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【209不思議】桃源の体育祭

 空は快晴。

 これ見よがしに日差しを突き差してくる太陽の熱に負けないくらい、グラウンドは熱狂に包まれていた。

「位置について、よーい」

 真っ新な空に銃声がこだまする。

 それを合図に、横一線に並んでいた紅白それぞれの鉢巻きを巻く生徒達は一斉に走り出した。

 一直線に走る生徒達へと、応援席に並ぶ生徒達も五月蠅いくらいの応援を浴びせる。

「行けー!」

「頑張れー!」

「負けるんじゃねぇぞー!」

「刺せー!」

 選手と観客相まって、グラウンドは一体となっていた。

 そう、今日は体育祭だ。

『さぁ、逢魔ヶ刻高校学校祭! その最終日となります本日は体育祭でございます!』

 実況の声がマイクに乗って、応援席の端に佇む博士の耳にまで届いてくる。

『実況は昨年に続き、放送委員三年の実が務めさせていただきます! みのりんとお呼びください!』

「そういや居たなそんな奴」

『また、今年の体育祭は一話完結の為、なるべくサクサクッとお届けします!』

「相変わらず何言ってんだ」

 丁度一年振りに聞いた声に、博士は昨年の体育祭を淡く思い出す。

 グラウンドでは、幾多ものデッドヒートを繰り広げた百メートル走に決着が着いたようだ。

「疲れた……」

「春ちゃんお疲れ」

「お疲れ様!」

「よく頑張ったな!」

 疲労困憊の様子でグラウンドから戻ってきた小春に、部員達は労いの言葉をかける。

 しかしそれより、博士には気になる事があった。

「えっ、今板宮出てたのか?」

「えっ!? 何言ってんのハカセ!?」

「お前見てなかったのか!?」

「おっ、おぅ……」

 じゃあ何を見ていたんだと言わんばかりの部員達の顔に、博士も喉が詰まる。

 ――本当にサクサク進める気だな……。

 それと同時に、今年の体育祭の進行方法について深く確信していた。

『さて、続いての種目は障害物競争になります!』


●○●○●○●


『網や平均台など、コースに用意された障害物を素早く掻い潜り、見事勝利を勝ち取ってください!』

 実の言う通り、コースには幾つかの障害が用意されていた。

 この障害物をいかに迅速に突破できるかが、この障害物競争の味噌になってくるだろう。

 オカルト研究部からは、賢治が出場するようだ。

「賢治君ー! 頑張ってー!」

「絶対一位取れよー!」

 先輩達からの熱い応援が飛んでくる。

 対して賢治は、随分と穏やかな雰囲気で暢気に手を振り返してくるだけだった。

 間もなく競争が始まるというのに、そこに緊張感はない。

 遂にその時はやって来て、スターターが銃口を空に向ける。

「位置について、よーい」

 パァンッと銃声が響くと、賢治は目の色を変えて走り出した。

 最初の難関の網を泳ぐ様に掻い潜り、平均台の上も平然と駆け抜けていく。

 同時に走り出した筈の選手とは、既に大差が開いていた。

『おーっと! トップに躍り出たのは一年の武田君! 他の選手達と絶対的な差を開き独走状態だ!』

「良いぞー!」

「流石賢治君!」

 目覚ましい後輩の活躍に、応援席のオカ研部員達も興奮に胸が躍っていた。

 賢治はそのまま、次なる障害物へと突入していく。

「ここで武田君、ステップスライダーへと挑戦します!」

「ちょっと待て!」

 そこまで見て、博士は異変に気付いた。

「どうしたんだよハカセ」

「どうしたんだよじゃねぇよ! なんだよあの障害物! あんなのSASUKEでしか見た事ねぇよ!」

 そう、グラウンドには有る筈の無い池に、四つの足場が浮かんでいたのだ。

 しかし部員達は、博士の疑問に疑問で返す。

「なにって、障害物競争なんだから当たり前だろ」

「障害物の度越えてんだよ! 大体どうやって用意したんだよ! あんなの越えれる奴学校に居る訳ねぇだろ!」

 博士はそう叫びながら、その障害物に目を向ける。

『おーっと武田君! ステップスライダーをいとも簡単に越えてみせたー!』

「越えれんのかよ!」

 博士の心配は杞憂に終わったようだ。

『武田君、そのままロググリップ、ジャンピングスパイダーを速やかに突破していくー!』

「どんだけ用意したんだよ! もう本物のSASUKEじゃねぇか!」

 その障害物コースは、最早テレビで見ていたものと全く同じだった。

 順調に進んでいく賢治だったが、ふとゴール目前でその足はピタリと止まる。

 そこには紛う事なき壁が存在したからだ。

『さて、武田君の前に最後に立ちはだかるのはそり立つ壁! 武田君! このそり立つ壁も突破して、見事ゴールする事が出来るのか!?』

