいだらはそんな息子の姿を見て、呆れた様に溜息を吐く。

「駄目だ」

「!」

 だいだらの不許可に、多々羅は下げていた頭を勢いよく上げる。

「何でだよ! 今大丈夫な流れだったろうが!」

「流れなど知らぬ! 駄目なものは駄目なのだ!」

 だいだらはそう言い切ると、多々羅に向かって言葉を浴びせていった。

「言っただろう! 貴様は将来太田窪山の長になると! 長の跡継ぎが山にいないなどあっていい筈がない! そんなもの許すわけないだろ!」

「跡継ぎなんざ違う奴に任せればいいだろ!」

「そんな勝手な考えで変えていいものではない! 兎に角! 何があろうと貴様は太田窪山に連れて帰る!」

「知るか! 例え足引っこ抜かれたって俺はここに残るんだよ!」

 両者一歩も譲らない激しい言い争いを、部員達は呆気に取られて眺めていた。

 全く帰る気配の無い多々羅にだいだらは頭を悩ませると、隣で茫然としている斉藤に白羽の矢を立てた。

「貴様はどう思う!」

「ふぇえ!? 僕ですか!?」

「そうだ! 貴様は此奴が帰るべきだと思うか!? それともここに残るべきだと思うか!?」

 突然の問い掛けに、斎藤は戸惑って声を出せなくなる。

 何とか落ち着いてだいだらの質問に真剣に考えていくと、静かに答えを紡ぎだした。

「……確かに、だいだらさんや他の巨人の皆さんの事を考えると、多々羅は山に帰った方が良いのかもしれません」

「………」

 斎藤の言葉に多々羅は否定も肯定もする事が出来ず、ただ斎藤を見つめていた。

「そうか、それなら」

「でも」

 機嫌の良さそうなだいだらの声を遮って、斎藤は強くそう言った。

「多々羅は……、僕の初めての友達なんです。多々羅がいなかったら、僕は今も一人だったんです。多々羅がいなかったら、僕はこの部活の皆と出会えてなかったんです!」

 俯き加減の斎藤の声はどこか震えていたが、しっかりと芯の通った声だった。

「確かに、多々羅は帰った方が良いのかもしれません。それでも!」

 斎藤はだいだらの方へと視線を向け、ハッキリとそう口にした。


「僕個人としては、部室(ここ)で……一緒に過ごしたいです」


 あまりにも確固たる意志を持ったその言葉に、だいだらは何も言い返せなかった。

 斎藤に続いて、だいだらの後ろに並んでいた部員達も口を開いていく。

「私も多々羅君と一緒に卒業したいです」

「まぁ五月蠅いけど、いなくなったらいなくなったで面倒臭そうだし」

「タタラ先輩のいない部活なんて部活じゃないっすよ!」

「まだこれからたくさん七不思議に会わせてもらわないといけないし!」

「タタラがいなくなるのは、嫌」

「俺は別に帰ってもらってもいいんですが……、まぁ研究対象がいなくなるのは困るんで」

「お前ら……」

 部員一人一人の言葉が多々羅の心の中に入っていき、ゆっくりと溶けていく。

 そんな皆の声に斎藤は微笑むと、信念のある瞳でだいだらに目を向ける。


「という事で、我々オカルト研究部は多々羅がこの学校に残る事を望みます。それでも連れて帰るっていうんだったら、こちらもそれに応じた対応をさせていただきます」


 斎藤の口調はとても丁寧だったが、そこには確かに覚悟がずっしりと詰まっていた。

 そんな斎藤にだいだらもじっと視線を向けていたが、目を伏せて厳かに口を開く。

「……そうか、ならばこうしよう」

 だいだらからの提案に、斎藤と多々羅は耳を傾けてその提案を待つ。

「これから多々羅と我で決闘をしよう。それで貴様が勝ったらこの場に残るなりどっかに行くなり好きにすればいい。ただし、我が勝ったら大人しく一緒に帰ってもらうぞ」

「そんな……、決闘なんて」

 決闘という血を連想させるような言葉に、斎藤は少し顔を引きつらせた。

 しかし、多々羅は寧ろ決意に満ち溢れた様な顔をしている。

「いいぜ。やるよ」

「!」

 斎藤の驚いている顔を横目に、多々羅はだいだらを睨みつける様に見つめる。

 二人の火花が散る程の視線がこれから巻き起こる決戦を物語っていた。

学校に残るか、山へ帰るか。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


今回は多々羅とそのお父さん、だいだらのただ座って喋るだけ回でした。

やってる事自体はいつもの日常回とそんな変わりませんが、話してる内容は割と真面目な話でした。

たまにはこんな真面目な回もいいですよね!

普段はバカしてるけど、こういう時に一致団結する感じが個人的に大好きなんです!


果たして多々羅の運命は如何に……。

次回、タタラ編最終回です!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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