 煽るような実況を耳に入れ、賢治は大きく深呼吸する。

 肺の中の息を全て吐き、リラックスした状態でゆっくりと目の前のそり立つ壁を見る。

 その上に立っている自分の映像が、自然と確認できた。

 瞬間、賢治は地面を瞬発的に蹴る。

「行けー!」

「賢治君ー!」

 皆の応援を背中に受け、賢治は壁を駆け上がる。

 最高到達点まで達して、頂点に向かって一心不乱に右手を伸ばした。

 華奢で折れそうな右腕は寸でのところでその崖際を掴み、最後の力を振り絞って賢治は見事壁を上ってみせた。

『行ったぁ――!』

 賢治のゴールに、グラウンド中から大歓声が上がった。

『なんと! 武田君、そり立つ壁を見事突破し、この障害物競争の前人未到完全制覇を達成致しました!』

「完全制覇ってなんだよ!」

 感動の渦に取り囲まれるグラウンドで、博士だけが実況にツッコミを入れる。

 他の部員達も「賢治君すごい!」や、「お前なら出来るって信じてた!」と、体育祭の熱に絆されているようだ。

『尚、他の選手の皆さんは時間切れになりますので、残念ながらここで脱落となります!』

「脱落ってなんだよ!」

 この障害物競争について、博士の疑問が解決する事は無かった。


●○●○●○●


 先程の熱狂から一転、グラウンドには実に平和な空気が流れていた。

『さぁ、続いての種目はパン食い競走! 選手の皆さんが続々とパン食いコーナーへと到着してまいります!』

 コースを走り終えた女子達が、次々と糸にぶら下がったパンに目がけて飛び跳ねていく。

 その姿は実に愛らしく、見ているこちらの心が安らいでいくようだ。

 選手達が一斉に集まる中、その後方にはまだコースを走り続ける人影があった。

 その人影に、実の目が光る。

『おっ、おっとぉ! あそこにいるのはぁ!』

 おかっぱ頭のシルエットを、実は鮮烈に覚えていた。

『昨年華麗なパン食い捌きで劇的な逆転勝利を収めた、『パン食い競走の女王』こと零野さん! 今年もその可憐な身のこなしで、逆転勝利を魅せてくれるのか!?』

 実況が場を繋ぐ中、花子はようやくパン食いコーナーへと追いついた。

 身体に襲い掛かる疲労を感じながら、重たい顔をぐっと上に向ける。

 そこで花子は衝撃を覚えた。

 毎日美味しく味わっている愛しのコッペパンが、今日は残念ながらそのパンコーナーに陳列していなかったのだ。

 気分と共に、花子の膝が音もなく崩れ落ちる。

『なっ、なんと! 零野さん! 大好物のコッペパンの在庫不備に戦意喪失ー! 力なくグラウンドに手を付けたー!』

「もうちょっと頑張れよ!」

 博士が外野から声を張るも、ショックに病んだ花子の耳には入ってこない。

 結局全選手がゴールテープを切ってからも花子が動く事はなく、オカルト研究部によって強制退場される運びとなった。


●○●○●○●


『さて! それではバンバン競技を進めてまいりますよー!』

 男女二人三脚、出場選手・乃良、千尋。

「よし! この日の為に毎日血の滲むような練習をしてきたんだ! その成果、全部ここでぶつけるぞ!」

「おー!」

「位置について、よーい」

 パァンッ!

「「せーの!」ーで!」

「「うわぁっ!」」

「お前ら練習なにしてたんだよ!」


 玉入れ、出場選手・百舌。

『おーっと百舌先輩! その類稀なる身長を活かして、少し背伸びをしただけで籠の中に直接玉を入れていく!』

「ダメだろそれ! ていうか高校三年最後の競技が玉入れて!」


●○●○●○●


 時計が目まぐるしく回る中、紅組も白組も両者一歩も退かない接戦を繰り広げていた。

『さぁ、今年の体育祭もいよいよ終盤戦! 続いての種目は借り物競争です!』

 借り物競争に出場する選手達は、皆スタートラインに集まっていた。

 その中には、既に疲れた様子の博士の姿も見える。

「ハカセ頑張れー!」

「負けたら承知しねぇからなー!」

「頑張れー」

「なにかあったら僕達に頼ってくださいねー!」

 騒がしいグラウンドの中、それでも部員達の声は鮮明に聞こえてくる。

 それが更に博士の心を摩耗していった。

 ――メンドくせぇ……、なるべく簡単なの拾ってさっさと終わらせよ。

 博士がそう心に決めると、スターターが銃口を空に向けた。

 パァンッと鮮やかな銃声が空に響く。

 その音の大きさに博士が委縮している隙に、他の選手達は一斉に借り物の書かれた封筒へと手を伸ばし出していった。

「眼鏡ー! 眼鏡の人ー!」

「図書委員ー! 誰か図書委員いねぇかー!?」

「なんだよ背中にドラゴンの刺青が入ってる人って! そんな奴いる訳ねぇだろ!」

 借り物を確認した選手達が、霧の様に四方へと散らばる。

 ――マズい、出遅れた!

 遅れを取った博士も、なんとか残されていた借り物の封筒を拾い上げる。

 封を開け、中を確認したその時、博士の中の時は止まった。

「……ハカセ?」

「おーいハカセー! どうしたー!? なんて書かれてたんだー!?」

 応援席からの声も、今の博士には届かない。

 このまま一歩も動かないのではないかと不安に思った次の瞬間、博士は来た方向と逆方向に向かって走り出した。

 その先に競技を応援する応援席はない。

 待っているのは連日勉学に励んでいる校舎のみだ。

『おーっと! 最後にお題を拾った箒屋君! 何が書かれていたのか、校舎へと走り出していったー!』

「おいハカセ!」

「どこ行くんだよ!」

 博士は何の迷いもなく校舎へと突き進んでいく。

 一体博士の拾ったお題に何が書かれていたのかは不明だが、校舎まで足を運んでは大幅のタイムロスになるのは明白だ。

 無論、博士の姿が見えない間に、他の生徒達は次々と借り物を成功させていた。

 数分後、ようやく博士が校舎から戻ってきた。

「あっ、来た!」

 博士の帰還に、部員達だけでなく実も視認する。

 片手には何かを持っているようだったが、距離が離れていてそれが何かは把握できなかった。

『さぁ、箒屋君! 一体彼のお題はなんだったのか!?』

 博士は軽い足取りで、ゴール地点へと到着する。

 そこで待っていた審査員に、博士は自分の拾ったお題を受け渡した。

 そのお題とは――、『憧れの人』。

「アルベルト・アインシュタイン。特殊相対性理論と一般相対性理論を発表し、時間、空間等この世の定説をひっくり返した俺の憧れの人だ」

「わざわざ教科書持ってこなくてもいいだろ!」

 校舎から持ち出した教科書に描かれたアインシュタインの写真を見せて力説する博士に、乃良が応援席から叫び声を上げた。

「今現在実在しない人じゃねぇか! 借り物競争だぞ! 教科書じゃなくて実際に居る人連れてこいよ!」

「いや、俺が尊敬するのはアルベルト・アインシュタインただ一人だ」

「いらねぇんだよそんな頑固さ! どっか適当に理由付けて俺とかちひろん連れてけば良かっただろ!」

「いや、お前らにアルベルト・アインシュタインより優れたところなど一つもない」

「フルネームで言うのやめろ! なんか色々ムカつくんだよ!」

 部員達の反抗に、博士が耳を傾ける事はない。

 審査員もどう判定すればいいか、予想外の事態に困惑しているようだ。

 終盤で混乱を迎えた体育祭に、実況の実も困惑する。

『えっ、えーっと……、それでは今年の体育祭はここまで! 皆さん、また次回をお楽しみにー!』

 随分と奇天烈な締めくくりで、今年の体育祭は幕を下ろしたのだった。

今年も波乱の体育祭となりました。

ここまで読んで下さり有難うございます! 越谷さんです!


さて、文化祭編が終わったという事で、今回は体育祭編となりました!

とはいっても体育祭も昨年書いたので、今回はテンポ重視に一話完結でというのを目標に書いてみました。


事前に考えていたのは賢治の障害物競争ぐらいですかね。

SASUKEみたいなコースにしようとかは全く考えてなく、当初は乃良とデッドヒートを見せてもらうつもりだったんですけど、賢治の運動神経を発揮してもらう為に、障害物競走に出場する事だけは決めていました。

他のキャラクターの出場競技は直前で当てはめた感じです。


しかし、一年振りとなった実況の実の再登場は決まっていましたww

その為に昨年の実の学年を二年生にしたぐらいですから、今回再登場を果たせて良かったですww


さてさて皆さん! あけましておめでとうございます!

なんとかマガオカこれにて四周年! 今年で五年目となりました!

予定通りいけば、今年でマガオカは完結となります。

最後まで突っ走ってまいりますので、一先ずは次回からの通常回をお楽しみいただければなと思います!


それでは最後にもう一度、ここまで読んで下さり有難うございました!

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